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2016年7月、東京駅から皇居方面に続く行幸通り地下通路に「丸の内・触れる地球ミュージアム」がオープンした。10月末までの約3カ月、「触れる地球」を5台設置した体験ミュージアム、そして全長220m にもおよぶ通路空間に「海・森・生物多様性」、「防災・減災・レジリエンス」、「未来技術」等をテーマにした演出がなされ、子ども向けから大人向けまで様々なイベントが開催された。そのイベントの一つ「未開の未来」は、全9回にわたり、本ミュージアムプロデューサーの竹村真一氏が毎回多彩なゲストを招き、まだ見ぬ未来を語り合うトークセッションだ。
「惑星系エネルギーシステムの未来」をテーマに据えた第8回、ゲストに迎えたのは東京大学の堂免一成教授が取り組む「人工光合成」の研究を主軸に、人類が想像もしなかった形で地球のエネルギー問題を解決しうる未来が描き出された。
【ゲスト】
堂免一成氏 (東京大学教授)
東京大学大学院工学系研究科、化学システム工学専攻・教授
1976年東京大学理学部化学科卒業、
1982年東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士後期課程修了。理学博士。
1982年東京工業大学資源化学研究所助手、その後、助教授、教授を経て、
2004年3月から現職。
現在の研究テーマは、(1)水の可視光分解用光触媒の開発、(2)新規な触媒材料の開発(メソポーラス材料,ナノシート等)、(3)表面反応ダイナミクス。
光エネルギーを化学エネルギーに変換することを目的とした光触媒を中心に、高い機能を持った新しい触媒の開発を行っている。太陽光と水のみから水素を作ることができれば、真にクリーンで再生可能なエネルギー源となるので、人工光合成型反応を実現するための光触媒システムの開発に取り組んでいる。
受賞歴:2007年 触媒学会賞(学術部門)「水分解光触媒の創成」
2011年 日本化学会賞「水を分解するエネルギー変換型光触媒の開発」
論文数:666報
竹村:これまで、都市、食料、交通などの問題を扱ってきた「未開の未来」。8回目は「エネルギー」について取り上げます。
「宇宙船地球号」Space ship Earthとは、バックミンスター・フラー(1895〜1983)という天才が考案した言葉です。
この宇宙船地球号は、1億5000万キロ離れたところに安全な核融合炉を持っています。太陽ですね。この核融合炉は恐らく数10億年は持続するでしょう。しかもそのエネルギーは人類のエネルギー需要の1万倍あります。だからその0.01〜0.02%でも活用できれば、エネルギー問題なんて存在しないはずです。ですが、人類の文明、技術が未熟であったために太陽エネルギーを利用できず、石油や石炭を掘り出して使ってきたんです。
それが最近、太陽エネルギーでやっていけそうな気配が出てきました。
アーサー・C・クラーク(1917〜2008)は、人工衛星のアイデアを発案したり、『幼年期の終わり』(1953)、『2001年宇宙の旅』(1968)のような科学的知識に裏打ちされたSF作品を書いてきた人ですが、「太陽エネルギーだけでやって行ける時代がこんなに早く来るとは思わなかった」と死ぬ間際に述懐しています。
宇宙船地球号が太陽エネルギーだけで駆動するためのキーテクノロジーが、今日の主題「人工光合成」です。
タイトルを「人工光合成の未来」ではなく、あえて「惑星系エネルギーシステムの未来」としたことには理由があります。
まず、太陽と地球という宇宙的な視点でこのエネルギーシステムのあり方を考えようという意味を込めました。
また、シアノバクテリアが30億年前に、そして陸上植物が4億年前に始めた太陽エネルギーの捕獲技術、そして地球のエネルギーOSである「光合成」を、我々が「人工光合成」という形で引き継ぎ、さらにバージョンアップしようとしている。そういう地球の歴史の文脈でこの革命を考えるべきではないか、ということで「惑星系」という言葉を使っています。
また、2050年には宇宙エレベータが実用化するのではないかと言われています。さらに、テラフォーミングという言葉を聞いたことがあるかと思います。地球以外の惑星に植物を植えたり、太陽エネルギーを利用できるようなシステムをつくることで、人類が住めるような環境に変化させる計画で、そのための研究も進んでいます。以上のようなことを踏まえると、地球の中だけで物事を考える時代もそろそろ卒業しなければいけない。そういう意味でもあえて惑星系と銘打ってみたわけです。
これは決して大げさな話ではありません。こういう段階に我々はきているのです。それを「未開の未来 エネルギー編」として縦横に展開したく、今日のメインゲスト、人工光合成の世界的なトップリーダーである東京大学の堂免先生をお迎えしました。
