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なぜ科学は人間に必要なのか?(1/3)オープンシステムサイエンスの時代へ

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【満員御礼】なぜ科学は人間に必要なのか?

真理の探求「科学」。この探求により私たちの生活はより豊かになってきた。一方、一部の科学の探求の結果は、武器にもなるという現実もある。科学者はどこまで自身の研究に責任を持つのか、人類の持続的な発展のために科学の役割はこれからどのようになっていくのか。ソニーサイエンス研究所を設立し、細分化された研究に対して領域横断的に研究を行う「オープンシステムサイエンス」を提唱する所眞理雄氏をゲストに科学と私たちの未来について語っていただいた。

ゲスト:所 眞理雄(ところ まりお)氏

ソニーコンピューターサイエンス研究所エグゼクティブ アドバイザー ファウンダー

慶応義塾大学計算機科学専攻教授より執行役員上席常務として1997年にソニー株式会社に転出し、チーフテクノロジーオフィサーを歴任。その間、1988年にソニー株式会社の要請によりソニーコンピュータサイエンス研究所を創設し、取締役副所長に就任(併任)。代表取締役社長、代表取締役会長を経て2014年より現職。2008年にソニー(株)を退職。専門はコンピュータシステム、科学技術論、研究マネージメント。2008年に新しい科学方法論としてオープンシステムサイエンスを提唱し、精緻化を進めている。また、その具体的な応用として、DEOSプロセスの開発や直流・ボトムアップ型の電力システムの開発を行っている。2013年より一般社団法人ディペンダビリティ技術推進協会理事長。2005年にフランス共和国より国家功労賞オフィシエを受章。2010年にパリ大学(UPMC)より名誉博士号を授与された。

著書・編著書に「Object-Oriented Concurrent Programming」(MIT Press, 1987)、「計算システム入門」(岩波書店、1988年)、「オープンシステムサイエンス:原理解明の科学から問題解決の科学へ」(NTT出版、2009年)、「天才・異才が飛び出すソニーの不思議な研究所」(日経BP社、2009年)、「Open Systems Science – from Understanding Principles to Solving Problems」(IOS Press、2010年), 「Open Systems Dependability: Dependability Engineering for Ever-Changing Systems」(CRC Press、2012年)、「DEOS‐を変化しつづけるシステムのためのディペンダビリティ工学」(近代科学社、2014年)などがある。

要素還元主義への疑問

まず、現代の科学の基礎となっているデカルトの「方法序説」を知るところから始めましょう。

1番目は、「ちょっとでもあやふやなことは、証明できない限り使わない。」という意味です。2番目は、大きな問題は複雑で簡単に解くことができないので、分かりやすい小さな問題に分割していく作業を行う、ということです。次に、理解した小さな問題をくっつけて、元に戻していけば最初の大きな問題が解けるだろう。単純なものから始めて複雑なものへ戻していく。これが3番目です。最後に、ちゃんと見落としがないか確認する。こういうやり方です

これは言われてみれば当たり前で、デカルトが著す前にもこういう手法をとっていた人はいると思います。しかし、知識、または知恵というのは、言葉や文章できちんと表わすことで多くの人が理解できるようになるし、そこからさらに発展することができるようになるわけです。

デカルトの方法論は要素還元主義(Reductionism)とも呼ばれています。この方法には2つの特徴的な条件があります。外界からの遮断と、単純な問題群への分割です。

外界からの遮断というのは、「問題を解く領域を定義する」と言い換えることもできます。ある問題を切り出して範囲を定めて形式化できること。それができれば、解くべき問題を明確にできる。

次に、問題をより単純な問題に分割できる、そして、分割した問題を再構成できること。単純な問題の答えを組み合わせれば、もとの複雑な問題の答えを得ることができるということ。

この二つの条件にあてはまる問題だけがデカルトのやり方で解くことができる、ということです。

実はこれは結構厳しい条件で、全ての問題が当てはまるわけではないのですが、まず、物理学がぴったりこれに当てはまりました。この方法で物理学が大きく発展し、そこに数学というツールが入ってさらに発展をした。そのことで、これが科学のお手本、要素還元主義がサイエンスの基本だ、ということになったわけです。

