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踊る!ケイザイNight ~夜に花開く文化と経済~ Part3「街と文化とカネ」

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<ゲスト>

山形浩生氏  (評論家、翻訳家)

島原万丈氏(株式会社ネクスト HOME’S総研所長)

<モデレーター>

井上高志氏(株式会社ネクスト 代表取締役社長/当財団 代表理事)

井上:トークを始める前に、まずアイスブレーキングでお二人にお聞きしたいと思います。ちょっと誰にも教えたくない「俺のとっておきのナイトスポット」はどこでしょうか、そしてその理由を教えていただけますでしょうか?

島原:誰にも教えたくない場所を、ここで喋るというね(笑)。ぜんぜんタイプの違うものを二つあげます。ひとつは大阪に出張に行ったときに使うんですけど、「ハービス」というバーです。タワーマンションの中にあって、隠れ家的なところがいいですね。

もう1軒は僕の自宅の近くにあるバーです。月水金しかやってないバーで、しかも全然お洒落じゃないスナックみたいなバーなんです。そこは地元コミュニティスポットになっていまして、僕も引っ越して10年くらいなんですが、そこに行かなかったら地元にネットワークを持つことは無かったかもしれない。地元の人ばかりいるお店です。

井上:万丈さんにとってのサードプレイスみたいな感じですかね。

島原:都心で飲みに行く時は、何かしら仕事の繋がりがあるんです。でも地元で飲むときはそれが全く無い。単なる地元のおっさんの飲み屋。ただの飲んべえ同士の飲み方ができるので、気が楽ですよね。

井上:山形さんはいかがでしょうか。

山形:実は最近、子どもが生まれたので、夜は早く寝ないといけない。だから、最近はそんなに夜遊びがないんですけども。どうしてもと言うなら、もう潰れちゃったんですけど、昔、マニラにクラブがあったんですよ。日本に『エイリアン』のデザインをしたギーガーって人がいまして、彼がデザインしたバーがあるんですね。それを完全にパクったやつがマニラにあって。

昔からクラブみたいなところは非常に敷居が高くて、入ったはいいけど俺踊れないよ、って思っていたんです。そしたら、ある日すごく下手な人が踊っていたんですね。「あれなら俺も踊れる」と思った。実は人って、俺が上手かろうが下手かろうが見てないんだ、って気が付いたんですね。それで、ものすごく解放された。だから毎回、マニラに行くたびにそこに行ってたんです。「ああ、ここで俺は初めて解放されたんだ」っていう解放感があったんですよ。

夜のクラブって周りに人がたくさんいるんですけど、同時に誰も見てない自分だけの空間なんです。そういうものが共存しているところなんですね。それを初めて感覚的に覚えた、思い出の場所です。

井上:僕はですね、新橋の烏森にある「なつかし屋」っていう店が非常に好きです。あとですね、昔ながらのキャバレーで大阪にある「ミス大阪」っていうところですね。75歳くらいのホステスの方がいらっしゃって、昔ばなしをすると大変造詣豊かで知識が深まる。そういうキャバレーがあります。

では、そろそろ本題に入ります。

このセッションは、「街と文化とカネ」というのがキーワードです。お二人とも都市やまちづくりに大変詳しい方です。それから、「文化」。そして経済の話だから「カネ」ですね。

昼の経済、つまりタワーマンション型の経済で行くと、容積率いっぱいに使っていかに効率的に稼ぐか、なんてことが論点になる。でも、夜の経済になると、横丁で昔ながらのおばちゃんがうまいおでん食わせてくれて、人生相談に乗ってくれるみたいな、効率とはちょっと別の文化的なものが出てくる。文化と経済の関係性は、昼と夜でどう違うのか。これが一つ目。

二つ目は、海外ではどうなのか。もしくは日本でも田舎だとどうなのか

三つ目は、都市でないと経済は成立しないのか、ということ。たぶん、そんなことは無いと思うんですけど、大手資本対小資本、都心対地方、それから、横丁経済対タワマン経済、そういう対立軸で語っていただきたい。

