Next Wisdom Foundation事務局は、定期的にメールマガジンを配信しています。ここでは、反響の多かった回を公開していきます。
今回は2022年3月7日に配信したメールマガジンを紹介します。
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ロシアがウクライナに侵攻したというニュースが入ってきた2月24日。
ニュースが届くほんの数時間前に、私たちはユナイテッドピープル株式会社 代表取締役の関根健次さんにインタビューをしていました。
インタビューテーマは「平和」。
映画の力で世界の状況を伝え、改善すべきことを考え、解決策を探ろうとしている関根さんのインタビューは学びの多い時間でした。
インタビューレポートは鋭意制作中ですが、ここで今のウクライナ情勢を鑑みて、先に皆さんに共有しておきたい部分を紹介します。
文末には、関根さんのインタビューを行ったNWF編集長・清田直博が今回のインタビューに関して寄せたコメントを載せています。
編集長自身は戦争の恐ろしさをどうやって身体感覚として捉えたのか? 関根さんの活動が戦争抑止力にどう作用すると考えるのか? インタビューを終えて考察しています。ぜひ最後までご覧ください。
多くの方に今回の内容が届いて、ウクライナ侵攻について考えを巡らせるきっかけになることを願っています。
関根さんが考える「平和な状態」とは?
僕はコスタリカに住んでいたことがありました。そこで、平和の捉え方が劇的に変わったんです。
コスタリカという国は1948年に軍隊を撤廃して以来、軍隊がない状態で国を守っている特殊な国です。軍事費をゼロにして、『兵士の数ほど教師を』というスローガンを打ち立てました。国家予算の30〜40%を教育に充てるという教育大国でもあります。
政府の関係者に話を聞いていたときに、『君たち外国人は、なぜコスタリカは軍隊がないのに国が守れているのか疑問に思うかもしれない。けれど、我々は一度も軍隊を見たことがないから、なぜ疑問を持つのか分からない』と言うんです。平和ボケを貫いている(笑)。
それまで僕は、戦争と平和は表裏一体だという認識を持っていました。平和を守るためには戦争のことを伝えなければいけないと。実際に、僕がやっていることでもあります。しかし、コスタリカはユートピアで平和しかない世界なんです。こう話すと、『コスタリカは状況が違うんだ』と言われるのですが、一つの理想的な姿としてのユートピアで暮らしている”奇跡の人々”がいる。
そして、平和の状況で何が生まれるかというと文化です。軍事費がゼロということは、その分を教育と環境に費やすことができます。コスタリカは、国土の4分の1以上を自然保護区や国立公園にしていて、世界一レベルの豊かな自然があります。その自然を守り、豊かな自然の中で暮らす権利を憲法で認めています。この豊かで平和な自然を求めて、欧米から大量の観光客が訪れています。平和で豊かな自然で、外貨を稼いでいるんですね。平和というのは、実はお金になるということを実践して見せてくれている国なのです。
コスタリカは火山地帯にあります。ある時、日本でいう富士山のようなアレナル山というところに行きました。山の麓に川が流れていて、その川は適温の温泉で、無料で入れます。周辺はジャングルのように木が茂り、鳥がさえずる環境で、人々は川に入り、お弁当を食べてお酒を飲んで、ピクニックをしながら豊かな時間を過ごしていました。ここに僕は、究極の平和を見たんです。幸せを伴う平和。誰ひとり争うことなく、自然と調和し、温泉と鳥の鳴き声を楽しむ……僕にとっての理想的な世界が広がっていました。
写真提供:関根健次さん
トランセンド法(超越法)でA・B共に幸せになる
コスタリカで暮らしている時に、積極的平和という概念を生んだヨハン・ガルトゥング博士と交流する機会がありました。例えば、ナポレオンの戦略を知るといった戦争を学ぶ学問はありましたが、彼は平和を学ぶ平和学を世界で初めて生み出し・確立した人物です。積極的平和を英語にするとpositive peaceで、逆が消極的平和・negative peaceです。一見平和に見えても、構造的貧困・構造的暴力がある……例えば、働いても働いても豊かにならない、職場の環境がハラスメントに溢れているなどはnegative peaceで、平和がプラスの状態ではありません。このような状態をpositive peaceに変えていくためにどうするか?
