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Next Wisdom Gathering”越境する思考(2/2)”

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最後に「越境の作法」。みなさんに今日せっかく来ていただいたので、持ち帰ってチャレンジできるように、僕なりの3つの作法を紹介したいと思っております。

1. Genuineness 「本当のこと」を探る
2. Eat Everything 雑食する
3. Embrace Complexity 複雑さを受け入れる

Genuineとは「本当の」とか「真実の」という意味ですが、Genuineness、つまり本当のことを常に探っていくこと。それから、僕はEat Everythingと呼んでいますが、雑食すること。3つめがEmbrace Complexity複雑さを受け入れるということ。

越境の作法-“本当のことを探る”

リサーチが必要になったとき、僕は統計データをあんまり使わないんです。デザインリサーチという別のやり方でリサーチをします。大勢のデータを集めるより、ひとりひとりの人にちゃんと話を聞く。1時間くらいかけて話を聞きます。その人の家まで行くこともあります。

この前、妊婦向けのあるデバイスを作ったんですが、そのときは妊婦の方5人くらいの家まで伺って、彼女たちがどんな暮らしをしているのかをかなり克明に記録させていただきました。その上でサービスを作っていく、ということをやりました。

僕は、人間は非合理的だと思っているし、人の好みはコンテクストによって変わっていくと思っています。例えば60代男性といっても、二児の父だったり、巨人ファンだったり、自転車大好きだったりと、いろんなモードがあるわけですね。1日の中でもモードが違う。朝起きたときはお父さんモード。思春期の娘からは「一緒に朝ごはん食べたくない」と言われているかもしれない。それが、会社に行くと偉そうに部下を使う、そういうモード。この2つのモードで心理状態が全く違うんですよね。自転車愛好家の60代も増えていますが、自転車は若い人も乗るし、あんまり年齢関係無いですよね。だから、人の多様性を、ちゃんと見つめてあげる、ということを常にこころがけてやっています。

以前、他のプロジェクトをやっているメンバーから「30代男性はニュースアプリを使ってる人が多い」というデータを見せられたことがあったんですが、僕はこれを見た瞬間に「絶対嘘だ!」と思いました。なぜかというと、電車の中で真面目なニュースを読んでる人はほとんど見たことなくて、みんなゲームをやってるんですよね。

最近、iOSに「サジェスチョンアップ」という機能が付いたんですが、使用履歴のデータからその人が本当によく使うアプリをリストにして出してくれるんです。恥ずかしながら自分のデータを開示すると、一番左上がモーニング、マンガ、右下にサッカーゲーム、あとは、フェイスブックやインスタグラム。まったくニュースは出て来ない。隣の人も30代男性でしたが、サジェスチョンアップを見たら、一番左が2ちゃんまとめ、その次がプロ野球速報。それで、「ほらね、嘘でしょ」と。

さっきの先住民の話に似てるんですが、見せたい自分と本当の自分って違うんですよね。Genuineness、本当のことを見つめましょうと言いましたが、人には清濁があって、真面目な本を読んでる自分もいれば、不真面目なことを考えている自分もいて、そういう複雑性に嘘をつかず、ちゃんと向き合ってあげることが重要だと思っています。

あと最近、僕がおもしろいと思ってるのが、自分の意思決定や感情に占める無意識の影響の割合が、従来言われていたより高いことが分かってきたということ。自分がこれを食べたとか、自分がこれを買ったとか、この会社に勤めようと決めた、この娘と付き合おうと決めたとか、そんな意思決定が、無意識に支配されているという考え方がすごくおもしろい。

 カーネマンという行動経済学の権威がノーベル経済学賞とりましたが、彼の論文から取ってきたデータがあります。企業が上場した後の株価上昇率が、社名の発音のしやすさに影響されている、と。難しい読み方の会社は株価が低いんですね。ウォール街の投資家は、すごい数理モデルなどを使って、完全に感情を排除して合理的に決定するように見えて、実は名前の親しみやすさに無意識のうちに影響されているわけです。