そして、その中に人の幸せというものは、どう関わってくるのか。

 

山形:最近僕が興味を持っているのは人工知能の話でして。実はこれが文化と経済みたいな話になるんです。

駒澤大学の井上先生と話をしたときに、彼が言うには、「シンギュラリティと言って、人工知能が発達すると人間が全部失業しちゃう。だから、人間は人間であるだけでお金が支払われて、仕事はしなくていい、そういう世界になってくる、と。昼の経済で僕たちが何をしているかというと、だいたい何かを作っている。サービスみたいなものも含めて、何かを生産している。でも、そこの部分が無くなったら、人間にはいったい何が残るのか。

今、僕たちが都市に集まって、タワーマンションのようなところで暮らしているのも、仕事があるから集まっている、モノが集まってくるから人が来る。あとは異性に出会う機会が大きいとか、いろいろな理由があるけど、半分くらいはお金と仕事。だから人は都市に集まっている

では、「お金のために仕事をする」という理由が無くなったとき、人は都市に集まらなくなるのか? というと、たぶんそんなことはない。例えば今日ここにいらしてるみなさんは、なぜ集まっているのか。企業のセミナーでもないし、すごい儲け話があるわけでもない。それでも人は集まってくる。

そういう昼の経済とは異なる人の集まり方が当然あり得るわけで、「仕事のために集まる」という理由が弱くなっていくに従って、今後はそっちの方が先鋭化していくんじゃないか。

僕は横丁支持者があんまり好きじゃないんですけど、でも彼らが言っていることは分かる。横丁的なものが、今後の都市の作り方において重要性を持ってくるんじゃないか。下手すると、そっちの方が中心になる可能性もあるんじゃないか。

井上:それを受けて、横丁支持者。

島原:横丁支持者です。僕が所属するHOME’S総研で『SensuousCity[官能都市] 』というレポートを作ったんですが、それを作る上で大変参考になったのが、山形さんが翻訳されたジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』という本です。ストリート(横丁)がある都市には雑多性、多様性があり、それこそが都市のエネルギーの源泉なんだと。

ジェイン・ジェイコブス以降、都市論もいろいろ変わってきましたが、これも山形さんの最近の翻訳で、グレイザー『都市は人類最高の発明である』があります。グレイザーはジェイコブズの主張を一定程度認めながらも、「ジェイコブズは高さ恐怖症だ、高層ビルを全部否定している」と言っていている。高層ビルが建たないと都市容積率が上がらない。都市の容積率をあげるべきだ。その点、東京は高層ビルを建てて非常に上手くやっている。と言っている。

なぜ僕がこの2冊を紹介したかというと、「タワマン経済vs横丁経済」を「経済vs文化」と翻訳して語られることが多いんですが、決して横丁が文化だけで経済が無いわけじゃないということを言いたいからです。第一部の梅澤さんと齋藤さんの対談の中のお話もそうですし、必ずしも横丁的なものが経済と切り離された文化だけのノスタルジーということではない。

その辺りをグレイザーは非常によく分かっていて、「タワーマンションとか超高層ビルを否定するべきではない。1階さえ面白ければいいんだ」ということを言っているんですね。ストリートが面白ければ、タワマンでもいい。

ところが、日本の高層マンションなり高層ビルを作るときは、1階がことごとく死んでしまう。それは、都市計画の制度の中で、総合設計で地上部分に空地(くうち)を作らなければいけないからです。1階のストリートが、ことごとくなくなってしまうんです。

そこにタワーマンション型経済の大弱点があります。僕らの会社がある品川は、超高層も含めた再開発ビルだらけなんですが、そこに入っている飲食店はビルのフロアにありますから、ビルが深夜12時に閉まれば、店も同じ時間に一斉に閉まる。ところが、一角だけ残っている横丁だけはいつまでも店が開いていて、ダラダラ飲んでいる人たちがいて、結局タクシーで帰る、みたいなことがある。

