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未来の「美味しい!」をつくる、スマートキッチンと人工肉〜 Study Session 美味しいの叡智vol.2〜レポート

EVENT

Study Session 美味しいの叡智vol.2

2016年、私たちは『美味しいの叡智』と題してトークイベントを開催し、その後、辻調理師専門学校・メディアプロデューサーの小山伸二さんにインタビューを行いました。

そこで考察したのは、全ての生物は生命維持のために食べる行為をしますが、その先の「味わう」という行為は人間にしか許されておらず、ましてや、AIや機械がその味わいを客観的に記述したり、再現したりするのはおそらく不可能だということ。そして、万人にとって「おいしい料理」というものもなければ、「おいしい」に正解もありません。私たちの「おいしい」は、それぞれの「おいしい」を成り立たせているもの、その料理が皿に盛りつけられるまでに関わった全ての人たちと産業のつながり、その料理を生んだ文化や風土、そして生物の多様性と地球環境……それらすべての絶妙なバランスの上にあります。その事実と向き合い、想像し、敬意を持ち、貢献すること、それが「おいしい」の叡智なのかもしれないと考えました。

※美味しいの叡智イベントレポート→https://nextwisdom.org/article/1590/
※辻調理師専門学校・メディアプロデューサー 小山伸二さんインタビュー→https://nextwisdom.org/article/1689/

さて、未来の食卓はどうなるのでしょうか? すでに人工肉の開発は進んでおり、地球環境に優しい肉を食べる未来はそう遠くはないかもしれません。今回は、もう一度『美味しいの叡智VOL.2』と題して、未来の食の可能性と人間が味わう行為との関係性について考えました。

<ゲスト>
田中宏隆
株式会社シグマクシス ディレクター

パナソニック株式会社、マッキンゼー等を経て、2017年1月よりシグマクシスに参画。ハイテク・製造業・通信、成長戦略、新規事業開発、M & A、実行・交渉等幅広いテーマに精通。料理という領域における日本として進むべき道を明らかにし、新たな産業への進化を目指す。 様々な企業の事業変革パートナーとして実行支援を続けて来た田中は、テクノロジーとともに進化する生活・ビジネスに着目。顧客企業との協働の中で、国内はもちろん米国、欧州等での展示会や企業訪問を重ね、最先端の動向・洞察を得て来た。現在は特に、スマートホーム、その一つの有望アプリであるスマートキッチンに高い関心を寄せる。単なるスマート化だけでなく、”料理“ & ”食“という、人々の生活に大きな影響を与えるテーマが、今後日本をどう変えていくのかを追求する活動として「Smart Kitchen Summit Japan」を企画。

田中雄喜
SHOJINMEAT PROJECT

2014年に始まった有志団体”Shojinmeat Project”は、細胞培養技術の研究、実験機材の開発、公開勉強会の実施、イベント出展、食品安全と法規制のあり方の検討、海外団体との連携活動、アーティストの創作支援活動などを行っています。2016年に産業化を目指す「インテグリカルチャー(株)」をスピンオフし、市民科学(Citizen Science)主導での技術の普及と社会コミュニケーション活動を行っている。https://www.shojinmeat.com

人類は1年間で7兆回食べている

田中宏隆: 今日は、「食と料理の進化」についてお話したいと思います。僕は「フード&クッキング&テクノロジー&サイエンス」という言い方をしていますが、いま食と料理のサービス、体験の進化が起こっています。AIやIoT、腸内細菌や血糖値などバイオ系のサイエンスまで踏み込んだときに、実は新しい食の体験が生まれてきています。

昨年より、スマートキッチンサミットジャパンを主催しています。「食×テクノロジー」を通じて、機器メーカー・食品メーカー・シェフ・エンジニア・デザイナー等々いろんな人が集まって、「新しい食の未来を作る」ということを考えるイベントです。

