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2016年7月、東京駅から皇居方面に続く行幸通り地下通路に「丸の内・触れる地球ミュージアム」がオープンした。10月末までの約3カ月、「触れる地球」を5台設置した体験ミュージアム、そして全長220m にもおよぶ通路空間に「海・森・生物多様性」、「防災・減災・レジリエンス」、「未来技術」等をテーマにした演出がなされ、子ども向けから大人向けまで様々なイベントが開催された。そのイベントの一つ「未開の未来」は、全9回にわたり、本ミュージアムプロデューサーの竹村真一氏が毎回多彩なゲストを招き、まだ見ぬ未来を語り合うトークセッションだ。
最終回のゲストスピーカーは、持ち運びできる超節水型シャワーを開発する企業「HOTARU(ほたる)」の北川力氏。HOTARUを創業した背景にある、日本の水インフラの現状と問題について語っていただいた。
そして、竹村氏による振り返り。「未来は未開だからこそ、人類の選択次第で道は開ける」という希望を示しながら、全9回を総括した。
【ゲスト】
北川 力(きたがわ りき)氏 (Hotaru Co. CEO/ Co-Founder)
高専、大学、大学院を通して、水に関わる研究を継続。水処理技術から上下水道整備計画まで、広範な専門知識を持つ。修士課程では、これから日本が迎える人口縮小時代における下水道の財政的課題に関する研究で、論文賞を受賞する。2014年、株式会社ほたるを共同創業し、大規模集中型の上下水道インフラに代わる未来のシステムとして、個人が所有出来るパーソナル水循環システムの開発を行う。ビジョンは、誰でもどこでも自由に暮らせる未来のライフスタイルの実現。2016年はSXSWでのパネル登壇や、Burning ManでのDJブースとシャワーによるインスタレーションを手がけた。東京大学大学院博士課程在籍中。
温暖化を止めるために世界は本気になっている
竹村:7月の終わりから約3ヶ月間開催してきた「触れる地球ミュージアム」終盤、「未開の未来」も最終回です。
現在人類は、1日1億トンくらいのCO2を排出しています。その結果、大気中のCO2濃度は400ppm超。パーセンテージでいうと0.04%ですからごくわずかですが、それでも産業革命以前と比べると4割増くらいになっているんですね。
これまでの回でも何度かご覧いただきましたが、北極の氷が劇的に減っています。今年は、史上最小だった2012年の記録を更新しそうな勢いでした。氷が減って困るのはホッキョクグマだけではありません。
実は北極の海氷の減少が引き金となってジェット気流の変調などが起こり、アメリカやロシアの干ばつが長期化しています。
そうすると食糧不足になり、ロシアやアメリカの穀物に頼っていたアラブ諸国などで食糧価格が高騰して、それがシリアの政変の遠因となっています。そして、その混乱に乗じてISが台頭しているのです。
つまり戦争や政治のニュースの背景に、気候変動や干ばつ、水食糧不足の問題があります。ですから平和をのぞむのであれば、水、エネルギー、食糧などの問題をなんとかしないといけない。本気でこれらの問題に取り組まない限り、難民の受け入れ云々は対症療法に過ぎないわけです。
最近、大きな動きがありました。温暖化問題に取り組むための国際的枠組み「パリ協定」が2015年に採択され、そろそろ発効しようとしています(当イベントの翌月、2016年11月4日に発効)。
京都議定書(1997年採択)では、CO2の二大排出国であるアメリカと中国が入っていませんでした。今回は、CO2の全排出量の半分以上を排出しているビッグ3、つまり中国、アメリカ、そしてEUが一挙に批准しました。
投資家が、企業が健全か、投資するに値するかを判断するポートフォリオでも、CO2排出は重要項目になっています。また、CO2排出量削減のため化石燃料の使用が制限されると、石油や石炭を掘り出しても売れなくなって座標資産化してしまいます。つまり、化石燃料から離脱する新しい潮流が加速しつつあります。
以前もお話しましたが、最大のCO2排出国であり、世界で唯一原子力発電をどんどん増やしている中国において、風力発電の発電量が原発を追い抜いているというデータがあります。
