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AIにファッションは可能か? 「ファッションおじさん」運営者と、AI時代の感性・美意識を語る

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AIが社会基盤となるからこそ必要であろう叡智、今残すべき叡智とは?〜AIと美意識編〜

今後、AIが社会基盤になる社会において必要な叡智・残すべき叡智とは、何か? 「AIが社会基盤になる社会」とは、一体どういう状況なのでしょうか? またその時に私たち人間はどう考えどう生きるべきなのでしょうか?

今回のイベントは「AIと美意識」という視点から、このテーマを深めます。

膨大なスナップ写真からデータが蓄積され、自分にオススメの洋服がリコメンドされる、もしくは買える、送られてくる。これから人は、服を選ぶことに費やしていた時間をAIに任せて、他のことに時間を割くようになるのでしょうか? 一方で、選ぶ楽しさやちょっとした人のセンスや美意識がデータから弾かれてしまうものも捨てがたいように思います。

今回は、AIを用いたファッションリコメンドアプリ「ファッションおじさん」を作っている株式会社ニューロープ代表の酒井聡さんと、ファッションジャーナリストとして活躍し、現在は伝統工芸の発展に尽力している生駒芳子さんとともに、ファッションの現状と未来を探ります。

【ゲスト】
酒井聡氏
株式会社ニューロープ  代表取締役

ファッションに特化した人工知能『ファッションおじさん』をリリース。ファッションECにリコメンドエンジンの提供、SNS上のコーディネートを分析、トレンド予測、監視カメラの映像を元に来店客の嗜好を分析するなどのサービスを提供している。九州大学芸術工学部で芸術と工学を学び、プログラミングスクールにも通う。得意領域はファッション、アート、エディトリアル、デザイン、エンジニアリング。その他、関心の高い領域は自然科学と健康。中小企業診断士。2013年サイバーエージェント主催「アントレプレナー・イノベーションキャンプ」で優勝し、2014年に同社より出資を受け起業。自習室事業やIoTに取り組むPresents squareの執行役員を兼務。テクノロジーのフロンティアをどんどん開拓していきたいと活動している。

・ファッションおじさん  https://goo.gl/xA89hc
・人工知能ショップ店員Mika https://japan.cnet.com/release/30214026/
・#CBK(カブキ) https://cubki.jp
・ART LOVER http://art-lover.me
・AI-CATCHER http://ai-catcher.com/

生駒芳子氏
ファッション・ジャーナリスト、一般社団法人フュートゥラディションワオ代表理事/NWF評議員

VOGUE,ELLEでの副編集長を経て、2004年よりマリ・クレール日本版・編集長に就任。2008年11月独立後は、ファッション、アート、ライフスタイルを核として、社会貢献、エコロジー、社会企業、クール・ジャパン、女性の生き方まで、講演会出演、プロジェクト立ち上げ、雑誌や新聞への執筆に関わる。伝統工芸を開発、世界発信するプロジェクト、地方創生の地域プロジェクトに取り組む。内閣府クールジャパン官民連携プラットフォーム構成員、国連WFP(国際連合世界食糧計画)顧問、NPO「サービスグラント」理事、JFW(ジャパンファッションウィーク)コミッティ委員等。

スナップ写真を解析するAI「ファッションおじさん」

酒井:弊社は2014年に設立して、『#CBK(カブキ)』というファッションのメディアを立ち上げました。ブロガーやインスタグラマー300人くらいの投稿を利用して、彼女たちのスナップがパラパラと見られて、スナップに載っているコーディネートと似ているアイテムを買えるというサービスを始めました。

ずっと人力で、何万枚もの写真にタグ付けするということをやってきて大量のデータができたので、これを元にAIを作りました。ファッションおじさん』というサービスでは、LINE上で友達になって、タイムライン上にスナップ写真を投稿すると、完全に自動で解析をします。

写真上のファッションアイテムごとに領域付けをして、アウターはデニムジャケットで色はブルーとか、帽子はニット帽でケーブルニット、色はグリーンでラベルが付いて……のようにタグ付けを自動でします。さらに別のAIで解析して、このスニーカーにはこのアイテムを合わせたらいいよ、というコーディネートも提案します。

このAIを使って、アパレル企業やEC企業とコラボレーションをしています。例えば、アパレル企業ではスタッフブログを持っているのですが、そのブログで紹介しているアイテムが売り切れてしまったらコンテンツ価値が無くなってしまうところを、AIを利用して類似アイテムを出して売上げにつなげたり、他にもファッションメディアから記事をECサイトに転載して、記事中にスナップ写真があればそれを解析して類似アイテムを出して、ユーザーが買い物できるようにしたり。ここでアイテムが購入されるとメディア側にフィーを還元するという取組みをしています。

