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おいしい野菜を追求したら、自然栽培になった。~鹿嶋パラダイス代表 唐澤秀さん

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【満員御礼】おいしいの叡智

茨城県鹿嶋市。東京から車で約1時間半、東側を太平洋、西側を霞ヶ浦水系の湖にはさまれた地域。南部の神栖市とまたがるエリアには鉄鋼業や石油化学コンビナートが集積し、日本の高度経済成長と重工業化の象徴的な場所である鹿島臨海工業地帯を抱え、市の中心には創建が神武天皇元年と伝えられる鹿島神宮、市内全域で縄文時代の貝塚や弥生時代から古墳時代の遺跡が数多く残っており、古代から人が集まり生活が営まれてきた土地でもある。

日本で2番目に大きい湖である霞ヶ浦と、その霞ヶ浦水系である北浦に面した台地の上には多くの古墳があり,鹿嶋市内だけでも約400基。対岸の潮来市にも多くの古墳や遺跡が残っている。古代には豊富な水資源を活かした稲作や畑作地帯が広がり、当時の経済基盤であった米や農作物を巡って争っていた豪族たちが権力を誇示するためにいくつもの古墳を作った。そして、そのような古墳が作れるほどの人口があり、その人口をまかなえるほどの豊かな土地だったことが想像できる。

このような歴史の深い鹿嶋の丘陵地帯も、今では耕作放棄地が目立つようになったこの土地で無肥料無農薬の自然栽培で野菜・お米を作っているのが「鹿嶋パラダイス」だ。代表である唐澤さんに、畑の再生と自然栽培について取材した。

 

<プロフィール>

鹿嶋パラダイス 代表 唐澤秀(からさわしゅう)さん

1976年生まれ/静岡県出身

農業生産法人に勤める傍ら、欧州各地の世界一と評される農家を訪ねる旅の後独立。その間に、世界で初めて無農薬・無施肥のリンゴ栽培に成功し、「奇跡のリンゴ」として映画化された木村秋則氏に出会い、はじめて食べた自然栽培コマツナに細胞が震えるほどの感動を覚える。「全て素材は種まきから」という理念のもとこの世にパラダイスを作るべく奮闘中。

~鹿島パラダイスについて~

本当に美味しくて、真に安全で、健康にも良くて、 環境にも負荷をかけない、 全てそんなものに囲まれた生活って幸せ! それをやってしまおうってのが鹿嶋パラダイスです。サイコウの素材を作ってサイコウのものをつくりだしていく、生活の隅々まで。それが鹿嶋パラダイス!

URL: http://kashima-paradise.com/

いばらきデジタルマップ

耕作放棄地を畑に

代表の唐澤さんは、鹿嶋市出身でも元々農家だったわけでもなかった。そして耕作放棄地は使いたい人が誰でも使えるわけではない。地主たちは見ず知らずの人に土地を貸したがらない。日本の耕作放棄地の問題は、就農人口の減少と高齢化という大きな原因だけではなく、新規就農者がなかなか畑を借りられないという隠れた原因もある。創業当初の唐澤さんも同じ壁にぶつかった。

就農にあたり、前職時代に交流のあった地元鹿嶋の名士の方が畑200アール、田んぼ80アールを用意してくれた。当初はこれで良かった。次に面積を増やそうと、オーナーに直接でなく、正規の方法である農業委員会に諮り土地を借りようとしたことがあった。市の担当者と耕作放棄地を見て回り、13の放棄地をリストアップ。農業委員会に提出し、各地域の農業委員からオーナーへと話を持って行き、交渉をしてもらった。しかし、承諾を得られたのはなんとゼロ。正規の方法なんて通用しない。耕作放棄地も全国的に増えている空き家も同じ。全てのオーナーは空いているからとか荒れているからとかという理由だけで貸さない。税金も安いし、別に放っておいたって関係ない。当初「放棄地=オーナーが貸したくても借りてくれる人がいないので困っている」と考えていた唐澤さんはそれが大きな勘違いであることを知った。

ところが、2年も過ぎ収穫が始まり人も集まり活気がでてくると、今まで遠巻きに見ていた他のオーナーたちから、「うちの畑も使わないか?」と声がかかってくるようになった。今では田んぼ150アール、畑450アールまで面積が広がり、更に2019年には土地改良後の担い手代表として1箇所1600アールの畑を新たに貸してもらえることが決まっている。