2016年10月にアメリカのスマートキッチンサミットに参加して、私の中で雷が落ちました。食の未来を真剣に考えている人がすごくたくさんいる。でも、その中に日本人はほとんどいなかった。日本には誇るべき食文化があり、テクノロジーも人材も知恵もある。これを世界に持っていって料理と掛け合わせた瞬間に、とてつもないことが起きるに違いないと思った。

そう思って日本ではじめたのが、スマートキッチンサミットジャパンです。2017年は1回目でしたが、20名のスピーカーに恵まれて、国内外の多様なプレイヤーが集まって食の未来を語った一日でした。なにより参加者の熱量がすごい。「食に関わることって、すごく楽しい」と、その場にいる皆さんが感じているようでした。楽しいと思うテーマを話しているとき人は表情が柔らかくなるせいか、「食に関わる人って良い人が多いな」と改めて感じました。

なぜ食と料理の進化が進んでいるかというと、まず、新規事業としての可能性があります。たいていの事業テーマは、狭くて深いか、広いけど薄いのですが、食というのは広くて深い。

食事というのは、世界中の人が毎日する行為です。全世界70億の人が1年間に食べる料理の回数は7兆回。仮にこれに1,000円を掛けてみてください。すごい数字になりますよね。しかし、ある調査では、今の食事に満足している人は全体の1割くらいしかいません。つまり、食には未解決の課題がたくさんある。飢餓問題だけが解決すべき食の問題ではなく、安い・美味しい・時短の追求、さらにその先に、もっと料理を楽しみたいという欲求があります。

料理の世界はアナログすぎないか?

今まで料理の世界はマスマーケティングの世界でした。ペルソナ、つまり代表的なユーザー像を想定して、そこに向かってマスプロダクトを流し込むというモデルです。でも、人間は一人ひとり違うし、気分や体調、周辺状況は変わるので、同じ人間であっても毎回の食事ごとに別人です。

なぜ、料理の世界でマスマーケティングが進んだかというと、一人ひとりのユーザーが何を考えているか分からなかったから。それが今、スマート化によって一人ひとりのユーザーの感情・行動・調理実績・体調・健康状態などにアクセスできるようになった。そこを突破口にして、新しい領域の食のサービスが始まっています。

さらに、調理器具の進化があります。調理というのは、どこまでも人間が中心にいます。直感的に分かると思いますが、調理器具が進化しても完全な自動調理には進もうとしない。そこが人間の介在を極力減らそうと進化してきた他の家電との決定的な違いです。レシピはずっと昔にデジタル化したけれど、その後は何も進んでいない……、これはちょっとアナログすぎないか?

そして、食には社会的なインパクトがあります。例えばフードロスの問題がある。人間は食糧の3分の2を廃棄しています。絶滅危惧種のウナギが2.7トン廃棄されたというニュースが話題になりましたが、これは誰も悪いことをしてないはずなのに、なぜこうなるのかを考えさせられる出来事でした。

また環境負荷を考えたとき何を食べるべきかという問題もあります。例えば、みなさんも大好きな牛肉は環境に対する負荷がとても高いんです。生態系の上にいる生き物を食べれば食べるほど、環境に負荷をかけることになる。そこで、環境負荷の低い、代替タンパク源や代替肉を食べましょう、という食のトレンドが起きている。

このような人間が作り出した問題を、自分たちで解決しなくてどうするか。依然として残っている、健康食のコストも課題です。同じ値段で取れるカロリーを見ると、健康的なものほど価格が高いんです。だから、貧困層ほど安くて満腹感のあるものばかり食べて、肥満率が高くなるという問題があります。これは格差が生み出す問題ですね。

2015年以降、アメリカとヨーロッパでは、こういう食の未来を語るフードテック系のコミュニティが雨後のたけのこのように出てきています。これを私たちは日本でもやりたい。単に流行のテックに乗るのではなく、食の本質を追求したいと思っているんです。