3週間後の流行を予測するAI

ユーザーがあるアイテムをカートに入れた時に、別の商品をコーディネートして勧めたり、ショップ店員の役割をEC上で行うサービスを開発していて、アパレルの会社で導入される予定です。その他にも、ユーザーがインスタグラマーのスナップをキャプチャしてECサイトにアップロードすると、似ているアイテムがバッと出てきてそのまま買い物できるサービスも提供しています。(※http://www.magaseek.co.jp/news/2003/

リアル店舗向きにも様々に展開しているところで、デジタルサイネージにアイテムをかざすと、そのアイテムの着こなし例が出てくるサービスや、監視カメラの映像解析を利用して、来店客がどういうファッションで年齢がどのくらいで、といった情報を全部定量化するサービスも開発中です。定量化することで分析を可能にしてマーチャンダイジングにフィードバックすることができます。

他には、ツイッターやインスタグラム上の「#コーデ」というタグがついているスナップをすべて抽出・解析をして、世の中でどういったアイテムが出回っているのか、去年と比べて何が違うのかを分析して、例えば3週間後には何が売れるだろう、といったデータを取得してSPAにデータを提供したり、そんなことをやっている会社です。

いま社員は5人ですがエンジニアがメインの会社で、いろんなテクノロジーを開発しています。自社では商品も店舗も持っていません。だからアパレル企業などとコラボレーションして、新しいバリューを提供していけたらいいなと考えています。

AIでコンバージョンレートが倍に

酒井:他にもいろんなAIがあるのですが、『ファッションおじさん』では、スナップを解析してタグ化するというAIと、この画像に対してこの画像が合いますよ、というコーディネートを提案するAIを使っています。いずれも2014年から運用してきた『#CBK』というメディアがトレーニングデータになっていて、「このアイテムは○○です」というタグ付けしたデータと、フォロワーの多いインフルエンサーがどんなコーディネートをしているのかという大量のデータを持っているので、それをAIに学習させて再現するというものです。

生駒:お話聞いているとグーグルの『アルファ碁』みたいな画像解析とディープラーニングをやって、その画像の中のマッチングやコーディネートを解析してレコメンドしている、ということでしょうか?

酒井:フレームワークはグーグルのテンソルフローを使っているのですが、アルゴリズムや教師データは基本的に自前で引っ張ってきて適用しています。

生駒:このサービスを導入した結果、実際の購入率がこのくらい上がった、のような成功例があれば知りたいです。

酒井:例えば、画像からアイテムを検索できるリコメンデーションに関しては、通常の導線に比較してコンバージョンレート(購入転換率)が倍程度になりました。マガカフェというメディアの立ち上げを弊社でやったのですが、様々な媒体から記事を引っ張ってきて、記事中にスナップがあったら類似アイテム出すということをやっています。正確な金額は言えないのですが、けっこう売れていますね。

グーグルの人工知能ライブラリ「テンソルフロー」の画面(サンプル)
LIFULLブログhttp://www.lifull.blog/entry/2015/11/10/204609より

レコメンドAIはファッションを葬るか?

生駒:例えば、いくつものECサイトがこのサービスを導入していくと、画一的なレコメンデーションになっていきますよね。そうすると百貨店アパレルが衰退しつつあるように、商品が均質化されていく方向に向かっていくのではないかと思いました。私は、百貨店で同じフロアに似たようなブランド、似たようなアイテムが並んで価格競争しているからどんどん物が売れなくなっていってブランドが衰退していったと思っているのですが、それと同じようなことが起きないか危惧しました。解決策はありますか?

酒井:コーディネートを提案するときにテイストの調整はできます。今はテイストしか出ていないのですが、データとしては年齢層や身長なども持っているので、例えば「20代後半のフェミニン系の人がどんな着こなしをするのか」みたいな細かい調整ができるようになっていて、メディアのテイストに合った着こなしの提案ができます。ファッションメディアから記事を引っ張ってきてそこから商品を販売するということも、どのメディアから記事をもらうかで調整ができるので、なるべく多様性を持たせること、どちらかというとECサイトにこちらがフィットしていくような設計思想でやっています。

生駒:ファッションには波長と周期があると思うんです。「短期的にどう売れているか」という波長もあれば、「1950年代のこの感じいいよね」とか。ファッションの業界や小売りの業界はそこから未来を見たがるんですよね。いろんな波長があって、その波長とどう同期させながら、どのように未来を見るか。

