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アートを未来へ遺す「クローン文化財」〜東京藝術大学 宮廻正明教授インタビュー

古くから伝わる仏像などの宗教芸術や、絵画や文学、書道の歴史を伝える文化財は、その価値を後世に伝えていくため、状態を損なうことなく保存することが求められる。劣化を防ぐためには公開をしないことが最善の方法ではあるが、それにこだわると、価値を広く共有・継承できなくなってしまう。そんな中で、文化財を未来に伝えていく手法として期待されているのが「クローン文化財」である。

クローン文化財とは、長年培われてきたアナログ的な保存・修復技術と、高精度な三次元計測やデジタル印刷など最先端技術を組み合わせて復元された文化財のこと。オリジナルの作品と同じ素材や質感を物理的に再現し、技法や文化的・思想的背景など「芸術のDNA」までそっくり復元するもので、従来の複製品とは一線を画す。文化財の保存・修復とその技術の継承に力を入れてきた東京藝術大学が持つ特許技術が、これを可能にした。

このプロジェクトを牽引するのは、同大のCOI拠点(文部科学省と科学技術振興機構が推進する「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」の拠点の一つ)。クローン文化財の提唱者である宮廻正明・東京藝術大学名誉教授に、これまでの経緯をうかがった。

<プロフィール>
宮廻正明さん
東京藝術大学 名誉教授・アートイノベーション推進機構 特任教授
島根県生まれ。日本画家として外務大臣賞や文部大臣賞,内閣総理大臣賞を受賞。近年はロシア、ハンガリー、ポルトガル、イタリア、マカオにて展覧会を開催するとともに文化財の複製、復元事業を推進している。

2つのキワを行き来する螺旋運動

宮廻正明さん:現代で芸術と切り離されている医学、哲学、経済学、宗教などの分野は、元々ひとつのものでした。今は縦割りで分けられているものに横串を刺すことで、見えなかったもの、気がつかなかったことが分かります。例えば、昔の宗教者たちは心の目で木星を見て、そこから曼荼羅を創り出したのではないかと思います。その一方、現代ではNASAがロケットを打上げて木星を探査しています。今と昔ではどちらが進んでいるのか分かりません。今では失われてしまった高い精神性のようなものによって、宇宙や未来を見ていたのではないでしょうか。しかし科学を偏重するあまりに、科学的に実証できないものは存在しないことになってしまっています。

つまり、科学と芸術の大きな違いは、芸術は非実証型科学であると言えます。実証できなくても、結果を出せれば「できた」ということになる。先に結果を出すことで、そこから逆算して実証すれば良いので、今まで不可能だと思われていたところにチャンスが生まれてきます。それをどのように自分で理解して認識していけるかが未来につながります。現在というのは刹那であり、過去と未来は非常に大きなスパンで存在しています。

例えば、江戸時代の文化というのは全体を俯瞰しながら部分は近くで見る、接近と回避を繰り返すのが大きな特徴です。絵巻を見ると人物はものすごく近視眼的に着物の模様まで細かく描き込まれていますが、構図全体は上から俯瞰して遠景と近景を同時に捉えています。つまり当時の人は、縦に目をつけていたように、手前と奥を同時に見て描くことができたわけです。花伝書にも、そのようなものの見方や生き方が記されています。一方、現代人は、横方向の視差で遠近感を出そうとしています。また、江戸時代の文化でもっとも優れている点は、捉われからの解放「ああしてはいけない、こうしてはいけない」のではなくて「ああしてみたい、こうしてみたい」ということです。それが未来志向だと思います。そのような社会になってくると、まだまだ無限に可能性が広がっていきます。

過去と未来、現実と幻想、西洋と東洋、そこには2つのキワ、両極があります。その間をどう行き来するかが人の生き方です。全ての人が極めようとする。ところが極めようとするそのキワは、自分の遥か向こう側にあるわけです。その向かう側へ短時間でたどり着けた人が、良い学校に行け、良い生活をできると多くの人が考えがちです。しかし、そのキワへ向かって一直線に進んで、キワに辿り着いたと思ったらその向こう側に落ちてしまう、終わってしまうのです。落ちた後で「昔は良かったな」という人生を送るわけです。それではそこから落ちないためには「極めない」ということ。つまり回り道をするということです。

