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年に一度のケイザイ祭
今回のテーマは『WORK IS OVER !?』
AIの出現で、人間にしかできないことが減ってきている現在、
人が働かなくてよくなる未来が来るのか?
人は何のために今まで働いてきたのか?
いま私たちの働き方にどのような変化が必要なのか?
過去、現在、未来の視点から4名のゲストと共に
「働くということ」を考えました。
Part1 「働くの現在」〜働くことで経済は動く〜
ゲスト:『不安な個人、立ちすくむ国家』執筆の経済産業省若手チーム
2017年に公開された経済産業省のレポート『不安な個人 立ちすくむ国家』は、賛同、反発が入り混じった大きな反響を呼びました。
レポートを作成したのは、経済産業省の若手官僚チーム。国内外の社会構造の変化を踏まえ、今後どのような政策が必要なのかを広く世の中に問いかけることを目的に書かれ、公開されると瞬く間に150万ダウンロードを記録。
このプロジェクトチームのメンバーの一人であった伊藤貴紀さんをゲストにお招きし、レポートの生まれた背景とそこから生まれた「働き方」をめぐる新しい動きについて語っていただきました。
【ゲスト】
経済産業省 秘書課 伊藤貴紀さん
1991年千葉県生まれ。東京大学経済学部卒業後、2014年に経済産業省入省。APEC、次官若手プロジェクト、JIS法改正等に従事した後、現在はトリプルダブリュージャパン株式会社に出向中。
あのレポートはなぜ生まれたのか?
伊藤:今日はみなさんの貴重なお時間をいただきましてありがとうございます。
私は経済産業省に入って5年目になります。APECやTPPといった通商政策を仕事にしたり、JIS法改正に携わったりしてきました。先ほどご紹介いただいた「次官若手プロジェクト」に携わったのは入省3年目ですね。現在はトリプルダブリュージャパン株式会社に出向中です。これは経産省の「経営現場研修」の一環で、ベンチャー企業に半年間、人を派遣して、実際どういう風にビジネスをしているのか、ベンチャーでの働き方はどういうものかを体験させて経産省に持ち帰るというミッションです。
司会:レポート『不安な個人 立ちすくむ国家』はどのような経緯で生まれたのでしょうか?
伊藤:経済産業省の事務方トップの次官による、「今までいろんな仕事をしてきたけど、今後社会がどうなっていくのか、それに対して自分たちが何をするべきか、改めて考え直すべきじゃないか」という問題提起がきっかけです。これを20年後に社会を担う若者と一緒に考えよう、ということで、2016年8月にプロジェクトが始動しました。
司会:政策をつくっていくために世の中に広く提案を募る。そうしたオープンな形は初めてだったんですか?
伊藤:基本的に行政が出す資料ってとにかく文字が多くて、読んでもよく分からないというものが多いと思います。文字数を少なくしたり分かりやすくしたりすると、どうしても言葉足らずになって、それが批判されてしまったりするので、役人は嫌がることが多いです。だからできるだけ詰め込んだ資料を発表するのですが、今回はそういう作り方はやめて、どこに問題意識を持っているかをできるだけわかりやすくするよう配慮しました。自分たちが持っている問題意識をみんなで共有することによって初めて議論が生まれて来るはずだから、まずは分かってもらえるような内容にしてみんなで議論しようじゃないか、と。まず、20代30代の若手30人が集まり、省内だけでなく省外にも出かけていって、様々な方とディスカッションをした上で資料をまとめていった、という経緯です。
(経済産業省次官・若手プロジェクト「不安な個人 立ちすくむ国家」(https://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf)より)
たとえば「最近会社の業績ヤバイけど、ずっとここにいて大丈夫なのかな」「国の言うことって信じられない」「ネット社会って便利だけど孤独を感じたりもする」みたいな不安をたくさんの人が感じていると思いますが、我々はその不安に向き合わないといけないな、と考えました。
今までは、マスメディアの情報は基本的に信頼されていたし、会社の終身雇用は信頼しうるモデルでした。それが、インターネットの出現、世界情勢や経済状況の変化などによってどんどん流動化しています。その分、自分たちの選択の幅は広がっているとも言えますが、その分自分で決めざるをえず、それによって不安が増幅されているようにも思います。かといって、昔に戻れるわけじゃない。そんな世界でどうすれば新しい秩序を作っていけるのか、ということをレポートを通じて問いかけました。
人生のモデルケースがなくなった
(経済産業省次官・若手プロジェクト「不安な個人 立ちすくむ国家」(https://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf)より)
今までは「新卒で一括採用されて正社員になって、終身雇用で定年まで働いて、65歳から年金をもらって10年くらいしたら人生を終える」、という生き方がモデルケースで当たり前だと思われていました。でも状況はどんどん変わってきています。