これからの経済を考えた場合には、タワマン的経済発生装置っていうのは、おそらく建設業的な経済は生み出すかもしれないけど、エンターテイメント型の経済には良くないんじゃないかと思います。少なくとも、今の制度の下では。

山形:日本にコミケというイベントがあって、あれは下手すると、一つの市ぐらいの人口がゴワっと集まってきて活動している。ああいう出力は、東京ビッグサイトだから成立しているわけではなくて、たまたま会場がそこだっただけです。街を面白くするには、建築の要因もあるんですが、そこに入ってくるプログラムみたいなのの要因もある。もちろん、ハコによってプログラムが制約を受けるということはあるので、ハコも重要なんですが。やはりそれらの組み合わせみたいなものが大事であって、ハコを造る人とイベント作る人が別れてしまっているのがつらいところですよね。

島原:いわゆる再開発型ビルの低層階における商業、あるいはエンターテイメントというものは、もちろん作られています。しかしそこで問題になるのが、新築建物のコストの高さ。コストが高いと家賃が高くなる、あるいは入居するコンテンツの提供者の与信がものすごく厳しくなる。

それに加えて、与信、つまり、どこのテナントを入れるかという会議を昼間にやっている。だから、ふざけたことを言えないわけですね。怪しい店なんか絶対入れられない。それで、超高層ビルの中の商業フロアはほとんど面白くなくなるんですね。

井上:ハコでまちづくりを定義するよりは、人から語る街づくり、都市づくり、コミュニティづくりが大事だと。

島原:そういう感覚で作ったのがSensuous Cityって言葉なんです。そして横丁支持者として、やはりAI(人工知能)もちょっと過大評価され気味かなあ、という気がしています。

以前「ネットが発達すると地理的制約が無くなるので世界はフラットになる」という論がもてはやされました。つまり、どこを見ても同じ環境、同じ情報で仕事ができる、と言われていたんだけど、実際にはそうならなかった。むしろ都市への人口集積度は上がっています。

もしAIでいろんなものが自動化されたとしても、おそらくその次に求められるものはAIにはできないことになる。それは、想像力とか妄想力って言うけど、つまり人と人が触れあって発生する予期せぬもの、プログラムが想定できないものでなくてはならない。

おそらく、そういうスキルが社会経済に求められるし、個人にも求められる。それを個人のヒューマンスキルとして重視するならば、やはり都市にいることっていうのは、非常に有効な生活条件なんじゃないかな、と僕は思っています。

 

山形:もしも、それこそAIで仕事が無くなるというのが本当であるならば、やっぱり今までのような形での都市の集積ではなくなる。もしかしたら、さっき言ったようなコミケが広がっていくような形で、文化を中心として人が集まってくるようなことが起こるかもしれない。

実はさっきコミケの話をしましたけど、あんなイベントがあるのは日本だけです。アメリカにはコミコンがありますが、行ってみるとみんなコスプレをしてるだけで、あんなにマニアックな同人誌を売ってるところは日本の他にない

それは、「創作したい」みたいな欲望があって、お互いの欲望を見にみんなが集まってきている。そういう形での街の集積というのがありえるということ。

だから、もしも生産の役割が下がってお金を稼ぐ必要が無くなったら、地方が別のもので盛り上がってくる。いま各地の地方都市は、仕事が無い、産業が無い、だから人口が減る、みたいな話をしていますが、将来的にそんな悩みがどうでもよくなる可能性もある。

例えば、バルセロナは「サグラダ・ファミリアがあるからおいでよ。仕事になるわけじゃないけどさ。」と、それで人を集められる。文化的なものや、単にイベントがある、そういうことで人を集められるわけだから、今までとは違う都市のつくり方が出てくるんじゃないかという気がします。

