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【SOW! Vol.3】1945 両角慶太氏

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「SOW!」は、これからの未来を切り開くための叡智や、失われそうな叡智を持って取り組む人・団体(プレゼンター)に対し、各分野の専門家、日本を牽引する起業家(プロフェッショナル)が、自身の叡智をアイディアとしてシェアするサロン的セッションです。
 3回目の開催となる今回は、5組のプレゼンターが5分間のプレゼン後、プロフェッショナルによるディスカッションタイムを開始し、各プレゼンターたちが今抱えている悩み・課題解決への糸口をその場で探っていきました。

<プレゼンター>
両角慶太氏
1945 http://ichikyuyongo.com/

<プロフェッショナル>
井上高志氏・楠本修二郎氏・小野裕之氏

「1945」プレゼン動画

<1945の課題>

・マンパワーの不足
インタビュー・撮影・編集を一人で行っている現状

・運営費

・普及活動
活動開始時に行ったクラウドファンディング以外、活動ができていない

自分が知りたいという欲求からはじまった

井上:戦後70年を過ぎて、戦争体験者や被爆者の方々の体験談を聞ける機会が無くなって、このままだと取り返しがつかなくなる。この財団でも同じような活動をしていて、戦争の体験談を叡智としてアーカイブする活動をしています。SOWの第1回目の時に映像プロデューサーの鎌田さんに御登壇いただいて、いまも実際にインタビューなどをしているところで、1945の活動にすごくシンクロニシティを感じて、ご縁でつながったんだなということを感じます。鎌田さん、ぜひ一言お願いします。

鎌田:第1回のプレゼンに参加させて頂きました。テーマ的には一番重いものでしたが、そのあと応援していただいて、去年広島の被爆者の方のインタビューをがっちり撮ってきました。インタビューというよりは告白のような映像スタイルをとっています。1945は現在休止中ということですが、何か一緒にやれるといいなと思います。

井上:まずお聞きしたいのは、そもそも社会貢献や平和活動に興味はなかったそうですが、現在このような活動をなさっている。そのあたりの経緯、想いのところをお聞きしたいです。

両角:大きなきっかけがあったというわけではなくて、日々をごくごく普通に暮らしていくなかで、例えば1945を立ち上げた2013から2014年あたりに秘密保護法という法律が可決されてしまったり、3.11の震災以降に感じるようになったメディアへの不信感であったり、いろんな背景があって。もう一つ大きなきっかけは、自分が子供を授かって今まで以上に未来について考えるようになったことです。

1945のサイトを立ち上げた当時、戦争というものの影をなんとなく感じるようになってしまった。あらためて日本が経験した戦争というものは何なんだろうと考えた時に 自分の中ではっきりとしたイメージが湧かなかったんです。

歴史で学んだものではなく、もっと草の根的な、個人が経験した戦争というものを今まであまり聴く機会がなかったなと思ったんです。自分のおじいちゃんは他界してしまったのですが、生きている時にちゃんと話を聞きたかったなと。

自分が知りたいという欲求から始まっているのですが、戦争体験者の世代の方々にお話を聴く機会をいただくのであれば、多くの方と共有することで見えてくるものがあるのではと思ったんです。そんな自然に湧いてきた気持ちが積み重なってこのようなプロジェクトを始めました。

井上:3年前のSOWで鎌田さんが戦争経験者や被爆経験者のアーカイブを残したいということを受けて、自分の家系のことをあらためて見直してみたんですが、僕の大叔父さんが昔首相だったらしく、小磯国昭という人で、第二次大戦を開戦した東条英機の次の首相で、彼はA級戦犯の1人でした。どんな人だったのかと文献を読んでいくと、当時の日本は戦争せざるをえない方向に追い込まれて、なるべく短期間で戦争を終わらせて講和しようと、東条英機以降の首相はどうやって早く平和裡に講和を結んで戦争を終わらせるか ということをやった方々で、本人としてはまさか自分がA級戦犯になるとは思っていなかった。そういうことを含めて、戦争体験者の話をちゃんと残すことで悲劇を繰り返さないようにするために、この財団は世界平和や人類の幸福が目的に活動しています。
秘密保護法や憲法改正の動き、憲法改正案の全文を見ると日本が怖い方向へ向かっていることを感じます。

楠本:映像というものはこれから一番の教科書になるのではないかと思っていて、リアルに感じるからこそ説得力がある。昨日エンターテイメント業界の方と話をしたのですが、レコード業界の一番の責任は歴史を残すことだとおっしゃっていて、感動しました。未来に向かう叡智のために、戦争体験のレコードも残さなければならない。エンターテイメントや映像、メディアの方々と、そのためのチームを作っていってもいいのかなと、そんなことを考えました。

