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義肢から身体の拡張可能性を考える(ゲスト:公益財団法人鉄道弘済会義肢装具サポートセンター義肢装具士・研究室長臼井二美男さん)

EVENT

人間らしさVol.3 〜身体の拡張可能性〜

人間を人間たらしめる身体とはどういうものなのか? 義肢を作り続けてきた臼井二美男さんをゲストに、身体の拡張性の可能性から、物理的な体と心の関係までお話いただきました。

<ゲスト>
臼井二美男さん
公益財団法人鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター 義肢装具士・研究室長

常用義足製作だけでなくスポーツ用義足の研究開発と選手育成に取り組み現在に至る。1955年群馬県前橋市生まれ。63歳。群馬県立前橋高校卒業27歳で現職に就く。以後は義肢装具士として多くの義足製作に取り組み1989年より通常の義足に加え、スポーツ義足の製作も開始。併せて大腿切断者のランニングを主軸とした陸上クラブ「ヘルス・エンジェルス」(現スタートラインTOKYO)を創設、代表者として切断障害者に義足を装着してのスポーツを指導。クラブメンバー(70名)の中から陸上競技、自転車競技など、日本記録を出す選手を多数輩出。鈴木徹(走り高跳び)や佐藤真海(走り幅跳び)中西麻耶(100m)他多数。2000年のシドニー大会、2004年アテネ大会、2008年北京大会、2010年広州アジア大会、2012年ロンドン大会、2016年リオデジャネイロ大会の各パラリンピックに日本選手団義肢メカニックとして同行。また、通常義足でもマタニティ義足やリアルコスメチック義足など、これまで誰も作らなかった義足を開発、発表。義足を必要としている人のために日々研究・開発・製作に尽力している。その類まれなる技術力と義足製作の姿勢でテレビ出演等多数。

国鉄で働く人のためにできた義肢製作所

臼井:最近のSF映画を見ると、技術的には人間の明るい未来を描いていて、身体の代償になるものが簡単にできるような映画が非常に多いんですが、実際はなかなかそうじゃなくて。僕もさっきまで、職場でおじいちゃんを相手に仕事をしていました。義足ばかり作っているんですけど、なかなか簡単には映画の世界のようにはいかないと思っているんです。

みなさんは、実際に義足を履いている方を見ることもないでしょう。今日来ていただいた中村国一くんと須川まきこさんのような、普段義肢を使っている人のお話を聞くのが、今日の一番の糧になるのかなと思っています。

義肢を作って35年経って、スポーツ義足でマスコミに取り上げてもらうことが多いのですけれども、実は仕事の95パーセントは、子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、一般の方の義肢を作っています。5パーセントくらいがスポーツにチャレンジしている人です。

職場は南千住にある鉄道弘済会というところで、もともと駅のKIOSKの売上で福祉事業をやっていました。今から80年くらい前にできたのですが、当時の国鉄は労災が多かったんですね。亡くなる人が非常に多くて、命は助かったけれども、手足を切断する人が多かった。そういう方のために、義肢製作所を作ったのが最初です。今では利用者の99パーセントは一般の方で、鉄道の現場では労災がだいぶ減って切断事故も少なくなっています。

今の職場には、僕のような義肢装具士が30名います。慶應病院、北里病院、順天堂病院、築地の国立ガンセンターなど、そういう病院から仕事をいただいています。利用者は義足だけで約3,000人、義手の方が1,000人くらい、コルセットや肘につける装具、膝につける装具や脳性麻痺のお客さんが1,000人くらい、全部で5,000人くらいの固定客を抱えています。一事業所で抱えている技師の数が日本で一番多いところです。

義足ができるまで

まず足の型を濡らした石膏で巻いて型をとります。その石膏をスポンと抜いてまた石膏を入れて、固まったら外側の石膏を剥くと本人と同じ足の形が復元できます。体重がかかる部分を削って、骨が当たって痛いところは石膏を盛って、その石膏型ができたら周りにいろんな繊維を何枚も重ねて上からアクリル樹脂の液体を流し込みます。下からコンプレッサーで吸引すれば上から液体がどんどん染み込んでいって30分くらいで液体が固まります。その人に合わせて厚みや硬さ、強度を調整します。