しかし、このアプローチであらゆる問題が解けるだろうか、と考えなければいけない。

たとえば、人間の身体は頭、手足、目、鼻、心臓、肝臓というように部分に分けることができる。しかし、それぞれの部分を完全に理解しても、それを合わせて人間の身体全体を理解することはできない。

なぜかというと、部分と部分の間に相互作用があるからです。たとえば、脳はどこまでが脳なのか。脳からは神経が出ていて、それが身体の隅々まで張り巡らされている。さらに、その神経も筋肉なんかと全部繋がっている。それをどこまで脳として取り出すのか、という問題が出てくる。

物理学はこういう問題がわりと少ない。だから、分割して再構成する、という方法が非常に上手くいく。しかし、生物学なんかになるとちょっと難しくなってくる。

病気を例にとると、病気の原因がある病原菌で、それをやっつけてしまえば病気が治る、というのは、要素還元主義に近い。一方、高血圧とか糖尿病とか、癌もそうだと思いますが、原因がひとつではなく相互作用でできている病気。そういう病気の治療は要素還元主義では上手くいかないことが分かってきています。

21世紀の課題は今までの科学では解決できない

そして21世紀になりました。21世紀のグローバルアジェンダ、人類が解決すべき最大の課題がいくつかあります。

まず、地球環境持続可能性の問題。これにはいろいろな要素があります。エネルギーの問題温暖化の問題人口増大食糧生物多様性、さらには貧困経済格差、もっというと安全保障も。これらが相互に複雑に絡み合っている。

ここで、「私は人口問題の専門家だから」、と言って自分の専門だけに閉じこもって議論をしても、地球環境、持続可能性の議論の中になかなか入っていけません。CO2の問題だけやっている人も、産業との関係はどうなのか、エネルギーとの関係はどうなるのか、ちゃんと理解しないと正しい意見が言えない。

生命と健康の問題。これはさっき例に出しましたが、別の切り口でもうひとつ言いますと、今までは大量のデータを集めた統計値をもとに、こういう症状が出たらこういう病気でこう治療する、という判断をしてきた。人間はだいたい同じ、男性なら、女性なら、日本人なら、というくくり方です。しかし、実際はひとりひとりで違っている。それぞれ遺伝子が違うし、遺伝子が同じ一卵性双生児でも育った環境、病歴などが影響して違いが出てくる。これとこれさえ分かれば解ける、という問題ではない、ということが分かってきています。

それから食料の問題。農産物の収量を増やそうと思ったら、農地を耕して肥料と農薬を撒く。しかし、やがて畑が傷んでくる。それから、畑から流れ出た農薬が川から海へ行き、魚や貝の中に蓄えられて、それを食べた人間に戻ってくる。魚は家畜の飼料にもなりますから、牛、豚、鶏を経由しても戻ってくる。どこから始めてどういう風に解決して行ったらいいのか。すごく難しい問題です。

そして世界経済の安定性。これもいろいろな要素が複雑に絡み合っています。情報、交通などのインフラストラクチャ。最初に全部の設計図があって作っているのではなくて、いろんな人がバラバラに作ったものを繋いでいっている。

今、お話したような21世紀の課題というのは、果たして要素還元主義で解けるのか? これらの課題は領域を定義できるだろうか? そして、単純な問題に分割できるだろうか?それらを再構成できるだろうか? と言い換えることができます。

地球環境を例にとって考えてみましょう。まず領域を定義できるか? 地球環境ってどこまでが地球環境なのか? 地球をまるごと含めれば足りると思うかもしれませんが、地球には太陽からいろいろなものが注いでいますし、隕石も降ってくる。それらを全部、含めていくと宇宙になってしまうかもしれない。宇宙全体を説明できれば素晴らしいけど、それはできそうもない。