さらに、前回取り上げた「人工光合成」ですね。水と二酸化炭素から、酸素と有機物をつくるという植物のプロセスを、ある意味模倣する技術です。まだまだ課題はあるにせよ、酸素と水素を取り出すことは実用化の可能性が見えてきているというお話でした。
ちなみにこのミュージアムは、来年は「2050年の地球」をテーマにしようと考えています。
2050年は、小学生くらいの子供たちが社会の中核になる頃です。
その親御さんにとっては、自分たちの決断や選択が子供たちが大人になったときの地球をつくる、という意味で非常にリアルだと思います。
2050年ごろに宇宙エレベーターができるでしょう。そうすると、宇宙が人類の活動空間になる。今まで、大気圏外に飛び出すには、大量の化石燃料を燃やして莫大なお金をかけなければいけませんでした。それがエレベーターで効率的に行けるようになるんです。これが実現すると、本格的に宇宙時代が始まります。
同じ頃をめどに、清水建設さんなどが、赤道域の海に海洋都市を建設しようと構想しています。キリバスなどの島が温暖化による海面上昇で沈みつつありますが、それなら浮いちゃえ、という発想です。
この浮体式の都市は、何千、何万の人口を養えるほど巨大です。それだけでなく、植物工場があり、太陽エネルギーを利用できる設備も備えています。赤道直下は気候が安定していて台風もほとんどありません。そして海水は暖かく、つまりそれだけ大量の太陽エネルギーが蓄えられている状態です。海洋温度差発電や風力発電、人工光合成などさまざまな技術を駆使すれば、たまったエネルギーのかなりの部分を回収できるでしょう。なにしろ、人類のエネルギー需要の1万倍ぐらいが太陽から地表に降り注いでいるんです。つまりその0.02%を利用できれば、需要を満たせるんですね。
ちなみに、太陽が温めて軽くなった空気の隙間に風が吹くという意味で、風も変換された太陽エネルギーです。
水力発電も、風によって上空に運ばれた水蒸気が雪として降って山に積もり、それが溶けた水の落ちてくるエネルギーで発電するわけですから、これも変換された太陽エネルギーと言えます。
バイオマス発電も、植物が光合成で貯めた太陽エネルギーを利用していると考えられます。
これまでは技術が未熟すぎて利用できなかったこうしたエネルギーを取り込めるようになれば、エネルギー枯渇などという問題は存在しなくなるかもしれません。
海と同じように、砂漠にも膨大な太陽エネルギーが降り注いでいます。すでに巨大な集光型太陽熱発電などが作られていますが、送電ロスがほとんどない「大陸間グリッド」が実現すれば、ほとんど雨が降らず雲がないサハラ砂漠で発電した電気を、ヨーロッパや中東に送電できます。2050年ぐらいには、電力の100%をこのような形の自然エネルギーでまかなう。そんな目標をEUなどが掲げています。
宇宙エレベーターや海洋都市や100%自然エネルギー環境を本気で実現すれば、2050年は今の延長ではない未来になるはずです。約35年後であれば、我々も生きている可能性は高いですよね。自分たちがどういう地球を子供たちに残せるか、確かめることもできます。
これまでの「未開の未来」で何度か、現代文明には無駄が多いというお話をしてきました。旧式の白熱電球だと、火力発電所で燃やした石油や石炭のエネルギーは、火力発電所で燃やすことで3割が熱として放出され、送電時にも3割、発光時に3割失われ、最終的に光になるのは0.7%ぐらいという試算があります。車もタイヤの摩擦やエンジンから熱を出して、我々の移動のために使われるエネルギーも1%程度。100隻のタンカーで石油を運んでも、99隻はヒートアイランド現象を促進するために放熱してしまっているんです。
でも、それほどの無駄をはらんでいるということは、それだけの伸び代があるということでもあります。
このことを強調し続けているのは、若い人たちに希望を示したいからです。
彼ら、彼女らは「こんなに問題が多い世の中で、私たちはどうすればいいんだ」と不安を抱えています。それに対して「みなさんの世代で今よりもまっとうな文明をつくれる伸び代がまだ残っているんだ」と伝えることは非常に大事だと思っています。