現代のエネルギー問題は、既存の技術では解決困難
堂免:私の出身は東京大学の理学部の化学科です。こういう仕事を始めたのは、「太陽エネルギーを使って光合成のように水を分解できたら面白いだろうな」という純粋な好奇心からですね。
私が研究を始めた1970年代後半は、まだ今のようにエネルギーや環境の問題が深刻に捉えられていませんでした。その後、太陽エネルギーの活用や地球温暖化問題が取りざたされるようになり、国から研究費も出るようになって、義務感もあって研究を続けています。
まずは大学で教えている内容についてお話しします。理科系の研究者が今の状況をどのように見ながら研究しているのか、概要を捉えていただければと思います。
夜の地球を撮影した衛星写真を見ると、南アメリカやアフリカ大陸は真っ暗ですが、アメリカの東海岸から中部、カリフォルニア、そしてヨーロッパ、中国の沿岸、日本などは非常に明るくなっています。この辺に人がたくさん住んで、宇宙から見てわかるくらいエネルギーを使っているということになります。
一人頭でどのくらい使っているかといいますと、紀元0年、キリストが生まれた頃に使っていたエネルギーの40〜50倍にもなります。現在のエネルギーの内訳は、90%近くが石油、石炭、天然ガスといった化石資源です。そのほか、水力や原子力を使っています。今後風力や太陽エネルギーなどの新エネルギーはもっと伸びると思いますが、大方の予測としては、石油石炭天然ガスを使う時代はまだ続くだろうと言われています。しかも消費量はまだ右肩上がり。今も石油石炭天然ガスを燃やすことで二酸化炭素が出て、それが全部大気中に放出されています。
ここに、二酸化炭素の濃度の推移を示すグラフがあります。
波打っているのは季節により変動があるため。春から夏にかけては光合成が盛んになり、その分、大気中のCO2が減るんです。また、北半球のほうが波が大きいのは、南半球より大陸が多くて植物もたくさんあり、二酸化炭素濃度の変動が大きいからです。
そして年を追うごとにCO2が増え続けているのがわかります。
私自身は若干の疑問を感じないわけではないんですが、ほとんどの研究者が、将来的にCO2による地球温暖化が進むだろうと言っています。そして第5次IPCC(※)では、可能な限り二酸化炭素の排出量をコントロールしたとしても、最高で4度くらい気温が上昇してしまうと予測しています。
(※)IPCC=気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)。気候変動の影響や対策の包括的な評価をするため、1988年、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)により設立された組織。
ここで光合成の話をさせていただきます。
地球が生まれた45億年前、二酸化炭素の圧力は0.1〜10気圧くらいだったと推察されています。それからはずっと減っていて、現状は0.001気圧くらいになっています。
酸素はシアノバクテリアが光合成を初めてから出てきました。初期の酸素はごく微量です。その後も非常に少ない量で推移していき、真核細胞生物や多核細胞生物、シダ植物が出てきてから、今くらいの酸素濃度になりました。我々が吸っている酸素は全部光合成でつくられた酸素です。光合成がなければ我々はいません。
この光合成というのは、石油・石炭・天然ガスといった化石資源の起源でもありますこれらは、大気中に存在していた炭酸ガスと水が太陽エネルギーによって炭水化物に変化し、地下に埋まったものだからです。
天然ガスや石油ができ始めたのは5億年くらい前の古生代です。そして、2億年から6千600万年前の中生代、恐竜が生息して滅びたこの時代に堆積した分がかなりの量を占めます。
この化石資源を、我々は20世紀に入ってから大量に掘り出して使うようになりました。石油や天然ガスは、2100年頃には使い切ってしまうと言われています。
化石資源が形成された時間を1日と考えると、我々がそれを使い切る時間は0.03秒。そのくらいの速度で消費を続けているわけです。遠くない将来、化石資源を使って車を走らせたり飛行機を飛ばしたりすることができなくなるのは明らかです。
ここで、太陽エネルギーはどれくらいあるか示します。
地球表面への供給量 3×1024ジュール/年
人間のエネルギー消費量 5.5×1020ジュール/年
地球上の光合成量 3×1021ジュール/年
全化石資源量 地球表面供給量×10日
太陽エネルギーは、人間がエネルギーを消費する量の5000倍くらいになります。私が20年位前に講義していた頃、エネルギー消費量は3.0×1020、つまり太陽エネルギーはその1万倍と説明していたんですが、消費量がじわじわ増え続けているわけです。