キッチンの位置づけの変化が、新しい価値を生む

新しいIoT家電が出てきた発端はアメリカでした。かつては、キッチンというのは命の危険を伴う場所で、時代によって調理は奴隷の仕事でした。そんな歴史を経て、最近ではキッチンの位置づけが高まってきています。2016年のキッチンサミットではジョニー・グレーというキッチンデザイナーが「キッチンが持つ可能性」について基調講演をしています。その中で、キッチンは家庭の中心にあるべき存在という事を唱えていました。そうしたトレンドと、ミレニアルズと呼ばれる20・30代の世代の食に対するイノベーションを求める声が合わさって新しい製品やサービスが生み出されてきました。彼らはもともと健康や品質にこだわりがあり、かつ親世代から料理を教わることなくレシピ本を見て育ってきた。そうした中、レシピがデジタル化していく中で、それだったらもっとデジタルで繋げば良いのではないかということに気が付き、一気に新しいサービスが出てきた。スマートキッチンサミットがアメリカから出てきたのもそういう背景があります。

「アメリカ人は料理が好きではないのでは?」と言う人もいますが、人間は本質的なところはあまり変わらないんです。つまり、これは欧米の話ではなく世界的なトレンドだということです。

このトレンドの具体的なイメージとして、HESTAN CUEというプレイヤーを紹介します。ガイディッドクッキングといって、調理ガイドアプリでセンサーが埋め込まれたフライパンをコントロールして料理をします。

このサービスでは、有名シェフが切り方、火の通し方、盛りつけ方まで動画で教えてくれます。そして、アプリからオーダーを飛ばすと、フライパンの温度と時間をコントロールしてくれるんです。

イメージ動画では、子どもがお母さんのためにパンケーキを作っています。つまり、単にコネクトで便利になるだけではなく、子どもが小さい頃から料理に親しめるという料理の可能性を広げてくれるフライパンです。

ポイントはアプリから機器に指示を出す際に、調理実績を取得できることです。クックパッドのレシピには重大な課題があって、「料理を作った」という情報が取れないんです。どのレシピを見たか、どれくらい見たかは分かるけれど、実際に作るところまでいったかは分からなかった。

Web上のデジタルレシピは約20年前からありましたが、そこで進化が止まっていました。それが、動画化、ソフトウェア化と進化してハードウェアと連動することによって、今まで取れなかったような情報が取れるようになった。このように家庭で調理をするユーザーに直接アクセスできることは、食の世界では画期的なことです。

もうひとつの具体例は、ダイナミックレシピです。Innit というプレイヤーですが、個人情報を入れるとレシピを提案してくれます。肉や魚といったタンパク源と野菜を選べるようになっていて、選んでいくとメニューが変わるんです。つまり、手元にある食材によって提案メニューが自分に合ったものに変わっていくおもしろさがあります。

メニューが決まると、そのままアプリから家電をコントロールできます。オーブンレンジをあらかじめ温めておく機能も付いている。さらに、メニューを注文すると、ミールキットサービスと繋がっていて、食材一式を宅配してくれます。

このようにメーカーとユーザーが直接繋がると、小売店の役割はどうなるか? 既存のビジネスにとっては脅威です。でもユーザーから見るとすごく嬉しいはずです。アレルギーや好み、食に関する主義や戒律など個人に寄り添ってくれるので、本質的には人間に選択を与えて、豊かな生活をもたらしてくれるものになるはずです。この潮流は、Enable and Empowerment、つまり、料理をしたい人や、もっと正しく食べたい人に力を与えることに、価値が出てきているということが言えます。

農家から家庭まで、食にまつわる人を一気に繋げる

注目すべき食と料理の進化を、大きく3つのフレームで理解していただきたいと思います。まずベースになる潮流。それは「料理とは何なのか?」ということです。これは、おそらく世界のどこでも関係なくやってくるトレンドです。「人は何のために食べるのか?」ということが、もう一度問われはじめています。戦後数十年、私たちはとにかく機能を追求してきた。飢えないこと、早さ手軽さの追求、健康のため、全部機能です。そのためには「美味しくない食事だってアリだ」とされてきた。