レジリエントな社会を実現する、希望の技術
ここまでお話したように、海上や砂漠で大規模な発電を行う一方、電力や水などを地産地消して自立していく、そんな可能性も見えてきました。
東日本大震災では、遠くから運ばれてくる電気、水、食料に頼っていたために大変なことになりました。「大規模インフラ」と「地産地消」の両輪があれば、もっとレジリエントな社会にしていけるかもしれません。
BCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)という言葉があります。企業が自然災害やテロ等の緊急事態に遭遇したとき、リスクを抑えて早期復旧するための事前計画のことですが、わたしは「命の安全保障をしっかり考えましょう」ということでLife Continuity Planと呼んでいます。
自然災害はネガティブ捉えられがちですが、そこには災いと恵みの両面があります。地震や台風には、海をかき混ぜて深海にたまった栄養素を海面近くに巻き上げて海を元気にするという機能があります。関東平野の豊かな土壌も、火山噴火で降った灰がつくったものです。
気候変動も、人類が進化するトリガーになっています。
1万年ほど前に農耕革命、5千年ほど前に都市革命、2500年ほど前に老師や孟子、プラトン、ブッダらによる精神革命が起こりました。これらの時期、急激に寒くなり、乾燥化が進んでいます。
気候が悪くなって食べ物を採取できなくなったため、寒冷で乾燥した環境でも健気に育つ小麦や米などイネ科の植物の栽培を始めたことで農耕が始まったのが1万年前。水が枯渇したため、大河の流域に集まって暮すようになったため都市が形成されていったのが5千年ほど前。このように、人類は気候変動をバネにジャンプしてきた。次のジャンプが始まりつつあるのが今ではないかとも思えます。
今こそ、気候変動を前提にして、強靭な、新しい地球基準の文明、Base Of The Planetを作っていく時なのです。
第2回のテーマは車の進化でした。EVやPHVなどが太陽光発電で発電した電気を充電できるようになれば、住宅の自律電源にもなりえます。そうなると、災害時に停電しても自宅で最小限のエネルギーを担保できるし、必要であれば避難所に何台か集めて避難所の電気もまかなうことができるなど、非常にレジリエントなシステムができます。
あるいは、走行中の車が気象データを自動で交換し合い、災害や交通事故などによる被害を未然に防ぐシステム「テレマティクス」も実現しつつあります。
また、我々の体における血球細胞や免疫細胞のように、自動運転の車やドローンが物資の輸送を担うようになれば、過疎地、高齢家庭での買い物難民の問題も解決できます。
つまり車は、地産地消で自律したエネルギーが保障できる、とか、変動に対するレジリエンスが担保される、等、「20世紀文明の脱衣」を体現した形で、車が命の安全保障装置になっていく。そんなシナリオも見えてきました。自動運転などの要素技術の開発にとどまらず、こうした技術を総合した有機的な社会をどう作っていくか、そういう大きなビジョンを語るべきと頃にきている気がします。
「未開の未来」第5回では、無水・無電源トイレをご紹介しました。
以前から超節水型トイレはありましたが、311で、水も電気も来なければどんなに便利で快適なシャワートイレも無用の長物になってしまうと思い知りました。そこで開発されたのが、水を流さなくても臭いが出ず、排泄物を堆肥として循環させるという大変合理的なシステムです。もともと311を契機に災害対応として開発されたものですが、上下水道インフラがなく、衛生的なトイレが使えず感染症により何百万人もの子供が死んでしまうような環境にも有効です。なにしろ、水も電気もなくてもクリーンで安全な環境が担保できるのです。しかも、豊富な栄養素を含んだ排泄物を、江戸時代の日本のように農村に還元していく。BOP社会の希望になります。
ところでBOPとはもともと、Bottom of The Planet、つまり世界70数億の人口の低所得層である30億、40億人のことを指しますが、ここではそのBOPを、Base of The Planet、「新しい地球基準の技術」と読み替えています。
