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“自分回帰”で人生120年を幸せに生きる 佐々木康裕さん×前野隆司さん対談『FutureDiversity vol.3不確実な時代に多角的な視点を持つためには』

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【12/9佐々木康裕氏×前野隆司氏登壇】『NEXT WISDOM CONSTELLATIONS 2014-2018 叡智探求の軌跡』刊行トークイベント ーFutureDiversity 不確実な時代に多角的な視点を持つためにはー

新型コロナウイルスの出現により、もしかしたら1年先の日常はガラッと変化しているかもしれない。こんな先が読みにくい時代だからこそ、私たちの幸せを中心に据えた “複雑化する世界の捉え方”をテーマに議論する機会を作りたいと考え、定期的に『NEXTWISDOM CONSTELLATIONS 2014-2018 叡智探究の軌跡』刊行記念イベントを開催しています。ここでは、Takramディレクターの佐々木康裕さんと幸福研究者の前野隆司さんを招いてオンライン開催したイベントの模様をレポートします。

<ゲストプロフィール>
佐々木康裕さん Takramディレクター
クリエイティブとビジネスを越境するビジネスデザイナー。エクスペリエンス起点のクリエイティブ戦略、事業コンセプト立案を得意とする。DTC含むニューリテール、家電、自動車、食品、医療など幅広い業界でコンサルティングプロジェクトを手がける。ベンチャーキャピタルMiraiseの投資家メンター、グロービス経営大学院の客員講師(デザイン経営)も務める。ビジネス×カルチャーのメディア『Lobsterr』の共同創業者。 Takram参画以前は、総合商社でベンチャー企業との事業立ち上げ等に従事。経済産業省では、Big DataやIoT等に関するイノベーション政策の立案を担当。 早稲田大学政治経済学部卒業。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程(Master of Design Method)修了。

前野隆司さん
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 幸福学研究者
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て、現在慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。博士(工学)。著書に『無意識の力を伸ばす8つの講義』(講談社、2017年)『実践 ポジティブ心理学』(PHP新書,2017年)『幸せのメカニズム』(講談社現代新書,2013年)など多数。日本機械学会賞(論文)(1999年)、日本ロボット学会論文賞(2003年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(2007年)など受賞。

コロナ禍で、ベクトルが“自分”に向いてきた

Next Wisdom Foundation(以下、NWF):まずは佐々木さんのことから教えてください。いまはどんな仕事をされていますか?

佐々木康裕(以下、佐々木)Takramという会社でディレクターをしています。Takramは自分たちのことをデザイン・イノベーション・ファームと呼んでいるのですが、新しい事業を立ち上げたり、新しいブランドやプロダクトを作りたいという企業のお手伝いをしています。私自身は2020年1月にD2Cという小売りのビジネスモデルの変化に関する本を出したこともあり、スタートアップで新しくブランドをつくる方や、百貨店・小売り・アパレルメーカーなどの新しいビジネスをつくる部分でサポートをしています。また、最近DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が出てきていますが、このDXの観点で自動車や製薬会社のサポートをしています。Takramと関係のないサイドジョブ的な活動として『LOBSTERR』というメディアをやっています。イギリス・アメリカ・フランス・アフリカ・インド・中国など世界中から「これはもしかしたら未来の変化の種かもしれない」というネタを持ってきて翻訳・要約をして毎週ニュースレターとして発行しています。

NWF:佐々木さんのお仕事は、いわゆる意匠のデザインというよりデザイン構造の部分、真髄の部分を担当されているという認識で合っていますか?

佐々木:そうですね。僕がデザインするものは人の目には見えないものが多くて、コンセプトやビジネスモデルをデザインしています。

NWF:当財団のイベントには2015年に登壇していただきました。2015年から5年経って、今はコロナの渦中です。佐々木さんの中で、大きな思考の変化はありましたか?

佐々木:5年前は『越境の作法』というテーマで話をさせていただきました。自分が信じていること・やっていることに固執しすぎず、ものごとを相対的に見ながら時には境界線を踏み越えて自分のいる場所を客観的に見たり、そこから離れて新しいことにトライすることが大切という話です。5年経って、自分はやっぱりそういうふうに生きてきたと感じています。今は本業とは別にLOBSTERRを運営したり、ビジネススクールで教えたり、スタートアップの社外取締役をしたりといろんなところに越境して、いろいろな場所に足場を持って、世界をいろんな角度でより立体的に見られるようになった感覚があります。

自分に起きた面白い変化としては、世界を立体的に見ようと気を付けることで自分の思考のスピードが少し遅くなったことです。ものごとを判断するときにこういう観点で考えるとこうなるのか、こういう視点だと違うんだな……など、いろんな経路を辿りながら考えるようになって、決断を出すまでのスピードが遅くなった。最近は、遅いのは良いことだと思うようにしていて、その遅さを楽しみながら考えています。

NWF:5年前に越境の作法の具体的な方法を3点挙げていただきましたが、その後新たに気づいた点や変化などはありましたか?