でも、ローマ・ギリシャの時代まで遡っていくと、食事はエンターテイメントの中心だったんです。当時、時間が余った人たちがすることは宴会です。その宴会の中で、政治も行われるわけです。さらにアルコールで酩酊状態になって神と交信して、宗教的にも宴会が使われていた。

新しい価値というけれど、食事の目的は人類の歴史の中ですごく考え抜かれてきていて、すでにある程度は完成しています。中国でも医食同源という言葉がずっと昔からある。近年は、もう一度そこを見つめ直すという潮流にあります。これからの100年を作るときに、食はどうなっていくのか? そういう問いかけをされています。

二つ目がサイエンス&ビジュアライゼーション。これにはさまざまな切り口があります。

マイクロソフト元CTOのネイサン・ミアボルドという人が『Modernist Cuisine: The Art and Science of Cooking』という料理と科学に関する本を書いています。料理はもともと科学の連続という考えで、食を徹底的に科学的に追求しています。カットした肉の断面を観察して化学反応を全部見たり、温度も、この部位とこの部位で違うとか観察している。

この本の共著者でクリス・ヤングという人がエンジニアと組んで、ChefStepsという会社を立ち上げています。アメリカだとこういう形で新しい食の可能性を信じているシェフが、スタートアップで会社を作るというケースが出てきています。

Habitという有名なサービスがあります。ゲノムやマイクロバイオームの世界で、遺伝子情報や腸内細菌の情報に基づいたレシピ提案とかミールキットのサービスが出始めています。また、少し違った食の観点から、フレーバー、香りの技術が使われています。要は、香りを可視化するというサービスで、「あなたの香りの好みはこうです」、その香りにマッチした食材や食事はこれですと、ビジュアルで見せることで、今まで食べてこなかった食事との引き合わせも実現してくれます。

代替肉もそうです。インポッシブルバーガーという代替肉の大手があります。彼らが言うことがおもしろいのですが、食べたときに代替していれば良いのではなく、調理の過程から肉っぽさを感じたいと言っています。パテを焼いたときにどんな変化をしていくのか、とか。調理する段階から、見た目だけではなく人間の感じ方も加味していかないといけない。だから、彼らは脳科学のサイエンティストも社内に抱えて分析しているそうです。その流れでいくと、昆虫食も出てきます。私は虫が大嫌いで、食べられないのですが、虫はタンパク質も生産性も高いそうです。

もう一つは事業領域の融合で、何かと何かを掛け合わせたときに新しいものが生まれるということ。直感的に分かりやすいのは、レシピサイトがハードウェアを出すとか、ハードウェアが食材を提供するとか、こういった事業領域が融合したサービスがどんどん出てきています。また、シェアリングエコノミーとの融合でもおもしろい動きが出てきています。今までレストランというのは、料理人と場所を一体で提供していて、食べる人はそこに来ていましたが、それを分解してマッチングしています。

Feastlyというサービスは、作る人・食べる人・食べる場所・一緒に食べる人を全てマッチングしたら良いというものです。シェフはプロでもアマチュアでも誰でも作れて、場所があって、見知らぬ人が予約して初めてそこのテーブルで出会う。このサービスは複数のニーズを一気に解決できます。まずは、食を通じたコミュニケーションができることで孤食の解決になる。そして、料理を通じた自己表現です。クリエイティブなシェフに機会を与えたり、ポップアップレストランを立ち上げたり。あとは事前予約することで、フードロスにも貢献できます。

こういうサービスを実現するには、欧米のトレンドが参考になると思います。

フードバレーという単語を聞いたことはありますか? オランダのワーゲニンゲン大学が主導している施設で、大学・企業の研究所・スタートアップのオフィスやコワーキングスペースが一緒になっている施設です。ここに置いてある企業の設備や検査装置は空いていれば誰でも使えるし、学生がフード系のスタートアップで働くこともできます。ここにいろんな人たちが集まってきて食の産業を立ち上げています。

私たちも、いろんな人たちがいろんな産業を作って、考える……こういうことを起こしていきたいと思っています。農家から家庭まで、食にまつわるすべての人を一気に繋げるということです。