回り道をすると、キワを回避して初心に帰れるわけです。初心に帰るためには、仏教用語で言うところの修行をする。努力を積み重ねることにより、径を詰めて余ったエネルギーを高さに変え、初心に帰る。初心には帰るけれど原点そのものに戻るわけではなく、少し内側の高いところへ登る。ゆっくりこの螺旋を繰り返していくと、無限に上に向かって進んでいくことができる。ピーター・ブリューゲルの《バベルの塔》ではまさにその様が描かれています。2つの極を自分でしっかり認識して、その極の間をどう生きるか、ということです。

Pieter Bruegel the Elder – The Tower of Babel (Rotterdam) – Google Art Project.jpg*Public Domain

規則性と不規則性、素数

自分の制作物の全ては螺旋と数学からできています。絵の原点というのはフィボナッチ数列素数。そこから芸術ができているので、描いていくと最後には絵の中に螺旋が現れてくる。そしてフィボナッチ数列の中に現れてくるのが黄金比なのです。全ての美しさというものは数学からできています。

芸術とは何かを説明するのに一番わかりやすいのは素数です。そして素数を渦巻き状に並べていくと、素数の列の中に素数ではない数字がランダムで紛れ込んできます。この規則性の中の不規則性、それこそが芸術なのです。同じようなものを同じように作っていくのは芸術ではなくて作業です。そこにいかに不規則なものをランダムに混ぜていくか、それが予測できないものが芸術です。「極めない」ということ、数学上のフィボナッチ数列は同じ根を持っているような気がします。

画像提供:東京藝術大学COI拠点

過去の偉大な作家たちの今に継承されている作品は、このルールを持っています。レオナルド・ダ・ヴィンチもそうですし、光琳もそうです。その不規則性を感覚的に捉えることが感性と呼ばれるものです。現在の学校教育は記憶教育で規則性だけを教えるコピー教育です。たくさんのことを短時間で覚えられる教育です。覚えるという価値は、同じことを5分で覚えても1年で覚えても「覚える」ということにおいては同じ価値です。しかしながら本当に人間にとって大事なのは、規則性の中に不規則性をランダムに混ぜ込んでいくその感覚を持っているかどうかです。平成29年に開催したシルクロード特別企画展『素心伝心』の原点もそこからきています。

密教の経典に基づいて描かれている「両界曼荼羅」の形は木星の中に存在します。7~8世紀という時代には、NASAが撮ったような木星写真はありませんでした。では昔の仏教者たちがなぜそれを知ることができたのか。近年「宇宙網と脳の自己組織化は同様の原理によって形成されている可能性がある。」との研究が発表されていますが、宇宙と脳の類似性がその謎を解く鍵かもしれません。現代の科学の力がない時代にも、宇宙を見る能力を持っていた人が歴史上にいたのではないでしょうか。それがブッダであったり宗教家であったのかもしれません。例えば、モーツァルトにジュピターという曲がありますが、あれも木星と脳を同期して作られたものではないかと思います。そこで、宇宙を見るために始めたのが法隆寺の釈迦三尊像の研究です。

胎蔵界曼荼羅
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Taizokai.jpg

*Public Domain

Cyclones at Jupiter’s North Pole
NASAJPL-CaltechSwRIASIINAFJIRAM

オリジナルを超える

法隆寺の国宝釈迦三尊像は金堂の中に安置されており門外不出です。そこで、当時の法隆寺管長・大野玄妙先生と、当時文化庁長官だった青柳正規先生に釈迦三尊像のクローン文化財を作らせて頂く御許可を頂きました。3Dスキャナーを入れて撮影をしたのですが、どうしても撮影できない部分もありました。その部分は藝大の彫刻科のスタッフが資料を元に復元しました。その部分を作れる能力を藝大は持っているわけです。

藝大の彫刻と工芸の人たちの協力のもとに作られたのが、このクローン文化財の釈迦三尊像です。本物とほぼ同じ成分のブロンズを使って、富山県高岡市の伝統工芸高岡銅器振興協同組合さんに御協力頂き鋳込みました。高岡の職人さんたちに基本的な部分「規則性」を作ってもらい、藝大で「不規則性」の部分を仕上げました。そして、クローン文化財はオリジナルを超えることに挑戦しました。オリジナルの釈迦三尊像には大光背の周辺にあったと思われる飛天がなくなっていました。今までの復元では、失われてしまって資料のないものを作るのはタブーでした。しかしながら、クローン文化財ではオリジナルにはいっさい手をつけないで、思い切った仮説を立てることができます。