このような自身の経験から、これからは野菜を育てるだけでなく、新規就農者が1年目から自然栽培に取り組めるよう、土地そのものを育てることを目的にしたNPO法人「NPO法人田楽」をつくり活動している。「耕作放棄地を再生させながら新規就農希望者にその畑を使ってもらって、自然栽培の輪を鹿嶋につくっていきたい」と唐澤さんは語る。

鹿嶋パラダイス代表の唐澤秀さん、カラシナの畑で。収穫したカラシナの種を利用してマスタードを作っている。

カラシナの間には、野草オオイヌノフグリが生えている。オオイヌノフグリは土質が中性で肥沃な土壌に生えると言われ、自然栽培に適した畑であるという指標にもなる。その他にもハコベやナズナが映えている畑は状態がいいそうだ。

畑にも個性があり、よくできる畑とよくできない畑がある。よくできる畑は最初からよくできる。自然栽培を続けることで肥料を抜いてやっていけば状態は徐々に良くなる。逆によくできない畑は何をやってもうまくいかない。肥料がいらないと言われている大豆やさつまいもでさえも育たない畑もある。そういった畑は回復まで何十年という時間が必要である。すぐには何も生まないので経済的には大変であるが、そういった畑も守っていくことも将来的には大切だと唐澤さんは考えている。

そして、畑は歴史が深ければ深いほどいいという、50年より100年、100年より1000年。稲作が始まった弥生時代、当時は肥料も農薬もなかった。この土地は古代から作物が育ち、人々が生活できた土地であるということだ。鹿嶋の丘の上の土地は元来、水はけがよい上に、唐澤さんが自然栽培を続けることで、雪が降っても早く溶けるような、地温が高く、水持ちもよく自然栽培に適した畑になっていった

ルッコラの芽。自然栽培の畑では、タネを蒔いたあとの施肥や農薬散布がない、その代わりにひたすら不要な草を取り続ける。

唐澤さんの畑のすぐ隣に広がる耕作放棄地。繁茂力の強いクズで一面びっしりと覆われている。多年草で、地中深く根を張るため、表面を刈ってもまたすぐに生えてくる。ここまでの荒れ地を畑に戻すのは難しいそうだ。

畑の再生に利用される野菜の代表的なものが、大豆と麦だ。大豆の根には「根瘤菌(こんりゅうきん)」という微生物が棲み付き、大豆と共生関係を結ぶ。大豆の根に付いたブツブツとした瘤(こぶ)が「根瘤」で、そこに微生物が棲み付き増殖する。根瘤菌は「有機酸」という栄養分を大豆からもらう代わりに、窒素成分をそこから生成して大豆に提供する。大豆の中に「畑の肉」と言われる程豊富にあるタンパク質は根瘤菌がつくり出す窒素を原料にして作られている。

本来の畑には根瘤菌などさまざまな菌類が棲んでいて、栄養をつくりだす機能がある。しかし、今の農業では堆肥や化学肥料などを畑に入れるようになった。そもそも微生物は植物に与えるために栄養を出すのではなく、自身の生態や生命活動として、化学変化の過程で窒素分などを出す。そのようなプロセスを経ずに、最終生成物を肥料としていきなり入れてしまうと、微生物自体の存在意義がなくなり、畑本来の生態系も破壊される。自然栽培とは、勝手に野菜が育つ環境をつくること。土をつくることであり、菌をつくること。そのためにまずは大豆を育てる。

慣行農法(化学肥料や農薬を使う現代で一般的な農法)は、化学肥料や堆肥を投入すれば野菜が育つというやり方。野菜は育つが循環はなく、常に過剰なものが出てきてしまう。「虫はおいしいから寄ってくる、、、これはウソです(笑)。健康に育つ野菜にはほとんど寄ってきません。人間も健康な人はウィルスや菌への抵抗力があるから病気にならないんです。植物も同じで、植物は過剰な施肥によって必要以上の栄養分を得た時に虫や病気が寄ってくるので、農薬が必要になってくる。過剰な肥料分を有した野菜は人にとって害があることもあります。」(唐澤さん)

