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雨水を天水に墨田区から世界に拡がる叡智(3/5)”国技館を雨水タンクに”

雨水を天水に 墨田区から世界に拡がる叡智(2/5)”流せば洪水、貯めれば資源”からの続き

 

東京に降る雨を貯める。タンクで雨水を貯めれば、都市型洪水と非常時の水源という二つの問題が一気に解決する、村瀬さんはそう考えた。しかしそのアイデアを実現させるのは容易ではなかった。

日本初の本格的な雨水タンクができたのは1984年、両国国技館の地下だった。

1981年に日本相撲協会が国技館を蔵前から発祥の地である墨田区両国に戻すことを計画していたが、両国は墨田区の中でも特に浸水被害がひどい地域だった。

相撲協会が新しい国技館を建てて営業を行うには、建築許可と保健所の営業許可が必要だ。そこで村瀬さんは保健所から営業許可を出す担当者として日本相撲協会に雨水タンクを国技館に設置してくれるよう交渉を始めた。

「相撲の興行は許可するけど、許可にあたってちょっと聞いてくれないかとお願いをしたんです。両国駅の裏に田島病院という病院があるのですが、そこは腎臓病の患者さんが透析をする病院でした。透析するにはきれいな水が必要ですが、洪水のたびに汚水が病院に入り込んでしまう。国技館で雨水を貯めることができれば、腎臓患者は非常に助かるんだと。交渉を続けましたが、結局最後は日本相撲協会として受け入れることはできないと。入ってまだ5年目の下っ端でしたから無理もありません。」

交渉がうまくいかず落ち込んでいた村瀬さんだが、研究に打ち込む熱心な彼の姿を見ていた係長や課長が動き、そして墨田区長までが雨水タンクの実現に向けて動き出す。挫折から一転、墨田区として雨水利用を進めるプロジェクトがスタートした。

「当時、私と同じ危機感を持った東京都や墨田区の仲間で、雨水利用を進めるにあたって五つの構想をまとめていました。それを墨田区長に直接提案する機会を頂いたのです。1つ目は、相撲協会に墨田区長が国技館での雨水利用を正式に申し入れること。2つ目はこれから区がつくる全ての施設に雨水利用を導入して模範を示すこと。3つ目に、墨田区は緑が非常に少ない区だからビルの屋上や壁面の緑化を進めて、その緑を育てるのに雨水を使うこと。4つ目は、石油ショックが教訓ですが、ソーラーシステムと雨水利用組み合わせた公共施設を墨田区につくること。5つ目に、墨田区は関東大震災で大火災が起きた場所だから、区全体で雨水を貯めて町を守ること。これらを区長に提案しました。当時の区長は自民党で保守派の方でしたが、『村瀬たちの発想は凄い、これらがもし実現すれば墨田区の歴史が変わる、俺は全部やるぞ』と全面的に協力してくれたのです。役所という組織では、入って5年目の職員がいきなり区長室に行って話をするなんてことはありえない、いま思い出しても奇跡的なことだと思います。その後、5つの構想それぞれに役所内でタスクフォースができ、実現に向けて動き出しました。」

1981年に村瀬さんたちが考えた5つの構想は、35年後のいま、その全てが実現している。国技館の地下には1000トンの雨水を貯められるタンクができ、トイレや冷房や散水のために雨水が利用されている。この国技館を皮切りに、墨田区では30以上の公共施設で雨水利用を導入、さらに雨水利用をひろげるために平成8年には500平米以上のマンションや事業所に雨水利用を促す条例をつくり、いまでは合計561の施設で22,300トン、区民一人当たり約86リットルの雨水を貯められるようになっている。さらにその動きは墨田区と東京を超えて広がり、平成26年には国全体で雨水利用を進めるための法律「雨水利用推進法」が公布された。

CC BY-SA 2.0,Ryogoku Great Sumo Hall.jpg,Steve Cadman

満員御礼時には約12,000人の利用がある国技館。水使用量全体の70%を雨水利用だけでまかなっている。地下に打った杭の間の空間を雨水タンクとして利用することで大きな追加コストはかからず、構造体としても安定する。積雪時は雪を溶かすために雨水が使われている。

墨田区の20カ所以上の路地で見ることができる「路地尊」は、地下に貯めた雨水をポンプで吸い上げて使う。雨水を貯めるだけでなく、災害時の防火や子供の水遊びにも使われている。

墨田区ホームページより

村瀬さんは既に墨田区役所を離れているが、職員として最後の仕事となったのが東京スカイツリーの雨水利用だった。近年の東京では気候変動の影響で100mmを超える異常な集中豪雨が起きるようになっている。東京スカイツリーには、敷地面積3.6ヘクタールに降った50mmの雨をそのまま貯められる1800トンの容量を持つタンクがある。さらに雨水利用のために835トン、合計2635トンもの容量を持ち、気候変動に対応したものになっている。豪雨時には下水道の許容量を超える分をタンクに貯めて洪水を防ぎ、さらにそこに貯まった水は震災時の生活用水として利用でき、都市のライフラインならぬ「ライフポイント」として機能する。そして普段はビルのトイレや緑地への散水、打ち水によるヒートアイランドの抑制などに雨水が利用され、21世紀型の雨水マネジメントモデルとして世界的に注目されている。

 

キャプション:スカイツリータウンの敷地全てを使って雨水を集める。23万人が一日に利用できる量の水を貯めることができる。(Google Earth )

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