出来上がって固まったものを、カットして、トリミングして、下に部品を組んでいくわけです。どういう部品を組むか、それはその人の仕事や趣味に合わせて、ステンレスにするか、軽いアルミニウムにするか、カーボンのパイプにしようかとか。足の種類も色々あります。

足首だけでもメーカーによって何十種類、何百種類あります。中がカーボンでできていたり、金属じゃなくてシリコンで作ったり、塩化ビニールで作ったり。パラリンピックに出る人はほとんど、膝より上だったり、膝より下だったりするんですけど、実際にはいろんな切断があります。手だったら小指だけない人がいたり、小指の第二関節、第三関節がない人とか。あらゆる切断があって、それに合わせてオーダーメイドで作っています。

毎週、病院の整形外科に行くんですが、年間7,000件の仕事があるんです。そのうち5,000件は装具で、怪我をした人や麻痺がある人、スポーツ障害のある人のためのコルセットや靴の中敷、膝につける装具ですね。ですから義足は2,000件強です。最近はカラフルになったり軽量化されたりして、アルミ合金やチタンなどが使われるようになってきました。

週のうち半分は病院、後の半分は職場で作る仕事をします。作業療法士という手のトレーニングをするセラピストや、医学療法士という脚のトレーニングをするセラピストの方たち、看護師やお医者さんと一緒にコミュニケーションを取りながら、義足の製作をしています。

2,000人に1人が義足を付けている

義足の使用者は日本で約65,000人いると言われていますが、これは概ねの人数で絶対的な数はまだわかりません。とにかく病院がデータ出さなかったり、厚生相談所が出さなかったりするので、このくらいいるだろうという数字です。2,000人に1人の割合で、人口からすると結構少ないですね。日本の場合は交通事故も減ったので、昔よりは数が減っているそうです。

うちに入院してくる方で一番多いのは糖尿病で、なおかつ両足になるというのが怖いところです。男性が6割くらいで、女性が4割くらい。早い方は40代くらいから糖尿病になります。義足になる原因の40%が糖尿病、30%が事故、残りの30%が悪性腫瘍です。

僕は前橋の出身で、昭和30年生まれで今63歳。6年生の時の担任の先生が、群馬大学を出て初めて担任になったんですが、その年の夏に左足に腫瘍ができて群馬大学に入院したんですね。僕が卒業する時に先生が戻られて、22歳で義足になって。その時の先生の印象がずっとありまして、それをきっかけに義足を作る仕事に就きました。

僕が入社して5年くらい経った時に、義足の利用者にアンケートを取ったら、足を交互にして走るというのができないんですね。義足で運動することを多くの方が諦めていました。中には剣道をやる人や、野球をやる人もいたんですけど、やっぱり遅いし、早歩きしかできなかったんですね。そういうことに気づいて、ちょうど当時アメリカでスポーツ向けのパーツが出てきたのでそれを研究費に入れていただいて、いろんな人にスポーツ用の義足を付けて走るチャレンジをしました。それが約30年前で、今でも月一回練習をしています。

パラリンピックにはメカニックとして、シドニーからずっと行かせていただいて、義足や車椅子の調整をしています。陸上競技で義足が一番壊れやすいので、陸上のチームと一緒に動いていますが、それ以外にも義足を履いている選手はアーチェリーにいたり、バレーボールにもいたり、そういう選手からも相談がきます。最近では両脚大腿、膝より上の切断の選手も出てきています。日本では普通車椅子に乗っているような選手がでもトレーニングすると走れるようになるんですね。

義足を履いた自分を受け入れる

臼井:今日は僕の義足を使ってくれている須川まきこさんと中村国一さんに来ていただきました。須川さんは左の股関節切断で、義足は特別なスポンジで外装を作っています。普通はパンくらいの硬さなんですが、須川さんが履いているのはもっと柔らかくて、中にはパイプが入っています。義足の上にはストッキングを履いているだけです。ふわふわで触ると本物の足みたいですが、掴むとパイプが中にあるのが分かります。