井上:私自身はAIとか、シンギュラリティとか、進むなら進めばいいじゃん、と思っています。仕事が無くなる心配というのは、稼げなくなるのを心配するのであって、もし仕事をしなくても生活の質を維持できるなら、人生は最高だと思うんですけどね。そうすると人間は本来やりたい方向に走り始めるので。

つまり、テクノロジーでリビングコストが10分の1になるなら、年収が10分の1になってもいいじゃん、という話ですよね。

山形:いろんな可能性ありますよね。AIとかIoTとかの絡みで、僕は香港の隣りの深センの街がすごく好きで、30年前の何も無い頃からよく行っているんです。

最近は、秋葉原の30倍くらいの電気街ができたり、ものすごい生産拠点ができたり、さらに世界一のニセ美術街とかもあって、なんだかわけが分からないことになっている。もちろん中国共産党が肝煎りで特区にして、モノを入れているからそうなるんですけど、その一方で、やはり何もなかったところに人が集まって巨大な都市ができるということには、仕事があって、活気あるモノづくりが行われているということがある。

そういうモノづくりの現場に日本人もたくさん行っています。別に我々は大量生産のベルトコンベアに喜んでいるのではなくて、そこで人が細かく活動しているのを見て喜ぶんですね。生産の中でも人が入れ込んで作っているようなところ。工場でなければ、誰かがラーメン作っている店でもいい。そういうものが、すごく魅力になりうるんだと最近思ってます。

 

島原:やっぱり身体をそこに持っていかないことには、得られないものがあるんだろうと思います。

僕は、本はアマゾンかキンドルで買うようになりました。だから、AI的なものによってリアルな店舗の仕事が無くなるというのもよく分かる。でも、定期的にリアル書店にも行っているんですね。リアル書店に行ったら、アマゾンでは絶対に見つけられない本が出てくる。そして、それがまた次のアイディアに繋がっていくということがすごくたくさんあるんです。だから、やはり、そこに行かないといけないとなる。

都市の戦略からいうと、リアルに来てもらう理由がある都市、まちづくりをするべきなんです。その都市に行かないと手に入らないもの、体験できないことを作る。それには特に夜というものが大きなカギを握っているように思います。

山形:あの、夜といえば、イルカがうらやましいんです。イルカって、頭が半分だけ寝て、交代で半分ずつ寝て、残りの半分が起きてるから泳いでいられるんですよ。つまり、24時間起きていられるんです。あれをなぜ人間に取り入れられないのかって思うんですよ。

それは、ともかくとして、また深センの話になるんですけど、DMMという会社に高須さんという人がいるんです。この人が、「深セン面白いよ」っていう旗振り役をやっている。彼は本当にエヴァンジェリストで、「こんなものがありますよ、面白いですよ」っていうのが得意で、彼と話をしていると、「車に車輪が4つあります、すごいですね」っていう話でも面白いと思えてしまう。

そういう人が地域に一人出てくるとドカンと盛り上がりますよね。やっぱり個人的な魅力みたいなもの、理屈じゃなくて、そういうものって確実に大きな影響ありますよね。

島原:地方で面白いことが起っている例を取材するとですね、成功事例は仕組みばかり注目されるんですが、結局「それをやっているのはこの人だよね」ということが、わりと裏にあるんです。

もちろん、仕組みは大事だし、「この人」って言ってしまうと仕組み化できないからよそで真似できない。身も蓋も無いんですけど、意外とそこは切っても切り離せない。

井上:そういう人って共通点があるんですか?