土ができあがった理想的な畑の状態では、野菜に必要な成分が過不足無く循環の中で与えられるという。例えば空気中から畑に取り込まれた窒素がアミノ酸になり、アミノ酸がタンパク質になる。そのような循環と化学変化が効率よく行われ、均衡が保たれることで、植物も健康に育つ。

そして麦は畑の水分と熱を理想的な状態にするために利用される。慣行農法では「肥毒層」という水を通さない固い層が畑にできてしまう。この層ができてしまうと、畑に雨が降った時に地下に浸透せず、畑に水がたまりやすくなって水はけが悪くなる。そして水はけが悪くなるだけではなく、地殻から畑に伝わる熱もこの層で遮られてしまい、畑の温度が上がりにくくなる。地中深くに根を下ろして肥毒層を物理的に壊し、水と熱を畑に伝わるようにするのが麦の役割だ。

根瘤菌の働きによって根にできた根瘤。(引用元:CC BY-SA 3.0, Stdout,Image showing Rhizobia nodules attached to roots of Vigna unguiculata.)

なぜ自然栽培なのか?

自然栽培とは農薬を使わず、肥料も使わない野菜の栽培方法。動物性の堆肥は使用しない。自分の畑で出た植物残渣を3年ほど寝かした植物性堆肥は育苗時に使用することもある。野菜には「窒素」「リン酸」「カリウム」という三つの栄養素が必要だと言われ、慣行農法では多くの場合、化学的に生成した「化学肥料」を畑に撒いて野菜を育てる。有機農法では化学肥料の代わりに牛や鶏などの家畜の糞尿、私たちの残飯や生ゴミを熟成発酵させたものや、外国から仕入れた油粕、魚粉などを配合したものを「有機肥料」として使う。肥料は入れたほうが収量も多くなり、栽培期間短くなるので効率は良くなる。しかし、これらの農法の問題点は、畑に投入した肥料が全て野菜に吸収されるわけではないということだ。

そして、世界の環境汚染の原因は工場から出るCO2だけではない。緑の革命」後、化学肥料によって作物の増産が可能になったが、そのような近代的な農業による水質汚染も開発途上国及び先進国などで大きな問題になっている。

窒素循環の図(引用元:CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nitrogen_Cycle_ja.svg)

作物に吸収されない過剰な肥料は土壌に浸透して地下水に溶け込み、川に合流して海や湖に流れ込んで富栄養化の原因にもなる。霞ヶ浦では水質汚濁が問題になっているが、その原因のひとつが農業で使われる肥料によるものだ。他にも、夏のレタスの80%を生産する長野県のある村では、40年前から地下水が飲めなくなったという。原因はレタス畑の過剰な肥料。畑に投入された窒素肥料は化学変化を繰り返し、硝酸態窒素という物質に変化する。これが野菜の中に残留したり、地下水に溶けこむことで人の健康被害を引き起こす可能性もある。

では自然栽培の場合、野菜に必要な肥料をどこから調達するのか?鹿嶋パラダイスの畑では、野菜を収穫したあとに残った根や茎や葉などの残渣を戻したり、根粒菌を増やす大豆やいい菌を増やしてくれると言われている麦を作ったりして、野菜に必要な養分を畑自体でつくり出せるような環境を作っている。つまり、畑の外部から肥料や農薬を取り込んで作物を育てるやり方ではなく、畑の中で完結するような生物の循環を創り出すということだ。余分な肥料を与えたり、過剰な肥料が原因で発生する病気や虫を農薬で抑え付けることもしない。その結果、環境を汚染することも少ないし、輸入原料である肥料や堆肥、種子が無くなっても土と自ら採取する種さえあれば生産が可能なのである。

そもそも畑の中は単純な足し算引き算でなりたってない。肥料を入れたからといって、全部作物に吸収されるわけじゃなくて、大気に放出されたり、雨に流されたりして亡失し、残りが畑に残る。前職で2000枚の畑の土壌分析をしてこの養分が多い、少ないで処方箋を書いていたけど、その通り処方した後にまた分析してみても、その処方箋通りに結果はいかないわけです。例えば、マグネシウムが足りないから肥料としてマグネシウムを入れる、でも畑を調べてみるとマグネシウムが相変わらず足りなかったり。土というのは物理的な働きもあるし生物的なものも化学的な働きもあるから、そこに化学の尺度だけで計っても辻褄が合うわけがないんです。」(唐澤さん)