戦争を妨げた事例を、もっと知りたい

小野:僕は敢えてちょっと違う観点から。アーカイブというのは撮れば撮るだけキリがないなと思います。どこをゴールにするのか? 今までアーカイブできなかった領域というものを明確にできなければ、同じ話をたくさん聴くだけになってしまわないかという懸念があります。また持続可能な状態にするためにも、マネタイズのことや、あとは他の敗戦国のアーカイブの状況も知っておくといいのではないかと思いました。
先ほど井上さんもおっしゃっていましたが、積極的平和構築のために、感想をただ集めるのではなくて、僕だったら、こうして戦争を防げたというような事例をもっと知りたいなと思いました。起こるべき戦争が市民の力によって止まったような、そういう話のほうが叡智なのではないかと。戦争体験談というのも叡智だと思うのですが、キリがなくなってしまう。アーカイブとしての価値をつくらなければ似たような映像ばかりが集まってしまう、その状態に陥ってしまうのがもったいない気がします。

また、起こったことに対して反対したり悲観したりするだけではなくて、起こる予感 に対してどうやって防いでいくのか。投票率も低いし、選挙と代議制や立法みたいなことに対して僕らはあまりにも無知ですよね。大きなデモも起こりましたが、デモを起こさずとも社会を変えられるためのロジックをもう一方で作っていくべきだと思います。
積極的に平和を構築していくということ、将来起こるリスクに対して民主主義というものを形骸化させずに、スローガンとして掲げるだけでなく、どうやってロビイングすれば廃案にできたかというような、あえてドライに、ロジックを積み上げることも必要だと感じます。

鎌田:僕も同じことを思っていて、体験談を話す活動をなさっている方はたくさんいらっしゃって。言い方は乱暴ですが、その中に話が面白い人と面白くない人がいるわけです。プレゼンが得意な人と得意ではない人がいるのと同じで。
自分がたまたま広島に行って最初に話を聞いた方のプレゼン力がものすごかったんです。このコンテンツ力はハンパではないと。その後にも15人くらいの体験者の話を聞いて、1週間くらい具合が悪くなったのですが、最初に聴いた方の話が一番面白かった。だから、その方を一生懸命口説いて、その方の自宅の近くのスタジオを抑えて、この前映像を撮ったのですが、僕の中では原爆を語る人はもうその人だけでいいなと思っています。同じ話がたくさんあると、どれを見たらいいのか分からなくなるので、そこは映像を作っている者のプライドとして「この人がベストです」ということも敢えて言いたい。
また映像を作るだけではなく見せるための場も作らなければなりません。いま映画祭をつくろうという話をしているのですが、年に一回この日だけはこういうコンテンツも見てくださいよ、と積極的にアプローチしていくこともやりたいです。

井上:見せるための場というお話がありましたが、財団で2019年の9月21日、国際平和デーにニューヨークの国連本部で国際平和映像祭をやろうと決めています。そういうところに活動を繋げていきたいと考えています。

戦争体験を語る側の意味は?

オーディエンス①:僕は新聞記者なのですが、長崎で1年間働いていまして、その間ずっと被爆者の方々の声をアーカイブする仕事をしていました。長崎のあと神戸に行って、その後は高知に行っているのですが、神戸も高知も空襲でやられていて、実は日本全国で戦争の被害があります。戦争の悲惨さという点では日本全国でほぼ同じなのに、平和都市の広島と長崎以外の地域では戦争の爪痕がなかったことのようになっています。
最近は東京大空襲が見直されるようになりましたが、広島と長崎や沖縄と、それ以外の都市での温度差がものすごいんです。実はみなさんのご先祖も戦争で同じような目に遭っているんだよ、ということを知ってもらうためにも、1945というサイトはものすごく大きな気付きになるのではないかと思いました。

飛鷹:先ほどからの議論は、戦争体験者のお話が聞く側の私たちにとってどのような意味があるかということだったと思うのですが、逆に語る側にとっては、どのような意味があるのか? という観点も必要ではないかと感じました。
東日本大震災で日本は社会全体として、いわば大きく魂に傷を負ってしまったわけですが、このような事態に宗教者がいかに関わるべきかが、宗教者の間で大きな問題意識になっています。実際に被災地に宗教者が入って、そこで求められているのはこちらから説法や布教することではなくて、被災者たちが実際に遭ったことに耳を傾けること、傾聴することが非常に大事なんです。そうした取り組みに従事する宗教者を臨床宗教師として育成して行こうという機運が生まれたのが2011年以降なんですね。
被災者と向き合い、口に出すのも苦しい体験に、いかにして寄り添っていけるか。彼らは、自分のかけがえのない人生の物語に忍耐強く耳を傾けて欲しいのです。聞く側からすると、たくさん話を耳にするうちに、ともすればそれは何度も聞いた話だと類型的に整理してしまうのかもしれませんが、語る側からすると、それはただ一回きりの切実な人生の物語なのです。

誰にも話せずに人生の最後を迎えようとしている人たちにとっては、1945のような場があれば、本当に体験したことを語り得たかもしれませんし、そこに記録されてあれば、ひょっとしたらどこかの誰かが自分の人生の物語を耳にしてくれるかもしれない、という期待を抱けたでしょう。それは自分がこの世に生きた痕跡が社会に残る、ということを誰もが求めているということなのだと思います。そこで必要とされるのは、情報処理的なノウハウとは違う意味での情報力や共感力、傾聴力といった力ではないかと思います。そうした力を涵養することこそが、今後教育の現場でも必要なのではないでしょうか。

違いを理解して認めることが大切

井上:広島で3年に1度開催される「国際平和のための世界経済人会議」を取り仕切った加治さんから、ご意見をいただけますでしょうか?