光合成量は、地球に降ってくるエネルギーの1000分の1ほど。つまり地球の植物は、太陽エネルギーの約0.1%を化学エネルギーに変えてくれているんです。
そして、地中に埋まっている化石資源は、地球表面に降ってくる太陽エネルギーの10日分程度です。
つまり、地球に降ってくる太陽エネルギーの0.02%くらいを電気エネルギーや化学エネルギーに変えてやればいいということです。このように考えると、太陽エネルギーを将来的なエネルギーの柱と見据えることは、そう突飛な話ではありません。
ただし「0.02%」といっても相当な量です。
我々人類がもっとも多く製造しているのは石油です。現状、1年間に37億トンくらいつくっています。アンモニアは大体2億トン。人間がもっともたくさんつくっている化学物質で、特に肥料として使われている。
一方、光合成がつくっている炭水化物の量は、1年間に約4000億トン。とんでもない量です。我々の発想を転換しなければ、太陽エネルギーを本当に使いこなすことはなかなかできないでしょう。
もし太陽エネルギーを主要な一次エネルギー源にするなら、非常に大きな面積で太陽エネルギーを集めなければいけません。
たとえば2050年に人類が消費すると予想されるエネルギーの30%を太陽エネルギーでまかなうために必要なプラント数は、エネルギー変換効率10%で5×5km、つまり25平方kmの面積のもので1万個くらい。全部で日本の面積の1.5倍にもなります。
25平方kmというと、メガソーラーより一桁大きく、1つつくるのに2〜3000億円かかると思われます、これを1年あたり300個作らないといけない。
無理だと思いますよね? ただ企業の人に言わせると「本当に儲かるならこれくらいできる」と。要は、収益が見込める効率のよい太陽エネルギー・プラントがつくれるかどうかが問題なんです。
もうひとつの問題は、太陽エネルギーを、貯蔵ができ、なおかつ輸送もできる形態にする必要があるということです。
今、太陽電池(※)の発電効率は非常によくなっていますが、太陽が出ていなければまったく発電せず、役に立ちません。
(※)太陽電池:太陽の光エネルギーを吸収して電気に変換する機器。一般的な電池のように電気を蓄える機能はない。
リチウムイオン電池のようなものも考えられますが、それよりも、化学エネルギーに変換するほうがはるかに重量あたりの効率がいい。
人間が比較的容易に変換できる化学エネルギーは、水素やメタノール、炭化水素(メタン)、アンモニア。こうした比較的単純な分子構造をもつ化学物質が、貯蔵、輸送が可能なエネルギー形態の候補として考えられます。
ここでキーになるのは水素です。
水素と二酸化炭素でメタノールやメタンをつくったり、水素と窒素でアンモニアをつくったりするための触媒は実用的なレベルで存在します。
ということは、太陽エネルギーで水素をつくることができれば、化学エネルギーを合成できるのです。
CO2 + H2O → 1/6C6H12O6 + H2O + O2
二酸化炭素 水 炭水化物 水 酸素
これは、水と二酸化炭素から炭水化物と酸素をつくる光合成の化学式です。この式からは、光の光子を4個使った、すなわち電子を4個分動かしたという計算ができます。なぜかというと、酸素を1個つくるために電子が4個必要だからです。
このとき蓄えられるエネルギーは479kJ/mol(キロジュールパーモル)くらいです。光合成の場合、水を分解して酸素が発生、NADPHという分子ができます。そのあと非常に還元力の強いNADPH分子と、二酸化炭素が反応して炭水化物ができる。これは普通の化学反応と同じ、エネルギーがだんだん下がっていく反応です。
同じように水の光分解をしたとき、水素の中にどのくらいのエネルギーが貯えられるかというと、474kJ/mol。光合成とほぼ同じくらいのエネルギーを蓄えるんですね。
だから水を水素分子と酸素分子に分解することで、光のエネルギーを化学エネルギーに変えるという光合成と同様のことをやっているということなんです。
直感的に、太陽電池を使って電気を作って、それで電気分解すればいいのでは、と思いつきます。やはり同じことを考えているところはたくさんあり、たとえば一昔前、アメリカのゼネラルモーターズは太陽電池を使って水を電気分解するプラントを持っていました。ホンダ自動車ももう何年もカリフォルニアで、同じようなシステムを使って燃料電池自動車に直接水素をいれられるシステムを運転しています。日本にも似たようなパイロットプラントがあります。
これらはすでにかなり変換効率がよくなっているんですが、それでも太陽エネルギーからできた水素の値段は、化石資源からつくる水素と比較して非常に高いんです。そこで多くの企業が、コストを下げようと一生懸命取り組んでいます。
こうした努力もある一方、人工光合成についても世界中で研究が進められています。これからそういう方向の話をさせていただきます。
「光触媒シート」の実用化が見えてきた
