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酒場の叡智 〜お客様は神様か?〜

2014年の暮れ、NEXT WISDOM FOUNDATIONのスタッフで新宿ゴールデン街にある店「呑家しの」さんをお邪魔した。「呑家しの」は42年前からこの地で営業している、街の老舗。ゴールデン街は外国人客が増え、観光ガイドブックにも載るようになった。この日も通りではカメラをぶら下げた外国人観光客をいくつも見かけた。

店の中に入ると10席ほどのカウンターは既に満席、何人かは立ちながらお酒を飲んでいた。お世辞にも快適とは言えない店内で、肩を寄せ合いながら楽しそうにお酒を飲むお客さんたち。なぜ人はこの店に、ゴールデン街に惹き付けられるのか?なぜゴールデン街は、再開発の危機を乗り越え、今も新宿に存在しているのか?それはただのノスタルジーなのか、それとも人の営みの根源にかかわる普遍的な叡智がそこにあるのか?酒場は人類最古のビジネスの一つでもある。

ママとの言葉の応酬の中で、そして言葉を超えたコミュニケーションが渦巻く店の中で、ゴールデン街と「呑家しの」に潜む叡智に迫った。

登場人物

・しのさん:「呑家しの」のママ。
・お客さんA:ヒゲをたくわえダンディなスーツを着た初老の男性。
・お客さんB:30歳前後の男性、この日数年ぶりに「しの」を訪れた。
・その他お客さん:老若男女10名ほど、取材中にも次々と入れ替わった。
・お店のスタッフさん:店のマスター(男性)とお手伝いの女性がいらっしゃった。
・NEXT WISDOM FOUNDATION スタッフ

*新宿ゴールデン街公式ホームページ

ゴールデン街の変遷

NEXT WISDOM FOUNDATION スタッフ(以下NWF):年末のお忙しいところ恐縮です。今日は取材よろしくおねがいいたします。

しのさん(以下しの):あんたたちも酒だけ飲めや。お前んところ(カメラマン)にもなきゃおかしいだろ、何か作ってあげてよ、酒を置いとかなきゃおかしいだろ。

NWF:水割りでお願いします。

しの:呑み屋だからね。何を聞いたっていいわ、しゃべるよ。

NWF:まず媒体なんですが、Webサイトになります。

しの:ウェブだってぇ(周りのお客さんに)

NWF:コンピュータで見るやつです。

しの:携帯も持ってないし、だからわかんないのよ。

NWF:叡智を探求するというテーマでいろんな方にお話を伺っているんです。(ホームページを見せながら)見えますか? こういう活動をしている団体でして・・・

しの:叡智なのね? 私が。おいっしゃー!

NWF:今日は「酒場の叡智」というテーマでしのさんにお話をお聞きできればなと思っております。まずはこのお店「しの」とゴールデン街を40年以上見てこられて、どのような変化があったのか、昔と今でどのように変わりましたか?

しの:私が始めた頃はね、まだ「キャッチ」という、いわゆる下で客を呼び込んで、上で何かをするという、そういう店が多かったわけ。そのうちに昭和40年のちょっとくらい前から、普通の店ができたわけ、文壇バーとかね。そういう、田中小実昌とかそういう人たちがちょこちょこ来るようになって、そういう店が多くなって今になって。ここ数年でうんと若いもんが入ってきた、若い店主がね。だから昔とは相当様変わりしたね。最初は私も客でね、店を始める前の10年ぐらいから通い始めて。だからこの街で50年くらいだね。店やってんのは41年ぐらい。それぐらい魅力的な街だったんだよ。

NWF:それはどんな魅力ですか?