健康寿命が伸びているのはいいとしても、65歳くらいで定年を迎える社会で100歳まで生きられるようになったらどうするんだろう、と。65歳以上になっても働きたい人は多いですが、実際に活動できている人はそんなにいないのではないか、活躍の場もないのではないか。結局、活躍できる場がないと家に閉じこもりがちになってしまう。また、ピンピンコロリで自宅で最後を迎えたいと思っても、実際は病院で亡くなる人が大半で、入院が多くなるほど医療費がかかり、当然それを支える国の財源は自分たちの税金。果たして足りるのか、という不安もある。
女性の生き方も変わってきています。社会進出が進んだことで、結婚して出産して添い遂げる、という専業主婦は減っています。今、母子家庭の貧困率の高さが問題になっていますが、これは、複数の課題が関係する社会のひずみの縮図ではないかと考えています。例えば、母子世帯になってしまうとお母さんがひとりで抱えざるを得ません。でもお子さんがいる女性が働こうとすると、社会の受け皿が整っておらず、会社やコミュニティで支えることができない、それが母子家庭の女性の非正規雇用化につながり、貧困の原因になっています。窮乏する母子家庭では子供に教育費をかけられず、子供も非正規になりやすい。そして貧困が連鎖してしまう。
高齢者にはそれなりに手厚い支援がありますが、現役世代の支援にはまだまだ手が及ばず、自助努力が当然と思われている。日本の現役世代が安心感を覚えられない社会構造になってしまっています。
戦後の高度経済成長期から今にかけて、国民皆保険皆年金はうまくいき、会社も終身雇用で社員の社会保障的な部分を担いながら成長してきました。こうしてうまくいっていた制度やシステムによって私たちの働き方や社会保障の価値観も縛られてしまっているのではないでしょうか。だから、例えば定年制、年金、医療保険だけ変えようとしても、旧来の価値観がどうしても邪魔をしてしまう。一方、価値観が変わっても、制度が変わらなければ支援が行き届かないということになってしまいます。ちゃんと議論をしながら双方を変えていく必要があるのです。
司会:解の一つが「人生二毛作、三毛作」ですね。
伊藤:人生が100年あるならば、例えば、会社の仕事だけにとどまらず、自分でスキルを磨いてキャリアを積む、という選択肢が当たり前になってきましたね。
自分、会社、社会のベクトルが合ってない
司会:私たちが漠然と感じている不安は、働き方とも関係があるのでしょうか?
伊藤:レポートには、こういうスライドを差し込みました。
(経済産業省次官・若手プロジェクト「不安な個人 立ちすくむ国家」(https://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf)より)
各国の若者を対象にしたアンケートの結果です。日本では、自国のために役立つことをしたいと思っている人は結構多いにもかかわらず、政策決定過程への関与とか、自分の参加によって社会現象を変えられるかもしれない、と考える人のパーセンテージが他国に比べて著しく低いんです。今の現状に不安や不満があるのに、それをどうやって変えたらいいのか分からない、というか。これが若い世代の閉塞感の象徴なんじゃないかと考えました。
自分の周囲を見ても同じような話はあります。自分なりの問題意識を持っているけれど、実際は大企業でルーティン化した仕事しかできない、とか、意思決定をしようとしても上司の段階で止まってしまう、みたいな話はよく聞きます。
働き方についても変化が起きてきていると感じています。社会全体が成長していたときには、個人が会社に勤めて頑張ることがそのまま社会のためにもなり、それは自分の満足度にも繋がりやすかったと思います。でも今、それが難しくなってきています。
ビジネスの形や働き方が変わる中で、個人のベクトルと会社のベクトルが合いにくくなっていると思いますし、会社の事業も、過去の延長線上でやっているだけでは、社会の課題が多様化している中で、社会と会社のベクトルも合わなくなっている。そういうことが今、起きているんじゃないでしょうか。
新しい働き方に取り組む企業たち
司会:それは今、ベンチャー企業に出向されている伊藤さんの実感でしょうか。
伊藤:経産省も大企業と同じような課題を抱えていると思うんです。そもそも、何が本当の課題でそれをどう解けばいいのか、という議論を十分にしきれないまま、手近で簡単なことだけに着手していないか、本当にそれは意味があるのか、と。次官若手プロジェクトが始まったときもそういう問題意識がありました。巨大な組織が、ゼロから新しいことを初めて取り組むのは難しい。むしろベンチャーだからこそできることもあるんだな、と、今まさに感じているところですね
とにかく、いま、個人も会社も変化を迫られています。社会的な課題にちゃんと向き合って、会社と個人との関係性の摺り合わせをちゃんとやっていかないといけない時期に来ているんだと思います。
司会:現在の具体的な動きをお聞かせいただけますか?