先ほどお話したように、太陽エネルギーを主要な一次エネルギー源にするならば、巨大な面積をもつプラントを作らなければいけません。それをなるべく少ないコストで実現すべく、我々グループでは研究を進めています。
光触媒という言葉を聞いたことがあるかと思います。1967年、日本の研究者が世界で初めて、二酸化チタンを光電極として光電気化学的に水を分解したという業績があります。
我々の研究では、電極の代わりに1ミクロンあるかないかの微粒子を光触媒として使います。これを水に入れて太陽光を当てると、水素や酸素がぼこぼこ出てくるんです。粉は大量生産が可能なので、これを使えばと大面積のプラントも可能なんじゃないかと期待されていて、かなり昔から研究されています。
画像の左上は、電子顕微鏡で見た光触媒の粉で、酸化ガリウムという物質です。Rh(ロジウム)とCr(クロム)の酸化物とかいてあるのは水素を発生させる助触媒です。これらの粉を水に入れて紫外光を当てると、水素と酸素の量が2対1のあぶくが出てきます。このときの量子収率(※)は80%で、これは粉末状の水分解光触媒としては世界最高レベルです。
(※)量子収率:光を吸収して化学反応が起こるとき、吸収された光子と化学反応を起こした分子数の割合のこと。
ただ、いくらこの光触媒の効率がいいとはいっても、可視光を使ってほぼ100%の効率をあげる自然界の光合成とは、比べ物になりません。今のところ、この精巧な仕組みを人間がそう簡単に真似することはできません。
ただ、このように水を分解するだけだったら、近い将来できる可能性はあります。
次に、今お話した粉末を平面に固定化してシート状にした「光触媒シート」というもので、このように加工して実際に動くのか検討してみました。
さっきの粉は紫外光しか吸収しませんが、これは可視光、目に見える光を吸収する材料です。NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクトでやっているもので、5cm角のガラスの上にシリカと一緒に固定してあります。このシートを蒸留水の中に入れて、太陽光のシミュレーターで光を当てます。
するとこんな風に、シートの表面からあぶくが出ます。シート上に固定化した光触媒の粒子の上で、水素と酸素が出ているんです。光を止めるとあぶくの発生もぴたっと止まる。こういう感じで反応します。
すぐ使えそうと思われるかもしれませんが、実はまだ太陽エネルギー変換効率は1%ちょっとです。これが5〜10%くらいになれば実用化を考えられます。
これとはまた違うタイプで、水素発生用の触媒と酸素発生用の触媒を交互に並べたものもつくりました。これも、そのまま光を当てただけで水が分解されて水素と酸素が出てきます。ただし、やはり効率的に改良の余地があります。
そのほか、可視光を吸収せず紫外光と反応する触媒で大きなパネルがつくれるかどうかも試しました。30センチ角のパネルを9枚ならべた1m角くらいのパネルです。これらを1〜3mmくらいの水深の水に沈めて、今年の9月1日、快晴ではありませんが晴れた日に太陽光をあててみました。
実はこのパネルの一部が割れていたんですが、それでもあぶくが出ました。太陽電池などは割れるとどうにもならないんですが、ガラスの上に光触媒を塗っただけのこのパネルは、割れてもちゃんと反応が起こっています。
このように、粉をシートに固定化しても反応が起こるということが確認できました。ただし、実用化するためにはこの5〜10倍くらい効率を上げる必要があります。
こういうパネルを実用化して、今の太陽電池パネルのように設置することができれば、非常に低いコストで水素を取り出せますが、水素と酸素が一緒に出てきたら危ない。火がつくと爆発してしまいます。だから我々のプロジェクトチームには、水素だけを安全に分離できる膜を開発しているグループもあります。
また、その水素を二酸化炭素と反応させて有用な化学品に変えることを研究するグループもあります。
そして我々グループの担当は、水を水素と酸素に分解すること。3つのグループが一緒に研究している状況です。
以上が、今進めている研究です。ご静聴ありがとうございます。
人工光合成は、非常に困難なチャレンジである
竹村:ありがとうございました。
予想もしなかった未来が開けるとてつもないテクノロジーが、ここまで具体的な形で進んでいるということをおわかりいただけたでしょうか。
ここで、光合成という名前は知っているが実際どういうものだっけ、という方も多いかと思いますし、その辺の振り返りも含めて人工光合成の広がりまでおうかがいしたいと思います。
植物は根から水を吸い上げ、空中から二酸化炭素を取り込んで、光のエネルギーでそれらから有機物を生産して、その副産物として酸素が出て行く。これが光合成です。
そのプロセスの前半で、水を水素と酸素に分類します。これを明反応といいます。