しの:だって誰が来たって、別にお金持ちだからとか、会社のお偉さんだからとか、そういうのは一切関係ない街だからね。みんないろんなとこから来てるからさ、嫌な人は断っても別にいいわけじゃん。狭い街だったら断れないだろう? だけどこの街はそういうことができるわけ、また個性的な店がいっぱいあったから。今はなくなったけど、例えば「まえだ」さんという店は、田中小実昌がその店で直木賞受賞の電話をとったり、中上健次も来てたし、野坂昭如も来てたし、野坂が前田のママにネギで頭を叩かれたとかさ。(笑い)そういうぐちゃぐちゃしてたね。今は借家法が変わって、店を借りやすくなった。だから若い人たちが、いっぱい入ってきたんだね。だから若いお客さんも多いし。

NWF:外国人のお客さんもさっき見かけました。

しの:外国人客は多いよ。うちにはあんまり要らないけどね。

お客さん客A(以下Aさん):おれも「まえだ」には行ってたけど、前田のママは気に入った客には心づくし、自分が作った料理を出すけど、俺みたいなどうでもいい客にはピーナツ出すんだよ。

しの:違うよ、あの人は作れなかったのよ、料理が。大根を煮るぐらいしかできなくて、料理は大嫌いだったの。だから面白かったの、逆に。料理しないんだけど、大根だけ、たったひとつだけ作れた。

Aさん:野坂なんかには大根で、俺はピーナツだった。

しの:有名な話だよ。とにかく何もしない人なの。だから全部お客がお膳立てしないとダメなの。だからあの女の作家の人がよく手伝いに来ててね。

その他お客さん(以下お客):その頃ってどこに行っても料理はだいたい乾き物だったよね。

NWF:ではお客さんは何をしに行ってたんでしょうね? お酒だけ飲みに?

しの:酒飲みが多かったからねぇ。でもやっぱりね、かわいいのよ。それは何でかっていうとね、ある作家さんと恋愛関係になったわけよ。それで他の作家さんも集まるようになった。何もしたことがないあの人がね、その彼のためにリンゴを剥くんだって。するとリンゴの皮がこんなに厚くなってるんだって、やったことないからさ。そんなの聞くとかわいいでしょう? どっかでやっぱり、そういう魅力がないとお客さん来ないから。みんな怒られながらも好きだったのよ。

なぜお店をはじめたのか?

NWF:しのさんはなぜお店を始めようと思ったんですか?

しの:それはもう飲んだくれの果てよ。(笑)

お客:お客さんで飲んでる方が楽しいでしょ?

しの:ああ、そりゃ楽しいよ。カウンターの中にいるか外にいるか、この差は大きいよ。元々はおまけとか販促物を作る小さな広告会社を自分でやってたんだけどね、第一次オイルショックがあって、食えなくなりそうになったわけよ。それで何ができるかな? と思ったら、飲んでることしかないじゃん。それかおしゃべりね。喋るのは好きだったからね。だったらカウンターのこっちに入ろうかって、決めて1ヵ月でもう中に入っていたね。

NWF:誰かの店に雇ってもらったんですか?

しの:いやいや自分でやった。ちょうど空いてる店があったから。そこで4年やって今の店に移ったんだよ。

NWF:当時は文化人だったり、文学者や役者さんがいっぱい来たそうですけど、それはそのお店のママさんだったりのつながりで増えていったんですか?

しの:そういってきた人もいるし、まぁいろんな人がね。私が客でもこの街は楽しいと思うもん。どんなお店でも280軒ぐらいあるんだよ、この中に。だから1分歩けばクルッと街を全部まわれるじゃん。そんな中に280軒の個性的な店があれば面白いと思わない? だから皆を惹付けたんじゃないかな。それで学生闘争とか何かあれば逃げてくるやつもいたしね。

NWF:芝居小屋が、寺山修司さんとか、ああいう劇場も近くにあったと聞いたんですが。

しの:あった、この近くにあったね。

NWF:芝居小屋があったからこの街ができたんですか?

しの:いやいや、こっちの方が先です。

お客:お代わり!

バブルの時期

NWF:ゴールデン街で一番良かったのはいつ頃ですか?

お客:割っちゃった!ごめん!

スタッフさん:そのままにして、ガラスさわらないでねー

しの:一番良かったのは、それはやっぱり始めた頃だよなぁ。客なんか中に入れなかったもん、多すぎて。客が降るほど来たから。もう入れなくて入れなくて。

NWF:なんでそんな人気だったんですか?

