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ゲスト:吉成 真由美氏(サイエンスライター)
プロフィール: マサチューセッツ工科大学卒業(脳および認知科学学部)。ハーバード大学大学院修士課程修了(心理学部脳科学専攻)。元NHKディレクターであり、子供番組、教育番組、NHK特集などを担当。コンピューター・グラフィックスの研究開発にも携わる。著書に『やわらかな脳のつくり方』(新潮選書)『知の逆転』、『知の英断』(ともにNHK出版新書)、『進化とは何か』(早川書房)など。
叡智はわたしたちに何を提供するか?
私たちを未来へと導く叡智、そしてその叡智を持った人々は私たちに何を提供してくれるのか? 『知の逆転』と『知の英断』の取材を通して出会った叡智の人々から、次の4点が考えられます。
・真実を見極める
私たちは真実を見ているように思っても、それは政府やメディアのプロパガンダであったり、宗教団体のアイデアであったり、親や先生から教わったことだったりする。真実がどこにあるかを見極めるには忍耐と勇気が必要。叡智を持った人たちは、その真実を私たちに見せてくれます。
・思考や行動の基盤を提供する
毎日わたしたちは大変な量の情報にさらされています。速く多くの情報を受け取る事には優れていても、それをどう切り取って判断するか。何が重要な情報で、何が不必要な情報かを選り分けなくてはならない。そのための判断の軸、自分がよって立つ基盤を、叡智を持った人々が提供してくれます
・新しい社会の価値観を提供する
古代ギリシャのミロス島はアテネに脅されたとき、スパルタの協力を確信して抵抗しました。しかしその結果、ミロスの男は全員皆殺しにされ、女性や子供は奴隷になり、国が消滅してしまった。現代ではそんなことは許されない。多くの人を許容し、多様性を認め合って多くの人たちがお互い損しないような新しい社会のパラダイムが必要であり、それを提供してくれるのが叡智を持った人々です。
・決断し実行する勇気を与える
私たちは決断の一歩をなかなか踏み出せないことがあります。叡智を持った人々が行動する姿は、私たちに一歩を踏み出す勇気を与えてくれます。
『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンド
『知の逆転』という本を2年前に作った際、サイエンスをバックグラウンドに持った6人に話を聞きました。それぞれ過激で、彼らのスケールは私たちの想像を遥かに超えています。彼らが一体どのようにそれまでのドグマを逆転させたか、それを皆さんに伝えたいと思います。
・ジャレド・ダイアモンド(生物地理学 UCLA)
・ノーム・チョムスキー(言語学/政治学 MIT)
・オリバー・サックス(脳神経科学 ニューヨーク大学)
・マービン・ミンスキー(人工知能 MIT)
・トム・レイトン(コンピューター科学 MIT、アカマイ社)
・ジェームズ・ワトソン(分子生物学 ゴールド・スプリング・ハーバー研究所)
まずはこの中の一人、ジャレド・ダイアモンド氏を紹介します。彼は『銃・病原菌・鉄』という画期的な本を書きました。それまでは西欧の文明の発達と優位性は、西洋人が生まれた時から他の民族より能力が優れていたためだということが定説だったけれど、彼はそうではないと主張した。彼らの先祖がアフリカからチグリス・ユーフラテスの肥沃な三日月地帯に移住した時、人類が家畜化することができた14種類の動物のうち13種類がそこで生息し、人類が農業化に成功した50種類の植物のうち30種類がそのエリアに偶然まとまっていた。結果的に農業が飛躍的に伸び、人口も爆発的に増える。さらに東西に伸びるユーラシア大陸にあったために、一度家畜化と農業化に成功した動植物を、同じ気候帯の他の地域に持っていくことができた。そして富の余剰が生まれて専門家を育み、道具をつくるエンジニアが出現し、ますます繁栄した。人間の能力に違いはなく、初期段階のちょっとした違いがその後の文明の非常に大きな違いになったということを、彼は見事に説明しました。
また、彼は『文明の崩壊』という本で、文明が崩壊するときの5つのファクターを示しました。それまで、例えばE.ギボンなどは『ローマ帝国衰亡史』の中で、ローマ帝国は領土を拡大し過ぎて防衛ができなくなり、またキリスト教が盛んになって現世よりも来世に期待するようになったために衰退したと言っています。これに対してダイアモンドは、
1)環境に対する取り返しのつかない人為的な影響
2)気候の変化
3)敵対する近隣諸国との対立
4)友好国からの疎遠
5)環境に対する誤った対処
これらのどれ一つを間違っても文明は崩壊してしまう、人類はこれらの問題に対処できるようにしなければならないと言います。また、格差があるかぎり社会は安定しないと。アメリカや中国も、大変な格差社会になってきています。
「銀行型教育」の問題 ノーム・チョムスキー
