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【理事・評議員の今! Vol.2】慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野隆司さん

Next Wisdom Foundationは、発足して5期目を迎えました。今まで私たちは、「これから必要な叡智とは何か」をテーマにイベントを開催し、皆さんと学んできました。

『理事・評議員の今!』連載第2弾は、幸福学の研究者で慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司さんに話を聞きました。

ダライ・ラマと話したい

僕の関心ごとは、これからずっと変わらないのではないかと思います。“世界の平和と幸せのために生きたい”と思ったら、それ以上にすべきことはなかなか思いつかないでしょう? 僕は世界中の人が幸せになることのために活動し続けたいと思っていて、これからも、それに関係する人とともにいる時間を増やしたいと思っています。

最近は、具体的に世界平和や幸せのために動いている人で、僕が感動した人や、もっと話したいなと思う人との対談が増えています。どうせ話すなら記事にしようということで対談記事になることが多いですね。

僕が今一番話してみたいのは、ダライ・ラマ法王瀬戸内寂聴さん。二人はふたりとも大乗仏教の僧侶ですから、少し似ていますね。以前、ダライ・ラマ法王と利根川進さんの講演会を聞きに行ったことがありました。利根川さんはいきなり喧嘩腰で、“僕は神や宗教は信じていないから話が噛み合わないだろう”と口火を切った(笑)。それに対して、法王はリラックスして、利根川さんの背中に手を当てたり手を握ったりしながら、“仏教には神様もスーパーネイチャーもいない、科学と親和性があるんですよ”と話されていました。すると、利根川さんがだんだん法王の子どもかのように親しげになっていった。ダライ・ラマ法王の在り方が人類愛に満ちているというか…優しく接するうちに、争いのない世界をつくれるという見本を見せてもらった思いでした。この経験は強烈で、講演が終わった瞬間に立ち上がって握手をしにいきましたよ(笑)。

今さら宗教を信じられない現代人へ

Next Wisdom Foundation事務局:私たちも宗教には興味を持ちはじめています。今後、家族を家で看取ることが増えると言われていますが、そのときに新たな宗教というか、死との向き合いかたを各自が考える必要があるのではないかと思っています。

 僕は心理学や神経科学、認知科学をベースに、世界の平和や幸せに関する研究や活動を行なっています。科学がそういうことをできる時代がようやくやって来たからです。従来は、科学ができなかったから宗教や思想がやっていた。つまり、私たちがつくりたい世界についての先人の知恵が、宗教にはあると思います。

ただ、僕も含め、宗教を今さら信じられない人も現代には少なくありません。そういう人たちがよりよく生きるために、どうしたら世界の幸せをつくれるかという方向に、サイエンスの結果を使っていくべきだと思います。個別の科学も大事ですが、科学の結果を全体としての問題解決のために使っていくということです。

僕がなぜダライ・ラマ法王に会いたいかというと、彼は先人の知恵の塊のような人だからです。何千年という人類の歴史を伝えている人、宗教は人類の知と愛の総体のひとつだと思いますから、それを伝えている人というのは人類の模範だと思うんです。ちなみに、仏教には、宗教というよりも東洋哲学としての意味があると僕は考えています。

異端の集まりは、歴史を変える?

僕はロボットの研究をしています。ロボットの研究者の95%くらいは、アトムやガンダムやドラえもんをつくりたいのですが、5%くらいは、“心とはそもそも何か?”あるいは“人間とは何か”ということに興味を持っていると思うんです。他の分野の研究者にも、そもそも心とは何かを理解したい人がいる。それは例えば文学もそうですが、一部の人は局所的なものではなく全体性に興味を持つんですね。分析よりも統合。研究の世界では、そんな風に5%程度の異端児が出るようになっているのではないか? 僕は各分野の異端の数%を繋いでいきたいですね。分断や細分化が進んだ現代社会において、全体性や思想・宗教に興味がある人たちが繋がっていくと、歴史のなかで大きな流れに貢献できるかもしれない。それ自体が、新しいジャンルになるのではないかと思っています。まさに、Next Wisdomです。

幸せを考える人が増える一方で、分断・分離が進む世界

Next Wisdom Foundation事務局:今年のNext Wisdom Foundationのテーマは、AI時代のシンギュラリティとエクスポネンシャル(指数数関数的)なのですが、そういう社会基盤ができると、幸福とは何だろうと考えることが、さらに後押しされそうだし、考えないといけないことになると思います。それについて、どう考えますか?

