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【サマリー】オフグリッドの世界と、その可能性~ナショナリズムとの関係編~

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「オフグリッドの世界と、その可能性」を大きなテーマに掲げた第2弾、今回は「ナショナリズムとの関係編」。

ゲストたちのトークをサマリーにし、いち早くお届けします。

 

<ゲスト>

・ドミニク・チェン氏(株式会社ディヴィデュアル共同創業者/NPOコモンスフィア理事)
・竹村真一氏(京都造形芸術大学教授、Earth Literacy Program代表、当財団評議員)

 

わたしたちはナショナリズム、すなわち「国家」という大きなGRIDを外し、その概念を無くすことができるのでしょうか。また、そこから見えてくる未来社会はどのようなものでしょうか。

近年では、イギリスのEU離脱によりEUは揺れ動き、国家というGRIDが見直されています。ISは、独自のGRIDを新たに作り活動をしています。米国では、トランプ氏の大統領当選により新しいGRID強化が進んでゆく見通しです。

一方で、ビジネスやコミュニティは遥か昔に国家を飛び越え、さらには国家というGRIDを超えて生きようとする人たち増えている現状もあります。強化、緩和、そして変化。いま大きく変わりつつある「国家」というGRIDをテーマに、これからの社会の行方について考えていきます。

【ドミニク・チェンさんのトーク要約】

23andme

1人の中にある遺伝子レベルでの国家・人種の割合と、同じ遺伝子を持つ人の地域分布を観ることができる。

→遺伝子レベルでみると、人為的な国家の境界は曖昧である

 

・人類は移動・交換・コミュニケーションで進化してきた。陸路/海路/空路/回路、物理レイヤー から情報レイヤーに移行する中で、それらの複雑さに対する解像度が高まっている

→本来は技術・科学でシェアできるはずだが、国家という枠が邪魔しているのではないか?

・19世紀フランスの精神経済学者ガブリエル・タルトの言葉:人間の発明や概念獲得とは「異なる脳同志の協働」である=現代のインターネット

 

・クリエイティブコモンズ(CC)というツール

クリエイティブコモンズの活動:2002年からスタート、映像記録のアーカイブを作ることがスタート、「クリエイティブコモンズライセンス」をつけて2次利用できるようにした

現在著作権の保護が肥大化している、権利期間が14年から死後120年になっている

著作権はコンテンツの保護と活性化を目的としたものだったのが閉塞的になってしまった

→CCで私有公有の中間領域をつくる

 

・CC創始者ローレンス・レッシグの言葉:「文化とはいじくり回す自由」

→編集改変はイノベーションに不可欠=脳の恊働=コミュニケーション、ネットワーク

→ネットワークのガバナンスのシステム、国家はその一つの枠でしかない

→社会システムは意図に応じて改変可能である

・統計学者ハンス・ロスリング(データビジュアライゼーションの第一人者)

メディアで流れるニュースは悪い話ばかりだが、世界では悪いことだけが起きているわけではない。

→メディアによるバイアス

 

・地球全体でコミュニケーションと合意を可能にできるか?

→「フィルターバブル」問題、インターネットによって助長されている

 

・メディアは情報を「媒介」するツールであり、伝達するものではない。情報がフィルターによって作り替えられる仕組み=メディア

 

・世界は主観的に立ち上がる。客観世界は存在しない。

→目で見えるものは万人によって違う、身体も一種のフィルターバブル

→世界は主観的にしか発生しないが、主観世界同士で交流して繋がり合うことができるのではないか、そのテクノロジーの原点が言語であり、現代ではインターネットである

 

・20世紀はマスメディアが編集によって「現実像」を作ってきた、21世紀はGoogleやFacebookなどのアルゴリズムが現実像を作る社会。その情報にどう人間が向き合うか、世界をどう理解するか?

→フィルターバブル問題、フェイクニュース問題、人間が内在的に抱えている問題がテクノロジーによって最大化してしまっている

 

・「苦しみ」という概念は人間だけが持っている

フランシス・フクヤマの言葉:「苦痛を経験できる能力こそ他の人間とつながる、共感ための源泉である」

→AIは「生物的な不都合」を持たない、苦痛を理解できない、数値化できない

→しかし現代人は共感の仕組み・情報を伝える仕組みをアルゴリズムに任せてしまっている。

アルゴリズムは人間をコントロールしようとする性質があり、人間は数値化された情報に従いたがる傾向にある。人間同志の価値観に基づいてコミュニケーションしていかなければならない。

 

・「リバタリアンパターナリズム」

リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン著『実践行動経済学(原題:Nudge)』

→どうやって国家が人間の幸福を政策として考えることができるかを説いた理論書。

→リバタリアニズム(自由至上主義)とパターナリズム(家父長主義・父権主義)、この相反するこの二つのイデオロギーが統合しないと21世紀の国家は作れないのではないか?