東京のストリートスナップが世界をリードしている

生駒:私は長年ファッション雑誌を手掛けてきたんですが、女性誌は大変だったんです。一週間7日分のコーディネート例を示して、毎日ひとつのアイテムをどう着こなすか指南をして。いまは街の人たちがすごくオシャレになったけど、昔はこんなにオシャレじゃなかったんですよ。例えば怖いスタイリストのお姉さんがスナップ写真をダーっと見て、はじから全部けなしていくというようなことがありました。「この赤い靴下、最低!」とか。そういう時代を経てきているんです。そうやって進化してきて、今やもう街中のみなさんが、本当に雑誌に載ってもいいようなオシャレな時代に入って感慨深いなと思いました。

本当にここ10年くらいで、東京のストリートスナップが世界をリードするようになっていて、その中から酒井さんのお仕事というのが出てきているんだなと思っています。ここ2、3年はファッションアイテムが本当に売れなくて、ファッション業界の人に会うとみんな冷え込んでいる話題が多くて寂しい限りです。デパートもこれからどうなるか分からないという状況の中で、こんな勢いのいいサイトを作られた。私も『ファッションおばさん』ですから、LINEに入れてさっそくやってみました。いろんなスナップをアップしてみたんですが、ファッションへの入り口としていろんな方に届くだろうし、楽しんでいただけるサービスだなと思いました。

私が今やっていることは、人工知能とどうリンクできるか分かりませんが、今日はいい機会なのでそれを考え始めたいと思っています。もともと私はファッションの現場、パリコレやミラノコレクションをずっと見てきて、2010年くらいに伝統工芸に出会ったんです。金沢で偶然に伝統工芸の工房を訪ねた時に、みなさんが「未来が無い」と嘆いてらっしゃったんです。国内の業界は未来が無いし何を作っていいか分からない、販路も無い、どうしていいか分からない、と聞いたときにショックを受けて。そこから何か私ができることはあるかなと思って活動を始めました。

エルメスもヴィトンも「伝統工芸」だ

私の場合はファッションから伝統工芸に活動の軸足が移りましたが、実はエルメスやルイヴィトンのようなブランドもベースは伝統工芸なんですね。フランスもイタリアも伝統工芸が山のようにある中で、ラグジュアリーブランドが100近く出てきているんです。しかし、日本はどうでしょうか? こんなに伝統工芸がある国なのに、いわゆるオシャレなラグジュアリーブランドって少ないんです。ミキモトと最近の田崎真珠くらいで、ほとんど無いに近い。

ファッションにいたっては、イッセイミヤケ、コムデギャルソン、ヨウジヤマモトは新しいカテゴリーのラグジュアリー・クリエイティブブランドと言えますし、グローバルブランドです。ユニクロも別のカテゴリーでグローバルブランドと言える。誇れるファッションブランドは出てきているんですが、伝統工芸をベースに置いたものは皆無です。そこでこの2年くらいをかけて 『HIRUME(ヒルメ)』というブランドを立ち上げました。

いま事業化している真っ最中なんですが、例えばこれは西陣織のバッグです。他にも、私もいま身につけていますが江戸小紋のスカーフや、金襴緞子(きんらんどんす)の金襴をスカジャンの内側に貼ったりと、全国の工房の職人さんたちとお仕事をしています。『ヒルメ』いう名前は天照大神さまの別名で、今この社会で活躍する女性たちが自信を持って纏うことができる洋服やアクセサリーを作って行きたいなという思いが込められています。

ファッションは「魔除け」

実は昨日まで北海道のアイヌの里に行っていました。アイヌは縄文文化の継承者なんですが、彼らの着ていた服が本当にかっこよくて着て帰りたいと思うくらい。いま世界中で縄文文化が注目されているんですが、縄文とアイヌはセットなんですね。いま生きているアイヌの方々は縄文人の末裔なんです。いま私が胸に付けているのは全部アイヌのアクセサリーで、手彫りフクロウ、やじり、熊の手です。彼らにとって熊というのは神様の使いなんです。

非常に平和だったという縄文文化が世界的に注目を集めているんですが、私はこの縄文アイヌをテーマにした展覧会をやりたいなと思っています。私もファッションを見尽くしてきて、やっぱり原点に返りたいなという志向があります。人が手で作れるものってなんだろうとか、このような時代だからこそ逆に人工知能もしっかり考えてみたい。そして伝統工芸の世界が人工知能と組めたら、またおもしろいなと思うんですよ。

AI関係の方とお話する機会もあるのですが、ロボットやAIは何ができるのか? 手で彫るという行為もAIができちゃうんじゃないかとか。その時にAIにできないことは何なのか? よく言われるのは、人間のゆらぎや曖昧さ、不規則性です。人間の目にはゆらぎがある方が自然に見える。きれいに整えられた機械的なものは逆に不自然に見える。