須川:13年前に悪性腫瘍で左足を切断しました。あまりにも悪性度が高いので、すぐに切断しないと命に関わる状況で、義足の生活を選んで切断しました。病院のテレビで臼井さんのドキュメンタリーを見たのですが、義足でもミニスカートを履けるという内容で。義足になってもファッションを楽しみたいし、スカートを履きたいと思って。臼井さんを訪ねたのがきっかけで臼井さんの義足を14年履いております。

臼井:脚を入れる部分をソケットというんですが、最初に作ったのは腰のソケットが大きくて、スカートを履くと腰のところが出てしまうんですね。どうしてもシルエットが気になるので、できるだけ身体にフィットして、機能があるものを作ろうと。須川さんはスポーツをやってないので、安全に歩ければいいということで、おしゃれさを優先して義足を作っています。

須川私は絵を書いているんですけども、自分自身が義足になった時に、自分の身体を受け入れるために、ずっと絵を描いていました。ベットの中で足の無い女の子、義足の女の子を描いて、視覚から入る情報で自分の身体を受け入れることをしていました。

臼井:今日須川さんはベタ靴ですけど、ヒールも履けるんですね。ボタンを押すとヒールの調整ができて、7センチのヒールくらいは履けます。最近女性にはこれがすごく受けていて、ここ10年くらいで爆発的に人気が出ています。以前は靴の高さに角度を合わせるしかなかったんです。家の中でも外でも同じように歩きたかったらベタ足にして、外では運動靴みたいなものしか履けませんでした。

次は中村くんに義足になったいきさつを話していただきます。

中村:僕は18歳の時に交通事故に遭いまして、両足を切断しました。車の正面衝突で、僕は助手席に座っていました。切断した時の記憶は残っていません。目が覚めた時にはもう足がなくて、腕が折れている状態でした。初めは義足という言葉すら知りませんでした。ベッドの上で、ああもう歩けないんだなと。あと、無いものを無いと騒いでも生えてくるわけでもないなと思ったので、そういうことを言うのはやめました。

担当の看護師の方から「義足っていうのがあるよ」と紹介されて、パソコンで動画を見せてもらって、僕より障害がある人が普通に行動できるんだと知って。そこから義足に出会って、自分でも作ってもらって、履いて、練習するようになりました。

臼井:両足切断の人はそのパターンが多いです。正面衝突で、フロントがガーンと潰れて、挟まれて、ひざ下をやってしまう人が結構多いですよね。

中村:車の助手席のグローブボックスとシートに足が挟まってしまっていて。あとで教えてもらったのは、膝から下は骨がむき出しだった状態だったらしくて、もう切るしかなくて。血も出すぎてしまっていたので、切って早く止血しようという状態だったそうです。全部あとから聞いた話なのですが。

臼井:義足でも、いろいろな種類があります。中が木でできていて、歩き心地の悪いものもまだあります。そういうものだと足首1個が4万円くらいで買えるんですが、いま中村くんが履いているのは、カーボンの板をもっと小さくしたものが義足の中に入っています。いま一番人気があるんですけど高価で、足首から下だけで45万円くらいします。

中村僕自身の考えでもあるんですが、最新の技術ですごく高性能の義足をもらったとしても、使うのは僕自身なので、その機能を活かすこと、いいパフォーマンスを出すことは僕自身の課題です。いい部品を使ったら、僕自身も自分なりにプレッシャーを与えて、それなりのトレーニングをしたり、もっと活動的になろうと心がけています。