佐々木:5年前は越境の作法として、一つ目に天邪鬼的に世の中を見ること。他人がこう言っているとか、正しいとされていることではなく、自ら本当のことを探るのが大切だという話。二つ目は何でもいろいろと自分で経験をしてみる。怖がらずに雑食してみる。三つ目が複雑さを受け入れる、という話をしました。

今の時代をコロナの文脈で話すと、一つ目と二つ目がやりづらくなっています。僕は最近オーストラリアに興味があるのですが、オーストラリアはコロナの封じ込めに成功していることもあって外国人の受け入れをしていないので実際に行けない。今は人と会うのも憚られる状態で、自分で本当のことを探ったり雑食するのがすごく難しくなっています。

ただ、最近の面白いトレンドとして、思考のスコープが世界・グローバル・インターナショナルという文脈ではなく、ローカル・ホーム・自分自身などベクトルが自分に向いてきています。僕もそうですが、自分のことをどうしたら理解できるかと考える人が増えているように思います。5年前に申し上げた越境の作法を今の文脈で捉え直すと、世界をどう把握できるかというところから、自分をどう把握できるかというところに変化してきていると思います。

自分のことを考えたり、行動することは決して悪いことではないと思っています。コロナで家族や商店街にある八百屋さんなど、身近なものの良さに気が付いた人は多いのではないでしょうか。そういうところへの目配せは大事になってくると思うし、その延長線上で自分にはこんな側面があったのだと気が付くことができたら、それが他者への共感の新しいパイプになることもある。自分を把握することは自我にまみれることではなく、利他的なものにつながっていくと思います。

NWF:自分を探る・把握するということと、未来を考えていくという視点は、どうつながっていきますか?

佐々木:仕事柄「何が未来をつくっていくのか」ということを考えますが、2000年から2020年くらいまでは主にテクノロジーとお金が掛け合わさるところでいろんな未来が生まれてきたと思います。インターネット・スマートフォン・AIなどが人々の創造性を解き放ったり、情報の流通を活発化させることで未来をつくってきた。では2020年以降もそのままいくのかというと、半分イエスだけど半分ノーかもしれないと思うところがあります。これからは大企業や大きなテクノロジーを持っているところではなくて、オピニオンを持つ個人や小さなグループがより存在感を放ってくるのではないか。

代表的な例でいうとグレタ・トゥーンベリさん。彼女はユニークなキャラクターと強いオピニオンを持っています。グレタさんのように、いち個人の声が世界のトレンドの震源地として機能することはこれからも起きてくるのではないでしょうか。自分と向き合って自分の新しい側面を見つけたり、主観を大事にしてその主観を社会と照らし合わせたときに曲げずにそのまま通すなど、今はそういうことをできる余地があります。そこにソーシャルメディアなどの力を組み合わせることで、味方をどんどん増やしていくことができる。今は個人の時代で、その個人が大きな力のサポートを受けられる。これが2021年以降の未来の作られ方になるのではないでしょうか。

「幸せの次が見えてきた」幸福学から『道』『美』の世界へ

NWF:前野さんにお聞きします。今はどんな研究をなさっていますか?

前野隆司さん(以下、前野):僕はもともとロボットの研究をするテクノロジーの研究者でしたが、2008年から幸せの研究をはじめました。最近は社員を幸せにする経営や人を幸せにする家のデザイン・プロダクトに関わっています。英語でいうとHappinessではなくWell-being(ウェルビーイング)で、心と体と社会の良い状態です。ウェルビーイングを目指す製品やサービスづくり、組織やまちづくり、教育づくりに力を入れています。

先ほど佐々木さんが「世界の把握から自分をどう把握するか。ベクトルが内側に向いている」という話をされましたが、それにすごく賛同します。たとえば働き方でいうと、以前は従業員を満足させる従業員満足度を高める経営でしたが、最近はモチベーション、エンゲージメント、個人のやりがいにフォーカスが移っていて、人々が幸せに働く従業員幸福度を重視し始めている。

幸せな社員は不幸せな社員よりも創造性が3倍高いという研究結果がある通り、個人が幸せなほうが生産性は高まるし、イノベーティブなことをするならウェルビーイングを高めて社員が幸せな状態にしておくのが大切です。ウェルビーイングが高い人は寿命が7〜10年長く病気になりづらいこと、免疫力が高いなどいろんなことが分かってきています。まさに佐々木さんのおっしゃるように、経済成長をするよりも個人がより良くなることにフォーカスする時代がきたと思っています。