20世紀型の便利でクリーンな生活は、大量の水とエネルギーに支えられています。そんなものがなくても安全で衛生的な環境が担保できる、それが21世紀の地球基準ではないでしょうか。
無水・無電源トイレに話を戻します。普通のトイレは、水を流さないと汚れてしまいます。でもここでは、カタツムリの殻の構造に学んだ汚れない素材を使っています。生物に学びエレガントに問題解決する、それがバイオ・ミメティクスやバイオ・インスパイアードといわれる技術です。蜘蛛の糸を人工合成することに成功したベンチャー企業「スパイバー」が注目を集めましたし、サメの皮膚からヒントを得て開発されたスイムスーツがオリンピックで話題になるなど、事例は山ほど事例あります。生物に学んでいくというのも「新しい地球基準の技術」の柱となります。
水不足や節水のお話をしましたが、多すぎる水のマネジメントも課題です。
スカイツリーが2600トンの巨大な雨水タンクを持っていることは意外と知られていません。スカイツリーがある墨田区は沿岸低地部で、20〜30年来大洪水に見舞われてきました。昔は大雨が降っても土に染み込んでいたんですが、最近は街がコンクリートで固められてしまって、雨水は表面を流れて下水にたまり、溢れてしまうんです。
だったら、それぞれのビルが少しずつ水をためていけばいいじゃないか、という方策を墨田区は取っています。まるで水田です。古くて新しい方式です。
日本中の水田を合わせると、80億トンでしたか、相当な貯水量があります。「日本は水が豊かな国」なんて言われますが、もともとは、雨が多くて洪水と渇水を繰り返し、使える水が少なかったんです。急峻な地形のため、本来は非常に洪水が起こりやすく、洪水の後には渇水となるんですね。そこに水田という仕組みを作り、洪水と渇水を防いできた。その方式を現代によみがえらせているのが墨田方式で、それを最大規模で行っているのがスカイツリーです。
当然、ためた水は資源として使えます。東京の水道需要は20億トン、それに対して東京に降る雨は25億トン。つまり、雨の何割かでもうまく利用できれば水道への依存度も低減できるんです。
墨田区だけではありません。日本では、洪水時の河川水位より低い土地に人口の半分と社会資産の75%が集まっています。つまり、洪水のリスクを一生懸命に抑えてきましたが、2015年に甚大な被害をもたらした鬼怒川水害のような洪水がいつどこで起こってもおかしくないんです。
世界中の都市も同じような状況を抱えています。特に中国の上海、青島、天津あたりでは、墨田区と同じような沿岸低地部に、日本の人口より多い1億5千万人が暮らしています。
スカイツリー方式を、日本はもちろん世界中の沿岸低地に普及させれば、洪水の緩和につながり、たいへんな地球貢献になるでしょう。まさにベースオブザプラネット、地球基準の新技術です。
浮体式住宅というアイデアもあります。オランダは国土の約3割が海面より低く、洪水リスクが高い上に海面上昇の影響も受けやすいので、堤防をいくらつくってもきりがない。そこでいくら水が上がっても大丈夫なように、浮かぶ住宅、浮かぶ都市にしようと方向転換しています。
バングラディシュも毎年のように水害にやられるので、学校や病院は船の上につくっています。
さらに先ほどご紹介した海洋都市なども考えると、陸上を前提としない、今までと全く違うパラダイムで暮らしを考えられるようになります。
技術の進歩によって、木材で耐震性・耐火性を備えた高層ビルもつくれるようになってきました。新国立競技場を設計した隈研吾さんは、そんな木造建築の未来を描いています。
世界最古の木造建築と言われる法隆寺は、パーツを入れ替え修復しながら1400年法隆寺としてありつづけているんですね。僕らの体で2000億3000億個の細胞が新陳代謝して、数週間経つと全く新しい細胞に入れ替わって、それでも僕らであり続けているように。
隈さんによる新国立競技場も、小径木や間伐材を使って建てることで修復を容易にしています。しかも木材を積極的に使うことで森が手入れされて健康を保てるようになり、CO2をたくさん吸収してくれる、という好循環が生まれてくるというのです。
これからの建築や都市はそういう方向に行く、というのが隈さんたちの考え方です。