臼井:これを使うと、早歩きもできるし、疲れない。

中村:そうですね。長時間歩いても疲れないですね。普段何気なく街中をふらふらすることもできますね。

臼井:昔の木製のものを履いたら、おそらく歩けないぐらいになっちゃうね。

中村:僕はそれを一日使ったら、そのあと三日間くらい休憩が必要だと思います。

臼井:エネルギー放出型足部というんですが、100の力を入れたら70パーセントくらい反発力として返ってくるんですよ。中が木だったり、固いだけのプラスチックだったりすると、本当に反発がもらえないので、歩くのに筋力とエネルギーを使うんです。だから、例えばディズニーランドを半周もできないで終わっちゃうんです。でも最新のものを使うと1周してもまだ歩ける。

中村:そうですね。どんどん歩けて、また生活が楽しくなっていって、また歩いたことで筋力がついて、また次のところへ行こうって。どんどん向上していくかなと思います。

臼井:ちなみにいま身長何センチ?

中村:いま180センチです。

臼井実はパラリンピックはレギュレーションがあって、身長制限があるんですよ。なぜかというと、義足にしたら、いくらでも身長を伸ばせちゃうんですよね。例えば、10センチ身長を足せるんですよ。パイプを伸ばせばいいだけですから。だから手の長さと、大腿部の長さを元にした計算式があって、それが3年に1回くらい変わったりするんです。いまその制限が厳しくなっていて、国際大会では検査を受けるんですよ。1センチでもオーバーしていたら、すぐにカットしないと大会に出られない。中村くんはそれを考慮して、180cmより低くなるようにスポーツの用の義足を作っています。日常用のものより2センチくらい低くなる。

両足で微妙に長さと太さが違うんです。中村くんは右が長くて、膝小僧から先が左は14センチくらい、右が18センチくらい残っています。切断部分を断端、英語だとスタンプというんですが、断端までの長さが長いほど、筋力、パワーがあるんです。だから走ったり歩いたりするのも有利なところはあります。だから義足で走るといっても、残っている脚の部分が短い人は不利になるんですね。

スポーツ用の義足を履いて走っている映像を見ると、多分中村くんの場合は全力疾走すると10センチくらいたわむんです。だからなおさら背が小さく見える。板の厚みには9種類くらいあって、その人の体重で決めます。70キロの人はカテゴリー3とか、90キロの人はカテゴリー4とか、そういう風にまずは決めます。それを元に、僕はもっと練習して筋トレするから4にするとか。半年後はもう少し体重を作るから4にするとか。いろいろな使い方があります。ウォーミングアップの時は柔らかくしたり、本番と使い分けることもあります。

中村:僕は同じ方がいいです。板バネの反力とか、タイミングが理解できるから。もちろん走りはじめた当初は柔らかいものから感覚を掴んでいって、自分の筋力や、感覚が養われてきたら、どんどん硬くしていくのがいいだろうと思っています。

臼井:固いものはやっぱり衝撃が戻ってくるんですね。それを筋力で押さえつけられないと、その固い板をたわませる筋力がないと使えないんですよ。そのためには技術や筋力が必要です。パラリンピックの走り幅跳びでは8m40cmの記録が出て健常者を超えている部分もあるんですが、ハイジャンプで健常者を超えた人はいない。ということは縦の方向にこの板でいくら頑張ってもだめなんですね。

なぜかというと、走り幅跳びには助走があって、助走スピードを利用して前に飛ぶのは結構距離が出せるんですが、軽い助走でハイジャンプだと、義足で踏み切っている人は誰もいません。みんなやったけど、うまくいかない。そういう意味では板の特性に合わせる必要があって、この板を使えばなんでもかんでも高く飛べるわけではないんですね。

MON-DO 問答

問:義足を自分の身体という風に受け入れられるようになるために必要な、技術的条件、見た目、社会的な条件など、どのようなものがあるのでしょうか?