NWF:メーカーのエンジニアから、人がそれをどう感じるのかに興味が移って感性工学にシフトし幸福学へ収斂されていった前野さんと、人の心の芯の部分に働きかけるデザインをする佐々木さん。お二人はアプローチや理念の軸が近いのかなと感じます。

前野:そうかもしれないですね。人間中心設計という言葉があって、これは人間をもっと中心に据えてものごとを設計しようという考えですが、僕は、今の人間中心設計では不十分だと思っています。人間にとってちょっと便利とか使いやすいサービス・プロダクトという概念は、これまでの便利なだけよりも使いやすいことが大切という時代では良かったけれど、今は本当に人生をより良くするプロダクトがきちんと設計されているところまでいかないと本当の人間中心設計になっていないと思います。それで僕は感性工学を超えてウェルビーイングの工学にいきました。

人類はせっかく生まれてきたのだから、それなら全員が幸せに生きてから死んでいくのがいいじゃないですか。人類77億人で役割分担をしていろんな仕事をして第一優先は幸せに生きることとするべきなのに、妬んだり戦ったりして幸せにならずに自分のことだけを考えている人が多いとすると、それは人類としてとてももったいないことです。経済成長をして豊かになることを目指す社会から、みんながウェルビーイングになることを目指す社会へのパラダイムシフトが必要です。それは大それたことではなくて、まさに個人からなんです。自分が幸せになる、自分の周りを幸せにする……そういう自分の仕事の中でできることが全て繋がりあうことで、全体が幸せになるんです。

NWF:いま幸福学の研究について、前野さん自身の中で変化していることはありますか?

前野:5年前は、世の中を幸せにする研究が僕の人生をかける使命だと思っていました。ところが、幸福学を10数年かけてやっていくと幸せの次が見えてきた。

少し前にロバート・キーガンケン・ウィルバーの成人発達理論や、その応用であるティール組織が流行りましたね。人間は大人になっても心が発達するというものです。日本には古来「道」という世界があって、華道・茶道・武道など一生懸命にやっていると技芸が極まり、同時に人としてもすうっと心が真っ直ぐになって良い生き方をする。僕がいま興味を持っているのは、人間としての心の美しさ、経済成長から心の成長、美の追求……まだ言語化がうまくできていませんが、美そのものではなく何かを追求して極めると自然と美になって心も自然と整うという世界に向かってほしいと思っているのです。みんなが本当に幸せで、自分の心を見つめていると心がきれいに真っ直ぐになる、そうなると利他ですね。僕は心を磨く世界にとても興味があります。

これはデジャブな感じがしていて、僕が「幸せの研究をする」と言いはじめたころは「おいおい、幸せってヤバいだろう」と言われていたけれど、今や幸せの追求は普通になってきた。今回も「技芸を磨いて美しい心を」と言うと「明治っぽいね」と言われますが(笑)、10年後には「ああ、前野さんが道・技芸と言ってたね」となる。人格者になるというと古臭い表現ですが、みんな何かを一生懸命にやることで心を磨き、自分というものを極めることで社会がより良くなっていく、そういう新しいあり方に変わると良いなと思います。

ただ、変わらない可能性もあると思います。テクノロジー×金で格差や環境問題が拡大する悪いシナリオもある。格差は一つの悪です。格差があるから貧困があり、CO2を出し続ける人とその悪影響を受ける人がいる。今はそういう社会と、みんなが心をすうっと真っ直ぐにして協力しあう社会とのせめぎ合いの時期だと思います。

NWF:幸福学やウェルビーングは海外から発信された考え方で、生産性と掛け合わせることでビジネス面で受け入れられた側面があるのではないでしょうか? 多くの人に知られるためには“目新しさ”というものが求められると思うのですが、道や美というものには何が掛け合わされたら良いと思いますか? そもそもそのような掛け合わせが必要なのかどうか? 前野さんがおっしゃっているのは原点回帰なのでしょうか?