細胞農業で食べられる肉をつくる

田中雄喜:Shojinmeatプロジェクトという有志団体で、人工培養肉「純肉」を作っている田中雄喜と申します。普段は人工生命や合成生物学などをテーマにした化学分野の研究室に大学院の博士課程で在籍しています。

Shojinmeatプロジェクトは、細胞農業の民主化を目指す団体です。

人工培養肉に代表される細胞培養技術で作られるものを、より広くオープンにしていきたいと思って活動しています。たとえば、高校生による自宅培養実験をしたり、その細胞培養の実験で得られた結果についてコミケで同人誌を頒布したり、培養方法を動画で公開したりしています。他にも細胞培養で肉を作るのが当たり前になった時代に、どのようなデバイスが出来てくるのかを、芸術系の大学生に作品を作ってもらったり、様々なクラスタを作って思い思いに活動しています。

研究者以外にも、経済社会について詳しい人は、どうやって人工培養肉を広げていくか考えたりしています。産業化を目指しているグループがあったり、文化思想について考えている人がいたり、それぞれ好きな分野で自由にワイワイとやっています。

代替タンパク源で食糧問題を解決する

現在、僕たちが食べている肉がどこから来るかというと、元は家畜であったり狩猟で獲った動物だったりします。家畜を育てるには、土地・飼料・水などが必要ですが、その飼料や水がどんどん足りなくなってきている現実があります。

肉を安定して生産するために、焼き畑農業によって森林資源が減少したり、農業や畜産によって水や土地の汚染が進行したり、狭いところで工業的に肉が作られるので薬剤を大量に投与しないといけないといった問題があります。さらに今まで家畜の飼料を作っていた農地が、バイオエタノール技術の発展によって燃料用作物に振り向けられることで、飼料価格が高騰する問題も出てきました。その結果、牛肉や豚肉の値段も上がっていく。そういう諸々の問題を解決できる方法の一つとして、代替タンパク源が注目されています。

ビヨンドミートのような植物系の肉や、タベルモという藻類を食べられるのではないかと様々なプレイヤーが出てきています。また、昆虫食の流れもあります。アメリカだと、コオロギを食べやすくバーに加工したものやSix Foods、微生物系では大腸菌を遺伝子改良して卵白の代替物を作ろうとしている人たちなどがいます。そういう微生物系に近い存在として、培養食糧という枠で僕たちがやっている人工肉があげられます。

人工肉のようにもともと農業で生産していたものを、細胞培養によって作るという概念が細胞農業です。他にも、牛乳に含まれるカゼイン、ゼラチン、オメガ3脂肪酸など、本来、動物を通じてしか得られないものを、細胞を培養することで得ることができるのではないかと考えられています。農地不要・超省資源ということで期待されている分野です。

細胞農業の実例として、人工肉のメンフィスミートや、酵母から牛乳を作ろうというパーフェクトデイ、酵母から卵白を作るというクララフーズといった、様々な細胞農業の製品が出てきています。

人工肉を、安く・大量につくるには

私たちの純肉(クリーンミート)は、牛や鶏から筋肉の細胞を取ってきて、それを培養液の中で増やし、整形したものを肉として食べる、というものです。

純肉の優れている点として、エネルギーの変換効率がすごく良いことが挙げられます。草は、太陽の光を2〜3ヶ月浴び続けてようやく伸びていきます。そのエネルギー変換効率は1%以下です。さらに、その草を牛が食べて肉にする効率が4%程度と言われており、非常に効率が悪い。一方、近年の研究では、太陽光で藻類を増やす際のエネルギー効率は10%程度になると言われています。そうして育てた藻類を使って培養液を作り、細胞培養によって肉を作れば既存の方法に比べて高い効率で肉を作成することができるのではないかと言われています。

古くはチャーチルが、「将来的には肉は農地で作るものではなくフラスコの中で作れるようになる」と言ったのですが、実際にそれが形になってきたのはこの20年です。はじめはNASAが魚肉の培養実験などを行っていました。