臼井:僕がこの世界に入って7年目くらいかな、義足を投げつけられたことがあるんですよ。地方に巡回に行って作ったものを渡したんですけども、次の月に行った時に「もらった義足が痛くて、傷ができたじゃないか」と、会場に来てバーンと投げつけられたことがありました。やっぱり痛かったんだと思います。せっかく出来上がって、喜んで持って帰っていったら、最初はいいと思ったんだけど、気がついたら出血していたと。すごくショックでしたね。

ショックでしたけれど、やっぱりその人は義足がなかったら生活ができないし、仕事にも就けない。もう逃げるわけにはいかない。本当に謝って、また型を取らせてもらって、仮合わせをして、収めました。普段の仕事は毎回これに近いことを細かく調整しながらやっています。やっぱり身体につける物なのでね、お金もかかりますし、自分で払わずに補助金を受けられることもありますけども、やっぱり本当に痛いと歩けないんですよ。ですから義足には身体の一部になってもらわないといけない。

そのために、まず感覚適合性を本人と詰めていくんです、日本人は表現がすごく細やかなんですよね。ここがムズムズする、キリキリする、ヒリヒリするとか、チクチクするとか。特におばあちゃんにはそういう言い方する人が多い。要するに、医学的な言い方ではなく、すごく感覚的に言うんですよ。そういう表現を汲み取って、利用者が何を言いたいのかを理解して、それに合わせて義足を削ったり、熱で広げたり、角度を変えてみたり、ということを毎回やるんです。

そういう意味では個人差もあって、目安なのは例えば30分履いて、どこか赤くならないか、痛くならないか、そういうところから始まるんです。もう一つは、きついのが好きな人か、ゆるいのが好きな人か。例えば、ベルトをぎゅっと締めてないと気が済まない人だったり、ゆるくないとイヤだという人がいたりする。それは義足でもあって、付き合っていく中でその人の性格がだんだんわかってくる。寸法だけではなかなかダメなんですね。そういうことを繰り返しながら、義足を履いているのを忘れるような瞬間があって、そのとき初めて身体の一つとして義足を認めてもらっているのかなと思うんですね。

最初に障害を持った時には、見た目をすごく気にします。朝起きたら足が生えていればいいのにとみんな思うそうです。こんな義足なんか履きたくない。本当に投げ飛ばしたいくらい、いらないって。そういう義足を受け入れる段階を「受容」というんですけれども、なかなかそれができない人が最初は多いですね。須川さんはどうでしたか?

須川:私は治療の一環だったということもあるのですが、義足の女の子の絵を描いて自分を受け入れるっていうことをやっていたので、スムーズだったと思います。足を切った当初はロボットのニュースがすごく出ていた時だったので、義足を履きさえすればもういきなり歩けるんじゃないか、と考えていたこともあります。ニュースで見るようないい義足を履けるのかなと思っていたんですが、最初に病院が持って来てくれたのがすごく原始的なものだったので、今でもこんな義足を履くのかなというのが印象的でしたね。

中村:僕の場合は、受け入れるよりも歩きたい、立ちたい、という欲の方が優ってました。歩きたい、目線を座っている状態から立ち上がった目線に戻したいという欲があって、義足が存在することのを知って、すぐにでも履いて練習したいという状態でした。一体感は、自分の中でリハビリを頑張っていきます。フィッティングはすごく重要です。合わせていただいたものを、今度は自分なりにつま先はどこだ、かかとはどこだと。足がどのあたりに付いているだろうかと想像をして、一致させるように努力しています。

臼井:今の話は「幻肢」と言うんですけども、足がないけどある感じ。たまにはありますか?

須川:私は股関節で足を切っているんですけども、つま先の部位まで今でも感覚はありますね。痒くなるけど掻くところがない、という感じはあります。

中村:僕は幻肢はないですが、普段何気ない小さな段差や小石をわざと踏んだりすることがあって、このくらい踏んだら、ソケットや自分の断端にどう感じるか? 足の実装とどうずれるかとか感じながら歩いたりします。また忘れそうになったら、またわざとそういうところを歩いたりして、感覚が合っているかを確認します。

問:人間は人間が本来もつ可動範囲や、走行の速さ以上のものを求めるものなのでしょうか? 義足によって技術的にどこまで可能なのでしょうか?

