Next Wisdom Foundation事務局は、定期的にメールマガジンを配信しています。ここでは、反響の多かった回を公開していきます。
今回は2022年2月7日に配信したメールマガジンを紹介します。メディア美学者・武邑光裕さんにおこなった単独インタビューについて、研究員2人がコメントを寄せています。
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なぜ、インタビュー対象者をメディア美学者の武邑光裕さんにしたのか?
COVID19のパンデミックにより、世界は再び強い中央主権を求めるようになるかと思ったが、リモートワークによって今までの労働観を見直す機会ができたり、通勤時間の削減で自分や家族、周りの人と向き合う時間が増えたりと、個人が自らの「舵」を取り戻そうという動きは確実に加速している。巨大なシステムを前に私たちはまだ白旗を上げてはいないし、思考を止めてはいけない。
武邑光裕さんが著書(※)で紹介するベルリンでは、シリコンバレーとは違うソーシャルイノベーションが起こっている。GAFAや監視主義を強める国家との関係性に待ったをかける、ユーザー保護を標準とするプラットフォームが実装されはじめているのだ。
NextWisdomFoundationでは、未来は私たち一人ひとりが作っていくものだと信念を持ち「FUTURE DIVERSITY」という特集を続けてきた。武邑光裕さんのインタビューで国家、企業、そして個の新しい潮流を見つけ、本質とアイデアとテクノロジーによって、ディストピアではない未来への足がかりを探しにいきたいと考えた。 (研究員・花村えみ)
※『ベルリン・都市・未来』(太田出版)、『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)など
”分散ドロップアウト”が加速している。メディア美学者・武邑光裕さんインタビュー
◉”デジタル国家”が誕生する
「COVID-19が僕たちに突きつけた明白な事実は、システムそのものの脆弱性、あるいは今までシステム自体が覆い隠してきた様々な問題を如実に世界に露わにしたことだと思います。露わになったことで、今後我々は社会やシステムをどのように理解していくのかを迫られています。
現象としては何年も前から続いてきたいくつかのトレンドが、どういう共通点を持ってどういう方向に向かおうとしているかが非常に明らかになってきた。そのトレンドは例えばブロックチェーンや仮想通貨、メタバースなどです。リモートワークの有用性やマイクロスクールというアメリカで始まって今は世界的な流れになっている教育方法もそうですね。ホームスクーリングだけでなく、子どもたちを寺子屋のように小さな場所に集めて教育するものです。数年後には10億人になると言われているデジタルノマドの動きもそうです。結局、従来のシステムからいかに脱却していくかというトレンドがあります。僕はその動きを”分散ドロップアウト”と呼んでいるのですが、中央集権のシステムから分散型の自律組織へどんどん移行しはじめている。この動きは、コロナ禍で非常に明らかになってきたことだと思います」
「ブロックチェーンの派生技術で、DAOという分散型自律組織というものがあります。私はDAOによる国家の変容に興味があります。実際に、一つのインターネット国家のプロジェクトにエントリーしました。国連が認めれば、将来的にはインターネット国家のパスポートが出ます。国家が成立するには土地や財産を所有するなど様々な要件がありますが、少なくとも10億人のデジタルノマドが新しい国家への帰属を求めていると考えると、国連も国家として認めざるを得なくなる要件が揃う可能性があります。5年先なのか10年・20年先か分かりませんが、そんな時間軸で現実的になってきているということです」
◉僕たちは現実が大好きだ
「どれだけマーク・ザッカーバーグがFacebookはメタバースの企業になるといっても、私たちはすぐに参入することは無いと思います。何故かというと、僕らは現実が大好きだからです。分散ドロップアウトはリアルというものを否定してはいません。むしろリアルに生きるために分散ドロップアウトが必要で、例えばデジタルノマドも僕もそうですが、様々な場所に行き、短期でもいろんな国に住んで移動していくということがどれだけ自分自身の生産性を上げていくか肌で分かっています。ノマドの生き方というのは、現実の場所、国・土地に行くということなんです」
「現実のノマドを受け入れている国へある意味でインターネット国家がサポートするということです。その連携・提携関係が生まれることでノマドは移動がしやすくなる。ノマドが国や地域に入ることで地元の人たちとのインタラクションが生まれて、創発的な地域起こしが始まって地域の活性化に繋がっているという成功事例は非常にたくさんあります。いま、既存の国家もデジタルノマドを受け入れるという選択肢が現実になってきています。ヨーロッパではエストニアが初めてデジタルノマドビザを発行して以来、ジョージア・クロアチアなどいくつもの国がデジタルノマドを受け入れようとしています。僕たちは現実から簡単に逃避できないし、現実を捨て去ろうなんてことは考えていないのです」
◉システムへの抵抗勢力は?