オリジナルの大光背の縁には差込穴が残されており、本来ここに何かがあったことは確かでした。しかし、もしここに本体と同じブロンズ素材で飛天を差し込んだとしたら重さで落ちてしまいます。だからブロンズではなかったのではないか、あるいは木で作ったから現存しなかったのではないか、とか。そのような仮説を元に様々なもので試作をしました。この様な試みが過去から現在につながっていき、現在に蘇ったものが未来に遺っていくのではないかと考えました。

画像提供:東京藝術大学COI拠点

そこで重要なことは「工夫をする」ということです。そのものから学ぶということです。「学ぶ」ということは「真似る」ということ。「習う」は「慣れる」からきています。つまり「学ぶ」ということは「記憶する」のではなく「考える」ということなのです。「学ぶ」ということは目で見るだけではなく、聞く耳を持つことです。だから耳がよくなければ良いものはできません。

また現在法隆寺に安置されているオリジナルでは、中尊(中央の仏)の両脇に置かれた仏(脇侍)が、本来の位置と左右が入れ替わったのではないかと思われます。そこでクローン文化財では元に戻してみることができます。また頭部の螺髪(らほつ)が1/3くらい欠失してしまっており、後ろ側の螺髪を前部に持ってきているので不自然になっています。そこで我々はオリジナルと同じ大きさの3種類の螺髪を作りました。今までは文化財の修理においては「ないものを作る」ことはタブーでした。いかにオリジナルに近づけることはできてもオリジナルを超えることはできませんでした。それを可能にしたのがクローン文化財なのです。

ガラス製の仏像で宇宙を見る

過去を現在に蘇らせるだけではなく、未来を作るために私たちが今チャレンジしているのがガラス製の仏像づくりです。下町の東日暮里にある桐山製作所の皆様と共に釈迦三尊像の頭部の制作を始めました。普段は薄くて強度の高いガラスのビーカーやフレスコを作っている工場です。下町の桐山製作所に伺ってみると、社長さんのお父さんから「自分もガラスで仏像を作ってみたかった」というお話が出ました。お父さんは今94歳で今も現場で働いていらっしゃいます。元々は社長だったのですが、現在では社長を辞め、息子が働き易いように自分は部長になって現役復帰したのです。息子が社長になって自分が下に降りることで初心に戻れ、現場の若いスタッフにも技術の継承ができる下町ならでは、素晴らしいシステムです。

素材としてのガラスは古くからあり、特に新しいものではありませんが、ガラスで仏像を作ることのどこが新しいのかというと、未来に繋がると考えたわけです。像の下からライトを当ててみると、渦巻き状の螺髪がレンズの役割を果たして天蓋に光があたり、そこに宇宙が現れたのです。昔の人々は自分の目で宇宙を見ることができませんでしたが、宗教家の頭の中にははっきりと宇宙が見えていたのではないでしょうか。

仏像の上には天蓋がありますが、なぜ天蓋が必要だったのか? そこに光を受ける場所が必要だったからではないか、宇宙を描くためだったのではないかと、我々は考えたわけです。当時の仏像はブロンズで作られているので実際には光が見えないわけですが、昔の宗教家はそれが見えていて、仏様の上に宇宙が広がっていたのではないかと考えた訳です。当時の仏教には、科学や宇宙が内包されていたのではないのかということを想像させます。クローン文化財を作ることによって、そのことに偶然気がついたのです。

我々は2つの極、妄想と現実の間を行き来しています。妄想「もの」が仮説という「発想」に繋がり、仮説を持つことで「ものごと」が飛躍するし、全く科学的な根拠のない「願い」のようなものが辿り着き、縁が魂に繋がっていく。根拠のない偶然性から、規則性の先の不規則性の中に芸術的な必然性が現れる。自分の原点と目的を遠回りしながら、螺旋を描きながら、妄想のような非現実、目に見えないものに確信を持って、信じて進むこと。それは人間がこの世に生を受けた目的ではないでしょうか。