前野:東洋・西洋と分けるのは単純すぎると怒られますが、分かりやすさのためにあえて分けると、近代以降の考え方は成長です。世の中はリニアに変化していてどんどんより良くなっているという見方が一つの近代的な考え方。もう一つの東洋型、古来の考え方というのは循環型社会観で近代はたまたまテクノロジーが進歩したかもしれないけれど、人間は進歩しなくてより幸せになりたい、人とつながりたい、何かを成し遂げたいという欲望がある。この人類の特徴は20万年前から進化していなくて、たまたま道具が便利になったくらいだと思うんです。縄文土器がスマホになっただけ(笑)。人類はいろんな掛け算をしながらすごく新しいことを生み出してきたという見方ができるけれど、一方では仏教や老荘思想、道の世界は旧石器時代を目指すような考え方で全く古くなっていない。人類は20万年前から全く変わっていないとも言えると思います。

どちらかが正しいというのではなく、両方が世界を織り成している。この先の未来にもまた何か新しいテクノロジーが出てきて、古き道の世界と掛け合わされていくでしょう。

僕が子どもの頃は個が主体ではありませんでした。大企業に入ったり官僚になったりして組織の一部として平凡だけど小さい人生を生きるという世界でした。一方、現代は、インターネットができてグローバルに人がつながってYouTuberになったり一人で起業したりといろんな生き方ができるようになった。まさに個が個として生き生きできる社会がきたんです。そのあり方と道の世界はうまくつながる感じがします。

道の世界も、武士や大名など一部の特権階級だけが本当に洗練されたものを楽しむという世界でした。現代も身分社会で人類の一部が文化的な人間として良い生き方ができているけれど、それは多くの人の犠牲の上に成り立っています。そこが今後は民主化されて、美や感性、自分の創造性やクリエイティビティを発揮してそれをみんなが享受するのが理想ですね。一方で、なかなかそうはならないのも分かります。

NWF:道を民主化させる。壮大な挑戦になる予感がします。

前野:壮大かもしれないけれど、難しくないかもしれないですよ。ロングテール現象と同じで、昔は本を書くのはすごい人だったけれど、今は誰でも本を書ける時代がきた。書道もすごい人が書いていたのが民主化されている。多様な人が多様に敷居高くなく美や創造を楽しめる、そんな世界の手前まできていると思います。今は一部の優れた人だけが素晴らしいものを享受しているけれど、もっとみんなが享受できるように仕組みや伝え方が洗練されていくのではないでしょうか。

CC BY-SA 2.0, Matcha (6328677556).jpg,cyclonebill from Copenhagen, Denmark(https://en.wikipedia.org/wiki/Matcha#/media/File:Matcha_(6328677556).jpg)

NWF:幸福学という視点では、未来を考えることはどんなふうに捉えられていますか?

前野:みんなが幸せな世界か、今までの延長線上で格差が拡大して一部の富める者だけが豊かで環境が破壊されるという世界のどちらか、またはその間に未来はなるわけです。保護主義や自国中心主義といった大きな戦争前の恐慌への揺り戻しにも見える動きが強まっている一方で、幸福学やイノベーションのような新しい方向を模索する動きも強まっている。今の時代は、悪いほうに向かっているのか良いほうに向かっているのか分からない。進化する前の社会は、ワーっといろんなものが出てきて、その中のどれかが生き残って次の時代を引き継ぐカンブリア爆発のような状態になるんです。

今は結構重要な時代で、揺り戻して第三次世界大戦や恐慌といったまずい方向に向かう可能性もあるし、ここでみんなで頑張って、SDGsやウェルビーイングといった良い社会を作る方向もある。後者に賛同する人が過半数になっていると理想的な社会になると思うので、僕は幸福学の研究者として後者の方に向かうように声をあげる係だと思っています。自分だけ独占するという野蛮な考え方を改めて、みんなで力を合わせて、みんながみんなのために生きる、そういう社会になると良いなと思います。これは予測ではなく意思です。未来は自分たちが自分たちで作らないといけないので、後者の世界にならないとまずいよねと言い続けていきたいと思っています。

NWF:個々が未来について考えることを幸福学ではどう考えるのですか? 未来を考えると、心配や不安が増えることもあるし、予想が付かないことへの不安も出てくる。今に集中する、というのも一つの幸せのかたちかなと思うんです。

前野:幸福学で分かっていることとしては、今ここに集中するというマインドフルな状態は幸せの一つと言われています。また、視野が広い人は狭い人より幸せだという研究結果があるんです。視野が広いということは、未来を思い込みになりすぎず見られるため未来を見誤らない可能性が高いといえるでしょう。幸せな人は不幸せな人よりも創造性が3倍高いと言われていますが、これは視野が広いのでいろんなソリューションに向かえるということだと思います。また、幸せな人は楽観的であるという研究結果もあります。未来のシナリオを、今後は少子高齢化で日本は没落してしまって大変だと考えるか、少子高齢化で世界初の新しい市場ができる、アフリカやアジアには市場があるとポジティブなシナリオを考えるか、どちらも出来るわけです。悲観的な人は不幸な人で、不幸な人は創造性が発揮できない傾向があります。幸福学の視点から考えると、ぜひ楽観的・俯瞰的になって、ポジティブな未来を夢見て生きると良いと思います。