人々の往来を増やし、対話のチャネルを増やしていく。音楽祭をしたり、一緒にピクニックをしたりと、ある種、相手をお招きするような催しをする。そうやってお互いの文化が交流し、興味を持ってお互いの国を訪れるようになると、感情がネガティブからポジティブになる。その状態になるために、政策を作り、助成金を与えて交流を振興するようなプログラムを作っていきましょうという考え方をした人です。
ヨハン・ガルトゥング博士のメソッドで、トランセンド法というものがあります。日本語では超越法と訳すことができます。AとBが対立しているときに、通常はAとBの対角線で妥協する。AとBどちらも譲歩するというのが通常ですが、彼の考え方は超越をするんです。AとB両方とも幸せな状況を作る。AとBの間ではなく、先の飛んだところにゴールを見出す考え方です。
僕は、博士に尖閣問題について質問しました。その答えは、尖閣諸島を日中で共同領有すればいい。日本・中国のどちらのものでもなく、両方のものとしたらどうかと。資源が出るのであれば、その権益を40%ずつ分け合い、残りの20%を地域の自然保護のために使えばいいと。こういう飛び蹴り的なアイデアを持っている人です。
実際にこのアイデアは実践されています。エクアドルとペルーが国境地帯で紛争を抱えていた時に、彼は国境に自然公園を作り、ピクニックができるようにしましょうと提案したんです。週末にお互いがFace to faceで会って友だちになる。negative peaceをpositive peaceにしていく。こういう事例が世界にはたくさんあります。
政治家も誰でも一人ひとりの小さな問題から大きな問題までこのメソッドを当てはめていくと、平和が近づいてくると思います。
「太陽のような存在になりなさい」
もう一つ。ガンジーの孫弟子で、サティシュ・クマールという哲学者・教育者に会う機会がありました。彼は、『内なる平和を勝ち取りませんか』と言ったんです。
平和には、内なる平和・インナーピースと外の平和・アウターピースがある。アウターピースは実際に現実の世界で起きている戦争や平和の状態です。しかし、今現実の世界で起きている戦争や平和が生まれるのは、一人ひとりの心の発露として生まれることなんです。人を傷つけたり攻めていくというのは、恐怖があるから起きるわけです。
あなた自身が、心の平和を勝ち取っていけばいいと。これは、僕が大事にしている考え方です。
彼の師匠でビノーバ・バーベという人がいます。ガンジーの弟子ですね。ビノーバ・バーベはサティシュ・クマールに、『太陽のような存在になりなさい』と伝えたそうです。
太陽は、ただそこに漂いながら愛と共感のエネルギーで世界を照らしている。太陽は、月のようになろうなんてことは思わずに、単にそこにいるだけで無限のエネルギーを与えています。
僕は以前、ダライ・ラマを遠目で見た時に『うわっ』と感じたんです。そこに存在するだけで周りがふわっと軽くなって、みんなが元気で優しい気持ちになる。1人ひとりが”太陽のような存在”を実践していくと、総合的に平和な世界が近づくのではないか。そして、心の平和、内なる平和を掴み勝ち取っていくには、平和を感じる時間が必要です。瞑想してマインドフルネスを実現するなどもそうですね。
僕は9月21日の「国際平和デー(ピースデー)」という国連の記念日を日本で広める活動もしていますが、この日を日本の祝日にしたいという夢を持っています。そうすれば、自然と平和な時間を持とうというきっかけになります。ピースデーは1日、誰かに優しい言葉をかけようと。そうやっていくと記念日だけでなく毎日がピースデーになって、自分にも他の人にも優しい気持ちを持てるようになる。そうなったらいいなと思っています。
『人は痛みを想像せずに戦争ができるようになってしまった』Next Wisdom Foundation研究員・編集長 清田直博
一昨年亡くなった僕のおじいちゃんは昭和3年生まれで戦争で兄を二人、特攻隊で失くしている。
本人は戦争に行かずに済んだが、おじいちゃんちの座敷の長押の上には軍服姿の兄たちの写真が並んでいた。
書斎の本棚にはレイテ沖海戦とかニューギニア作戦とかシベリア抑留などの帰還兵たちの体験本がたくさん並んでいて、それらの本はいま僕の本棚に並んでいるわけだが、本を読むことを通じて兄たちが見てきた壮絶な世界と繋がっていたのではないかと想像する。
先日の能楽師の安田登さんの取材を行ったのだが、戦争は文字ができてから激しさを増したそうだ。人間は文字を獲得して抽象的な概念を扱えるようになったことで、具象、身体性、痛みのようなものに対する想像をせずに戦争ができるようになった。僕は戦争体験を老人たちから実際に聞いたり当時の写真や映像や体験談に触れたり、戦時の痕跡を残す史跡を歩くことを通じて、戦争というものの恐ろしさを身体的に学んだ。
今回取材したユナイテッドピープルの関根健次さんは世界中から社会課題や平和に関する映画を買い付けて配給する仕事をなさっているが、それは映像が世界を変える力を強く信じているからだ。映像ほど人間の五感に訴えるメディアはない。権力者たちが抽象的なイデオロギーや合理性だけで国益とか覇権を獲得しようとする戦いの裏では、血や涙を流す身体を持った市民たちの見えない闘いと犠牲がある。そのような市井の人たちの心情に共感し、自分がそのような立場になったらどうなるかを想像させてくれることが映画の持つ大きな力であり、戦争に対する大きな抑止力になると思う。ぜひ記事を楽しみにしていてください。