加治:あまりにもいろんな視点があるのでうまくまとめられませんが、戦争が起こる理由は何か、というものが背骨になっていたような気がします。いろいろな違いを理解して認めることがすごく重要だと思います。
それは我々が不完全な人類だからだと思うのですが、たぶんあと100年くらい経つと国境がなくなる。戦争も今までは国同士で行われていましたが、そこに経済合理性がないので、いまの国際紛争はほとんどが宗教的な理由や原理主義的なものが原因で起こっています。
我々の子供や孫、さらにその先くらいに国境がなくなって戦争もなくなった時には、いま両角さんがやっておられるようなことは、我々の成長の軌跡の中でアーカイブとしてすごく重要になるのではないか。正義の反対は別の正義だ、という言葉があるように、違う人の正義を理解できる力を我々は身につけなければならないんじゃないかと感じました。

小野:すごく面白いディスカッションでした。やはりジレンマを抱えているなと感じていて、資本主義経済というのは差別することによって富=資本をあるとろこに集中させ、また再投資するというのがその構造の原型なので、多様性というものが本当は、無いなら無いだけいいという原則があります。多様でありながら幸せであるということをどのように実現するかというのは、まだ解がないんだと思います。
多様性をなかったことにして経済的な富をお金で再分配すればいいじゃないかという社会から、より成熟した社会になってきている。そうすると、経済成長のスピードも落ちるだろうし、それはいけないことだと、今のところなっていますが、それは自然の摂理であって、それに抗い続けるだけでは仕方がない。答えはまだないのですが。

楠本:さっき加治さんがおっしゃった100年後の世界についてですが、80年代後半くらいにフランスで『美しき緑の星』という映画が公開されました。地球と同じような別の惑星があって、その惑星の暮らしから見ると地球がいかに愚かなことをやっているかという内容の映画なのですが、公開直後になぜか絶版になって放送禁止になってしまった。加治さんのおっしゃっていた100年後の世界がまさにこういうことなんだなと分かる映画なので、みなさんにぜひ見ていただきたいです。
僕は仕事を通じて、「違う」ということを、どうリスペクトするかという場をつくろうとしてやっているつもりなんですが、映画はそのための教育プログラムになると思っています。昔は映画というのは遊興のためのものであって、映画館はなるべく住宅地から離そうという都市計画上の用途制限になっていますが、映画というのは教育であり夢をシェアするものに変わっていくと思います。

井上:具体的にどんなことで応援できるかですが、まず活動そのものが再開できるように、ヒト・モノ・カネの部分でお手伝いできればなと思っています。ぜひ財団で一緒にやっていきましょう。食堂やカフェで映像を流しながらみんなで飲んだり食べたり語り合う場というのはすごく大事なので、楠本さんよろしくお願いいたします。

楠本:いま渋谷を映画の街にしようというプロジェクトを進めていて、映画館の中だけではなく外も映画館だと。すると公共の場所で映像を流すことになりますから、誰もが見てよかったと思えるものをシェアしようと、いま動いています。

井上:僕の方は都市の映画館だけではなくて、田舎にも青空映画館をたくさんつくりたいと思っていて、100カ所1000カ所とつくっていって、いいコンテンツを流していきたい。自前のスクリーンを1000枚持つというのはとても大きな力になると思うので。地元の人だけではなく、その周辺からも人が集まってくるような。青空の下でバーベキューして生ビール飲んで、ちょっと真面目な映画を見てみんなで語るような、そんなイメージです。

鎌田:僕も映像コンテンツを作りながら映画上映イベントみたいなことも去年から始めていて、山の中でポップアップ映画祭を1週間やるとか、そんなこともやっています。なかなかみんなが見てくれないコンテンツを、みんなが知ってる娯楽作品の中に紛れ込ませる、というような作戦で。したたかなこともやっていかないと浸透しないコンテンツもあると思うので、そういったところも今後、みなさんに相談できればと思っています。 今日はありがとうございました。

両角:これまで1945でお話を聞かせていただいたなかで、かなりの方々が取材の後に「今日は若い方と久しぶりにお話ができてよかった」とおっしゃったんですね。世代間交流の希薄さみたいなものを感じつつも、1945を通じて高齢者の方々と若い世代とが 交わることができるような場所作りができるとよりよいのかなと思いました。サイトに掲載させていただいた方のなかで、残念ながら亡くなってしまった方もいらっしゃいまして、本当に急がなければという気持ちでおります。

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