ファッションの本来の機能は、例えば縄文文化やエジプト文明とかも好きでいろいろ研究しているんですが、結局「魔除け」なんですよ。ファッションはパワーをくれるアイテムなんですが、同時に魔除けでもある。自分を守ってくれるお守りみたいな部分がすごくあって。じゃあファッションおじさんの世界にそういう作用が無いかというと、私はそうでもないと思うんです。先ほどお聞きしたようなAI使ったサービスがこの4年間で作られたのは素晴らしいと思いますし、逆に未来がないと思われているような古い伝統的な産業と繋がっていけたらすごく面白いのではないかと思って、今日は楽しみにしています。

テクノロジー化が遅れていたファッション業界

酒井:もともとテクノロジーを使ったことをやりたいと考えていました。2014年に起業するきっかけがありまして、その時にいろんな業界を見渡してみて、ファッション業界はテクノロジーの入る余地がまだ大きいし、有力なベンチャーもそんなになかったので、成功確率は高いんじゃないか、というところから入りました。そのあと実際にやってみると苦労することが多くて、ちょっと後悔したんですが……。はじめはそういうモチベーションでした。

最初は、先ほど紹介したようにモデルさんのスナップが並んでいて、その類似アイテムを買えますよ、みたいなサービスを立ち上げて。それがスケールしたらいいなと思っていたんですが、それはうまくいきませんでした。ただ、アパレル業界の方々はお願いをするとみなさん会ってくれました。危機感を持っていて、何かをしなければいけないと考えている方たちで、僕たちのようなベンチャーにもオープンにお話をしてくれました。

いろんな話を聞いているうちに、自動化することによってパフォーマンスを出しやすい、特にEC領域はリソースの問題でやりたいことができてない状態があったり、トレンド予測についても、マーケティング会社の人がインスタグラムを人の目で見て「来年はこれが流行るかも」とレポートしている。これはテクノロジーで解決できそうだなと考えて、持っている大量のビッグデータを元にAIを作ったんです

ファッションAIにトレンドは作れるか?

生駒:今までファッションの世界では、春と秋のパリコレクションやミラノコレクションでトレンドが作られていましたが、「ファッションおじさん」ではパリコレよりもインスタグラマーの方がお手本ですか? もちろんインスタグラマーはパリやミラノを見て反応していることもあるから、間接的に影響は受けていると思いますが、ひと昔前の雑誌や活字メディアだと、セレブリティやトップモデルが着ればコレが流行るとか、そこがカギでした。インスタグラムは本当にもう全員が一般の方ですよね。そこからトレンドが生まれるのでしょうか?

酒井:コレクションはサンプルの母数としてはすごく少ないので、そこから何が流行るかを抽出することはAIには困難です。トレンドという意味では、読者モデルなどはシーズンが始まる前に展示会に呼ばれてインスタグラムにアップすることがあるので、そこを解析して3週間先のトレンドを予測するみたいなことに取り組んでいるところです。

生駒:ファッションは、21世紀に入ってから繰り返しなんです。「新しいもの」は、素材以外にほとんど無いんです。形は60年代も70年代も80年代も90年代も、繰り返しでリミックス。今話題のグッチを見ると、もはやファッションの領域を超えています。古着テイストのオンパレードで、ホラー映画みたいに生首を持ったりして。我々みたいにコレクションをずっと見てきている人間からすると、ファッションはどこに向かうのか、という感じです。だから酒井さんたちが『ファッションおじさん』でされていることの方が、逆にトレンドを掴んでるかもしれないと感じました。いま、トレンドを送り出す側は大変です。酒井さんは、パリコレやミラノコレクションはあまり見ないですか?

酒井:たまには、ぐらいですね。

生駒:「たまには」ぐらいでファッションサイトがやれる時代だということを、パリコレやミラノコレクションをやっている人たちも理解していて、すごい危機感を持っています。逆にいま一番元気があるのは、オートクチュールのです。在庫を抱えるプレッシャーの中で服作るのはもう嫌だと言い出すデザイナーも出てきているんですね。

例えば、『ヴィクター&ロルフ』というデザイナーはプレタポルテをやめて、受注販売に切り替えました。私のプロデュースしている『HIRUME(ヒルメ)』もほとんどが受注販売で、注文をいただいてから2か月後に納入させていただくという形をとっているんです。マーケットの様子も少し変わってきて、すぐに買えるものと、ちょっと手の込んだ特別感のあるものという、嗜好が二つに分かれてきているかなと感じています。

未来のファッションはユニフォーム化する!?