他にも人がいかに無意識に影響されているかという例はたくさんあります。あるワインの売り場でフランスの音楽を流すとフランスのワインが売れるし、ドイツの音楽を流すとドイツのワインが伸びた。でも、買った人に「なぜそのワイン選んだんですか?」と聞くと、誰も音楽のことを答えないんですね。

僕が大好きなデザイナーでパトリシア・ムーアという人がいます。彼女はこう見えて実はこのとき27歳なんです。何をやってるかというと、おばあちゃん向けのプロダクト開発のために、自分もおばあちゃんになりきっているんですね。この眼鏡は視力を落とすためにつけています。コルセット巻いて腰を曲げて、握力を無くすために手袋を付けています。自分の体をおばあちゃんにして、本当のおばあちゃんの気持ちを分かった上で、彼女たちのためのプロダクトを作ろう、と。そういうアプローチを取っているデザイナーです。

彼女ぐらい届けたい相手に近づくことができれば、よりよいものが作れるんじゃないかと思っています。こういうアプローチは、さっきの統計データを見ながら考えていく手法とは全く違う手法ですよね。

本当のことを知りたいと思ったら、見せかけのデータを見るんじゃなくて、本当に人を人として向き合うというのが、僕の越境の作法その1です。

越境の作法-雑食する

作法その2、Eat Everything、雑食する、ということです。

これも実は僕の恥ずかしい面をさらけ出す感じです。僕は本を読むのが大好きなんですが、過去2ヶ月くらい読んだ本の一部を抜粋しました。

デザイナーだからと格好つけて、カッコイイことをやるとかカッコイイ場所へ行くことはできるだけ避けて、おもしろそうな本があれば何でも読むようにしています。「進撃の巨人」はみなさんご存じの通り。「ボートの3人男」は、イギリスの痴呆症の3人がテムズ川を下っていくというコメディなんですが、たまたま本屋で発見して買ってみました。あとはゴーゴリというロシア作家、岩波文庫の「世論」というすごく堅い本も。

メディアも、東スポ大好きなので月に数回、駅の売店で買って読んでます。2ちゃんねるも、SNSをやっていると自然に見ちゃいますね。ちょっと背伸びをして「エコノミスト」「ニューヨークタイムズ」などのメディアにも目を通すようにしています。「エコノミスト」なんか読むと、例えばシリア情勢なんかものすごく歴史を細かく紐解いていて、いま起きてる状況が全体のこういう状況の一部であるということが分かるんですね。日本のメディアは、インシデントベースで記事を書くことが多いんですが、そうじゃないものの見方も必要だなと。

柔らかめから硬めまでをあまねく自分の中に日々インプットすることで、自分の中の越境の仕方のレパートリーをどんどん増やしていけると思っています。

越境というのはすごく大変で、階段を登らないといけない。「越境してる」と言えるレベルは、スキルや作ったものが「売れる」レベル。それを一面じゃなくて境界の両側で二面持っていることだと思うんです。

いきなりそこは無理なので、まず入門書を読んで「知っている」という状態にする。それから「理解する」。人に対して「語れる」、と段階を踏んでいく。そこから、「作れる」フェーズに行くとちょっと越境してるという感じになってくる。その先が、ようやく自分が作ったものが「売れる」というフェーズ。

だけど、これはすごく難しいので、僕はいったん諦めることにしています。「語れる」までの3つは個人でやるけれど、そこからはチームでやればいいかな、と。下の3つを自分で押さえさえすれば、上の方は適切なチームメイトを捕まえて、個人じゃなくてチームで越境していく。そういう形をとると、AからBだけじゃなくて、AからHといった広い面で越境していくことができるかなと思っています。

越境の作法-複雑さを受け入れる

それから、Embrace Complexity、複雑さを受け入れる、ですね。

人はものごとを理解するときに単純化して理解する傾向があります。何か問題があると、それってこういうことだよね、女性だから…、若者って…、と単純化したがる傾向がありますが、それも危険だと思ってるので、複雑さを受け入れることがすごく大事だと思っています。

ちょっとここから分かりやすいのでアップルの事例をやります。アップルはとにかく見た目がカッコイイという人も多いですが、細かく見ていくと表層に見えないところで他にもすごいことをやっていて、そういう裏側の凄さをちょっと知っていただきたいと思います。