「現代においてはインターネットとソーシャルメディアが一定の公共圏を作り出すのではないかという期待もありました。しかし、結局はデータ駆動型の追跡広告のインフラが政治プロパガンダを始めて大衆を情報操作し、行動変容までを引き起こすシステムによって現在においても生活世界を大規模に植民地化していることが大きな問題です。
ある意味では、分散ドロップアウトは対システムのすさまじい抵抗勢力になります。1997年の段階でジェームズ・デビットソンはあらゆる手段を使って植民地化に抵抗し、総攻撃が始まると予見しています。つまり、ビットコインの成立やブロックチェーンの広まり、暗号世界の文化も含めて極めて水面下で着々と築き上げてきた。国家も含めたシステムからの植民地化を逃れるためにアンダーグラウンドに潜伏しているということです。国家の喪失を含め、完全なシステムからの独立を考えていく一つの理念のようなものが、暗号コミュニティの通底にはある。今後は、システム側にとって暗号技術の明らかな有用性が認知されてくると同時に、一方で非常に大きな反対勢力になるだろうという意味も含めて、国民国家の逆襲が始まるということです」
「経済的自由というのは生きるためにお金の奴隷になるということで、友愛は人種差別、全体主義的価値観、ポリティカルコレクトネスを生み出しているわけです。例えば環境問題一つ挙げても、環境問題における正義というのは悪への正当な差別から始まるわけです。やがて異質な意見を排除し、あらゆる領域にハラスメントの恐怖を浸透させる全体主義へ至っていく。
結局、政治法的領域には平等の原則、経済領域には友愛の原則、精神文化領域には自由の原則というものを、それぞれ区別した上で徹底しないと、私たちの自由の未来というのは非常に厳しいままだと思います」
上記で抜粋したのはほんの一部です。ぜひ全文を読んでください!
▷続きはこちら https://nextwisdom.org/article/4814/
武邑さんへのインタビューを終えて1ヶ月超、いま考えていることは?
今朝ラジオでメタ社(元Facebook社)が進めていた仮想通貨プロジェクトがアメリカ政府によって潰された、というニュースを聞いたが、今まさに、武邑さんがおっしゃっているように、分散ドロップアウトを進める勢力と既存システム勢力との間で闘いが繰り広げられている。
仮想通貨やメタバースなど、一見すると現実世界を捨てて仮想空間に逃げ込むための技術であると誤解されがちだが、いま世界中に出現して国と国の間を渡り歩いている「デジタルノマド」たちは、むしろリアル世界で他拠点で仕事をし生活をし続けるために「インターネット国家」を必要としている。「インターネット国家」というレイヤーが国境をまたいで存在することで、各国の通貨や税金や保険に縛られることなく、移動しながら全然違う土地に住む人たちがつながって一つのネイションになれる。インターネット国家のネイションであることと、リアルな生活の場でつながっているコミュニティに属すること、この二つが矛盾せずに一人の人の中に同居するような世界が今後実現していくだろうということだ。
しかし、そう考えると、実は僕らはインターネット国家のようなものに既に属していると言えるのかもしれない。世界中の見ず知らずの人々が今やSNS上でタイムラインというインターフェイスを共有し、そこでの振る舞い方を共有し、メッセージを自由に送りあえる。実は「多くの人々がつながっている状態」が、既に「国家」的なのだと言えるのではないか。つながりあった人たちさえいれば、そのつながりの間にはいつでも「通貨」が存在可能になる。通貨とは、それを通貨だと信じて使う人たちさえいれば、それは通貨になるのだから。なぜ世界中の政府がFacebook(世界中に29億のユーザーがいる!)の仮想通貨を潰しにかかるのかが理解できる。
果たして、一人の人間は二つの国家に所属可能なのか? 先日、能楽師の安田登さんの取材を行ったが(記事化をお待ちください!)、日本という国家は歴史的に見ると既に多層化している、とおっしゃていたのが印象に残っている。その象徴が「幕府」という制度であると。中国やヨーロッパでは歴史的に国王や領主を殺して置き換えることで新たな国家が生まれてきたが、日本では室町以降、宮廷の存在を認めながら生かしながら、武士たちが「幕府」を作り実質的に国を運営していると。つまり、メタバースとは「幕府」なのだと。
現代は「多様化の時代」と言われるが、未来は「多層化の時代」なのかもしれない。 (研究員・編集長 清田直博)