島原:私の知り合いの人が言うには、「単純に動物的磁力を持った奴」なんだそうです。なぜかその人の周りに人が集まる。

山形:伝染するんですよね。面白い人が一人いると感染する。

井上:第一部のセッションの中で、新しい時間経済が生まれる、というお話がありました。今までの昼間だけの時間に加えて、風営法が解放されていくので、いままで空白だった時間に夜の経済が広がっていく。さらに時間だけではなく空間の拡大ですね。夜中は閉まっていたお店とか公共施設、深夜のスタジアムとか、いろんなところが使えるようになる。空間が増えますね。

この時間×空間のところで大きな経済的な効果を出せるかもしれない。そこから、今までなかった新たなコンテンツが生まれてくると、世界から見てもクレイジーで面白い国になる。世界中から日本に来たくなると思うんですよね。

そこで最後の質問です。時間と空間の空白地域に自分だったら何をつくりたいですか?

島原:僕がネクスト社に入るときに、井上さんに「研究員をやりながら店を出したいんですよ」って言ったと思うんです。ちょっとまだできてはないんですけどね。自分自身の持っている特長として、あっちこっちの人を繋ぐことが得意な気がしています。それから、自分はお酒が好き。だから、時間と空間で言うと、夜の空間を使った店をやりたい。

だけど、自分一人で場所を借りて、昼間は外で仕事して夜は店をやるのはしんどいので、いろんな人と箱をシェアして、いろんなコンテンツを交替でやれるような仕組みをつくりたいですね。その中で、たとえば、火木土だけバーをやる。そうすると住宅とか都市とかリノベーション関係の中で面白い人が集まって、そこに行けばフラットな関係の中で誰かと会える。そういう場所だったら、僕はリアルの中で僕の持っている力を使ってお役に立てるかな、と思っています。

山形:単に個人的な趣味から言うと、美術館や画廊が夜中まで開いているとか、図書館のような公共施設も開いているといいなと思うんです。その一方で、半分SFなんですが、完全に昼夜逆転した人の生活というのもあっていいんじゃないかと思います。

要するに、我々が昼働くように夜働く人。R.E.Mの歌に『Daysleeper 』っていう昼夜逆転した人の歌があるんですが、そういう完全に逆転した存在で、我々が飲んで騒いでいるときに、すごくまじめに働いている。逆に、我々が昼飯を食べているときに横でビールを飲んでいるやつがいると「氏ね」とか思いますけど(笑)。お互い、そういう殺意を抱きながらも全然違う時間軸の人たちが並んで生きているみたいな、そういう暮らし方をやりたいですね。

井上:昼の経済ってどうしても背広着て肩肘張って上下関係みたいなのがありますけど、夜の時間と空間を有効活用すれば、そういうものがそぎ取れる。そのことが、きっとラブ&ハッピー、ラブ&ピースに繋がっていくといいかな。それでは、会場の方からご質問の方をいただきたいと思います。

オーディエンス①:家呑み文化というのがありますけど、もっとお洒落になればいいな、と思うんですね。

田舎のことを考えると、車通勤の社会ですから外では飲めない。だから、仕方なく家で飲む。または、飲まない。それでは地方経済はさらに衰退するし、面白くもない。
なので、万丈さんのような方がかっこいい家呑みを東京から発信して、それが地方に波及していったら面白いと思うんです。

オーディエンス②:わたしは日本にスクウォットの文化が無いのがつまらないと思っています。スクウォットというのは、空いてる場所を占拠して自分たちの土地にしてしまうヨーロッパの文化です。

それが無いから、土地とかお金に縛られて面白いことができない。せっかくこんなに面白い人たちがいるんだから、路上をスクウォットして面白いことができないかなと思っています。

いろんな方法があると思うんですけど、夜だからこそできるスクウォットだったり、移動店舗のようなもの、そういうのに出資するような大きな形がないのかな、って思います。

オーディエンス③:お題に上がってたんですが行き着かなかった「海外との違い」について伺いたいです。たとえば、ニューヨークです。マンハッタンはタワーマンション型経済ですけども、本当に進んでると思うんですね。ストリート(部分もすべて店舗になっていて、しかも、もう土地が無いのに上へ上へと伸びて行く。どんどん土地の値段は上がって10億円単位のマンションしかない。