まずアップルは言語をユーザー目線に全部翻訳してるんですね。例えば、アップルの店員は「バグ」と言ってはいけないんですね。「バグ」はコンピューター用語なので「コンピューターに不具合がある」と言い直す。おばあちゃんや幼稚園児でも分かる言葉にすべて翻訳してるんです。それから、10ギガ、20ギガといった専門用語が今は一般的になってきましたが、ちょっと前までは「2000曲があなたのポケットに」と言ってました。家電量販店に行くと英数字の羅列の意味が分からない名前の製品がいっぱいありますが、すごく不親切ですよね。アップルはそういうのを嫌って、直感的に分かる言い方にすべて翻訳している。それが、すごいなと思います。

それから、アップルストア。人がパソコンに触れるのに最適な角度をアップルは割り出していて、それが76度らしいんです。それを全世界の店舗の統一ルールとして採用しています。実はアップルストアの店員さんは、76度を正確に計測するようなアプリを持っているそうです。ちなみに去年までは70度だったので、試行錯誤しながら最適を追求しているんですね。

これがアップルのCEOのティム・クックという人です。この人すごい策士なんですね。例えばアメリカはクリスマス商戦がすごくて12月は他の月の何倍も売れる。だから、アメリカ中のあらゆる会社がどうにかしてこの時期までに製品を大量に中国で作って、それをアメリカに運んできて売る。そこで彼は、クリスマス前にカラの貨物飛行機を大量に予約で押さえちゃったんですね。アップルの製品を運ぶのにも使うけど、それでも余るからカラのまま飛ばした。

その結果何が起きたかというと、ライバル社が中国で作った製品をアメリカまで運ぶ飛行機が無くなった、アップルが全部押さえちゃったから。そうするとアメリカの店頭にはアップルの製品ばかりが並んでることになって、じゃあ、アップルを買おうかと。我々の目に見えないところでそういう戦いが行われている。この複雑性みたいなことを理解すると、ちょっとものごとの見方が変わってくるかなと。

デザイン業界にいると、ジョニー・アイブというアップルのチーフのデザイナーを敬愛する人の方が多いですが、僕はティム・クックの方が、やり方や戦略などすごく勉強になると思ってます。

「複雑に考える」とはどういうことかが分かる、政治学の世界で有名なケーススタディがあります。ルーマニアで1967年に起きたことなんですが、人口がどんどん減って問題になったんですね。それで、政府は政策として避妊を禁止しました。これはすごく単純なロジックで、避妊をしないと出生率がどんどん上がって人口が増えるとこういうことなんですが、ものごとを複雑に捉えない人のやり方の典型だと思ってます。その後、ルーマニアはどうなったかというと、避妊できないのでヤミ医者みたいなところで子どもを堕ろす人が増えて、出生率が増えないどころか、母体の死亡率が増え、孤児が増えて死亡率が上がっちゃった。

複雑に問題を捉えないとルーマニア政府的な思考回路にどうしても行きがちです。だけど、違う可能性もあるということを常に頭に置きながらやると、こういうことが起きないと思います。例えばスウェーデンは同じ問題を抱えたときに全く違うアプローチを取りました。「すべての子どもは望まれて生まれるべきだ」ということで生まれた子ども向けのサポートを世界で一番手厚くして人口を回復させた。典型的な複雑思考と単純思考の違いかなということで事例としてあげさせてもらいました。

最後になりますが、僕が好きな言葉を紹介します。ドネラ・メドウズさんというシステム思考の権威の方の言葉です。

 

境界とは私たち自身が作っているものであり、

新たな議論や問題、目的ごとに、考え直すことができるし、考え直すべきである。

 

だから、A国とB国とか、右脳と左脳とか、分断の仕方っては他の誰かが決めたものでしかないので、それに従う必要はないんですね。自分なりに線を引き直したり、線を消してみると違った世界が見えてくるし、他の誰もが見なかった見方で世界が見えるという楽しい経験ができると思っています。

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