現在研究中のガラスの仏像

画像提供:東京藝術大学COI拠点

保存ではなく継承、融合ではなく混在

伊勢志摩サミットでは安倍前総理からG7の各国首脳にクローン文化財についての講演をしてほしいとの依頼がありました。今までは文化財を遺す方法としては修理をして保存することでした。しかし、私たちが行なっていることは文化財を保存するのではなく、継承することです。会場となった伊勢志摩には偶然にも伊勢神宮があります。伊勢神宮は遷宮します。20年に一度建物を作り替えて遷宮することで魂を継承していきます。日本の文化の継承方法は「もの」ではなくて「思考」、これは日本独特の文化の継承方法です。我々がクローン文化財を通して提唱しているのは、文化財保存学ではなくて文化財継承学です。それ自体が日本独特の文化なのです。日本には「写し」という優れた文化があります。

例えば、俵屋宗達風神雷神図の写しを尾形光琳が描いています。これが継承なんです。継承することによって作品自体の質を上げていくわけです。オリジナルを単に模倣するだけなら質が下がってしまいます。ジャポニズムという考え方は、まず模倣から始まって受容、受容した後に変容。ここまではどこの国でも行っていますが、日本の特異性は、そこから超越するわけです。オリジナルを超越してみせる。これこそがジャポニズムという考え方です。だから時計も車も日本の工業製品は世界のものを模倣ではなく超越してきました。

昔は西洋の文化はシルクロードを伝わって日本にやってきました。隣村から隣村へ、尺取り虫のように。そして日本に伝わってきた西洋文化や中央アジアの文化は「融合」ではなく「混在」してきたのです。赤と青の染料が融合して一度紫になると、もう2度と赤と青には戻ることはできません。ところが顔料のように赤の粒子と青の粒子が、お互いの尊厳を認め合いながら存在することにより、混在がおこります。日本というのはオリジナルの文化を下支えしながら、クオリティを高めていきました。独自性を生かしながら、また相手の尊厳を認めながら、そのものの価値を上げていきました。これこそが日本の優れた考え方です。

バーミヤン東大仏天井壁画『天翔る太陽神』スーパークローン文化財展示風景

画像提供:東京藝術大学COI拠点

昨今よく耳にする「ダイバーシティ」というのは、どちらかというと融合に近い印象があります。今の世の中は何でも融合と言って混ぜ合わせてしまいます。いかにも西洋的な考え方です。日本はそれを混在させる。それが真の多様性なのです。

2001年にタリバンによって破壊された、アフガニスタンバーミヤン遺跡には天井に壁画がありました。私たちがクローン文化財の技術で復元したものを見ると、中央に太陽神が立ち、その周りには天使や、風神、仏様がいます。アフガニスタンという国は、今はイスラム教になっていますが、壁画が描かれた当時のアフガニスタンでは、全ての神や信仰がひとつの絵の中で表現されていたわけです。美しい心を持つ人々が平和に暮らしていた場所でした。この絵から何を学ばないといけないのか? 復元することでそこから得るものは「みんなが平和に暮らす」ということです。その一言がこの絵の中に込められています。

バーミヤン東大仏天井壁画(スーパークローン文化財)

画像提供:東京藝術大学COI拠点

日本画の中の「混在」

日本画も混在なのです。日本画で使う絵の具には顔料染料があります。顔料というのは石を砕いたものです。粒子で分けていて、細かいものは白っぽく、粗いものは濃い色をしています。日本画の絵の具はそれぞれの石の比重が違うため分離してしまいます。分離することを逆に利用して描くことが日本画の大きな特徴です。性質の違う絵の具を1つの皿の中でうまく操って、どこの部分を使って描くか。紙の上に置くときにどの色が一番発色するように置いていくか、顔料を溶いた水の中で浮き沈みしている粒子のどの部分を拾って描いていくか。その一つひとつが日本画の技なのです。また、日本画は顔料だけではなく融合してしまう染料も使います。規則性と不規則性、顔料と染料、混ざるものと混ざらないものを同時に使い分けてみせるわけです。その使い分け方で最も重要なのが感性なのです。そういう意味で日本画は混在と融合の両方を使い分けるのです。

また日本画と同じ考え方をするものが、日本食の出汁です。出汁は「取る」と言わずに「引く」と言います。なぜ引くかというと、出汁は濃い一番出汁を取り、そこから薄めていくのです。引き算です。引いていって一番いいところで止めるとマイナスの味になります。そこで少し引きすぎておいて原液を隠し味として足して味を決める。それが出汁を引くコツなのです。マイナスとプラスの作用、これが日本独特の考え方です。日本画の絵の具も、最初は濃い膠水(にかわすい)を足して溶いていきます。そのあと水を足し、最後に再び濃い膠水を数滴足していきます。引くという食文化を持っているのは日本だけだと思います。