中村義足のランナーが健常者を超えられるか? 僕自身は陸上競技をやってみて、それは結構大変なことだなと思います。もちろん超えたいという気持ちはありますが、義足を履いているのはあくまでも人間であって、僕自身がウサインボルト以上になれば、彼の記録を超えられるんじゃないかなと思います。

問:義足にモーターが付いて欲しい欲求はありますか?

中村:外部動力、人体プラスアルファの動力があれば速く走れると思うんですが、僕は望みません。それは、単純に僕自身が怖いと思うからです。コントロールしきれないと思っているからです。

臼井:中村くんレベルだと、時速36キロくらいで陸上競技場を走れるんですが、ルームランナーだと25キロくらいが精一杯だったんですよ、歩幅が狭いので。今の話で言うと、ルームランナーで時速40キロを無理やり走れるかというと、多分身体がついていけない。足をモーターで動かして、それに合わせて股関節を一緒に動かすためには、多分違うものを身体につけないといけない、ロボコップみたいに。それでも、手関節とかヒジ関節とか膝関節とかがやられちゃったりするでしょうね。本来の人間の動き以上に速く動くのはかなり難しいと思うんですね。

パラリンピックではモーターやコイルバネを使うことは禁止されています。だけど、いま違うスポーツで、サイバスロンというロボティクスを利用して競うようなものが出てきています。しかしそれは、ものすごく速く走る電動車椅子など、どちらかというと機械の性能を競うもので、それを身体の拡張というかは話が別ですよね。オートバイのすごいものだって、ある意味では身体の拡張とも言えるし、車もそうです。スピードが出れば、もしぶつかった時、車は大破します。それを生身の人間とマッチングさせるとどうなるか? ということですよね。

問:僕は大学院で哲学の研究をしています。哲学の世界だと、18世紀にデカルトという哲学者が「人間の身体は機械だ」と定義したんですね。そういう考えが西洋では連綿と続いているので、人間の身体が機械に置き換えられるんじゃないかという発想がすごく強い。サイバネティック・オーガニズム、制御する有機体という意味の「サイボーグ」という考え方が出てきたのもアメリカで、20世紀になってからです。未知の環境に対して、人間の身体を超えたようなリアクションができるような機械をつければ、もっと人間性が拡張できるんじゃないかみたいな議論の中で出てきました。

他方で日本では、むしろ人間の身体を重視するというか、身体を人間の心が一体化したものだと考える伝統がすごくあります。義肢というものに文化的な違いはどれくらいあるのでしょうか? あるいはアスリートの感覚として、機械をつけることへの抵抗感や、身体が機械に置き換わることをどういう風に感じていますか?

臼井:例えば、20年前だったら義足はバンドでつながっていたわけです。いまのようなインターフェースもなかったし、結合の仕方もなかったし、カーボンの義足もなかったわけです。それが既製品として既に流通していますから、僕が義足を作るようになったこの30年くらいで画期的なものが出ているなと実感します。入社した時は、まさかコンピューター制御の膝が出るなんて思ってもいませんでした。人間の足の形をしてない、半円のカーボンのバネを利用して義足で走るなんて想像もしていませんでした。新しい発想や、新素材、AIやコンピューターの新しい技術は、今後も義足に反映されるとは思いますが、ただその辺は日本人がちょっと苦手なところです。だいたいアメリカが多いですね。カーボンの板を作ったのは、アメリカ人です、大胆な発想で。

僕なんかは段階的に考えてしまいますが、アメリカ人はそこを飛び越えて一気にいくみたいな、発想と政策をやってしまうような気がしますね。考え過ぎないというか、そこに行くためのあらゆることをやってしまおうという勢いと、無責任感みたいなものがある。その中で生き残ったものが良い商品として生まれてきたりするんでしょうね。