実際にそれが肉として出てくるのは2013年のオランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト教授が作ったものが最初です。ただ、その時の肉の値段は200グラムでおよそ3,000万円という非常に高価なものでした。なぜこんなに高いかというと、培養に使われた培養液が医療用グレードのものだったからです。医療用のものは非常に高品質で値段も高いことが知られています。

しかし、実際には培養液のグレードを下げても肉の培養は可能であり、産業化を目指す場合はどのように代替すれば安く大量に細胞を得られるのかがテーマになります。その問題に市民科学の範囲で取り組もう、というのが僕たちの活動です。

肉をつくるために、子牛の体内環境を再現する

人工肉のハンバーガーを作ったオランダ・マーストリヒト大学教授のマーク・ポスト博士は、平皿の上で細胞を培養する方式を採りましたが、それだと水平方向に細胞が増えて平皿に薄く細胞が敷きつめられるだけで、細胞の層を積み重ねることができません。積み重なると下の層の細胞に栄養が行き届かなくなってしまうからです。

その解決方法として、平皿を25リットルのタンクに変えて、より効率的に培養する方法などを考えています。全自動化してタンク滅菌すれば培養液に抗生剤を混ぜなくてもいいし、コストダウンしてスケールアップしていけるのではないかと考えています。それを実現するために必要になのは、培養に使う培地を安くすることと、牛胎児血清という細胞の状態を安定させ成長を促進する溶液の代替品を探すことです。そこで、さまざまな実験を重ねてきました。

最初に取り組んだのは、酵母の破砕液を用いた牛胎児血清の代替です。動物細胞を培養するための酵母エキスというものが売られており、それを牛胎児血清の代わりに使うという方法があります。そこで、市販のドッグフードから酵母を抽出し培養液に加えて試してみると、かなり薄めて使うことで細胞が増えるという結果が得られました。

他には、大腸菌を遺伝子改良することで、胎児血清に含まれる成長因子そのものを作れるのではないか、というアイディアもあります。グッドフードインスティテュートというアメリカのNPO団体の試算では、この方法に成功すれば肉の値段は1ポンドあたり2.2ドルくらいまで安くできるだろうと言われています。

我々の団体からスピンアウトして創業されたインテグリカルチャーという会社は、また別の方式を採っています。牛の胎児血清が作られているのは牛の体内ですから、その子牛の体内環境を再現してあげれば、成長因子が作れるのではないか、というものです。

筋肉細胞を増やすための因子は、牛の肝臓から出ていることが知られています。なので、牛の肝臓を安定的に増やすことができれば成長因子が得られるはずです。では、その肝臓細胞を育てる因子はどこから出ているのかを調べたところ、胎盤の細胞からだということが分かりました。その胎盤の細胞を安定的に育てる因子は、というと、筋肉細胞が出していることが分かりました。

ということは、その3つの細胞をそれぞれ培養し、溶液だけを循環させれば、上記の3細胞の成長サイクルが回ることになります。インテグリカルチャーは、その一連の流れを特許化しました。実際に肝臓の細胞を育てたところ、本物のように中に脂質が蓄積されていく現象も観測できました。写真で見るとすごい量があるように見えるのですが、実は1.2グラムです。60枚の培養皿を使って創られた1.2グラムの人工のフォアグラです。

次に培養装置の代替です。今の方法だとわずかな肉を作るために非常に大きな培養装置が必要になるので、それを小さくすることでコストダウンをはかります。腕から耳のようなものを生えている人の写真を見たことはありますか? これは耳を模した高分子素材を腕に移植しているのですが、このような方法で体の組織を作るのが組織工学と呼ばれる分野です。