AIが急激に進歩している時代だからこそ、一方で人間の心にも光が当たっているという側面はあるでしょうね。最近、幸せとは何かを考える人が、エクスポネンシャルに増えていると実感しています。一方で、トランプ大統領が出てきたり、ブレグジットが起きたりして、自国さえ良ければいいという真反対の流れも出てきている。分離・分断をつくる方向です。今は混沌の時代で、第1次・第2次世界大戦前と似ているのではないかと思うんです。

混沌の時代には多様性が高まるんです。カンブリア爆発と同じですね。生物に生き残りの危機がやってきたから、生物は多様性を高めた。今は、幸福な理想の時代が近づいているようにも思えるし、環境破壊の結果われわれ人間が死に絶えて原始の時代に戻る可能性もある。危険な時代でもあるし、面白い時代・チャンスの時代・リスクの時代でもあると思います。

現代社会では、国家主義的、保守主義的、全体主義的な流れが強まっているとも言えます。こんな時代に、狂信的に一方向に向かってしまうのは怖いですよね。そこで、そのカウンターパートである必要性を感じています。つまり、平和を目指すというか、善意や性善説に訴える価値観を広めねばならない。理想を目指さねばならない。幸福を考える人が増えているから良かったではなく、増えているのは危険な時代だからかもしれない。本能的にそうすることの必然性が高まっているのではないか、というざわざわした気持ちもあります。

一方で、ひとつの考え方に固まるコミュニティの怖さもあります。分断・分離も怖いけれど、“幸せ教”のような宗教的なことになると、それがファシズム的になってしまう可能性もあるわけです。

幸せの条件とは何か?

幸せの分断も気になっています。『幸福学』について語ると、幸せな人は、“なるほど!”と受け入れてより幸せになっていく一方で、“幸福学ってなんだよ、興味ないよ”と言う不幸な人が出てくる。皮肉なことに、僕が最もやりたくない分断・分離を、僕がつくっているとも言えるわけです。ですから、そうならないようにすべきです。オープンで、違う考えも認め合う場をつくりたいですね。

幸福学の研究によると、友だちが少ないよりも多い人のほうが幸せな傾向があります。さらに、友だちが多様なほうが幸せなんです。例えば、障害者を雇用するのも、企業が義務だからと推進するのではなく、多様な人を雇用して多様な会社をつくったほうがみんなが幸せだからという理由でやるといい。多様性が高まると、創造性も生産性も高まります。

幸せな人は、幸せでない人の3倍くらい創造性が高いという研究結果もあります。ダイバーシティの推進も、義務としてやるべきなのではない。そもそもダイバーシティありきにすると多様な世の中が実現できてみんながより幸せになるし、イノベーションも起きやすくなる。イノベーションにも多様性が重要なんです。イノベーティブで、幸せで、インクルーシブな、全体主義ではないワンネスの世界になると良いですね。みんながみんなの幸せを願う世界。

精神論というか心の問題として、今の日本には“弱者は可哀想”という偏見がまだあると感じます。一番いけないのは差別することですが、弱者は可哀想だからなんとかしよう、というのも違う。こんな無意識的な差別をする人に対して、リテラシーの教育をして、個性はそれぞれで、みんながみんな素晴らしいという認識にしなくてはいけない。

病気や障害は不十分・不完全であるという誤解はありがちですが、多くの場合、間違いです。生物は非常に多様で、多様であることで生き延びてきたんです。多様なことは、すばらしい。むしろ個性として誇るべきことであると言っても過言ではない。特に長年多様性が低いことに慣れて来た日本では、素晴らしい多様性を尊敬し合う価値観の醸成が遅れています。アメリカやヨーロッパは、少なくとも表向きは、多様な人々を認め合う社会をつくっていますね。かつての差別の歴史を克服したからではありますが。日本では、そもそも、多様性の素晴らしさを理解する教育から始めていく必要があると感じます。