問:最近の認知科学では、偽物の腕をつけると簡単に自分の触覚が移ったりする、物理的な境界を超えた身体感覚や自己所有感があると言われています。逆に普通の身体を持っている人でも、自分の四肢が自分のものではないという感覚を持つ人で、切断したいという症例まであります。一体自分の身体だという感覚を何によって得られるのでしょうか? 例えばスポーツ用の義足や、普段着用の義足で、これは自分の足だという、自己の所有している感覚はどう変わるか? 付けている時や外している時でどういう風に変化しているのか? 義足を自分のものだという感覚、愛着感はどんな感じなのかお聞きしたいです。

須川:重力があるから、痛みがあると体重がかけられなくて、一歩も歩けなくなるほど痛い。私はぴったりフィットするものを作ってもらったので痛みがなくて、自分の義足がないと一歩も外に出れないし、人とも会えません。臼井さんの義足を作ってもらって、普通にあちこち出かけられるようになった時に、ああ義足が一体になっている、自分の一部となっていると感じます。これがなければ人とも会えない、これがなければ普通に服も着れません。だからすごく、愛着あって、だんだん擦り切れると、大丈夫かなと思ったりするようになりました。

中村:僕は毎日義足をチェックします。どこか傷ついてないか、サビてないか、ゴミがついてないか、濡れていないかなど。幻肢に似ているなと思うのは、足をボーンとどこかにぶつけた時に、とっさに「イテ」と言っちゃうんです。次の瞬間に「僕は義足だ」と思って「痛くない」と自分に言って。その癖がいまだ取れなくて、ちょっと悔しいところなんですね。まだ義足だって僕自身が理解できてないところがあるのかなと思っています。

 問:最近の意識研究では、意識というのは実際に外にあるものの情報を僕たちが取っているのではなくて、まず自分の脳内でシミュレーションして、シミュレーションと実際に起こった行為のズレが意識にのぼるということが言われています。まさに先にシミュレーションがあって、そこにズレがあって、その誤差をいかに修正していくか。そういうギャップが起きるということは、意識がうまく機能している理由でもあるので、すごく面白い事例だなと思います。

 中村:義足だと痛みがないので、どこでも歩こうと思えば歩けるんです。もちろん断端に痛みは出てしまうんですが、雪の中に足を突っ込んでも冷たくないんです。ただ逆に、大雨の日に水たまりに入っても、足が濡れたとか気づかないんですよ。家に帰って靴下を脱いでから、濡れていたんだなって分かる。だから、義足を理解することができれば、意識しないこともできるかなと思っています。

問:足があった時と、足がなくなって義足になった時、走る上でどんな違いがありますか?

中村:まずスタートですね。足首がない分、ポンと蹴ることができない。あと、ざっくり表現すると、人間の足ってすごいと思いました。健常者のみなさんは足首を左右にくねくねと動かして足が地面に付く位置を微調整できるのですが、カーボンの板バネはまっすぐ走ることに特化しているので、足を付く位置を間違えると違う方向に足が飛んでいってしまいます。それを筋力でカバーするか、諦めて転ぶか、スピードを出さないか、その選択肢しかありません。

問:小石を踏んでみて感覚を掴むとおっしゃっていましたが、それはすごく繊細な感覚で、足の感覚を決してソケットだけで感じているのではないと思うのですが、身体全体の使用感はどういう感覚なのでしょうか?

中村:それは僕自身もわからないので、新しい義足を作っていただいたり部品を変えたりしたら、つま先でトントンと床を蹴ったりして、どういう振動がここに伝わるんだなっていうことをやっていますね。家でみんなが見ていない間にそういう確認したり、電車では足を踏まれた時にどういう振動が来るかを確認したり。満員電車や駅のホームで誰にかかとを蹴られたかもわかります。今日も電車乗った時、小さい子どもが僕の足の周りで遊んでいて「ああ子どもがいるな」とパッと見たら、当たっていてちょっと嬉しかったです。

問:そういうセンサーが付いた義足を欲しいと思いますか?

中村僕はこれ以上の情報量は必要ないので、センサーはいらないと思います。センサーが付いて義足として機能が上がることで素晴らしい効果がでるかもしれませんが、ただ使う人間の技量が落ちると僕は思っています。

問:すごく単純な質問です。義手の方は実際の手のような繊細な見た目に感じたのですが、義足にそこまでの質感がないのはなぜでしょうか?