もう一つ、幸せになるコツとして、夢が大きすぎる人よりも小さい夢で満足する人のほうが幸せという研究結果があります。人類が幸せになると良いなと思うけれど、目の前にある出来ることをきちんとやることが幸せなんです。達成の度合いが小さくても大きくても幸福になるという研究結果があるように、意外と量は関係がなくて小さくても達成感を満喫する人は幸せです。ぜひ皆さんには、小さく夢を刻んで1日ずつ何かを達成していってほしいです。少しずつ行動することが世界を変えますから。幸福学から未来への生き方はいろいろ見えてくると思います。

佐々木康裕さん×前野隆司さん対談
1万年ぶりに『今を生きる』ブームがきた

NWF:前野さん・佐々木さんから見て、コロナの出現によってどんな変化を感じていますか? また、どんな可能性が生まれたと考えますか?

前野:もともと未来が予測できない状態で生きている中で、人はなるべく予測できるようにしながらビジネスなどをしつつ生きているわけです。それが、コロナ出現によって不確実性が増して、しかもそれが世界同時多発的にやってきた。こんな不確実な時代にどうすればいいかというと、先ほどの幸せの条件と同じで、視野を広くして創造性を発揮して、チャレンジを厭わず、多少楽観的になって、失敗したらすぐに引っ込むというアジャイル的なやりかたをすると良い。

人は、多様な人と友だちであることが幸せなんです。多様な人と力を合わせることでこの不確定な社会に対応できる。結局、幸せの条件を満たしている人は、コロナ禍でもアイデアを出して進んでいます。

孤独で創造性が無く楽観性も個性も無いという不幸な人にとってはコロナが怖いですよね。怖いから家に引きこもって孤独で不安に陥るという状態になりやすい。そういう人はどうしたらいいかというと、誰かと話をして、少し楽観的になって行動を起こして失敗したらすぐに引っ込む。現代社会は格差が拡大している社会ですが、コロナによってより幸せと不幸の格差が広がりつつある。国や行政は不幸側の人を救うことをやるべきです。社会全体で見ると経済規模が縮小してGDPも下がりネガティブなインパクトが大きいですが、一方で一部の人はコロナ禍ですごいイノベーションを起こしていると思います。そういう二極化の時代に、不幸側で立ちすくんでいないで、イノベーションを起こす側へのアクションを起こしてほしいです。

佐々木:前野さんの幸せになる条件、個人的にも学びが多くたくさんメモをしていました! Takramで様々な企業のサポートをしている立場で申し上げると、一般的に前野さんがおっしゃっている幸せの条件は日本の企業が苦手としてきたところです。たとえばダイバーシティという観点で言うと女性マネージャーがとても少なく、外国人従業員比率は0.01%以下という大企業もあります。一般的に日本の企業は楽観的でクリエイティブでアジャイル的ではなく、この条件で今の状況を乗り越えられるベースがあるかというとそうではないでしょう。今まさにコロナ禍において、楽観的でクリエイティブでアジャイル的という幸せになる条件に気が付いて会社単位・部署単位・お店単位でそれらを身に付けると、これからの社会を生きていく上で新しい武器を手に入れたということになると思います。こういうことは軽々しく言っていけないとは思うのですが……未来をより良く生きるために今は少し苦労をしている、と捉えられると良いと思いました。

NWF:企業のそもそもの仕組みが幸福度の低い仕組みであるという佐々木さんの話は興味深いです。多様性や楽観性を求められない仕組みの中にいて、それに付き合わざるを得ない私たちはどんなふうに折り合いをつけていけばいいのでしょうか? その仕組みに絡め取られると幸福度は低くなっていくと思います。

佐々木:自分の足場を複数持つと良いと思います。もしかしたら家と仕事の足場だけの人が多いかもしれませんが、ランニングをしたり野菜を育てたりして趣味を持つのも良いし、自分なりの研究テーマを持っても良いと思います。足場が会社だけだとそこの息苦しさが生活全般に転嫁するかもしれませんが、足場がたくさんあると息苦しさを分散させられると思います。また、企業も従業員の幸福度を気にしたり成長一辺倒ではなく環境や社会にどう貢献できるかという視点が重要視されてきているので、これから徐々に変わっていくかもしれません。

前野:僕も同じ意見です。今は戦後の制度疲労が起きていると思います。日本は76年前に焼け野原になって、そこから既存のものをきっちりやり遂げるためにベストな社会を作った。いまは不確定な社会になっているのに、ヨーロッパやアメリカの真似をして電化製品を作れば勝てるという従来型のビジネスモデルのままでいる会社や官僚・大学などの組織自体は古いままです。厳しい言い方ですが、古い部分は潰すことも必要です。日本は安定化のために、新しいものに乗り移ることがすごく遅くなる仕組みになっています。それによって古いものが生き延びてしまう。もちろん痛みを伴わないための努力も必要で、ソフトランディングはしつつ、若くて新しくて良い会社にどんどん移っていかないといけない。国が守ろうとしている古い側の人は不幸なまま一生を終えていくかもしれない。それよりも、一時期は転職で大変な思いをしたけれど新しいことが出来たという人のほうがおそらくトータルで幸せだと思います。大きな変化を厭わないことも大切です。