そして電子を活用して二酸化炭素に水素をくっつけるような形で、酸素と水素と炭素からできた有機物を作ります。これが暗反応です。そしてその有機物が食料になったり燃料になったり、そこからプラスチックを作ったりアンモニアができたりします。
この明反応のようなことができれば、21世紀の有用なエネルギー通貨である水素を、相当効率的に取り出すことができるのです。
一方では、太陽光発電で電気をつくり、その電気で水を電気分解しても、酸素と水素に分解して水素が取り出せます。それが最近よく言われるR水素、リニューアブル水素ですが、一旦電気を介して水素をつくるより、直接水素が取れるならそのほうがいいですよね。先生の研究では、すでにそれをかなり効率を上げて実現されていらっしゃいます。
「水素と酸素に水を分解する」と言葉でいうのは簡単ですが、実際は、H2Oという比較的安定した状態から水素を分離するのは非常に難しいことなんです。それを可能にするのが、先生がご研究になっている「光触媒」で、しかも、太陽エネルギーのほんの一部でしかない紫外線ではなく、よりふんだんにある可視光を使っていらっしゃる。
そこで重要になるのが「触媒の効率」と「可視光の利用」、この2つだろうと推察しますが、今どのような段階に来ているんでしょうか。
堂免:先ほどもお話しましたが、光の照射による水の分解は、1967年、本多先生と藤嶋先生が二酸化チタンの電極を使って成功したのが世界最初の例です。私が触媒の研究を始めたのはそれから約10年後です。最初の頃は、エネルギーの高い紫外光を使わないと反応がうまくいきませんでしたが、使える波長を可視光の領域まで広げるべく、1980年ごろから20年くらい試行錯誤してきました。
当時はまだ世界中に同様の研究をしている人はたくさんいたんですが、90年代になると欧米では見限られてしまいました。そんな中、日本だけがしぶとく続けて、2000年くらいになって酸化物以外なら使える材料があるとわかってきました。また、太陽エネルギーを使って水素を作るという構想も盛り上がってきました。
原理的には可視光(波長800ナノメートル)を全部使い、なおかつ近赤外光の波長1000ナノメートルくらいまで使えます。しかし、現実問題は700〜800ナノメートルまで使えれば十分です。
竹村:それからも一直線に進化してきたわけではありませんね。
堂免:停滞しているというか。みんな一生懸命材料を探していたけれど、もう見つからないんじゃないかという時代がかなり続きました。
竹村:光合成というからには、植物や藻類、原始的な光合成バクテリアが得意分野として何十億年もやってきたことだから、生物素材を使えばいいじゃないかという研究もずいぶんあります。
堂免:太陽エネルギーを電気エネルギーに変える変換効率だけを考えると、光触媒と比べれば太陽電池の方が絶対いいんです。ただ、光触媒による人工光合成は非常に安価です。
また、当然、今おっしゃられたように生物のシステムを真似しようとする研究はたくさんあるわけですが、光合成の正確なメカニズムは完全にはわかっていません。恐らく21世紀中かけても、光合成と同じようなシステムを人間が再現するのは難しいでしょう。ただ、水と二酸化炭素からなにがしかの分子を作ろうという研究はたくさん進められています。
竹村:植物のように複雑・精巧なプロセスでなくても、結果として有機物なり水素なりが効率よくできればいいと。
堂免:はい。水と二酸化炭素から炭素化合物を合成しようと研究されている方々はたくさんいます。その中でも確実なのは、CO2を一酸化炭素あるいはギ酸に変えることです。ただそこから先、ホルムアルデヒドやメタノールといった物質はまだつくることはできないですね。
竹村:いずれにしても、自然界で安定した状態のものの電子を引っ張り出すプロセスですから、相当アクロバティックなことをやっているわけですね。
堂免:ええ。光合成はものすごく精巧で、エネルギーの無駄がほとんどないんです。
光合成では、水を水素と酸素に分解しながらなおかつATP(アデノシン3リン酸)、さらに次の段階では炭水化物を合成しています。非常に精巧ですよね。しかも量子収率はほとんど100%です。そのまま真似するのは非常に難しい。
竹村:富士山は遠く離れた低地から見るより、八ヶ岳あたりの高い山から見たほうがより高く見えるんですよね。つまり自身が高みに至ることによってようやく本当の高さがわかる。人工光合成についても、人間がある程度の段階に来たからこそ、自然界の光合成のすごさに感動するところに来ているのかもしれませんね。
砂漠や海上がエネルギー・プラントになる未来
竹村:さきほどおっしゃっていたように、5km四方のパネルを1万個つくるとなると、サハラ砂漠やゴビ砂漠など、農業などの開発が簡単にできない手つかずの土地が有望ですよね。つまり、地球の未使用の土地が太陽エネルギーのインターフェースとして進化していくという見方もできるんですね。