教育についても同じことが言えるのではないでしょうか。まず若い時に修行という勉強をたくさんするのです。それから18歳を過ぎると、記憶によって蓄えてきた余分なものを捨てていかないといけないのです。捨てたところで本当に自分は何を勉強したかったのかを見つけ出していきます。そういうところに日本の独自のものの考え方というものがあるわけです。

宮廻正明《天水》F100号 山種美術館所蔵

画像提供:東京藝術大学COI拠点

人がやらないことにチャンスがある

私は学部時代にはデザイン科に在籍していました。6年も浪人し四苦八苦して東京藝大のデザイン科に入りました。当時は昭和40年代、新聞広告からテレビコマーシャルに変わった時代で、テレビコマーシャルの仕事でスポットライトを浴びたかったのです。学部の4年間はデザインをしていましたが、このままの人生を送っていて良いのだろうかと思いはじめ、一番自分が華々しい時期にデザインを捨てて原点に帰ろうと思いました。

自分は本当は何をやりたかったのか? 6年間浪人をする中で、陶芸や漆芸や油彩画も全部独学で経験してきましたが、唯一日本画だけは勉強してきませんでした。そこで大学院では日本画を学ぼうと思いました。保存修復技術と古典技法を学べる科に進学し、平山郁夫先生に師事して本格的に日本画を始めました。ところが平山先生は、自ら教えてくれるような先生ではありませんでした。疑問を持ち的確な質問をした時のみ答えが返ってくるのです。先生の唯一の教えは「自分の後ろには草一本生えない、自分の道は自分で切り開きなさい」ということ。自分で学び取ったものだけが自分の取り分だということ、頼らないことの重要性を学びました。

自分で日本画の作品をつくるには、自分独自の描き方を作り出さなければなりません。通常日本画というのは和紙をパネルに張って、そこに絵の具を塗り重ねるという手順で行います。ところが私は和紙の裏側から絵を描く「裏彩色」という技法を考えつきました。裏側から描くためには透ける薄い和紙が必要になってきます。ところが薄い紙は破れやすく、扱いがとても難しいのです。そこで、強くて薄い和紙を漉いてくれる人を探し、それを5〜10年寝かしておいてから使うことを考え出しました。

「うら」という字を広辞苑で引くと、裏表の「裏」、浦島太郎の「浦」、占いの「占」などが出てきますが、一番最初に出てくる「うら」という漢字は「心」なのです。裏というのは心のこと、精神のことなのです。

また、日本画では藍や綿燕脂等の染料も使いますが、「しみる」も「沁みる」という心が入っている漢字を使います。西洋では遠近法を使って奥行きを出しますが、日本は縦に紙に染み込んでいく空間表現を使います。これも「沁みる」という日本独自の文化です。

そこで、薄い紙を自由に扱うことができるように古典技法を学びました。また日本画のテーマは主に花鳥風月でした。ところが私はトラックや電信柱もモチーフに加えました。当時の日本画のモチーフとしては異色でした。今ではこの様なテーマは当たり前のように描かれるようになりましたが、不可能に見えることや新しいものに目を向けることにチャンスがあるのだと思います。

クローン文化財は、当時は贋作づくりなのではないかと言われてきました。手描きの模写というのは昔から行われてきたのですが、それにデジタルを使うのはいかがなものかという意見が大半でした。クローン文化財で作ったものが社会に広まるとマーケットが混乱するのではないかとの危惧がありました。しかしながら、それは取扱いの問題であり、オリジナルを持っている美術館のみがそのクローン文化財を作って有効に展示に活用すれば、保存と公開が可能になるのではないかと考えました。

このアイデアを思いついた時はまだ「クローン」という言葉は使っていませんでした。最初は「複製画」と言っていましたが、海外に持っていくとコピーと訳されてしまいます。何か良い名称はないかと上野公園を歩いていた時にソメイヨシノを見て「クローンであるソメイヨシノが多くの人々に愛されている」と気付きました。最初はなかなか受け入れられませんでしたが、今では特許も取り商標登録も出し、世界中で受入れられるようになりました。クローンの技術で初めて制作したのが、1949年に焼損した法隆寺金堂壁画でした。これがクローン文化財の第一号で、デジタルとアナログを混在して、できるだけオリジナルと同じものを作りました。これが評価されて、クローン文化財が認知される様になり、発明表彰や科学技術奨励賞を芸術の分野で初めて受けることができました。