NWF:未来を考えるときに、どこから何を考えれば良いのでしょうか? いち個人としてどのくらいのスパンで考えればいいのか? スパンが長すぎるとSFになるし体温がのらない。ただ、未来を考えることには希望があると思います。企業の未来と幸福学というものを扱っている佐々木さん・前野さんの意見を聞かせてください。

佐々木:今日のこのイベントで考えが変わった部分もあるのですが。前野さんの話を聞いてすごく前向きな観点で申し上げるのですが、幸福学と未来はあまり相性が良くないのではないかと思いました。今ここに集中するのが幸せということや日々の小さい達成が幸せにつながること。5・10・20年先という射程で考えるよりNOWという部分に着目したほうが幸せにつながると前野さんはおっしゃった。冒頭に私が申し上げたテクノロジー×お金×未来でイノベーションが起きているという文脈がありますが、ディスラプティブイノベーションというものも最近はあまり流行らなくなってきたと思っています。それよりも快適なビジネス、優しいビジネスが消費者の支持を得ている。経済成長よりも円環的で巡りめぐる時間が重要視される未来になるのではないかと思ってきました。

レヴィ=ストロース熱い社会と冷たい社会という概念を書いています。簡単に言うと熱い社会は近代化されてどんどん成長していこうという社会、冷たい社会は経済成長を重要視せずそれまでの伝統を重視するというものですが、これからは冷たい社会が重要になって円環的に巡りめぐって生活や人生というものにフォーカスが当たる社会になるような気がします。未来を考えてそれに合わせていくよりも、今まさに料理をする・買い物をする・移動をするという時間の重要性が高まってくるのかなと、今日は考えています。

前野:なるほど。佐々木さんのおっしゃる通り、幸福学でも、あまり未来を考えることにポジティブではない人のほうが幸せな傾向が知られています。ただ、大きく未来を考えることが好きな人がやればよくて、僕はそれが好きなんですね。僕は、未来を考えることが今ここに生きているということです。

テレビを作れば売れる、もっと安い車を作れば売れるといった間違いのない正解があった時代は未来を描いていて良かったのですが、今は不確定な時代で考えても当たらないわけです。佐々木さんの「自分をどう把握するかに興味が移っている」という話を聞いて、若い人はそっちに行っているのか、僕は間違っていなかったと思いましたが(笑)、自分の個性を磨いて、自分の好きなことをワーっとやればいいんです。僕の友人の子どもの話ですが、魚の耳にある魚の形をした骨(耳石)を魚屋さんに行ってひたすら集めている子がいます。その子が先日テレビに出てさかなクンに「すごいね、君は」と褒められた。それでいいんですよ。何でもいいから拘ってやる。そうすると今はインターネットで76億人につながる時代ですから、世界中から日本に耳石に詳しいやつがいるぞと見つけられて、それが未来につながっていく。自分の身近な喜びから、未来はできていくと思います。

NWF:自分の生活や人生にフォーカスを当てた人生は素敵ですが、発散力が足りないような気もするんです。これでいいのだろうか? と考えてしまう。みんなが丁寧に生きるというのは今の一時的な波なのか、そこにしか未来が無いのか? どう考えればいいですか?

前野:一時的な流れではないと思います。僕はむしろ1万年ぶりのすごく大きな変化だと思っています。1万年前は農耕が始まった時代です。それまでの19万年間は狩猟採取生活で、人類は今を生きていた。貧しかったけれど、木の実を採って魚が獲れたら作業を終えてみんなで喜んで食って寝て、さあ明日はどこに獲物がいるかな、という時代だった。日本では3000年前の縄文時代までそういう暮らしをしていました。縄文時代は平和だったと言われています。富が無いからみんなが仲良く暮らしていた。ところが1万年前に農耕革命が起きて、米や小麦が貯蔵できるようになり富ができて格差が生まれました。1万年前から人類は富を蓄えはじめ、産業革命が起き、IT革命が起きた。成長カーブの違いこそあれ、僕は農耕革命から今まで全て同じだと思うんです。それが今、成長するばかりではなく幸せに生きる方が大切だという考え方が出てきている。第5次産業革命などと細かく区切るのではなく、縄文時代から数えて3つ目のブーム、1万年ぶりのブームが来たと思うんです。