有名な例では、人工肝臓を作る実験があります。肝臓などの臓器を界面活性剤で洗うことで、細胞だけを全部死滅させ、細胞外マトリクスと呼ばれる足場構造だけを残します。その上に肝臓の細胞を新たに植えるという方法です。その技術を転用することで、肉を三次元で培養できるのではないか、ということを考えています。今までは平面的に薄く培養することしかできませんでしたが、組織培養の知識を使って工夫することで、最終的に厚みのある肉を作っていこう、というものです。

2020年には人工肉の試食会をしたい


人工肉のDIYキットも作っていて、自宅で誰でも培養できるようにマニュアル化しようと思っています。今はサンプラテックから45,000円でインキュベータが販売されているので、その装置を買えば無尽蔵に培養ができます。それをもっと安くできないか、と思っています。

細胞を育てるための環境として、温度40℃で二酸化炭素濃度5%の環境の維持が必要です。市販のおしぼりウォーマーの温度が70℃なので、改造して電圧を下げて40℃にできないかと思って試しています。それができれば、変圧器もあわせて15,000円くらいまでは値段を下げられます。その値段になれば、高校に教材として持っていけると思っています。「自分も作ったことあるから、その人工肉は食べられる」という意識になるように、人工肉の普及のために若い生徒から洗脳していこうと思っています(笑)。

二酸化炭素も、20個入りで7,000円のものが販売されており、1週間程度細胞の成長に適した濃度を保ってくれるのですが、スーパーに売られている重曹とクエン酸を使うことで二酸化炭素を発生させ、同じ効果を出せないか研究中です。培養液もポカリスエットと市販のサプリメントを10種類くらい混ぜることで代替できていて、実際に心臓の細胞の培養にも成功しています。DIYを進める上での問題は、試薬が限られた方法でしか手に入らないということです。僕たちは、どこでも手に入るもの、スーパーで買えるものでやろうと思ってみんなでがんばっています。

実際に食品として認可されるには、培養液などもすべて食品として認可されたものを使って作らないといけません。そのため、サプリメントなど食品と認可されたものだけを組み合わせて培養液を作ろうとしています。
こんなふうに作られた肉と既存の肉が栄養や成分に差が無いことを確認しています。地道に、国の規制にかからないように足場を固めている最中で、まずは2020年に試食会を開催することを目指して頑張っています。

問答(MON-DO)



問:人工肉では最初に筋肉細胞を取り出して培養していくとのことですが、もともと高級な銘柄の牛から取ったほうが、味がよくなるのでしょうか?


田中雄喜:そういうこともあるかもしれません。ブランド牛の場合、育種といって、種類ごとに管理されていますが、それを発展させて個体単位で「この牛から取れた肉が美味い」といった“アイドル牛”が登場するかもしれません。

問:さっき昆虫食の話が出ていましたが、大事なテーマだと思っています。あれは美味しくなりますか?


田中雄喜:僕は、東京芸大の高橋祐亮さんがやっているような方向性が好きです。昆虫食は今まで粉にするなど、できるだけ形を見せない、昆虫だと思わせないようにして食べさせようというのが主流でしたが、高橋さんは昆虫肉といって、ある種類の昆虫の足をひたすら数百匹はがし続けて8時間でやっと5グラムの肉を作ったり、タガメをお酒に浸けたらフェロモンが青リンゴの臭いがして美味しいとか、そういうことをやっています。

問:私はジビエと昆虫食を扱う飲食店の「米とサーカス」というお店を高田馬場でやっています。今、お店では20種類くらいの虫を食べられるのですが、人気があるのはコオロギです。今はゴキブリも扱っていて、南米原産のアルゼンチンモリゴキブリという種類を日本で養殖したものを仕入れて美味しく食べています。

私も虫は嫌いでしたが、「昆虫食を作って食べる会」というワークショップに参加してから、食材だと思えるようになったんです。自分で作って食べることで食材になっていくというびっくり体験があったので、それは今後の昆虫食には大きなヒントになるのではないかと思います。

農業の有害鳥獣ということで、駆除された鹿やイノシシなどの肉があります。最近はジビエブームで注目されていますが、実際には消費されずに廃棄されているものも多くあります。なにかよい解決方法はありませんか?