酒井:AIは、最初の「コレクション」を作るのは無理なんです。人間が作ったコレクションがあって、SNSから情報を抽出して、3週間後に何が流行るかを予測しています。この最初に「当てる」部分がAIにはできないです。伝統工芸に関しても同じかなと思います。AIは最初にクリエイティブを作るところは苦手です。

生駒:いろんなデザイナーさんに「未来のファッションはどうなるのか」と聞くと、かなりの確率で「ユニフォーム化していくよ」って答えるんですね。今の時代の10代20代、うちの息子なんかもそうなんですが、あまりファッションに関心が無くて、なんでもいい、制服でもいいという流れがあると思うんです。でもファッションって、意外性や驚き、普通じゃあり得ないみたいなことが新しいファッションを作っていく。そういう意外性をAIでも生み出せれば面白いですね。ファッションは個性の象徴、個性を表現する道具だったはずだから。

世界中にある多様性と、どう合わせていくか

ところで、今のサービスをグローバルに展開しようと思ったとき、国ごとの文化や多様性に対してどう合わせていきますか? 例えば、シンガポールに日本のファッションを持っていくのは厳しいと思います。私がシンガポールで言われたのは「日本のファッションはセクシーじゃない、どうして体を隠すのか」ということ。ボディラインを出さないとシンガポールは評価しないんです。「なんで日本の女の子はみんな体型を隠してるの?」って。

酒井:ドメインが全然違うところはイチからデータを取り直さなきゃいけないと思っています。

生駒:フランスやアメリカに進出したら面白いなと思います。なぜかというと、日本のファッション業界はコーディネーションをパリジェンヌに盗む、学ぶ、ということを繰り返しいろんな雑誌でやってきて、パリジェンヌのスナップ写真で育ってきたから。だから、それが変わったら面白いなと思いました。

MON-DO(問答)

問:意外性というものを酒井さんがやろうとした場合、いまいくつかあるタグの重み付けをした上で、マッチ率を付けて提示されているところを、敢えて特定のタグのマッチ率と一番遠い、例えばフェミニンの要素だけ全然違うように出したら、生駒さんがおっしゃった意外性の提案になるのかなと思いました。

酒井:ゆらぎをどう作るかという話だと思うのですが、ちょっと何かを掛けて値をずらすといったことはできるかもしれません。ただし、何かしらのアウトプットは間違い無くできますが、それが正しいか、人が求めているものになるかどうかは実際に運用しないと分からないです。

生駒:グッチだって悪趣味の極みで大ヒットして、前年度比170%くらいの売り上げを出している。ベースは古着感覚と悪趣味だったりするから、もっともっと刺激やスパイス要素を入れてもいいかなと思います。

 

問:AIがファッションを認識するとき、ファッションは色・形・柄・付属品や機能など、いろんな要素があると思います。単純にピンクのブラウス、という話ではないと思うのですが、どこまで掘り下げて数値化してタグ付けをしているのでしょうか?

酒井:タグ付けの粒度ですが、色・シルエット・ディティール、例えばフリルがあってレースが入っているとか、柄とか、目で見える範囲では素材も入っています。レザー・デニム・ニットなのかどうか。つまり、厳密に正確かというとそうでもありません。ノーカラーシャツとかラウンデッドトゥのパンプスとか、そういうレベルの粒度です。

問:ファッションが成立するというのは、いろんな提案があったとしても買う側に合うかどうかが大事で、流行りを着ていてもまったく似合ってない人がたくさんいるような気がするんです。服のフィットとかマッチングってどう考えればいいんでしょうか? 例えば買う側が「これいいな」と買って着ても、自分が納得すれば良いのでしょうが、ファッションには「似合ってるかどうか」がすごく大事な要素だと思います。

生駒:一番カッコいいファッションというのは、服を着てリラックスしている状態だと思います。どんなに高いお洋服でも、やっぱり借りてきたようなものを着て、ずっと緊張している人ってあんまりカッコよく見えない。だから、着て馴染んでリラックスできて自信が持てる、というのが一番カッコいい状態。オンラインの場合は試着ができないから、そこでズレが生じたりするかもしれないけれど、似合う似合わないというのは、ある程度は主観的な問題かもしれません。

あと、日本人は人目を気にしすぎなところがあるんですね。だから似合わない服を着ている人見ても、「ああ勇気あっていいな」くらいに大きい目で見てあげるといいのかなと思います。「着たかったんだね、それでいいじゃん」って。そこでスタイリストさんみたいにチクチク言わないで、明らかにサイズが合わないのは良くないですけど、自分が着たい服を着て幸せになるっていうのはいいことだな、と思っています。

酒井:本当にファッションには要素が多くて、僕たちが今やっているのは「着合わせ」の部分だけです。いまご意見いただいたのは「似合わせ」の部分だと思うんですが、好みもありますし、肌の色や体型などいろんな要素があります。その人が実際にどんな商品を見て何を買うか、というのをデータとして取って、その人に合わせて最適化していくことは取り組んでいるところです。