しの:そりゃあ、私が客を持ってたのよ、私は営業マンだったから。それでお客さんが友達を連れてきてくれて、その友達が、また知らない友達をね。これを「孫客」と言うんだよ。孫客を連れてくるわけよ。そうなるまでに3ヶ月しかかからなかったね。そりゃあすごかった。

NWF:今日もそれくらい入ってますね。

しの: いやまだまだ、こんなもんじゃないよ。店の中に立たせても入り切らなくてね、みんな外にまで溢れて立って飲んでたから。

NWF:逆に、ゴールデン街で一番元気がなかった時はいつですか?

しの:それはバブルの時、一回だけね、そういう時があった。2ヶ月ぐらい客が来なかったの。潰れるかもなぁと思ったよ。地上げ屋も来たからね、280軒くらいあったのが150から160くらいにまで減ったからね。それから火災もあったから。放火が2、3回あった。焼けちゃったらもうおしまいだからさ、ここは。

NWF:立ち退いたお店もあったんですね。

しの:そう、出て行った人もいるのよ。でもおそらくね、立退料をもらって出て行った人は、1年位でもう使っちゃってるね、そのお金。移った先で店をやってもそれで成功したところはあまりないね。

Aさん:半端じゃない金額もらった人もいるよ。

しの:知ってる。それでもお金は残ってないと思うよ。

Aさん:2億5,000万の値をつけられた人もいるよ、1階から3階まであるんだけどね、売らなかった。だからまだやってます。

しの:それで私たちは「守ろう会」を作って、それで対抗してたし、やっぱりこの街が好きだから。なくす気は一切なかった。

NWF:「守ろう会」はどんな活動だったんですか?

しの:みんなで集まって、弁護士さん呼んで、勉強して、それから法律の勉強とか、税理士さんが来て、そういうことを教えてもらうとか。そういういろんなことで団結を図ることをやっていた。

NWF:一番減った時で、どれくらい減ったんですか?

しの:160軒ぐらいまで減った。ゴールデン街が全部更地になればすごい価値よ。でも飛び飛びで更地になっちゃっても、何の価値にもならないわけ。建物建てられないから。大きいものなんて建てられないでしょう。そこの道路が狭いからね。

NWF:じゃあ、その空いた店に若い人が入ってきたんですね。

しの:そう、やりたいって人は順番待ちだったね。ずっと順番で待ってて、それぐらい人気だった。みんな店をやりたくて。

NWF:でも、ママ達からすると若い子たちが入ってくれるのは嬉しいんですか?

しの:嬉しいとかじゃなくて、それは流れよ。私たちみたいなゴールデン街っぽい経営者も少なくなったしね。それに固執したってしょうがないじゃん。街っていうのは動くからさ、客も動くもんでしょう。動かなきゃだめ。だから私はゴールデン街で育って、ゴールデン街で店やってるからね。まったくのゴールデン街育ちだから。そういう店もだんだん少なくなったけど、新しいからね今は。若い子たちが来るのは嫌じゃないよ、全然いいよ。

NWF:交流はありますか? 若いお店の人たちと。

しの:一時期「守ろう会」をやってた時は交流はあったけど、もう守らなくたってちゃんと街があるからさ。一時期はもう皆でよく集まってたけどね。

NWF:他の地域に目を向けると、シャッター街がいっぱいできたりして、うまくいかないところもあると思うんですけど、ゴールデン街はそういう意味では全然違ったわけですね。

しの:それはうまくいってると思いますよ。

NWF:自然な流れで世代交代できている。

しの:そうそう。だからそういう意味じゃあ、ゴールデン街はまだ続くんじゃない?このまま。

ゴールデン街の魅力

NWF:あらためて、何がゴールデン街の魅力だと思いますか?

Aさん:猥雑さだよ、客同士も交流するじゃない?

NWF:みんな知り合いみたいな感じ?

お客:そうそうだんだんそうなってしまうの。

NWF:お客さんは、この辺の近くに勤めてる人がいっぱい来るんですか?