畑には1gあたり3億の微生物がいるといわれていて、それらが有機的に繋がっている。そのつながりの数は無限ですよ。だから、それを解明するなんて無理なんです。1℃違うと働きも違うし、雨でも晴れでも違う。何を植えるかでも違うし、その作物がいつどのような養分をどれだけ必要とするかなんてわからない。実験室のような閉ざされた限定空間の中でなんてわかるはずもない。思った通りの結果になんて絶対ならない。実際に肥料や堆肥がなくても育つし、病気にもならない。何の肥料をどれくらい畑にあげて、何の薬をどのタイミングでかけてとか考えなくて良くなって、とても精神的に楽になりました。」(唐澤さん)

唐澤さんが自然栽培をやろうと思ったのは、環境問題や農法へのこだわりではなく、もっとシンプルなこと。「自然栽培の野菜がめちゃくちゃおいしかった」というのが一番の理由だった。「もし、自然栽培の野菜やお米がおいしくなかったら、僕はいくら環境にいいと言われても、絶対やらなかった。自然栽培にはまず『おいしい』があって、僕にとって環境は後付です(笑)」

鹿嶋パラダイスが育てた自然栽培の野菜が食材として使われている「PARADISE BEER FACTORY」のカレーとビール。

野菜の評価システムに問題がある

〜以下、鹿嶋パラダイスさんが運営する、自家製地ビール・ヴァイツェン(20164月醸造免許取得)と自然栽培の野菜を使った料理店「PARADISE BEER FACTORY」に移動し、唐澤さんにじっくりお話をお聞きした〜

 

人は経済活動する上で、やっぱり人の評価があってこそですよね。例えば、センター試験を受けて国公立に行きたいと思った時に、保健体育ばかりやっていても評価されないですよね。だってセンター試験の科目に無いですから。実は農業というのもそうで、味で評価されないシステムなんです。農協や市場を通じて売られるのがほとんどなんですが、形や見た目、サイズという評価項目はあれど、味という評価項目は無いんです。

評価項目にないから、農家は味の良いものを作る必要性がない。それよりも売れなくなるので農家は形が揃ったもの、病気に強いもの、虫に強いもの、収量がいいものを作る、あたりまえですよね。そうなるとF1(雑種第一世代)のタネを使うのが一番効率がいいとなってしまう。

「形は悪いけど、めちゃくちゃおいしいです」といって市場に持って行っても相手にされない、買い取ってもらえない。もし市場が、味で評価されるシステムになれば、農家も味のいいものを作るようになる。農家が味のいいものを作るとなると、種苗会社も味のよい品種を作るようになる。僕も前職では育種からやっていて、タネの権利を買ってその野菜を育てて売っていました。在来種にはおいしい品種が多いのですが、F1でもおいしさに焦点あてればおいしい品種ってのはできるんです。ただ、形や大きさや収量が伴わないと農家は買わないですよね。

味の良いものは作りにくくても結局は売れるんですよ。確かにクセはあるけど作れないわけじゃない。例えばキャベツだと、割れやすかったり形がそろわなかったりするんですが、味はいい。前職ではそういうおいしい野菜をお客さんに直で売ってたけど、おいしいからお客さんはある程度高くても買うんです。

鹿島神宮参道にある「PARADISE BEER FACTORY」

おいしい野菜というのは構造的に世に出ないということに僕はフラストレーションをずっと感じていました。「なんでこんなにおいしいものがあるのに、世の中に広がらないのか」と。僕もそういうおいしい野菜を食べるまでは、ニンジンも嫌いだったし、トマトもブロッコリーも嫌いでした。おいしくないものを作っているからそれを嫌う人も増えるんですよ。

当時は種苗会社とも付き合いがあったので、彼らにいろいろお話を聞くわけです。すると、耐病性がとか、耐候性がとか、収量がとか、いろいろ説明されるんですが、僕が「それうまいんですか?」と聞くと、彼らは答えに困る。「ぶっちゃけ、味の優先順位ってどのくらいですか?」と聞いてみると、4番目か5番目だと言う種苗会社は農家が顧客、農家は農協や市場が顧客、そしてもし最終消費者がおいしいものを第一に考えるとするなら、そこに不一致があるんですよね。これはどうしたらいいものか。