須川:私は初めて義足を付けた時に、座った時に膝小僧が潰れてしまうのが嫌で、臼井さんに膝小僧がちゃんと座ったらできるような、球体関節人形型の義足を一回作ってもらったことがあるんです。お金を出せば本当に血管が通っているようなコスメチックカバーもあると聞いたんですが、いまのスポンジの義足に十分に満足しています。

臼井:足の指に爪が付いているようなリアルな義足もあるんですよ。ただそれを付けちゃうと、修理するのに手間がかかるんですね。あとは、義足には体重がかかるので、つま先にすぐ穴があいて破けてしまうんです。でも、シリコンでできたリアルなカバーを付けている女性の方もいます。サンダル履いて、ペディキュアを塗ったり、そんな人もいます。

井上(当財団代表理事):これまでこの財団ではAIやロボティクスのことをゲストのみなさまからいろいろと学んできました。その中で思うのが、段々と境目がなくなっていくような感覚がありまして、例えばメガネも補聴器も身体拡張の一つだと思います。テクノロジーがどんどん進んでいった時に、健常者なのか障害者なのかの分け隔てがなく、拡張したい人は拡張したい方向に行きそうな感じもします。そして身体だけではなくて脳も電脳化していくと、どこからどこまでがオリジナルボディで、どこからが義体で電脳なのかわからなくなる時代が数十年後にはくるんじゃないか。今日帰りながら、人間らしさってなんだろうと、モヤモヤしながら考えてみようかなと思いました。

楠本(当財団代表理事):僕はトライアスロンをやっているんですけれども、トライアスロンという競技は、マラソン選手と水泳選手と自転車選手がハワイで酒を飲みながら、どの競技が一番すごいか喧々諤々議論して、その酔っ払った勢いで3種目やってやろうじゃないかと始まった非常にファンキーな歴史があります。オリンピックという健常者の競技があって、パラリンピックという障害者の克服の競技があって、人間の身体拡張の欲求として「僕たちはどこまで空をジャンプできるんだろう」みたいな欲求から人間の未来にどんなブレイクスルーが起こるのか、想像しながら聞いていました。みなさんに、この身体拡張への欲求についてお聞きしたいです。

臼井:アジアの中で日本は義肢が普及している国なんですけれども、開発途上の国に行くと、義足もまだ木製だったり、義足をもらえない国もあります。そういう国の人たちから見たら、中村くんなんかもうスーパーマンみたいなものですよね。そういう意味では、既に身体拡張そのものになっていると思うんですね。須川さんも義足のファッションショーをやったのですが、昔だったら許されなかったかもしれません。

コンピューター制御の義肢も、中村くんはそんなに頼りたくない、自分の能力で制御したいと言っていましたが、多分20年後になるとほとんどの義足にマイコンが入っているようになると思うんです。いま既に入っていますから。足首が自動的に反応して動いてくれたり、義手もそうです。今後もどんどん拡張していくと思います。同時に、それを遊びで使ってみたり、今までの障害者という言葉からもっと離れた感じで、楽しみとして使ったり、そういうところに行くと思います。義足のファッションショーでは、須川さんの義足に透明のパイプを付けたんですよ、それにLEDを付けて平安神宮のステージで披露したり、そういう遊びをやるようになってきました。身体だけじゃなくて、気持ち、心の拡張がいろいろあってもおかしくないと思いますね。

中村僕自身は、拡張と考えているのは、それはまさに心と似た考えで、考え方や既成概念の仕切りをなくすことがまず拡張に繋がると思います。例えば、人間は空を飛べないと思っていたら飛行機を作った。移動に時間がかかると思ったら新幹線を作った。宇宙にいけないと思ったらスペースシャトルを作った。人間が望めばどんどん拡張していくと思います。でも私自身、現状は僕自身の拡張を望みます。部品の拡張ももちろん望みますけれども、それに合った僕自身の身体の拡張を望みます。

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