しの:いやいや、そんなことないよ。それはもう下手すると全国区だから、全国よ全国。

Aさん:タクシーで来る人も多いからね、タクシー代の方が高くついたりね。年に何回か東京に出てきてね、ココに来るのを楽しみにしている人もいる。

しの:テレビ見たよって北海道から来たやつもいたし、沖縄から来たやつも。

NWF:いまお店というと、ちゃんと店員にマニュアル通りに「いらっしゃいませ」とか、スマイルとか、全部マニュアル化されているじゃないですか、それについてはどう思いますか?

しの:そういうものは通用しない、ここじゃ。いっさいマニュアルなんか通用しないよ。

お客さんB(以下Bさん):しのさん、覚えてますか? 〇〇と言うんですけど・・・

しの:知らない、知らない。

Bさん:僕の年賀状届きました?

しの:うん、届いてない、住所さあ、お前変わっただろう2回くらい。お前んとこ出したら、戻ってきたよ。私の年賀状とか届いてないでしょ。

Bさん:結婚したんですけど・・・

しの:知らないよ。そんなの。

Bさん:結婚して、子供産まれました。

お客一同:おめでとうございます!

Bさん:ありがとうございます。電話僕したんですけど、留守電に残したんですけど・・・

しの:えぇ?

Bさん:いや、いいです、間違い電話です。住所がハンコじゃないですか?僕の年賀状。ハンコの下に書いてるんですけど、ハンコが若干見づらいかな。

しの:絶対届いてないって、心のないやつは。

Bさん:いま住所教えます、ごめんなさい。

しの:ちょっと書くやつ貸して。

Bさん:しのさん、ちょっと見づらいかもしれないですけど、子供生まれたんで。(スマホ見せながら)

しの:ちょっと待って、(メガネを用意する) かわいいねぇ。

Bさん:住所、これです。

しの:この住所知らないもん。これで連絡が取れるようになった。

Bさん:よかったです、僕、何度か顔は出したんですよ。でも、しのさんいなかったんです。

しの:去年ぐらいから具合悪かったからね。

Bさん:あのテレビを見ました、坂上さんが出てやつ。この辺に座ってましたね、有吉もいて。

しの:仲良しこよしになっちゃってね。あれは罵倒するはずだったんだよ。「クソババア」とか、「何をお前」ってケンカするつもりだった。でも両方とも仲良しこよしになっちゃって、

Aさん:それはママに圧倒されたんだよ。有吉も毒舌じゃない。でもママはその上を行ってたね。

しの:そう毒舌が出なかったのよ、全然さ、大笑いだよ。

お客様は神様か?

NWF:お酒飲ませてくれるいろんなお店があると思うんです。とにかく安く酒を飲めたり、女性に接待されていい気分になるために行く店もありますが、しのさんでは逆に毒舌を吐かれたり。それがまた面白いなぁと思っていて。「サービス」というのはなんだろうなぁと考えたんですけど、しのさんにとって「サービス」ってなんですか?

しの:なんで客にサービスしないといけないの?冗談じゃないよね。サービスなんかしないって。

NWF:いわゆるチェーン店なんかだと「お客様は神様」だったり・・・

しの:チェーン店と比べるなよ、お前!

(一同笑)

NWF:「しの」さんの一番の売りはなんでしょうか?

しの:私だよ!当たり前だよ、店主だよ。

NWF:やっぱりこの毒舌が癖になりますよね。

しの:まだ今おとなしいけど、こんなもんじゃなかったから。怒り狂ってたから。

Aさん:僕ね、呼び捨てにされたのはこの店だけですよ。(大笑い)

NWF:それがちょっと嬉しかったり?

Aさん:そうそう、僕は社長やってるんだけどね、呼び捨てされたのはここだけだもん。

しの:でもかわいそうだよね、一緒に来たあんたの会社の人はね。大声で私に呼び捨てされるんだから、社長が呼び捨てだからさ。

NWF:こういうコミュニケーションが分からないお客さんも、もしかしたらいるかもしれないですね。

しの:わかんない奴は大体追い出すから大丈夫。

Aさん:怒りだす人もいます

NWF:怒ったらどうするんですか? 喧嘩するんですか?