佐々木:先ほどグレタ・トゥーンベリさんの話をしましたが、それと魚の骨の子は地続きの話だと思います。グレタさんは10代で、これまでの10代は社会への参画が制限されていたけれど、今はYouTubeやSNSやテレビによってスターダムを駆け上がることができる。自分が本当に好きなことが社会貢献になることもあって、その流れは不可逆的で社会のインフラになるかもしれないと思っています。この流れは面白くて、小中高大学と出て、大きな会社で働いて家を買うという人生すごろくが基本的に全てリセットされると思います。前野さんのおっしゃる1万年のリセットというのには納得感があります。

前野グレタさんみたいに大きく世界のことを考えるのも個人からきているし、魚の骨を集めるのも社会貢献ではないけれど、そこから豊かさが生まれている。その幅ですよね。未来を考えても考えなくても、全てが自分ごとというのがこれから起きることではないでしょうか。

佐々木:少し前のグローバリゼーションというのは、たとえばマクドナルドがどこにでもあるということだったと思うのですが、今は世界が薄いレイヤーになっていて世界中とつながれるようになっている。たとえ話でよく言われるのが、インターネットの無い時代の商売では左利き向けの釣竿を売る商売は成り立たないけれど、グローバルに商売ができるようになるとイタリアや日本の左利きの釣り人につながって販売ができる。インターネットの力はすごく大きくて、従来のグローバリゼーションをエンパワーメントするほどになっていると思います。

人生120年を幸せに生きるコツ

NWF:ここで、お二人がそれぞれに質問したいことがあればお願いします。

佐々木:少し話が変わるのですが、最近LIFESPANという本を読みました。ハーバード大学の老化の研究者が書いた集大成の本で、要約すると老いというのは病気である。病気だから治せる、というのが主張です。その本によると健康寿命を120歳まで伸ばせると言っています。僕はそれを読んで人生の刻み方を考えました。先程の人生すごろくでいうと、大学生まで勉強して、それを資産に40年勤め上げてその後10〜20年を年金で過ごすということになりますが、120歳まで生きるとなると各世代のステージを何度もできて、学んだり働くことが人生の中で何度も起きてくると思いました。前野さんは最初にエンジニアをして、幸福学にいって、最近は美をテーマにしてと、研究テーマを変化させながら生き生きと立ち位置を変えている。そんなふうに軽やかにしなやかに人生を変容させるコツを知りたいです。それが、120年を幸せに生きるコツになると思う。健康寿命が増えても幸福寿命が増えないと意味がないと思うんです。

前野:人間には特性があって、幸福度の平均値で言うと20代が幸せで40代くらいが不幸の底になりその後は幸せになるというUカーブになることが分かっています。10代は新しいことにチャレンジしてそれに燃えて未来が明るくなり、40代くらいで中間管理職になり子育ても大変で、その後は人間として成長して利他性も上がって成熟した人になっていく。老年的超越という概念があります。スウェーデンの研究者が明らかにしたのですが、90〜100歳の人はすごく幸せなんです。自他の分離感が無くなり利他性も高くて、欲が減って満足度が高くなる。この年代は、人間としてすごく幸せになります。こんなふうに人間にはステージがあるので、人生120年時代には、60歳以降の特性に合ったやりがいを持つことだと思います。

自分の人生を振り返ってみると、20代という一番良い時にエンジニアとして応用物理の研究をして、幸福学という知識をたくさん入れて40〜50代が花という分野の文系の学問をやっている。今気がついたのですが、華道・茶道など美や道の世界の師範は70代くらいが多いですね。自分で言うのもアレですが(笑)、この生き方は一つの模範というか……人間は40・60・80代とそれぞれにやるべき趣味を持つものかもしれません。

僕は創造性は下がりましたが、若い学生の創造性を見抜く力はあるんです。そうやって役割は変わっていくので、自分は衰えたんだ・ダメなんだではなく「俺は大局観が出てきたぞ」と自分の変化を面白がりながらやっていく。この先は僕も未知のゾーンですが、先日80歳の日本画家の方とお会いして、僕が58歳だと話したら「若いねー」と言うんです。その画家は80歳になってやっと描けるようになったと言っていました。若い頃は我欲があって上手く書こうとする線になる。そこがはねてきてやっと上手く描けるようになってきたと。やはり美の世界は80・90代にピークが来るようです。

僕は佐々木さんの話で、世界の把握から自分の把握に移っていくというのが面白かったです。なぜ自分の把握に移ってきたのでしょうか?