次に単純な問題に分割できるか? エネルギー、地球温暖化、人口、食料、生物多様性、貧困、格差、だいたいこういう分野に分けていけばいいだろう、という共通認識はあるかもしれません。しかし問題なのは、分割してしまったらそれぞれの分野の間の相互関連がなくなってしまうことなんですね。分割して、それぞれの分野の中で答えを出せばいいわけではない。分野間の相互関連をみながら、周りに悪影響を与えていないか、コンシステンシー(矛盾がないこと)は守られているか、ということを確認し続けなければならない。

こういう性質を持った問題を要素還元主義で解いていく、というのは難しいんじゃないかと思うのです。

かつて科学者は哲学者だった

ここで話を戻しますが、デカルトの時代までは科学者は皆、哲学者だったんです。だから、これが自分の専門で他のことは知らない、とは言えなかった。ニュートンもだいたい同じ頃ですが、彼らはみんな哲学者であると同時に科学者であって、物理もやれば数学もやる、税金の計算もする人だったりした。

しかし、これより後の時代になって、哲学の世界で徐々に分類が起こってきた。科学は哲学から分かれ、科学の中にも物理学や生物学、化学など、いろいろな分野ができる。さらに物理学の中も、地球物理学とか放射線物理学とかとか細かく分かれていく。

17世紀から現代まで、分業がどんどん進んでいく。これは科学の分野だけじゃなくて、あらゆる分野で起きている。分業すると、ある人は同じことをしていればいいから、その専門性が深まって、クオリティがあがっていく。それを並列にみんなでやれば、大量生産ができるようになる。これはこれで大きな成果だと思いますが、徐々に分かれたものを繋ぐ人がいなくなってきている。さらに、ここまで申し上げたように、分割した問題を解いても全体の問題が解けないような問題がどんどん明らかになってきているわけです。これは大きな問題だと思います。

21世紀の課題はオープンシステム

さて、要素還元主義ではうまく解くことができない21世紀の問題。これらはどうやって解いていけばいいのでしょうか。その前にまず、これらの問題を特徴づけているものとして、「オープンシステム」について話をします。

われわれが学校で習う科学というのは、「クローズドシステム」に基づいています。これは、まず領域が定義できます。そして、中の構成要素は決まっています。構成要素の構造、それらの間の相互作用、それからこのシステムとシステム外とのインタラクション(機能)といったものも決めていくことができる。そういう問題です。

それに対して「オープンシステム」がある。オープンというのは、どこまでが領域だか分からない、ということです。そして、その領域内のすべてが繋がっていて、分割するのが難しい。

実際には、世の中の全てのものがオープンシステムなんです。机の上ではともかく、実際の世界には、可逆性再現性も無い。そして、分解可能かというとこれもできない。

今までは、それをクローズドシステムのモデルにあてはめて考えてきた。うまくモデル化できた問題は解くことができた。しかし、そうでない問題は全部ほったらかしになってきた。

ひとつ大事なポイントを言うと、クローズドシステムは、領域の外からシステムを俯瞰して第三者的に見ることができる。しかし、オープンシステムの場合、領域を明確に定義することができないから、自分が領域の外から見ているつもりでも実際には中にいる。内部観測者といって、自分の振るまいがシステムに対して影響を与えてしまう。つまり、地球温暖化問題でいえば、自分がCO2をたくさん出せば温暖化になっちゃう。傍観者ではいられないわけです。

さきほど、要素還元主義ではうまく解くことができない21世紀の問題はどうやって解けばよいか、という問題提起をしましたが、これはオープンシステムの問題を解く、ということに他ならない。では、オープンシステムの問題を解く、とはどういうことなのかというと、将来を予測し状況をよりよい方向に導く、という以外無いんです。なぜなら、クローズドシステムが与えてくれたような明確な答えを決められないからです。

そして、「よりよい方向に導く」と言いましたが、私とあなたで「よりよい方向」が一致するとは限らない。では、どうすればよいかというと、利害関係者の中で合意を取っていく作業をしていく。「よりよい方向に導く」とは、関係者が合意をしながら進んでいくこと。それが「オープンシステムの問題を解く」ということです。

ですから、さっき言ったように第三者的に見るのではなくて、自分が当事者としてシステムに参加して、いい方向に導いていくのが、オープンシステムの問題を解くことになるわけです。

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