 

・『ウェルビーイングの設計論』(ドミニクさん翻訳本)

幸福とは何か? 人間の幸せのためにコンピューターをどう使うべきか?

日本的なウェルビーイングとは何か? 科学技術推進機構で研究中。

→事例:心臓ピクニック

心臓の外部化と身体的共感

 

・日本的な共感のコミュニケーションの設計

→西洋:目標を設定し最適解をだす

→日本:議論を促し問を生成する

*共感のプロセスが異なる

 

・「苦しみ」への着目

国民の痛みを科学的に把握する。理性的な合意ではなく身体的な共感で社会的な合意形成を図れないか?

「Gross National Pain」

苦痛のデータを共有すること、生物学的リアリティで社会をつくる。

それがITとテクノロジーによって可能なのではないか?

【竹村真一さんのトーク要約】

・飛鳥の都や奈良の都では半分が外国人だった

→聖徳太子は7人の話を同時に聞けたのではなく、7カ国語がわかるという意味だった

→多くの民族が混じり合うポリフォニーによって日本人が形成されてきた

→日本は万世一系、単一民族であるという幻想は、明治時代に必要に迫られて、外国の侵略に対して挙国一致体制で戦うためにできたイデオロギー

→元々日本では他民族を繋げて和を以て貴しと為す共生のためのOSを持っていた

 

・地震をリアルタイムで可視化する

阪神大地震を経験して、身の回りで大きな地震なんて起こらないと思っていたことが無知であったと分かった。地球の現実を可視化したい、自然現象として地球の胎動を可視化したい、地球との関わり方を変えていきたいと思い、20年前に「BREATHING EARTH」というプログラムを作成した。

世界中の地震のリアルタイムデータにアクセスできる。インターネットという神経系を通じて地球にアクセスできるんだという実感値が生まれた。インターネットはメールやホームページだけじゃなく、神経系として人々の共感だけではなく地球とのコミュニケーションツールにもなり得るかもしれないという予感があった。地球儀というメディアを使って地球人を作りたい。それが現在の「触れる地球」に繋がっている。

 

・アマゾンでマラドーナの5人抜きゴール

さらに遡って、地球大の神経系というアイデアはアマゾンでの体験がきっかけだった。

20代の頃アマゾンの首狩族の集落に行き先住民と暮らした。週に一回、発電機を回してテレビを見る。

サッカーワールドカップを見ていたところ、子供たちが「マラドーナ」に興奮していた。お前も見ろと言われて見てみたら、伝説の5人抜きゴールが起こった。その時にとんでもない時代になってきていると漢字だ。先住民がマラドーナのゴールに共感して細胞を震わせている、いま地球全体がどれだけ震えているのかと。地球共感圏、コモンスフィアが作れるのではないか、それが「センソリウム」という活動に繋がった。

 

・2500年前の精神革命

孔子や老子、ソクラテス、プラトン、ピタゴラス、仏陀などが同時多発的に現れた時代、それは国家がプレゼンスを高めてきた時代であり、国家の周辺で起こった革命だった。

文字によって国家の秩序ができ、心のOSをみがいていくことで超えて行こうという精神のチャレンジがあった。

 

・ソクラテスは文字を警戒していた

ソクラテスは文字が人間の心のOSを退化させると警戒し、自分では本を書かなかった。

 

・ナローバンド化する人間

ネットが国家の境界を越えるとポジティブに諸手を挙げて言えない、逆にナローバンドにしているのではないか? テクノロジーがひとりひとりの情報空間を偏ったものにしてしまっている、歪んだ窓をつくってしまっているのではないか?

→メディアに浸された自分のあり方を再設計しながら、国家とそれを超える秩序を創っていく、そういう時代

【ドミニクさんと竹村さんの問答、抜粋】

・情報量と想像性のジレンマ

竹村氏:オンラインでプレゼンスを感じる、コンテクストアウェアネス(気配・身体感覚を持って状況を捉える)をいかに高めていくか、メディアデザインがますます重要になってきている。それこそが本当のブロードバンドになりうる可能性をもっているのではないか?