Aさん:店を出ればいいんです。

しの:昔は出入り禁止なんていっぱいあったからね。出入り禁止はまだいいんだよ。出入り禁止一カ月と言われたら、1ヶ月経ったら来ればいいんだからさ。

NWF:期限を決めて言うんですね?

しの:今まで40年ぐらい店をやって、ホントに二度と来るなと言ったやつは10組もいない。そういう客には「お金いらないから出て行ってくれ」と言って、もう一切入れない。でも、出入り禁止はさ「お前は1週間」とかいうと、だいたい5日目ぐらいには「もういいですか?」って来るんだよ。そしたらやっぱり入れちゃうよね。

NWF:サービスになってしまうと、なんでもお金に換算するようになりますよね。お金をこれだけ払っているんだからサービスしろよって。そういう価値観の人も多いと思うんですけど、ここは全く違いますね。

しの:「俺はお金払ってるんだぞ」と言われたら、「金はいらないからすぐ帰れ!」だよね、この店は。金がなかったら人間として対等だぞと。

Aさん:「お前くるな」って言われても、毎日来てる奴もいるからね。

しの:もう嫌がらせかっていうくらいな。(笑)

裏を返す

Aさん:僕はね、5年前にね、初めて友だちに連れてこられてね。その翌週に来て、裏を返しにきたんだよ。

NWF:裏を返しに?

しの:裏を返しにって、お前知らないのか?

Aさん:裏を返すっていうのはね、1回くるでしょ、それで忘れない間にもう一回くるの。店を気にいったら必ずそうやるの。そうすると、僕を連れてきた人も顔が立つの。気にいった店では必ずやる。

NWF:連れて来てくれた人は一緒に行かないで、1人で行くんですか?

Aさん:そう。それで紹介した人も顔が立つじゃない。店の人にも覚えてもらえて、その人も立つじゃない。

NWF:1回目が表というわけですね。

Aさん:裏を返すとはそういうことなの。

しの:お前は知らなすぎるんだよ。

NWF:完全にお客さんと対等という事ですね?

しの:当たり前。一応表面上は対等だけど、まぁ私の方が強いだろうな。それで客とケンカになるんだもん。

NWF:しのさんが負けたと思った時はあるんですか?

しの:考えたことないね。あんまりないね。思い出さないね。

Aさん:お前いいなぁって褒めた事あるよね。

しの:たまに遊び上手で、ていう人いるけど負けたとは思わない。素敵だなとは思うけどね。

NWF:いい客とはどんな客ですか?

しの:悪い客はわけの分かんないタイミングで、こうやって喋ってる時に突然意味なく入り込んでくるやつ。例えば、4人でわーっとしゃべっていて、そっちから全然脈絡なく話し込んで、流れを変える人いるじゃん。それが快く変わればいいんだけど、全然関係ねーだろお前、こっちがしゃべってるんだからって。たまにそう人がいるわけ、脈絡なく入ってきて。

NWF:いまの言葉でいう「KY」ですね。

しの:そういう人は自分のほうに話を持っていきたいわけ。それで喧嘩になった客もいるよ。その客がうるさいこと言うのよ、それで最後に否定したら「お前馬鹿か」と言ってきたの。それでムカッとてきて、首根っこ掴んで持って出てもうボコボコにしたの。私は江戸っ子だからね「馬鹿」って言う言葉に反応しちゃうの。「阿呆」ならよかったんだけどね。

Aさん:どっちもどっちだねえ。

店をやめたくなったとき

NWF:長年お店をやってこられて、今でも続けようと思うのはなぜですしょうか?どういうところが楽しくて、なぜ続けていられるのでしょうか?

しの:そんなのなんでもいいじゃん、そんな質問。好きだからやってるだけだよ。何もかも意味付けて生きてきてないから私。こうだからこうだったとか、こうなっちゃってるんだから、好きでここまできてるんから。なんでって言ったら好きだからだよね。

NWF:でも嫌だなと思う日ありませんか?