私たちは全ての言語に共通する普遍的な文法を持って生まれてくる。ある人が日本で生まれれば日本語、イギリスで生まれれば英語、フランスならフランス語をしゃべれるようになる。なぜなら、全ての人は生得的な普遍文法を持って生まれてくるからだと。言語学の世界でこの「普遍文法」というものを提唱し、画期的な革命を起こしたのがチョムスキーです。その後、ベトナム反戦運動に関わるようになり、彼の勇気ある発言は多くの人に叡智を与えています。アメリカの帝国主義的なやり方を鋭く批判してもいる。
そして、制御のない市場原理主義は必ず破綻するとも言っています。だから政府による制御が必要になると。唯一市場原理で働いているのが金融であり、金融は何度も破綻すると言います。民主主義と資本主義の限界にも触れ、コントロールのない資本主義を押し進めていくと格差が広がるばかりで、実際にアメリカはトップの1%の人口が43%の富を支配している状態です。
また、銀行型教育の問題も指摘します。教育というのは、銀行に預金するように子供に知識を預金していくことが、いままでの教育の考え方だが、たくさんの預金を持っているはずのエリート達は 体制のちょうちん持ちに堕する傾向にあると警告します。優秀だけど、体制をサポートするためだけの人材ばかりが排出されてしまう。自分で考える、クリエイティブな発想ができる子供を育てることが重要だと指摘しています。
知の長老「エルダーズ」
2007年に人類の困難な問題に立ち向かうため、ヴァージン・グループ総帥のリチャード・ブランソン、ロックバンド「ジェネシス」のリードボーカルであるピーター・ゲイブリエル、南アフリカ元大統領であるネルソン・マンデラによって「エルダーズ」というグループが結成されました。国境を超えて発言のできる勇気を持った12人の知の長老のうちの5人を、『知の英断』という本でインタビューしました。
・ジミー・カーター(アメリカ元大統領)
・フェルドナンド・カルドーゾ(ブラジル大統領)
・グロ・ハーレム・ブルントラント(ノルウェー首相)
・メアリー・ロビンソン(アイルランド大統領)
・マルッティ・アハティサーリ(フィンランド大統領)
そして創設者の一人である
・リチャード・ブランソン(ヴァージン・グループ総帥)
その中で、どうしても私が会いたかった人、フェルドナンド・カルドーゾをご紹介します。かつて、ブラジルという国は50年間軍事政権が続き、年間2000%というハイパーインフレが毎年のように起こっていました。14人の大統領と39人の財務大臣、7つの貨幣と6つの経済政策がことごとく失敗してきた。ところがカルドーゾが財務大臣に就任すると、そのインフレがたった3ヶ月間で解決してしまった。彼は何をやったのか?
彼自身はもともと社会学者で、軍事政権に抵抗してチリに亡命し、国に貢献すると決めて政治家になった人です。彼は財務大臣になり、経済四銃士と呼ばれる若い4人の経済学者を集めて、彼らのアイデアである「ヴァーチャル通貨(URV)」を導入しました。当時の通貨「クルゼーロ」とヴァーチャル通貨「URV」の両方で値段を表示するようにし、毎日変わるクルゼーロに対してURVの値段は変えない。毎日変わるのは「クルゼーロ」と「URV」の変換レートだけ、ということを3ヶ月間おこなった。で、人々がURVの値段は変わらないということに慣れてきた頃、「クルゼーロ」をやめて「URV」を国家通貨とし、それを「レアル」と呼ぶと宣言した。これによってほぼその日から、ブラジルはハイーパーインフレから脱却することができたのです。彼に取材をしたいと追いかけているうちにエルダーズの存在を知り、『知の英断』ができるきっかけになりました。
社会に「違い」をもたらすのがビジネスマンの責任 リチャード・ブランソン
もう一人、エルダーズの創設者の一人である、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソンをご紹介します。彼は非常に直感が鋭く、仕事も人物も30秒以内で判断するそうです。現在、ヴァージン・グループの傘下には400社くらいの会社がありますが、それら全てが150人以下のグループで成り立っています。彼の経験によると、どんなグループでも150人までが、そこで働く人達がもっともハッピーでいられる人数で、それ以上になると働いている人がハッピーでなくなるから、150人を超えると、会社を半分にして小さな会社をつくるということをやってきたそうです。
彼の行動は非常に一貫していて、どうやって社会に貢献するか、社会に「違い」をもたらせるかがビジネスマンの責任であると言い、このことは彼の両親から教わってきたことでもあるのですが、ここから一歩もブレることがない。事業で得た資産は必ず社会のために還元することを第一義にして、利益のための利益を追求することは100%やらないということです。
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