我々のチームはこの地球儀「触れる地球」をつくっている実績から、国連本部から国連防災白書の情報デザインを委託されていますが、その白書で
「2030年時点での都市域の6割はこれから作られる」
というキーフレーズを使っています。
1980年代くらいから、メガシティ、1000万都市が花開くように増えてきました。その上さらに都市がつくられるというのです。
どうなってしまうのかと不安に思う一方で、これは希望でもあります。つまりこれから形成される都市で、ここまでお話ししたような、洪水が起こりにくく、最小限の水や電気で自律できる都市のシステムを実現できるんです。そんな都市が6割も増えれば、インパクトは絶大です。未来が劇的に変わり、2050年の未来への希望も生まれます。
ここで日本について考えてみましょう。
先ほど「311からの学び」「途上国数10億人のニーズ」という文脈で紹介した無水・無電源トイレは、今後の日本にも必要とされる技術です。
日本はこれからどんどん人口減少が進み、20世紀初頭と同等の人口になっていきます。同等といっても、当時は若年層中心、今後は高齢化率40%。そうなると、上下水道や道路、橋などの大規模インフラなんてコスト的にとても維持できません。ここまで語ってきた新しい地球基準の技術に対する需要は、途上国と同じくらい切実です。
具体的にどのくらい日本が深刻な状況かというところを含め、HOTARU(ホタル)の北川さんにお話しいただきたいと思います。
北川さんは、循環型の超節水シャワーを開発されて、新しいベンチャーを立ち上げていらっしゃいますが、もともとのご専門は上下水道インフラの維持コストの研究です。将来的にこういう方向ではもたないということで、新しい水システムを考案されて普及させようとされています。そういったことを踏まえてお話を聞いていただければと思います。
日本の下水道は、地方破綻の元凶である
北川:こんばんは。HOTARUの北川と申します。
僕は、東京大学の博士課程在籍と、スタートアップ創業者という二つの肩書きを持っています。今から話す内容はおもに修士の頃から続けている研究を簡単にまとめたものです。
夜の地球を見ると、ナイル川の沿岸が光っています。人が集まって住んでいるということです。旧ソ連のゴルバチョフ書記長が「人類の歴史は水の歴史なんだ」と言っています。文明が誕生した瞬間から人は水のそばに住み、水を追ってきました。
今の時代、都市生活を送る上で必要な三大ライフラインである「通信」「エネルギー」「水」それぞれに日本がいくら投資してきたか見ていきましょう。あまり知られていない情報だと思います。
通信は45兆円。電気も同じくらいの45兆円。上下水道は100兆円で、前の二つを足したより大きい額です。
この3つのうち水は、他の2つと大きな違いがあります。通信と電気は民間企業が扱っています。ですが水道の100兆円は税金です。税金を使って最大のインフラの上下水道事業をまかなっている状況です。そしてその税金は、地方債、つまり地方の借金から出ています。
最新データによると、上下水道にあてる予算は地方債の20%にあたります。
自治体の事業規模を並べてみると、下水道が最大です。病院、学校、防災より大きな事業で、一兆一千億円かかっています。地方が破綻する原因になりうる金額で、しかも今後も膨らみ続けるだろうと言われています。
その原因は老朽化です。戦後作られてきた上下水道が、数十年たってどんどん老朽化しているんです。現在の借金を返し終わる前に作り替えないといけなくなり、借金はさらに雪だるま式にふくらむと考えられます。しかし言わずもがな、それを支える人口は減り、一人当たりの負担もどんどん大きくなっていきます。
かつて和歌山市が、下水道の借金で財政破綻するんじゃないかと言われていた時期がありました。どう乗り切っているかというと、住民サービスを削って財源にしたんです。たとえば入院補助、乳幼児補助を削減したり、保育料を値上げし、都市計画の増税など。財源が足りないから増税や住民サービスの削減でなんとか乗り切っている状態です。
これが上下水道の実態です。今後は他地域にも広がっていくだろうと思われます。
では下水道以外の方法はないのでしょうか?