これから、どんなアプローチでやっていくのがベストかはやってみないとわからないのですが、いろんな学生がいるので、できるところからやっています。

幸せのメカニズムを明らかにする基礎学問も続けるし、例えば、看護士の幸福度を高めて、辛いからとやめていく看護士を減らそうという研究もやっています。良いことをしている人と出会って、お互いの強みを生かして一緒にやっていくというようなことを多面的に進めています。

今年は、アーティストになる

今年はアーティストとしての活動を増やしたいと思っています。去年、僕のダンスの師匠で、コンテンポラリーダンス界では有名な黒澤美香さんの1周忌コンサートがありました。コンテンポラリーアート界のカリスマのダンスが忘れ去られるのは嫌だし、絵や写真も好きだから、あるとき、突然、“よしこれからはアートに力を入れよう!”と思ったんです。

日本でもっと注目されるべきものの一つは、アートです。アートは、人の豊かさを増すし、幸福度も高める。他のクリエーティビティ以上に多様な自分らしさを発揮できます。例えばAIも歴史もアートも考えられる多様性のあるバランスのいい人間が、これからはより大切になると思っています。僕は今までやりたいことをやってきましたが、アートの部分や感性の部分は進歩の余地があるなと思うので、今年はアーティストを目指そうとしているわけです。将来、“あのアーティストの前野さんって、昔は学者だったんだよ”って言われるようになると面白いですね(笑)。

美しいものを作っている人は幸せだという研究結果もあります。論理を超えた素晴らしさ、論理で語りつくせないものを全部含んでいるもののひとつが宗教だとすると、もう一つはアートですね。

英語では、アートはもっと広い意味があります。Art & Scienceというように科学と対置するときのアートは、人文科学も含んでいます。日本語でいう芸術という意味プラス科学じゃないものすべてがアートなんです。僕が今言っているのは、広い意味でのアートです。

“小さな幸せ”から脱却するには?

Next Wisdom Foundation事務局:若い世代の中には、今自分のいるコミュニティで満足する人が増えているように感じます。例えば、テレビを見て宅飲みするのが幸せのような、ある程度の幸せがあればいいという考えがマジョリティだと感じることもあります。

幸福学の統計結果から考えると多様な人と接したほうが幸せなのに、それをやろうとしないのは、変動する世の中でどうなのかなとは思います。小さい世界のコミュニティを守りたい、リスクをテイクしたくないとなってしまっているように感じます。

ひとつ気になっているのは、最初に幸福学は分断をつくっているかもしれないという話をしましたが、イノベーションも分断をつくっている面があります。大企業を辞めてイノベーションを起こしたいという人は確実に増えていて、一部の人はそれを実現して本当に幸せになっているけれど、自分にはできないと思って踏み込めない人は、大企業の中でとても苦しんでいる。

大企業とか小さなコミュニティから出ることを支援しないといけない。“普通の人”も、こちら側にこられるための互助組合のようなものを作って、こっちのほうが楽しいよ、安全だよと知ってもらえるようになるといいなと思います。

当たり前ですが、新たに何かをするときには、リスクはありますからね。起業して貧しくなる人もいるし、献身的にNPOをやっていて薄給だが幸せという人もいます。それなりの会社にいて、中の上程度の幸せを感じている人は、こちら側にはなかなか出てこれないですね。

こちら側に出てくる手法の一環として、ベーシックインカムは機能すると思います。格差がない社会のほうが幸せですから。北欧がどうして幸せかというと、高福祉です。税金が高くて、教育も医療も無料ですから。

今は、YouTubeなどで、世界中のすごい人たちの活動を見られる時代です。すごい人と自分を比べてしまって自己肯定しにくい時代ともいえると思います。そんな中で、自分のベースがあると惑わされません。自分の軸を持つ、ベーシックな幸せ度を把握する、自分なり自己肯定感を持つこと、“ベーシックインカム・ベーシックナレッジ・ベーシックハピネス”が必要ですね。今までは、それを宗教が担っていたのですが、今は信じられない人も多い。宗教に対抗できるくらいの『幸福学』を作らないといけない。“ベーシックナレッジ”を学問としてやりましょうかね。

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