田中宏隆:通常の調理方法では食べづらい食材を、最先端のテクノロジーを活用して、食べやすくするという機運があるようです。詳しく聞いたわけではないのですが、エミューというダチョウのような鳥がいて、環境負荷が低い食肉なのですが、肉が固くて調理が大変らしいです。それを、分子調理器具で長時間湯煎することで非常に食べやすくできるようです。こういう使い方があるのだなと思いました。

あとは、完全食 というのがあります。一般的に味を妥協しているものも多いのですが、先日パスタの中にすべての栄養素が入っているBasePastaをシェフが調理したものを食べたら信じられないくらいに美味しかった。調理方法ひとつで食べにくいものがおいしく食べられるようになる。魚の世界でも同じようなことが言われていて、魚は約2,000種類ぐらいあるそうなんですが、例えばアメリカ人は主によく食べるのは5種類くらいらしいんです。SXSWのセッションで話していたのですが、通常食べない魚をテクノロジーの力で、美味しく食べられるようにしたらいいのに、という事をパネルディスカッションで話していました。そうすることで特定種類を獲りすぎるのではなく、いろんな種類の魚を食べることで水産資源の保護にもなります。シェフの力やテクノロジーの力で解決していけると思います。

問:代表理事の井上高志です。Shojinmeatの田中さん。この先、食の「自産自消」みたいな感じで、植物でも肉でも魚でも、その場でオンデマンドで作って、それが自動で調理されて、いつでもどこでも美味しくいただけるような世界を想像しているのですが、それはどこまで進化していくでしょうか?

シグマクシスの田中さんには、とはいえ太古の世界から食に慣れ親しんできた人間がそんな食事で満足するのでしょうか? それぞれの立ち位置で世界観をうかがえたらと思います。

田中雄喜:人工肉に関しては先ほど話した通りですし、同じような流れが魚肉でも出てきています。植物だとプランターにテック系の人たちが入り込んで、都市の家庭で農園を作るという企業が出はじめてきています。それが進んでいけば、都市と農村に二分化された世界がどんどん変わっていくのではないかと思っています。

調理器具や調理方法も、そういう食べものに適応して進化していくと思うので、どんな場所でも変わらない食、変わらない味を楽しめる時代もくるのではないか、きて欲しいと思います。がんばっていきたいです。

田中宏隆:食が食である世界と、食が食の目的でない世界、いろんな方向の進化があると思います。たとえば、食を本当に好きな人、本当に健康を追求したい人は、どんどんサイエンスやテクノロジーの力でそれを追究していく。一方で、食事そのものではなく、食事が持っている力にも注目したいと思っています。それをもっと感性を揺さぶるように、アートと食、エンタメと食、スポーツと食、というように食と何かを掛け合わせることで広がっていく世界がある。

サイエンスとテクノロジーという左脳の世界だけじゃなくて、右脳的な感性の世界が混じってくることで、みんなが食を通じてハッピーになれる世界が作られていくと思っています。

田中雄喜:ざらざらしたものを触りながら食べるのと、つるつるした面を触りながら食べるのでは味が違うとか、低音を聞きながら食べると苦みを感じやすくなるなど、そういう人の感覚と食について研究をしていている人がいます。それを応用したレストランが、実際イギリスでできていて、これから食の体験というのが、UI、UXも含めて強化されて、今後食を楽しくするための方法が模索されていくのかなと思っています。

田中宏隆:VRで五感をごまかすことによって余った食材を美味しく食べる、という研究も進んでいます。例えば、ニンジンの根っこをニンジンの実と錯覚させるレストランがイギリスにあります。普通に根っこを調理しても美味しくないので、VRのゴーグルをかけて音と映像でニンジン料理と思わせるんです。

VRというテクノロジーを絡めてフードロスを減らす。そういう風に複数のものを絡み合わせたときにおもしろいものが生まれる。そのかけ算の数が多いほど、いろんな価値が生まれて、いろんな人が食の分野に集まってくると思うんです。

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