思考を物質化するための道具

現存する仏像や仏画の大半は「写し」です。宗教を布教させるために作られたもので、芸術品ではありませんでした。例えば多くの人は、お寺に行くと仏像に向かって手を合わせています。思考や信仰というものは目には見えないので、どうしても偶像が必要になってくるのです。だからそれを物質に変えて宗教を布教しているわけです。私たちが見ているのは物質ですが、本当に大事なのは思考です。そこで仏教では仏像や仏画を作ります。そして、そこに魂を入れたものに祈りを捧げるのです。

ですから今作っているクローン文化財は、物質であって宗教ではないのです。それを見て手を合わせる人がいるとすれば、その人の心の中にある宗教心がその物質から誘発されることで手を合わせるのです。クローン文化財を間近で見たり触ったりして喜んでもらえるのはすごく大事なことで、物質を通して宗教心や思考性を今の社会に少しでも残していければ幸せなことだと思います。

目の見えづらい人がクローン文化財の壁画を触って「私は一生美術館に行くことはないと思っていました」と涙ながらに喜んでいらっしゃいました。またあるときは、知的障がいを持つ子どもが作品の指を掴んで折ってしまったこともありました。もし美術館でそんなことが起こったら大変です。「クローン文化財は、くっつければ元に戻るので、なんの問題もありません」と言ったら、みんながそれだけで笑顔になるわけです。したことはただものを折っただけで、像の指を折るのも、木の枝を折るのも、物質的には同じことですが、それが芸術品だったら大変なことになるのです。でも子どもにとっては同じことなのです。

世界に拡がるクローン文化財の技術

以前、オランダのマルク・ルッテ首相が藝大に訪問されたことがありました。オランダにはNICAS(オランダ芸術科学保存協会)という組織で美術品の複製を作る研究をしている所があり、デルフト工科大学には美術品の科学分析に関する高い技術があります。そのオランダの分析技術と藝大のクローン文化財との共同研究の申し入れがありました。それをきっかけに東京藝大とNICASで協定を結び、ピーター・ブリューゲルの《バベルの塔》のクローン文化財を制作しました。

クローンの絵画を作る手順は、まずオリジナルの高精細のデータからタッチを読み取り、藝大の油画を出た専門研究員が白い絵の具でマチエールを手作業で盛り上げていきます。そして、その上に色を高精細プリンターで印刷します。その印刷の上に当時の絵の具と同じ素材の絵の具を薄くコーティングします。アナログとデジタルの混在です。

もし作品が流出したら贋作として世界中に広まってしまう危険性があるため、オリジナルの作品を所蔵している美術館から許可されたり、依頼を受けた作品以外には作りません。クローン文化財を展示している間はオリジナルを収蔵庫の中で休ませておくことが可能になります。

古い絵画は絵の具の色が変色していきますので、元の色を知る必要があります。音楽には絶対音感というものを測る音叉がありますが、色には「絶対色感」というものを測る物差しはありません。そこで私は天然の絵の具の元になった原石を自宅のアトリエに置いて、色感が鈍らないように毎日色補正をしています。

進化したスーパークローン文化財

世界中の博物館には多くの流出文化財があります。最近開かれたある国際会議に於いても流出文化財の話題が出ましたが、決議までには至りませんでした。

しかしながら、この問題はいずれ決着しなければならない大きな問題として議題に上がる時がくると思います。その解決策を今から考えておかなければならない時がきているのです。

クローン文化財を用いて文化を共有する事はその解決策になると考えていますが「どちらがオリジナルの作品を持つのか」という問題がどうしても起こってきます。そこで「オリジナルより優れたものができないか」と考えつきました。クローン文化財では「いかに限りなくオリジナルに近づけるか」を目標にして制作を行なってきましたが、スーパークローン文化財では「いかにオリジナルを超えるか」を目標にしました。できる限り欠落や欠損した部分を補い、元の姿を再現できないかという点に着目しました。科学的分析や美術史的見地を混在させる事により、制作当時の美しい姿を可能な限り再現する事ができるようになりました。その事により博物館での展示に於いてスーパークローン文化財の価値が評価される様になってきました。

そして文化財の保存から一歩踏み込んだ文化財の継承こそが、今後最も大切なものになってくる時代がくるのではないかと思います。

法隆寺釈迦三尊像(スーパークローン文化財)

画像提供:東京藝術大学COI拠点

 

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