生駒:私は職業柄「どうやったらオシャレの腕って上がりますか?」って聞かれるんですが、ファッションは全部「真似」から始まるんですね。何事もそうだと思いますが、昔のファッション雑誌になると、それこそ「モンロー風」とか「オードリー・ヘップバーン風」とか、今だったら「ミランダ・カー風」とか、セレブの真似をする。そこはずっと変わらないんです。だから、真似から始めるというのは正解なんです。

その気分を自分から取り込んで、それ風に着てみるとサマになるものなんです。そういう意味では、真似をする対象がこれだけスナップとしてたくさんあって「これいいなあ」と思って、ファッションにトライしてみるのはいいことだと思います。私は一応ファッション業界の人間なので、ファッションに飛び込みたくなる装置として「ファッションおじさん」はスマホで見てワクワクしてもらえる、そういうプラットフォームだからすごくいいなと思いました。今の紙のファッション雑誌では、できないことです。私もずっとそれをやってきたから実感としてわかります。

もちろん、『VOGUE』『ELLE』とか、ああいう写真でバーンと美しいクリエイティブなファッション写真を見せる雑誌の使命っていうのもありますが、今の時代に即した新たなメディアとしてすごく興味深いと思っています。

問:今後おそらく「ファッションおじさん」のライバルが出てくると思うのですが、そのとき、そのAIに個性を持たせることはできるのでしょうか? 同じ教師データを入れたら 同じAIが育つものなのですか? それともAIというのは個性が生まれる類いのものなのですか?

酒井:まったく同じ教師データを読み込ませると近しいことしかできないAIになるのかと思います。

問:そうなると、「何でも網羅しちゃえ」というのがビッグデータだとしたら、みんな同じものを見ていくようになる気がします。そうするとファッション業界のAIはひとつしか生まれないのでしょうか?

酒井:「何をゴールとするのか」というのがAIの中にもあります。例えばユーザーの好みをどんどん学習していくAIを作っている企業がありますが、そこは本当にその人が何を買ったか、何をクリックしたか、というデータをどんどん蓄積して、オンライン上にその人のためだけのセレクトショップを作るという思想でやっています。そもそもゴールをどこに置くのか、そのゴールを達成するためにはどのようなAIがいいのか、そのAIを作るためにどういう教師データが必要なのか、と掘り下げていくと、企画の部分でそもそもの差ができて、いろいろなAIが出てくると思っています。

生駒:メンズを扱うときは、まったく違う方法でアプローチしないと厳しいのかなと思いますね。男性の方がマニアックなんです。例えばビスビムというブランドだと、本当にこだわった藍染めのシャツが10数万円とか、そういうものが好きな男の人がいます。道具へのこだわりもあるし、だからどこまで深掘りするか、ですね。あるいはスポーツウェアとかリュックとか、そういうジャンルものならありえるけど、ファッションアイテムに関しては同じアプローチではいかないかな、と思います。

酒井:男性はすごく二極化していて、すごいこだわりがあって、自分が好きな物だけで全身を固めたい人と、ファッションに興味はないけれどモテたい……という層があって。後者向けだと「月1万円で、スタイリストが服を選んで発送する」というサービスがあって、ヒットしているんです。

生駒:男性と女性で違いますよね。ところで、なぜ「おじさん」にしたんですか? 「ファッションおじさん」って。

酒井:おじさんにした理由は「ファッションおじさん」そのものをサービスにしてやっていこうということではなくて、ファッション業界のいろんな方に知っていただきたいな、ということが目的でした。パブリシティに上手く乗って、いろんなメディアに取り上げてもらいたかった。あと、AIはインターフェースとしてキャラクター化するのに相性がいいと思っています。AIは100点じゃないんです。たまに間違えるし、苦手な分野もある。そういうときに「おじさん」というキャラクター付けをしていたら許してもらいやすいのかなって。

問:そもそも「カッコよさ」とか「美しさ」って数値化できるのか、ということをお聞きしたいです。例えば味覚だと、辛い・しょっぱい・苦いとか全部数値化できますよね。同じラーメン屋さんの味を再現したいとオーダーしたら、味の要素を全部数値化したものを調合して再現してくれる。でも反対に「カッコいい」を扱うためには、大量のデータを飲み込んで、みんなが「カッコいい」と思える統計値を取るしかない。絶対的な数値ってありませんよね?