だから僕たちは、まず味のよい品種を選定し、それをおいしくなるように育てているんです。やっぱりおいしいものが食べられる世界にしたいから。

唐澤さんのお店で販売される、こだわりの商品たち。一部はインターネットでも購入できる。

スーパーでおいしい野菜の見定める方法についてよく尋ねられるんですが、そもそもおいしい野菜は品種が違うんですよ。まず、第一に味を決めるのは品種。品種はもちろん味だけでなく質そのものが決まります。その後20%くらいが肥料の影響です。実は最近注目されるようになった「オーガニック」も、おいしいものとそうでないものとに大きな開きがある。理由は「オーガニック」という基準(有機JAS認定)をクリアすればいいという農家さんもいれば、環境も含めおいしいものを作りたいけど一応認証はとっているという農家さんもいる。志がどこに向いているかで全く違うんです。

あるオーガニック農家に行った時、「虫に食われない硬いキャベツの品種って知ってるか?」って言われたことあるんです。ああ、虫に食われるから虫に食われない品種がほしいんだなってちょっとがっかりしちゃうんです。虫に食われないのが目的になっちゃってる。それはやっぱり人が食べてもおいしくない。でも見た目はキャベツ、見た目はニンジン、オーガニックです、みたいな野菜もある。そして食べてみるとおいしくない。オーガニックっておいしいんですか?って質問されることが多いですが、いつも玉石混交だよって答えてます。オーガニックはおいしい証明では無いと思っています。

目利きの人だったら食べればすぐに分かります。オーガニック基準は二の次で、僕はおいしい品種をおいしく食べたいだけ。自然栽培のいいところは、野菜そのままの味がでるところなんです。肥料とか堆肥を入れるとその味が移っちゃうんですよ。以前見に行ったイベリコ豚なんかは、仕上げの半年間、ドングリの生える平原に放ち、それを食べさせるから脂にナッツの風味や香りがうつる。パルマのプロシュートはきちんと乳漿の香りがする。食べたものの香りがその身体に宿るんです。

何でもそうなんですが、食べたものの味に近づいていくんです。だから未熟な堆肥を大量に入れて作られたニンニクは臭くて食べられないんですよ。自然栽培で作ったニンニクなんて臭いがまったく残らない。ものすごく香りがいいんですが、食べたら全部消えちゃう。ニンニクっていっぱい栄養素が詰まっているから 土壌から収奪した栄養素を足してあげないといけない、という考えが今の農学。だから他の野菜の10倍くらいの堆肥を入れる。その10倍くらいの堆肥の中には、完熟してない生乾きみたいなものも入ってきてしまう。まあ、完熟だろうが未熟だろうが入れ過ぎなんですが、そうすると、世間でよく言われる翌日まで匂いが残るニンニクができるんです。

イベリコ豚 引用元:CC BY-SA 3.0,comakut,Carlos urbina ibéricos en Extremadura (España).

DNAのプログラミング通りの味をだす

自然栽培というのは太陽と水と土とでできます。余計なものが入っていない。だから、例えば植物のDNAは「こういう味になりなさい」とプログラミングされてますが、自然栽培ではそのプログラム通りのものができると言っていいんじゃないかと僕は思ってます。だから自然栽培で育てたニンジンは、DNAがプログラムしたニンジンに限りなく近いはずです。もしそれを食べた人がいて、その味が嫌いであるなら、それはそれでいいんです。それはニンジンそのものなので、これ以上なにもしようがないし、するつもりもない。僕らは「そのものだ」と言えるものを作っている、それだけでいい。だから、お客さんに「これがマズい」と言われても、僕は傷つかない。それはそれが持つ本来の味なわけで、それがマズいのならその人に合わなかっただけの話なので。だから自然栽培でできたものに対して、自信もあるし誇りを持ってやっています。

自然栽培はタネ(DNA)の意味合いが大きいんです。だからおいしくなるタネ、おいしいものができるタネを作り続ける努力をしています。味を決める8割はタネだと言っていい。マズいタネはどんな育てかたをしてもマズいですよ。サラブレッドの子はやっぱりサラブレッドなんですよ。生物なんだから当たり前なんです。