実はあるんです。
戦前はいわゆる汲み取り式トイレでした。戦後の高度経済成長期、家を建てるときにどんどん水洗化を進めていきました。下水道が通っていない地域にも作った結果、し尿や生活排水が家の周りをどんどん汚してしまったんです。
そこで、個人の家の近くで下水を処理する装置「浄化槽」がつくられました。当初は「下水道ができるまでのつなぎだから適当でいいや」という感覚でつくられたシステムですが、どんどん改良されてきて、しっかりメンテナンスさえすれば下水道とほぼ同等の処理能力を有するようになりました。浄化槽を個人用下水道として使っている地域も出てきています。
今現在の日本における下水道普及率は78%。まだ2割以上残っています。
ただ本当に下水道を整備する必要があるのか、浄化槽をしっかり管理したら十分なんじゃないかということで、国としても、浄化槽も活用するようマニュアルを作って各自治体や都道府県に対して指導しました。
このマニュアルには人口密度の高い場合は下水道のほうがいい、と書かれています。単純計算になりますが浄化槽は一家庭あたり一つなので、何人で使ってもコストはだいたい固定です。一方、下水道は1kmあたり50世帯だと、100世帯ある地域よりコストが倍かかるイメージをしてもらうといいかも知れません。
長野県の山間にある下條村では、首長に先見の明があって、あえて下水道を選ばず浄化槽に注力してきました。それにより健全財政を保っているということで、メディアにも取り上げられました。下水道がないだけで村が潤っている。それぐらい自治体にとって下水道は大きな負担なんです。
ところで国の下水道に関するマニュアルがつくられたのは20年ぐらい前で、未だに徹底されていません。そこには歴史的な背景があります。
高度経済成長期、さまざまなインフラが整って、最後に引くのが下水道でした。ですから、特に高度経済成長期を知っている世代の方にとっては、下水道は自分たちの村の都市化、近代化の象徴的な存在なんです。
一方、浄化槽はそもそも下水道が引かれるまでのつなぎとして使われていたので、ネガティブなイメージが強い。実際はずいぶん性能はよくなったんですが。つまり、金銭的負担よりイメージが先行して、なかなか受け入れられないんです。
「持ち運べる水インフラ」が、人類史上最大の自由を叶える
下水道に比べ、浄化槽は人口縮小時代に適していると思います。
まず整備期間。下水道は、高度経済成長期に整備を始めて50年ほど経ちますが、整備が終わったのは7割。ですが浄化槽は1週間ぐらいで使えるようになります。
また、浄化槽はユニットを設置するだけで長い水道管を引く必要がないので、人口の増減に合わせて増やしたり減らしたりすることも比較的容易です。
たとえば東日本大震災でも最近の熊本地震でも、下水道は主要設備がダメージを受けたら全て使えなくなってしまいました。ネットワークになっているので、メインをやられちゃうと一気にダウンしてしまい、復旧にも多くの時間とお金がかかるんです。一方浄化槽は、ダメージは一個一個で完結します。
それでも下水道から浄化槽にシフトできない一番の問題は結局、意思決定者にとって「イメージが良くない」ということなんです。
なんとかしたいという思いはあっても、正面突破は難しいと痛感しました。
それなら、iPhoneやテスラモーターズの車みたいに、みんなが「未来じゃん」「かっこいいじゃん」と思える形で提供できるなら状況は変わるんじゃないかと思って、会社を立ち上げたんです。でも僕はただの学生であって、スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクみたいなことはできない……と悩んでいたとき、一緒に会社をやってくれている人と一緒に、東大の先輩である孫泰蔵さんの話を聞く機会がありました。孫さんの話す「ワクワクする未来」に背中を押されて、改めて「こんなふうに希望に満ちた未来を示すことができれば、世の中は動くんじゃないか」と感じました。孫さんからは今、支援を受けて一緒に事業を進めています。
僕らがやろうとしているのは、水インフラのモバイル化です。個人が使った水をその場で浄化して使えるようにしたシャワーですね。