堂免:そうですね。さっき、2050年に人類が消費すると予想されるエネルギーの30%をまかなうには、日本の1.5倍くらいの面積のプラントが必要と言いましたが、日本の約1.5倍というと地球上の砂漠の面積の2〜3%程度です。しかも砂漠は、ほとんど雨が降らないから太陽光の照射量も多いわけです。そういう意味で十分な条件が揃ってはいます。ただ、砂嵐などで表面が汚れた場合、対策をどうするかという問題はあります。
太陽エネルギーを使おうとしたとき、アメリカには砂漠があり、しかもそんなに砂嵐がない。かなり条件がいいんです。その面で日本は恵まれていないので、オーストラリアや中近東など砂漠のあるところで太陽エネルギーを集めて、今現在石油や天然ガスを輸入しているような形で輸送するシステムが必要かなと思います。
竹村:つまり、トルエンなどの石油の一成分を使って水素を吸着させ、タンカーなどで運んできたら、日本で脱水素するようなシステムですね。水素を分離したあとの炭素は、再び水素の運び手としてリサイクルする。この、いわゆる「ケミカルハイドライト」という技法も、実用化に向けていくつかの企業が進めています。
この技法の利点は、今まで使ってきた石油の輸送や貯蔵のためのインフラ、つまりタンカーやトローリー、ガソリンスタンドなどを、水素の運搬や貯蔵にも利用できるということです。
堂免:そうですね。トルエンを利用する技術はほぼ完成しています。あとはエネルギー的にみあうのかという問題です。
竹村:電気に関しては、大陸間スーパーグリッドという構想があります。日本では孫正義さんが一生懸命進めようとしています。
実は世界一のCO2排出国である中国は、世界一の風力発電大国になっています。それにより石油石炭への依存度を減らせる見通しが立ってきているからこそパリ協定を批准したという流れがある。
この中国をはじめ、アメリカとEU、つまりCO2の排出合計地球全体の半分以上をしめる三大セッターは、風力や太陽エネルギーを含めた再生可能エネルギー利用の実現のめどを立ててきています。
EUは、2050年くらいには電力の100%を自然エネルギーでまかなうという構想をかなり具体的に立てています。ヨーロッパの域内だけでは到底無理ですが、サハラ砂漠あたりにプラントを設置して、そこから送電ロスのない直流高圧送電などで運ぶ、あるいはさっきお話ししたように水素化して運ぶことができれば、相当現実的です。
それからもうひとつ。地球の昼の側は工場やオフィスが稼働して電力需要が高くなりますが、地球の反対側は寝ています。数千キロ運んでも送電ロスがない大陸間スーパーグリッドのようなものができると、電気が余っている夜の側から昼の側に送る、というように、惑星規模で構想することができるでしょう。実は冷戦時代、バックミンスター・フラーが「米ソは一方が昼のとき他方が夜になっているんだから、電気を交換し合えば相互依存でうまくいくんじゃないか」と提案しています。当時は空想にしか思えませんでしたが、大陸規模の送電網が構想されている現在では、大きな可能性を感じられます。
堂免:技術的に難しい面はありますが、チャレンジしないとなにも解決しません。いろんな人がいろんなアイデアでチャレンジしていくべきだと思います。
竹村:そうですね。サハラ砂漠あるいはゴビ砂漠のような場所にメガソーラーや水素発生プラントをつくって、それを大規模に運ぶ。今日のタイトル「惑星系エネルギーシステム」にはそういう背景もあるんです。単に太陽エネルギーを使うだけじゃなく、惑星スケールでエネルギーの生産と流通を考えれば、20世紀には全く発想できなかったようなソリューションが見えてきます。
もうひとつの可能性として海上もありますね。地球の面積の7割を占める場所ですが、未使用の状態で放置されています。
堂免:それは十分考えられます。水素をつくるとき、海水をそのまま使うことができれば非常にリーズナブルです。研究をしていけばできる可能性は十分あると思います。
竹村:赤道付近は「赤道無風帯」といって風が安定した地域ですから、その辺りでメガフロート(巨大な人口浮島)をつくって、上層部に人が住み、下層を植物工場などに使うという海上都市を、清水建設さんが構想しています。
エネルギーの観点から考えると海底資源が注目されていますが、それだけではありません。熱帯から亜熱帯の海面温度は30度前後と温水プールより熱いくらいなので、それを海洋温度差発電のような形で利用することもできるでしょう。藻類を使った光合成に取り組んでいる研究者もいますし、先生のご研究である人工光合成のプラントをおいて水素を発生させることもできる。
かつては空想だと思われていたものも、ひとつひとつブロックを積み上げてきた結果、このように実現可能性が見えてきました。みなさんのお子さんやお孫さんが大人になる2050年頃には、どんな地球をつくれるでしょう。