酒井:難しいと思います。がんばって何かしらのアルゴリズムを考え出すことはできるかもしれませんが、そもそも1年後になったら「それカッコよくないよね」となると思いますし。

生駒:数値化しづらいと思いますね。ファッションを極めているパリのエディターなんかは「オシャレとは態度(アリュール)。服そのものじゃない、生き方がおしゃれのエッセンスよ」と言います。そこまでいくと数値化できないですよね。だから方程式みたいなものは無い。どんなに素敵なお洋服を着ていても、顔の表情とか、態度とか、雰囲気とか、そういう内面が伴っていないモデルは絶対使ってもらえないんですよ。トップモデルがそうであるように。

いいファッション写真ってどういうファッション写真だと思いますか? 服がきれいに写っている写真じゃないんですよ。これはもうトップカメラマンが言うんですけど「いい女が撮れている写真」なんです。一番いいファッション写真は「いい女」が写っているということ。服だけがきれいに見えても仕方がなくて、ファッションは全体のものなんです。

酒井:感性領域に関してはおっしゃる通りで、ただ「こういうタスクをやりたい」という前提があったら、それに向かっていくのはAIが得意なことです。例えば、「丸の内で働く女性に好まれる傾向のあるファッション」のような前提条件を付ければデータも取りやすいし、それをAI化してコーデ提案するのは現実的だと思います。

問:例えば「ファッションおじさん」がすごく流行っていくと、「ファッションおじさん」をみんなが見て真似る世界がくる気もします。そうなったら、ファッション関係のクリエイターの仕事が無くなってしまうことはありませんか?「これが流行ったら、私たちの仕事が無くなります」という人も出てくるんじゃないかなと。そうなったときに、AIとどのように共存していけばいいでしょうか。

酒井:シンプルに考えると、人とAIはそれぞれ生産性を発揮できる分野でワークしていけばいいんじゃないかと思います。具体的には、実際に何かモノを売り始めて、その中で今後売れそうなアイテムの在庫の適正化など、そういう分野はAIの方が得意だと思います。ただ先ほども話をしましたが「最初に何を作るか?」「今年のコレクションは何をテーマにするか?」というところは人がやるべきだと思います。ショップ店員さんも、結局「人」というインターフェースが良かったりする。生身の人間が「これ似合いますよ」と言ってくれたほうが嬉しい。それぞれ得意不得意があるので、生産性を発揮できるところで、それぞれワークしていけばいいんじゃないかなと思いますね。

生駒:作り手の立場が無くなるというのは、ファッション業界でもずっと言われていることです。ここ15年くらいは、デザイナーさんの時代ではなく「着る側の時代」に変わったと言われています。パリコレ・ミラノコレクションというファッションの中心でも、交代劇がすごくて、大変なことになっているんですね。沸騰状態で決して安定していないし、かつてのような大物デザイナーも出てこない。何かが変わっていく時期なのかもしれません。私はブランドの紹介ではなく、ブランドのアイデンティティ、例えばトレーサビリティや素材がどのように作られているのかというころを紹介したいんですね。

カール・ラガーフェルドがファッションAIの元祖?

井上(財団代表理事):今日のお話を突き詰めていくと、たぶんワン・トゥー・ワンでマーケティングするとか、オーダーメイドで世界で一つのものが作れるとか、そういう未来を感じさせられました。そして3Dプリンタによるイノベーションも起きますよね。今は樹脂で固くて小さいモノを作るのが主流ですが、今後はナイロンやレーヨンで編み込めるようになっていったり、スパイバーという人工の蜘蛛の糸だったり、新しいカーボン素材が出てきたり。そうなると70億人の70億通りの生き方やインサイトや好みをAIが細かく結びつけて、一人一人に作り手の創意やストーリーと着る人の心を繋げることができます。だから作り手がいなくなる必要はなくて、大量生産大量消費の真逆の方向にシフトさせていくために、このエンジンを使っていく、というのはすごく可能性があると思うんです。

もう一つは、アルファ碁が囲碁で人間に勝ちました。例えば世界のファッションデザイナーと人工知能デザイナーのデザイン合戦をやって、どっちがどっちを作ったかは伏せておいて、買いたい方を投票するといったことをやってみたいなと思いました。人間の超一流のプロフェッショナルとAIを戦わせてみて、感性という答えの無いフィールドでどういう結果が出るのか、見てみたい。

生駒:ルイ・ヴィトンあたりが一番最初にそれをやるかもしれませんね。「今度のデザイナーを発表します、人工知能です」みたいなことはありそうですね。グッチにミケーレがデザイナーに就任したあたりで私はそう思います。すばらしいですね、今度、ルイ・ヴィトンのディーラーを紹介します。

酒井:音楽でいうとモーツアルトの曲を学習して、まったく新しい曲をAIに作曲させるみたいなプロジェクトがありましたね。

井上:作曲もできるし最近では絵画も描くじゃないですか、AIがファッションもできそうですよね。

酒井:できますね。例えばイッセイミヤケのデザインを全部学習させてそれっぽいのをデザインさせるとか。

生駒:私がなぜ、AIファンションデザイナーに可能性があるかというと、今ファッションブランドやラグジュアリーブランドでデザイナーの交代劇がすごいんですよ。つまり誰も満足していないわけです。ということは、いよいよここで人工知能デザイナーが、音楽で言うところの「初音ミク」が、バーチャルなデザイナーとして出てくる可能性もあります。