 

ドミニク氏:情報量が多過ぎると、それを補おうとする想像性が少なくなってしまう。瞬間的な体感としては大きいが、そこにゆらぎや多様性は生まれない、そこがジレンマだ。

 

竹村氏:AIを人間の第3の脳としてモノの選択や決断を任せていくことで人間の自律性が出てくるのではないか、そこをどうやってデザインするか?

 

ドミニク氏:技術・国家というものがどこまで人間の面倒をみるべきか? コンピューターやスマホがどこまで人間の代わりをするべきか? 「奴隷と主人の弁証法(奴隷が賢くなり過ぎて主人の関係性が逆転してしまう)」、人間が人間である必要性のない閾値があるがあるのではいか? テクノロジーが人間の自律性というものをどのように支援するか、そのような議論がいま始まっている。

 

・シンギュラリティ

ドミニク氏:漢字が人類が最初に経験したシンギュラリティなのではないか? 漢字の原型ができたのが紀元前1300年前、そこから「心」という漢字が出てくるまで300年かかった。1300年以前は私たちが考える「心」というものは存在しなかったのではないか? 心を認識することで、過去と未来を隔てる時間軸が出てきて、計画を立てたり農耕をしたり国家を運営したりできるようになったが、副作用として未来への不安や過去への後悔が生まれた。そこから3000年経って肥大化してきた、

次のシンギュラリティは人間の心のバージョン3.0をどう作るか? 次の人間のバージョンをどう創るか?

 

竹村氏:人間の知性のほんの一部である言語化や文字化、空間化を司る理性的な思考の制約をうけてしまった。そこをAIが受け持つことで、そこから自由になる。AIと人間が共進化するのではないか?

 

ドミニク氏:現代の人間には認知限界があり、ある程度以上の合理性は身体的に分かり得ない領域がある。そこは機械に任せて、身体性や自然の世界、精神世界に向き合うことに集中できるようになるかもしれない。

 

竹村氏:例えば「イスラム」というのは平和という概念、「コーラン」は声に出すべきものという意味。コーランは声を文字にしたものであり翻訳されない。意味は分からないが、世界中でみんながアラビア語でコーランを音読みする。言葉を声で解凍しないと生きた知恵にならない、身体性を関与させないといけない。これはとてもクリエイティブなメディアデザインなのではないか? また一日5回礼拝がある。何があってもパブリックにオフラインになれる回路を社会的に設けているということ。ネット疲れでオフラインになれない人がいるのだったらそのようなソーシャルウェアを創ればいい。過去から探り出して新しく復元できるOS、身体性を取り戻すこと。それがシンギュラリティを超えて行くためにもこれから重要になるのではないか?

 

ドミニク氏:イスラムの芸術文化は偶像崇拝を禁止しており、あらゆるものを幾何学模様で表現している。「アルゴリズム」も、9世紀のバグダットの数学者アル・フワーリズミーという人が考え出した概念。それが現代の数学やテクノロジーを支えている。宗教をアップデートしていくこと、いま僕たちが持っている宗教というものに対するバイアスやステレオタイプから脱却して、そこに共通している神話的思考、異なる宗教が共通の回路を持っているということに気付くことができたら、宗教間対立やナショナリズムの対立は間違いなく融解していくのではないか?

 

竹村氏:国家や帝国との関係や対立の中で、宗教は組織性や教団性やイデオロギー性を強めていかざるを得なかった。国会以前の時代は、イエスや仏陀が見ていた地層と原風景がある。例えば仏教では親鸞がそれを抽出していこうとして仏教のOSを更新していった。そのような宗教の違いを超えたメタ宗教的なこと、メタ心のOS的なところに地下水脈がある。我々の宗教観や国家による不自由を脱衣すればいろんなことが見えてくるのではないか?

<参考>キーワードリンク集

『シンギュラリティ:人工知能から超知能へ 』

『ウェルビーイングの設計論-人がよりよく生きるための情報技術』

『実践 行動経済学』

・ローレンス・レッシグ

『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック クリエイティブ・コモンズによる創造の循環』

・統計学者 ハンス・ロスリング

触れる地球

センソリウム

BREATHING EARTH

奴隷と主人の弁証法

マラドーナの5人抜きゴール

アルゴリズム

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