一方、ブルックリンの方にはウィリアムズバーグのようところに若者がどんどん行って、横丁的な街ができています。そういうことにおいて、ニューヨークというのは、ものすごく進んでると思うんですけど、東京がそうならない一番の違いというのは何なんでしょうか

井上:お三方から質問を伺いました。どれをお答えいただいても結構です。いかがでしょう。

山形:家呑みって、僕もよくやっていたんですけども、結婚してから減ったんです。なぜかというと、女房が「部屋が散らかっているのを見られたくない」とかそういうつまらないことを言うんですよ。そういう家のつまらない見栄のハードルを超えれば、僕は発展すると思うし、楽しいのでみんなやるべきだと思います。一生懸命料理を作ろうとか考えなくていいんですよ。みんな、持ってくるから。

スクウォット文化はベルリンとかアムステルダムにあるんですけど、誰も入らない廃屋がたくさんある地域があって、どうしたらいいか誰も分からないところに、人が勝手に入ってくる。行政の方にも、放ったままよりましだ、という判断があったんだと思います。

日本でも意外と東京の近場にある多摩ニュータウンが将来的に廃屋になるんじゃないかと言われています。都内にも廃屋がどんどん出てきています。こういうところっていうのはひょっとしたら、おっしゃるような形で使っていくようなことがあるかもしれない。

ひとつはやる側が「いいからやっちゃえ」っていうのと、規制する側が「けしからんじゃなくて、とりあえずやらせてみようぜ」っていう、それをどう組み合わせていくかですよ。廃屋で治安が悪いけど家賃がただだからみんな入っていく。そういう広がり方があって、それが都市の発展に繋がっていくと。

日本は、まだ極端に人がいないところか、極端に人が集まっているところしかない。中間がだんだん出てくる頃じゃないかと思っています。そういうところがチャンスかな。

島原:家呑み文化を東京から、というのは、東京がコンパクトになれば可能かもしれないです。でも、友達は多摩に住んでいて自分は千葉、みたいな状況では厳しい。交通機関が24時間正確に動いてくれれば、だいぶ違いますけど。コンパクトで、山の手線の内側、渋谷区、目黒区プラスくらいの感覚の中で仕事と暮らしが完結していたらありうるかなあ。そのときには山形さんおっしゃったように、もう少しラフでいいと思います。ケータリングサービス頼んでもいいですし。

じゃあ、もっとコンパクトになるためにはどうすればいいかというと、グレイザーさんは容積率を増やせばいいと言っている。大前研一さんは、経済政策の特効薬として都心の容積率を2倍3倍にしろ、と言っている。なぜなら、そうしないと家賃が高くて都心に住めない。容積率を増やせば、家賃が下がるじゃないか、と。

でも、それは日本の不動産市場を全然見ていない。すでに十数パーセントの空き家があり、東京都内のアパートの3割が空き家と言われている中で、ハコだけ増やしてもしょうがない。かつ、特に日本の場合は家賃の粘着性といって、どれだけ空室があってもそんなにすぐ下がらないという特性がある。

アメリカの不動産価格というのは比較的ドラスティックに動く。ニューヨークなんかは、住み続けている限りは家賃を物価水準以上上げてはいけないという縛りがある。だけど、人が出ていった途端にドカーンと上がるので、アーティスト系とか面白いクリエイターみたいな人たちは住めなくなってしまう。なので、郊外のブルックリンなどで面白いところを探して住む。そこのもっとキワッキワみたいなところにスクウォットがあると思うんです。

例えば、ある地方都市で講演をしていたら、聴衆の方からの質問で「空き家の改修に補助金を出せ」とか言う人がいるんです。宅建業界のお偉方だったんですけどね。「そういうもの要らないんじゃないですか」と言ったら、「周囲2キロ誰も住んでないんだ、借り手なんかいるわけがないだろ、だから補助金がいるんだ」と。