今、通信もモバイル化しているし、エネルギーも自家発電が容易になるでしょう。そんなふうに自分たちでライフラインをまかなえるようになれば、過疎地域や災害の被災地、インフラが整ってない地域、砂漠、海上都市、宇宙など、今まで思いもよらなかった場所に住めるようになり、暮らし方も変わっていくでしょう。
僕たちは標語として、
「人類史上最大の自由を作ろう」 という言葉を掲げています。
冒頭でナイル川についてご紹介しましたが、川があるかないかを気にせず暮らせる自由って、おそらく有史以来なかったことだと思います。そんな自由のある未来の実現が、我々の目指すところです。
以上になります。ありがとうございました。
20世紀の古い常識で未来を押さえつけるな
竹村:すばらしいですよね。
このミュージアムで、特に「未開の未来」でやってきたことには、今のHOTARUを筆頭に、わくわくする未来がたくさん示されていると思います。
私自身がこのミュージアムを運営しているモチベーションをひとことでいうと「もったいない」です。世界を新しく変化できる種がこんなにたくさん生まれているのにほとんど知られていないということは実にもったいないと思います。
上下水道のインフラのような、古い価値観、古い社会システムを脱衣するのは確かに難しいでしょう。ですが、人間には着衣する自由も脱衣する自由もあります。
気候変動で雨が降らなくなったから人は大河のほとりに集まって都市を形成した、それは大きなイノベーションでした。北川さんが示したのは、その都市から自由になりうる未来です。これまでの前提では考えられない、まさに人類史上最大の自由です。
3.11後しばらく、原発事故によって電力が足りなくなったため、計画停電で電力消費を抑えました。でも送電ロスのない大陸間送電網があれば、電力が余っている夜の地域から、電力消費量がピークを迎える地域に送ることができます。まるで空想の世界の話のようですが、実は半世紀以上前にバックミンスター・フラーがそういう提案をしています。当時アメリカとソ連はいがみあっていたけれど、お互い昼と夜が逆なんだから、お互い電気を融通しあえばいいじゃないか、と。あの頃はままだ構想段階でしたが、今はそれが実現しつつあります。
何がいいたいかというと、子供たちの創造力を、僕らの20世紀の常識で制約するのはやめましょう、ということなんです。
我々が脱衣できないからといって、それを若い世代に押し付けるのはやめましょう。若い世代は違う自由を持ちうるんです。それを前提に新しい地球をめざしましょう。そして2020年の東京五輪を、その絶好のショウケースとしていきましょう。そんなことも「未開の未来」で議論してきました。
第8回で人工光合成の堂免先生と議論したことですが、27億年前、酸素のなかった地球に光合成生物が繁殖して、太陽エネルギーを捕獲して酸素を出し、有機物をつくるという、光合成による太陽エネルギー革命を起こしました。
第二の革命は、植物が陸上に進出して、茶色の大陸が緑に覆われていったこと。それが4億年ぐらい前にあたります。
第三革命は人類が、海上や砂漠、都市など地球の表面すべてを太陽エネルギーの皮膜にしようとしていること。つまり今起こっています。これは単なる人類の技術の進化、発電方法の変化ではなく、惑星システムの進化です。シアノバクテリアの大爆発や陸上植物の誕生と同じ規模での、地球のオペレーティングシステムの進化といえるのではないでしょうか。
一方で人類は、わずか150年ほどでCO2濃度を4割増やすという悪い方向での変化も起こしました。こうした悪いことばかりが強調されますが、それほど短期間に環境を変化させるほど力が大きいということは、正しく方向転換すればよい方向に向かう力も大きいということです。先ほど言ったように「タンカー99隻分の伸び代」もあります。
技術を正しく駆使すれば、生物多様性を損なわずに地球を進化させることもできるようになるでしょう。
欧米流のエコロジーや地球環境論は、キリスト教における人間の原罪論を引きずっているし、人間と他の生物や自然を別に考えます。