実はね、カール・ラガーフェルドって、シャネルのデザインを30年くらいやっているんですが、彼は本当にAIみたいだって言われているんですよ。彼は過去のココ・シャネルのデータを全部頭の中に入れていて、本人がコンピュータみたいな人なんです。そのデータを全部リミックスしてシャネルのブランドにして、ビジネス的に大成功してるんですね。だから彼が第一号かもしれません、AIデザイナー的な意味でいうと。

井上:さきほど、一万円払うと洋服を勝手に届けてくれるサービスの話が出ましたが、その中でたまにセレンディピティで、ピンク色のレオタードが入っている、みたいなことが起こると面白いかもしれません。今日はこれを着ないとダメです、みたいな。そうなると相当みんなはじけたファッションになって、自分の新たな好みに気付けるかもしれない。

生駒:例えばタグに「魔除け」とか「パワーチャージ」とかが入ると面白いですね。

酒井:いろんなファッション業界の方と話していると、ファッションって消費者側が多様 でいろんなニーズがあるということが分かるのですが、今日もいろんなことに気付かせていただきました。そこに対してどういったサービスを作っていくか、テクノロジーをつかって続けていきたいと思います。今日はとても勉強になりました、ありがとうございました。

生駒:私も本当にたくさん刺激をいただきました。いま私が一番やりたいことはね、縄文時代からファッションを追いたいんです。現代に至るまで、そして未来まで、ファッションってどんどん進化をしていく、すごくおもしろい題材です。

日本遺産」のことをちょっとだけ紹介させてください。文化庁で2015年から日本遺産というものを認定しはじめて、2020年に向けて100箇所を認定しようとしています。私が関わって3年目になりますが、現在54箇所認定しまして、今年も17箇所くらい認定に入ります。縄文時代から明治の中期くらいまで、日本人の先進性を象徴するような物語を集めています。日本遺産は、モノではなくて物語です。

日本発信の日本のアイデンティティというものはいつも外から来て、ファッションもアートもそうだったんですが、そうではなくて、日本の良い文化を世界に押し出せたらいいなと思っています。

研究員による考察

ファッショントレンドを生みだす人間の創造力にも、限界があるのだろうか。

生駒さんの話から、周期的に過去の流行に若干手を加えたものがトレンドとなる、革新が生まれないファッション業界の閉塞感を垣間見た。

衣服を着飾ったりすることを「おしゃれをする」というが、シャレはサレ、つまり「戯れ」に通じる意味があるという。戯れとは、実用外の遊びや贅沢、要するに無駄を楽しむということ。歴史を振り返ると、人々はこういった非生産的な無用の長物たちに機智をこらし、その結果、戯れは文化に押し上げられていった。

見渡せば無駄を省けば誉められる世の中だからこそ、戯れの要素は絶滅危惧種だ。社会的に戯れが生まれにくいのならば、AIの力を借りてみるのも一案ではないだろうか。コーディネート提案のテイストに、真善美と逆のベクトルを入れてみれば、人間が思いつかないような、違和感ある全く新しいファッションを提案してくれるはずだ。(それを着たいかどうかは置いておいて)『AIは最初にクリエイティブを作るところは苦手です』、と酒井さんは言っていたが、人間のクリエイティブの可能性を引き出す可能性は無限大だ。

今回のトークセッションから、ファッションとAIの相性がとてもいいことが見えてきた。法律や政治が複雑に絡み合う分野でのAI活用に比べ、トライアンドエラーが許容されやすいからだ。ファッションおじさんの提案がたとえ苦笑いものであっても、前述の通り、新しさと表裏一体と受け取られる環境は恵まれている。またファッションロスを減らす生産・在庫管理の仕組みにAIを取り入れるなど、社会的なニーズははかり知れない。

個人レベルではファッションへの苦手意識を払拭してくれ、ビジネスにも環境にも良し。AIとファッション業界との相思相愛関係はまだ始まったばかりだ。

Next Wisdom Foundation研究員 花村えみ

Next Wisdom Foundation

地球を思い、自然を尊び、歴史に学ぼう。

知的で、文化的で、持続的で、
誰もが尊敬され、
誰もが相手を慈しむ世界を生もう。

全ての人にチャンスを生み、
共に喜び、共に発展しよう。

私たちは、そんな未来を創るために、
様々な分野の叡智を編纂し
これからの人々のために
残していこうと思う。

より良い未来を創造するために、
世界中の叡智を編纂する
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