山形さんがおっしゃったように、そういう状態がすでに地方都市では起こっている。だから、本当に面白いことをやりたい、となったら、そういうちょっとやばい荒れちゃってるところを目指していくべきなんです。つまり、昔、東ベルリンで空き家がすごく増えることが起った。そういうところです。ゲリラじゃないとやっぱり面白くないかな、と僕は思います。

井上:地方の家呑みの話でいえば、第4世代の完全自動運転ができたら、別にお酒飲んでも車で帰れるようになりますよね。あとは、出張シェフみたいなのをもっと普及させたらいいんじゃないかな。セミプロくらいでもいいので。お店持つのは結構大変なので、さっき万丈さんが言ったようなシェアリングシェフですよね。水曜日はお店でやって、それ以外の日は出張シェフとかケータリングとかね。そいう文化があってもいいな。

それから、過疎エリアも廃墟とかって使いようによっては、めちゃくちゃ面白いエンターテイメントになると思うんですね。では、そのへんをどうしたら活用できるか。第一部で登壇していただいた弁護士の齋藤貴弘さんに法的な部分を伺いたいと思います。

齋藤:空間の利用というのは、人口が減って都市が縮小していく中でどうするか、というのが論点になっていると思うんです。法律的に言うと、建築基準法の用途変更、これがものすごく大きなハードルになっています。

いま、福岡市が九州大学の箱崎キャンパスを丸ごと移転して、その後に有名な建築物も残っているんですが、それを生かしてどう新しい土地をつくるのか、という壮大な実験をやろうとしています。そこはもう特区という形でやっています。

人口が減っていく中で、自治体がどんどんリードして、かつての歴史のある建物を他の用途に転用してどのように生かしていくのか。ベルリンみたいにクラブになって新しくつくっていくのもありだと思いますし。そこは法律と街づくりと,組み合わせると面白いかなと思いました。

スクウォットもできます。道路は道路交通法で固定したモノを置いてはいけないとか、いろいろな規制がありますけど。でも、その辺りをきちんとクリアにすれば、できると思いますね。

井上:たいへん短い時間で濃厚な議論をしていただきました。ありがとうございました。

 

【ゲストプロフィール】

山形浩生氏  (評論家、翻訳家)

1964年東京生まれ。東京大学都市工学科修士課程およびMIT不動産センター修士課程修了。途上国援助業務のかたわら、広範な分野での翻訳および雑文書きに手を染める。著書に『たかがバロウズ本』(大村書店)、『新教養主義宣言』(河出文庫)など。主な訳書にクルーグマン『クルーグマン教授の経済入門』(ちくま学芸文庫)、バナジー&デュフロ『貧乏人の経済学』(みすず書房)、ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房)、ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』ほか多数。

島原万丈氏(株式会社ネクスト HOME’S総研所長)

1989年株式会社リクルート入社。2005年より リクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社ネクストでHOME’S総研所長に就任。2015年には都市の魅力の物差しを再定義する「Sensuous City[官能都市]―身体で経験する都市;センシュアス・シティ・ランキング」を発表。その他、一般社団法人リノベーション住宅推進協議会設立発起人、国交省「中古住宅・リフォームトータルプラン」検討委員ほか、複数の自治体の各種委員なども務める。

 

井上高志(モデレーター/株式会社ネクスト 代表取締役社長/NWF代表理事)

株式会社リクルートコスモス(現コスモスイニシア)勤務時代に「不動産業界の仕組みを変えたい」との強い想いを抱き、97年株式会社ネクストを設立。不動産・住宅情報サイト『HOME’S(ホームズ)』を立ち上げ、掲載物件数No.1(※)のサイトに育て上げる。現在は、国内・海外併せて15社の子会社を展開、世界46ヶ国にサービス展開している(2016年6月時点)。個人の活動として、ベナン共和国の産業支援プロジェクトを展開するほか、民意を直接政党に届けるプラットフォームを提供し、直接民主制の実現を目指す一般社団法人デモクラティアン 代表理事も務める。※産経メディックス調査(2016.1.23)

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