ところで、先生の取り組まれている人口光合成のシステムは、宇宙ステーションやテラフォーミングなど、宇宙で活用できる可能性はありますか。
堂免:地球上に降ってくる太陽光は、大気によって紫外光が弱まっています。大気がない宇宙ではかなり強い紫外光が得られ、われわれとしてはかなり楽になります。
竹村:なるほど。無重力ですと水が丸くなってしまいますが、それも大丈夫なんでしょうか。
堂免:この光触媒は水蒸気でも分解するので、そうなっても特に問題ないはずです。まだ無重力状態で試したことはないですが。
竹村:20年後、30年後にはそれも現実になってくるでしょうね。
「人工光合成」は、エネルギーを植物に依存してきた人類が自立するための第一歩
竹村:最後に「未開の未来」のプロジェクトにいち早くご賛同、ご協賛いただき、共同企画という形で携わっていただいているネクストウィズダムファウンデーションの代表、井上さんにも入っていただきましょう。
井上:井上高志と申します。よろしくお願いいたします。堂免先生の人工光合成、目からウロコです。すごいです。
会場のみなさんを代表して質問させていただきます。先ほど触媒の化学式を出されていましたが、あんなに簡単に出しちゃっていいんですか。
堂免:あれはもう論文にも出ていますので。それに、まだ改良の余地がありますから、世界中の人にいろんな方向から研究していただきたい。
井上:あのモジュールは大体いくらくらいですか。リーズナブルな金額でできるものでしょうか。レアメタルみたいなものを使っていると普及に制約がありそうですが。
堂免:はい。われわれのプロジェクトには企業も加わっていて、そのあたりの計算をしてくれていますが、まだそこそこ高いですね。たとえば5km四方くらいでひとつのシステムをつくるとすると、触媒のコストはシステム全体の10%未満といったところ。システム全体では2000〜3000億くらいです。
井上:触媒のコストがその約10%というと、200〜300億くらいという感じでしょうか。それと、そのときに使う水は、さきほど言及がありましたが、真水ではなく、海水やちょっと濁った汚い水などでもいいんでしょうか。
堂免:雨水程度なら多少濁っていても全く問題ありません。海水くらいの塩分濃度だと、効率が7割くらいに落ちてしまいます。塩がそこそこ薄ければほとんど影響はありません。
井上:効率が落ちるといっても7割くらいなんですか。すごいですね。もうひとつ、最後の質問です。確か先ほど、5km四方のプラントを1万個くらいつくればエネルギー需要をまかなえるとおっしゃっていました。
堂免:1万個で、2050年に予測されているエネルギー需要の30%ですね。全部まかなうとしたら3万個になります。
井上:うかがいたいのは、一人当たりどのくらいの面積が必要なのかということです。今のお話から単純計算すると、一人あたり250平米くらいでしょうか。変換効率が5倍になったとすると、50平米くらい。それくらいなら身近だな、そんなことを考えていました。
というのは、インフラに接続しない生活というのもひとつの方向性としてあると思っていまして。通信は無線で、水やエネルギーは地産地消できれば、大規模インフラは必要ないわけです。数10平米くらいの規模でエネルギーを生み出し続けられるなら、かなりすごいことだと思ったんです。
堂免:今のところ、水素をつくるなら太陽電池で電気分解したほうが効率がいいのですが、将来的には、分散型の人工光合成のシステムが実用化する可能性はあると思いますね。
竹村:「未開の未来」第2回で「命の安全保障装置に車は進化する」というテーマを取り上げました。ホンダさんなどの自動車メーカーが、水素自動車の開発にとどまらず、水素ステーションや住宅システムといったエネルギー補給システムと合わせて構想する、そんな時代にきているんですよね。井上さんがおっしゃるように、311を経て、遠方から水やエネルギーを運んでくることを前提に設計された都市や居住システムの脆弱さが露呈してしまったことが背景にあります。
だから、住宅単位で水素がつくれたり、車に水素や電気を蓄えられるようになることで、ポータブルで自律分散的なエネルギーシステムが実現して、それが命の安全保障になります。
一方で、大量のエネルギーを生産したほうがいい部分もある。そのために、未使用の砂漠や海を活用してエネルギーを大量生産して、それをロスなく大規模に流通させていくこともできるようになるでしょう。
そもそも今のエネルギー効率ってものすごく低いんですよね。たとえば白熱電球で光として使われるエネルギーは0.7%と言われています。発電、送電、発光で9割のエネルギーが失われるんです。自動車も燃費のよくない古いタイプだと、99%エンジンの排熱やタイヤの摩擦で失われ、移動に使われるエネルギーは1%ほど。つまり100隻タンカーで運んで99積分捨てている計算です。