しの:そりゃあるよ、登店拒否という日があるんだよ。ここに来るまでが嫌なの。入ってしまえばいいんだけどね。入るまでが嫌な日がある。それを登店拒否って言ってるの。

NWF:ママが休む事はあるんですか?

しの:あるある。もう今日はやりたくないとか。だから昔1人でやってる頃は、風邪ひくと嬉しくてね、風邪のために休みますと書けるじゃん? ズル休みの時はどう書いていいか分からないじゃない。嘘をついて風邪で休みますと書いたこともあったけど、それはいやだったね、嘘つくことがね。

NWF:自分に正直なんですね。

しの:そう、正直すぎる。

Aさん:嘘の風邪の時は、書いている字が違うと思うよ。

しの:そうだな、きっと真ん中に書いてないよな、ちょっと横に書いてるよなぁ。楽しかったから40年以上やれたし、ゴールデン街が好きだったからね。客だったときも、店をはじめてからも。

日本人は変わったか?

NWF:今までカウンターの中からお客さんを見てこられて「日本人は変わったな」と思うことありますか?

しの:大きく出たな。どういう風に変わってきたのかなあ、日本人ねえ。そういえば、15年くらい前に若い人たちが恋愛をしなくなったなと思ったことがあったね。なんでかを聞いたら「断られるのが怖いから」っていうんだよ。20歳かそのぐらいの頃って何かちょっとのことで人を好きになるじゃん、でも「ぜんぜん好きにならない」っていうんだよ。「振られたらみっともない」とかね。そんな私なんか、どんだけみっともないか。

NWF:ママは自分から行くんですか?

しの:そりゃそうよ。好きになったらね。最近の人は好きにならないよね、みんな。

NWF:好きになってもらうように仕掛けるんじゃなくて、ストレートに好きだと伝える?

しの:嫌いな人に好かれるよりは、自分が好きになったがいいでしょう。どんなに人から好かれたってさ、嫌な人から好かれたら断られなきゃいけないでしょう。それは断るのめんどくさいぞー。だから好きになる方が好きだね、私は。でも、だからって断らないやつもいるでしょ、断らない優しい残酷さ。

Aさん:あるある。

しの:「あの人のこと断ると、あの人が傷つくから」とかね。そこは断れよちゃんと。長引かせておいて、後で断るのが1番残酷じゃん。断るの大変なんだから。だから嫌いな人には言ったもん「好きにはなれない」って。「あの人を傷つけるから」って?じゃかしいわそんなもん!それが優しさだと思ってんだよね。でもそれが1番残酷だよね。好きな人ならいいよ、嫌いな人はどんなにしたって好きにならないからね。

NWF:確かに、そうかもしれないですね。

酒場の叡智

しの:もう質問は終わったの?

NWF:じゃあ、まじめな質問をしてもいいですか?

しの:いや真面目な質問だって、真面目に答えるよ別に。

NWF:一般的なお店だと、常にお客様は神様で、サービスをする側とされる側に分かれるじゃないですか。それが「しの」にはない、でも人はたくさん集まる。言葉にするのは難しいかもしれませんが、その秘密を教えてもらいたいです。他のお店は羨ましがると思うんですよ、どうやってお客様を呼ぶかと日々考えているはずだから。

しの:そんなこと考えたことないからなあ、

NWF:最高のサービスってなんなのでしょうね。

しの:楽しむことじゃない、お互いに。あたしだけ楽しんだって面白くないし。

NWF:じゃあ、、別の質問を・・・

しの:まとまらないだろう、ざまみろ。(笑)

NWF:仕事ってなんですかね?みんな仕事を楽しんでやれれば一番いいんだけど。

しの:確かに楽しくてやってるけど、仕事ではないことはないわね。

NWF:仕事と私生活、オフィシャルとプライベート、分けることに意味はないのかもしれませんが・・・

しの:あんまりないんだよ、プライベートも。ほとんど正直に全部喋っちゃうから。全部しゃべるとね、気持ち悪いけどね。ある程度のことは本根、だから裏とか表とかはない。だから本気で喋る私も客も。隠すわけじゃないけど言わなくていいことは言わない。ほとんど裏表はないね。それはできない。おべんちゃら言って「いらっしゃいませ」なんて誰が言えるかよ。

Aさん:ママの生き様にみんな共感して来るんですよ。

しの:あんまり嘘は言わないね。肝心要なことはね、言わなくていいことは言わなくていいと思うのよ。誰だって。言うこと全部が本気だったら死ぬって。会話にならないもんね。まぁ昔はすごかったぞ、お前の生き様が気に食わないと言って喧嘩になったから。

NWF:今はないですか?