でも日本やアジアは、人間を地球システムの一部と前提しています。その視点からは、シアノバクテリアが酸素に満ちた地球をつくったり、陸上植物が緑の惑星をつくったりしたことと同じように、人類がどんなふうに地球を進化させるか、という文脈で語る視点は、日本とかアジアからしか生まれないのかもしれません。
第7回では、人類とAIの共進化についても語りました。
今まで人間はその浅知恵で、魚の乱獲、エネルギーの大量消費、大気汚染の拡散、CO2排出などを散々やってきましたが、AIとの共進化によって、地球生態系とうまく折り合っていけるシステムを作れるんじゃないか、そんな話をしました。
私はよく「人工の工という字は天と地を結ぶ人の営みを意味していて、真ん中の縦棒が天と地を結んでいる」と表現しますが、現代は「人間の営みが天地をつないで新しい地球システムをつくる」という形で語られることが少なすぎるんです。
このミュージアムは、人間を地球の進化の重要なエージェントとして含み込んで、地球の現在と未来を語る場所です。来年は、このビジョンをさらに拡張しつつ、2050年にどんな地球を作っていくかということにフォーカスしていきたいと思います。
最後に、「未開の未来」9回シリーズの共同主催者であるネクストウィズダムファウンデーション代表の井上さんに締めの言葉をいただきたいと思います。
「Living anywhere」の具現化に取り組む
井上:こんばんは。
いかがでしたか。ポジティブな地球が広がっていると感じていただけたんじゃないでしょうか。
ネクストウィズダムファウンデーションは100年後、1000年後の未来をより良く、みんなが幸せな生き方ができるようにするために活動しています。
未来のために、ウィズダム、つまり叡智を集めてデザインしよう、実行していこうとさまざまなイベントを主催しています。
もうひとつ、僕は起業家で、HOME’Sという不動産・住宅の情報サイトを創業した経営者でもあります。仕事柄、人の住生活やそれ以外の生活から入って、どうしたら人々を幸せにできるんだろう、こんなことをずっと考えています。
この「未開の未来」という全9回シリーズでは、全編通してわくわくさせていただきました。僕は起業家なので、いい話聞いたなあ、誰かそのうちやってくれないかな、ではなくて、自らがこれの推進者になると決めております。会社として取り組むこともあれば財団として取り組んでいくこともあり、今日いらっしゃるみなさんと協業するということも進めていきたいと思っています。
これからの21世紀、22世紀、水、食料、エネルギー、仕事、教育、医療、それらが潤沢な社会を実現すれば、人はいろいろな制約から放たれていきます。国同士が争うこともなくなるでしょう。そういう未来が見えてきました。
そしていままさに「Living anywhere」、つまり人々はどこででも生活できる、近い将来そんなことを可能にプロジェクトに関わっています。水についてHOTARUの北川さんとも協力していきたいですし、人工光合成でエネルギーとなる水素を取り出し、さらに炭水化物の合成にまで取り組んで、水、エネルギー、食料の問題の解決を目指したいと思っています。
どこまでお見せできるかわかりませんが、1年以内には実際にパッケージ化した動く家みたいなものを提示したいと考えております。
それまで、当財団のイベントでもこのテーマを追いかけていきますので、わくわくしていただけるんじゃないかなと思っています。
今日で一旦「未開の未来」は最終回となりますが、ここで終わりにせず永続的に続けて、実際にここで語られてきたような社会にしていきたいと思っていますのでぜひご期待ください。
本日は本当にありがとうございました。
竹村:未来を作る自由を持っている我々は、本当にラッキーだと思います。稀有な時代に生まれたなと思いますよね。そういう世代ならではの自由と責任をしっかり果たし、それを共感を持って広げていく波紋の中心に、このミュージアムがなればと思います。
来年は2050年をテーマにさらにバージョンアップしたいと思いますので、ぜひ継続的なコミュニケーションをお願いします。ありがとうございました。