ただ、その分の伸び代があるとも言えます。
今予測されている2050年のエネルギー需要は、あくまで今の延長で推測している値です。もっと少ないエネルギーでエレガントな暮らしができるようになるかもしれない。未来は「未開」ですから。
堂免先生のご研究も、今の延長ではない未来につながるリープフロッグだと思います。
惑星の進化をたどってみると、生物の光合成革命はまさにリープフロッグでした。初期のシアノバクテリアが出した酸素によって地球は酸素に満ちた環境なりました。また、それによって海中の鉄分が酸化し、沈殿したものを、今われわれが鉄鉱石として掘り出しています。さらに上空に上がった酸素は一部がオゾンに変わってオゾン層ができ、それが紫外線をカットしたおかげで植物が地上に進出できるようになり、緑の大陸になったんです。
このように、最初にシアノバクテリアが、次は陸上植物が、光合成によって地球のOSをバージョンアップさせました。
今、それに匹敵することを人類がやろうとしている。宇宙でも水素を作ったり発電をしたりするようになれば、シアノバクテリアとか陸上植物に匹敵するくらいの地球システムOSの更新になりうるでしょう。決して大風呂敷を広げているつもりはありません。人間の技術を今の人間の世界の中だけで考えていては未来は見えてきません。地球の歴史の中でわれわれ人類がやっていることをちゃんと位置付けて、地球とのバランスを図りつつ未来を構想していくという発想が必要ではないでしょうか。
これを僕なりの締めのコメントとさせていただきます。
堂免:私自身は、1980年ごろからずっと人工光合成に取り組んできましたが、周りの誰もやらなくなった時代がありました。それでも、「生命誕生からずっと、動物は植物に全面的にエネルギーを依存してきたけれど、人工光合成ができるようになれば、動物が植物から自立できるような、そういう革命になるんじゃないか」、そういう夢を持って研究を続けていたんです。
竹村:地球上の生物は全部、植物に依存してしか生きられなかった。そのモードが大きく変わるという意味で、地球史上の大変な革命ですね。
堂免:まだ実現できるかわかりませんし、そういう不遜なことを言っていいのかどうかわかりませんけどね。
竹村:大変におもしろいです。ありがとうございました。
井上:今回協賛させていただいているNext Wisdom Foundationは、100年後、1000年後の未来をより良いものにしていくために活動している財団です。人類や地球がどう調和して、どうやって幸せになっていくのを考えるとき、堂免先生の研究は大変大きな寄与をしてくださるでしょう。
水問題、エネルギー問題、食糧問題の解決。これがすべてオフグリッドで、インフラから離れても生活できるようになると、途上国がいきなり発展したり、災害があっても一時間後には復旧できたりと、さまざまな形でものすごい進化ができます。日常生活の中でも、今のリビングコストの10分の1にでも低減できたら、人が働く意味すら変わってくるでしょう。
そこにIoTやロボティクス、人工知能といったものもうまく絡めていくと、今まで人類が経験したことのないような進化がかなり短期間で起こる可能性が広がるでしょう。そんな未来を思うとわくわくします。
堂免先生の研究に大変心酔しておりますので、陰日向にご支援できればと思っております。
私自身は現在、「Living anywhere」、どこでも生活できるというプロジェクトに関わっていまして、今は準備段階ですが、これからイベントや研究発表を行い、1年以内にはホットモックを作りたいと思っています。興味のある方は私のフェイスブックをフォローしていただければ情報をシェアさせていただきます。
竹村:未来をより良くという話が出ましたので、もうひとつ。
シリアの内戦などの戦争は政治的な問題と思われるかもしれませんが、背景には、5年続いた大干ばつがあります。水や食糧の問題が逼迫して、政府に対する不満などさまざまな困難が噴出したのです。水、食糧、エネルギーなどの問題は平和を損ねる大きな要因になっています。ですからそういう問題へのソリューションは、平和の武器、ピースウェポンになるんですよね。それぞれの国の水や食糧、エネルギー問題を日本がサポートしていくことが、どんな外交的、戦略的アプローチよりも意義のある最大の地球貢献だし、ジャパンバリューを世界に届けていくことにもつながると思います。
今日はそのコアになる可能性のある技術として人工光合成を取り上げましたが、これまで取り上げてきた「命の安全保障装置としての車」「無水無電源トイレ」なども、平和のためのテクノロジーでもあると思います。
来年、この「触れる地球ミュージアム」では、さきほど井上さんのお話にあった「Living anywhere」の模型なども展示しながら、2050年可視化していくようなプロジェクトをやっていきたいと思います。
ありがとうございました。