伊藤:いくつか、企業の取り組みの具体例をご紹介しましょう。例えば塩尻市における「MICHIKARA(ミチカラ)プロジェクト」。介護や空き家問題といった課題に、市と民間企業がともに取り組んでいます。このプロジェクトを通じて、市は職員だけでは解決が難しい課題について、ビジネス的なアプローチを身につけることで変革を促すことができる。企業の側も、地方のリアルな課題に携わることで、人材育成や新規事業への足がかりを見つけることができる、というものです。
もう1個はNPO法人クロスフィールズの例。企業で働く人材が、そのスキルを活かして社会課題に取り組む新興国のNPOや社会起業家の経営支援に参画して課題解決に取り組むプログラムを実施しています。エグゼクティブの方も現場で課題にふれ、実際に何が起きているのか知ることができ、それが実際に新しい事業につながっていく、ということが起きています。
さらにもう一つ。ローンディールという会社では、大企業にいる人材をベンチャー企業にレンタル移籍しています。大企業ならではのノウハウでベンチャー企業をサポートすることもできるし、出向先から戻ったら、ベンチャーでの経験をもとに新しい事業を作っていく力を得られる。
それと、トナシバという会社でも面白いことをやっています。関係企業間で社員をシェアリングしているんです。今までは企業が社員を所有しているという感覚があったと思うんですが、トナシバの仕組みでは、社員が働きたい環境をある程度自分で選ぶことができる。ある会社で一定期間働いたり研修して、そこが気に入ったらそのまま転職することもできるんです。
個人のやりたいことと会社の中でできること、会社が提供できることのすり合わせがうまくいくことによって、会社にとっても個人にとっても新しい関係性と新しい価値、形が生まれるのではないか。その可能性を追求すると面白いんじゃないでしょうか。
司会:有能な人を社会の財産として、企業だけじゃなく行政も共有していくという働き方が主流になっていく、ということですか?
伊藤:そうですね。最終的にプレイヤーが誰であるか、つまり企業なのか行政なのかは重要ではないと考えています。今直面している課題の解決を探ることが重要で、そこから事業が生まれていくと思いますし、それがビジネスにまでならないのであれば、行政とタッグを組めばいい。それでも解決できないが解決しなければならない課題は行政がやればいい。課題解決にフォーカスを当てて協働していくことができると、今までと全く違う、人と会社の関係性、あるいは会社と行政の関係性を作れるようになると思うんです。
司会:要するに、社会課題を解決していくことが、不安な個人を脱するきっかけになるんじゃないか、ということですね。
伊藤:今までは、課題に対するアプローチを行政が担いすぎてきたのではないでしょうか。課題をみんなが見えるようにした上で、その解決に様々なプレイヤーが関わっていく。そうすることによって「自分でもできるんだ」と手応えを感じられれば、個人が不安から逃れることができると思います。
司会:ありがとうございました。これからも新世代の官僚としてぜひ頑張ってください。今後もまたこういったオープンディスカッションをしていく場を作らせていただきます。
伊藤:はい、よろしくお願いします。