規格が味をつくるのではない

自然栽培には規格があるわけではないのですが、それをオーガニックのように認定制度にしてしまうと認証してもらうのにお金が必要になる。自然栽培は自然農法の中に入ります。その中でもいくつか考え方があって、植物性の堆肥だったらいいとガバガバ入れる農家さんもいますが、私たちはそうではなく、苗植えのときだけ堆肥を使います。草や収穫物の残渣とか藁とかを一カ所に置いておいて、それが3年ぐらい経つと発酵して朽ちてくるので、それを肥料にして苗に使います。畑で生まれた有機質をそのまま畑にもどす、循環させる。外からの流入がないんですね、それが自然栽培なんです。

環境の持続可能性を考えたとき、自然栽培以外では持続できないんじゃないかと思うんです。堆肥には遺伝子組み換え飼料を食べた家畜のものが混ざっていることもありますし、連作の繰り返しで土壌消毒を行い畑が疲弊する例もあります。

そしてもう一つの課題が生命を繋いでいく「タネ」です。どんなに良い状態の畑があっても、タネがなければ作物をつくることはできません。逆に言えば、畑とタネさえあればいくらでも作物を育てることができ、日本の食の安全は守られるのです。しかし、現在、国内で流通するタネのほとんどが海外で委託生産され、日本の種子自給率は10%を下回ります。タネを自給できない、それはつまり日本の食を海外に支配されるということです(参考:「タネが危ない!」)。そういう意味でも在来種を育ててタネを採っていくということは、自分たちの作物を自分たちが守るという、いざとなったら自分たちで自給できる体制をつくることだと思います。だからタネは採っていくべきだと思うんです。

(花がタネになる:ルッコラの花)

「自然栽培」という生業

僕はこれが一番だと思ってやっているけど、やっぱり大変なんですよ、自然栽培は。堆肥作る手間もないし、肥料や農薬をやる手間もお金もかからないけれども、真夏のエンドレスな草取り、収量はやはり普通に比べて少ないし、そして何よりも育つかどうかわからないってのがとても怖い(笑)。だから自然栽培の農家になるにはよっぽどの覚悟が必要で、なかなか全ての人に薦めるのは難しいんだけど、家庭菜園でやるのはとても応援しています。リスクのない形で、自然栽培というものを身近に感じてもらいたいなって。

自然栽培を生業にするのは簡単じゃないですよね、実際今でも大変ですもん(笑)。『奇跡のリンゴ』の木村さんもリンゴがなるまでに8年かかったと仰ってましたが、畑の様子を見ていて、成長が悪いなと思ったら普通の人は追肥(ついひ)したりするんです。有機質の肥料を撒いたりするとその力で大きくなったりするから。でもそれをやってしまうと、もはや自然栽培ではなく、いわゆる「オーガニック」になってしまう。自然栽培の場合は、育ちが悪いなと思っても手も足も出せないというか、何もやることがない。もちろん草を取ってあげたり、中耕したりしますが、育ちが悪いなと思ったところはそのまま育たずに終わることが大半です。そういうときに何もできない、収穫はゼロということです、経営的にはゼロどころかマイナスです。9年目を迎えた今はほとんどの畑である程度のものはできていますし、全くできない畑というのは無いのですが、なんとなくできるようになってきたなっていうのは6年目くらいからですかね。

ここが自然栽培のリスクで、それなら消費者自身が家庭菜園で自然栽培をやったほうがいい。収穫できなければスーパーで買えばいいですし、いつかは収穫できると思いますが、畑ができるまでには年月がかかるので。いま自分で畑をやりたいと思う人が増えてきていますが、それはこの不安定で不確実な時代の防衛本能だと思っています。休耕地を貸し出す「マイファーム」さんもあれだけ伸びてきているし、市民農園も順番待ちだというし。だから自然栽培の姿というのは、そういう場所に可能性があるのかなと感じています。

不耕起、無肥料、無農薬、無除草という自然農法を生み出した福岡正信さんが、自然農法という考え方を世界中に広めて、そこから自然栽培やパーマカルチャーなどの新しい活動が生まれました。しかし、自然農法で営む農業は「商売」になるまでにはまだ残念ながら至っていない。だから僕たちは実際の商売として持続できる方法を追求したい。農機具を使って草も取りますが、畑にはなにも入れない。温故知新で自然農法の良さを取り入れながら、現代の技術や考え方とうまくミックスさせた自然栽培を、「業」として持続させる。それが僕たち鹿嶋パラダイスのやっていることなんです

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