しの:今はそういう熱い言い方はしないね。だって生き様だよ、生き様が気に食わないから表に出ろ、それで喧嘩になる、それくらい熱かったたわけ。

Aさん:そういうのは多かったね、自分のアイデンティティの話になって、それが合わなくて「表に出ろ」って話は結構多いよ、このゴールデン街。

しの:昔はしょっちゅうやってたね。それでケンカする客がいると「花園神社に行って喧嘩してこい」って言うんだよ。それで表に出て花園神社に行くわけ、広いからね、そこで喧嘩するわけ。それでまた戻ってきたら、仲良く飲んでるんだよ。

Aさん:そんなこともあったねえ。

NWF:男と女のケンカもあったんですか?

しの:男と女は喧嘩しないよ。男が女を殴ったらだめじゃん。

NWF:男を殴る女の人はいた?

しの:いたいた。

Aさん:ケンカしてもね、とことん話し合えば分かり合えるんだよ。

NWF:そういう場所があるって素晴らしいですよね。

Aさん:俺もいろんな話聞いたなあ、普段では聞けない質問も、知らない話もね。まだこの店に通って5年なんだけどね。

NWF:どれぐらいの頻度で、来てらっしゃいますか?

Aさん:月に1、2回。もう年取ったからね。3年くらい前は毎日来てたね。

NWF:なぜ毎日通ったんですか?

Aさん:なぜ行くかというとね、このお店のママがいるからだけど。来てるお客さん同士でも「またあったな」とね。そういうコミュニケーションが楽しいんだよ。そして、そこに(カウンターの中に)大御所がいるわけ。

NWF:主催者みたいな感じですね。いろんな人をつなげてくれるMC。

Aさん:MCとかそんなもんじゃねえよ、プロデューサーだよ。もともとママはプロデューサーだったから。

しの:みんなさぁ、チェーンの居酒屋とか行くじゃん。すると自分たちだけで飲んで、自分たちだけで喋ってるでしょう。ある時ドキュメンタリーを撮りたいというプロデューサーが来たんだよ、それでちょっと1時間ぐらいそこにいなよと言って、座らせておいた。そのとなりの席で別の客4人が楽しそうにしゃべってたわけ、それが1人帰って2人帰って。すると「あれ、お連れさんじゃないですか?」と聞くのよ。それはそう思うよね、でもみんな連れじゃないわけ。その人は「僕たちはそういう飲み方はしたことありません、内々で飲んでいて他の人に喋りかけるとか、友達になるとかはない」って。でもここはそれができちゃうわけ。

Aさん:ここにエゾシカのメニューがあるでしょ。この店で北海道から沖縄の人まで一緒になって飲んでね、ママもそこに入って仲良くなるのよ。それで全国のお客さんが美味いものを店に送ってきてくれるから、こういうメニューに返ってくるわけ。これはね、天性のものだよ。

NWF:全国どこでも友達になっちゃうわけですね。お店であるまえに、サービスである前に、ママの周りに集まる人たちが一人の人間として心を通わせ合って、場ができて、それが店というかたちになる。なにか「店」というものの本質を教えられた気がします。ではインタビューこれくらいにして、料理も早く食べたいし・・・、今日はありがとうございました。

*その後、私たちが料理を楽しんでいると、ママがスタッフさんに封筒を出すよう指示。その15分後くらいに、子供が生まれたばかりのBさんに、ママがそっとお祝いを渡していたのを私たちは見た。

Text / PhotoText / Photo:
KIYOTA NAOHIROKIYOTA NAOHIRO
PlanPlan:
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