佐々木: 40歳前という年齢がそうさせているかもしれません。また、客観的に見てもそういう人が増えてきていると思います。リバースメンタリングと呼んでいるのですが、自分をどう客観的に見るかという手法で、若い人にメンターになってもらっています。それをやると分かるのですが、若い人は個を大切にセルフケアの時間を大切にしています。僕たちの世代は金曜日になったら友だちと飲みに行く時間を大切にする人が多いのですが、今の若い人たちはそういうことをせずに、家にこもって好きな映画を見たり、読書やヨガ・瞑想をしていて、側にはその時間を充実させるためのアプリがある。他者とのインタラクションの中で自分を形成するだけではなく、自分を深く見つめるということをやっている人が多いと感じます。コロナが後押ししたところもあると思いますが、自分の変化のみならず、社会全体として自分に向き合うことが一つの大きな地下水脈的な変化なのかなと思っています。

視聴者からの質問:グローバルな幸福と個々の幸福が干渉した際の解決方法はありますか? そこにどんなアプローチが有効ですか?

前野:幸せな人は利他的で他人思いなんです。これは統計で出ています。ですから干渉したら話し合って譲り合う。もしくは、倫理学に「創造的第3の解決法」という手法があって、これは折衷案で両方が犠牲になるのではなく、クリエイティブに考えて全く新しい創造的解決法を見つけるというものです。そこがまさに人類の面白さではないでしょうか。いろいろと干渉するから多様なイノベーションが起きて解決をしていく。幸福学に『ありのままに因子』というのがあるのですが、ありのままにいる人は幸せです。ありのままとは我儘とは違い、ありのままでかつ協調してみんなで新しいソリューションを出していくことです。

2問目は佐々木さん向けかもしれませんが、資本主義で格差が拡大するのを解消するために、北欧では税金を高くすることで解決しようとしているし、ベーシックインカムという考え方もあります。通貨には円しかなくてお金には色がないという世界から、もっと多様な通貨、色のついた通貨があってそれによって解決する方法もある。新しい資本主義の萌芽はあるので、僕の中にはまだ答えがありませんが、そのあたりから解決する方法があると良いなと思います。

佐々木:資本主義は何もないところに差異を生み出して、その差異に価値を与え、その差異が無限に起きていくという話だと思うので格差の是正はその通りなのですが、そのメカニズムをきちんとコントロールするための仕掛けはできると思っています。たとえばアメリカでLTSE:Long-term Stock Exchange)という長期的利益に配慮している企業の方が企業価値が上がるという株式市場を作ろうとしていたり、最近はトリプルボトムラインという企業の利益だけでなく、社会や環境の観点で企業を評価する動きが出てきています。資本主義を野生の資本主義として野放しにするのではなく、長期的な観点でコントロールする仕掛けはいくつもあります。それを人類の知恵として新しくベーシックにしていくのは良いと思います。

NWF:今回のイベントのテーマ「不確実な時代に多角的な目線を持つためにはどうすればいいのか?」最後にメッセージをいただけますか?

前野:僕はアメリカに2年留学したことですごく視野が広がった自覚があります。キヤノンから機械工学の理系の教員になってSDM(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科)という文理融合の職場を経験しました。今は一般社団法人ウェルビーイングデザインでブログを書いたりオンラインサロンをしたり、学会活動など大学以外の活動や会社の顧問もやっています。むやみに転職を推奨するわけではありませんが、多様なところで働くというのは一案です。今は企業の中で一つのことをするよりも多様なことをする時代です。その中から自分の可能性を試してみる。

人間にはそういう可能性があるし、年齢によって考えることは変わりますが、そこも自分の多様性を受け入れる。失敗もしますが、この年齢になってみると過去の失敗も全て意味があることがわかってきました。失敗したから理解できたり優しくなれたり、いろんな知恵になる。全てのことに価値があるので、ぜひ行動するかどうか迷ったら行動してほしいと思います。小さくてもいいから楽しんで、これからの時代はすごく変わるぞってワクワクしながらね。暗くなってはダメですよ。人類は少しずつ知恵をつけてだんだんと豊かになっていきますから、人類の未来は明るい、そう思いながら行動してほしいです。

佐々木:その通りです。若い人がいま見ている未来というのは絶対に起きないです(笑)。いま2030年・2040年にこうなると言われているものは100%外れると考えていいと思うので、自分がやりたいこと・興味のあることはぜひやったら良いと思います。その時に親や友だち、同僚にどう思われるのかは気になると思いますが、5年・10年経つと他者の評価は変わります。僕も大きな会社を辞めて留学すると言った時は「えー!」と言われたましたが、早く変化をキャッチして動くのはそういう評価も受けるということだと思うので、自分を信じてみる。その行動に、5・10年後に社会が付いてくることもあると思います。変化を楽しみながら動いてみると良いのではないでしょうか。

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