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NEXTWISDOM CONSTELLATIONS 2014-2018

編者: 一般財団法人Next Wisdom Foundation

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第10章 想像とクリエイション

『デザインの思考と越境の作法』
佐々木康裕 Takramディレクター

専門化する仕事、文系と理系に分かれる教育、分野に分かれる研究というように、私たちの思考は社会の発展とともに分断され細分化されてきた。社会全体も、部分最適が全体最適を生むという見方に則り、さまざまな施策が行われてきた。しかし昨今、実は部分最適は全体最適に結びつかないのではないかという状況も見えてきている。これからの未来を切り拓くには、分断されていたさまざまな分野や領域を越境することが必要なのかもしれない。複数の領域や要素を行き来する「振り子の思考」で、新しい創造を追求するデザインファーム「takram design engineering」(以下、takram)の佐々木康裕さんをゲストに迎えた。
【EVENT】越境する思考/ 2015.11.19イベントの講演を元に記事化)

「越境」はものを作るアプローチとして重要な要素

今日は普段僕が考えていることや思考の断片などをかいつまんでお話しさせていただきます。「越境する思考」というのは、たぶん「境界のない世界の再生産」という考え方かなと思っていまして、今日はそれを四つのアジェンダでお話しします。
まず最初に僕が所属しているtakramという会社の紹介をします。僕は一年半くらい前から働いていますが、いま、日本で一番おもしろい会社かなと思います。日々おもしろいことが起きるし、作品の質もすごく高くて、周りの同僚に刺激を受けて楽しみながら仕事をしています。越境というテーマに絡めていうと、すべてのメンバーが共通して持っている価値観があって、それを「振り子の思想」と呼んでいます。ともすれば、ものごとをAかBかの二つに分けて考えがちなんですが、そういうアプローチはとらずにゆったり行き来しながらAとBどちらも、ということを意識しながら取り組んでいます。たとえば「ストーリーウィーヴィング(Storyweaving)」(造語)。これは、ものづくりとものがたりの振り子です。そして、「プロブレムリフレーミング(probem Reframing)」。問題と解決方法を同時に考える振り子です。
我々はよく「プロトタイピング(Prototyping)」ということをやります。クライアント企業とプロジェクトをするときに、「こういうものを作りたい」というイメージをまず形にしてしまいます。それは、振り子でいえば「make」と「think」の行き来なんですね。作ることと考えることを分けずに行う。企業の商品開発だと、まず一生懸命考えて設計を練り上げてから作り始めるのですが、我々は初日から作り込む。作ってから、また考える。考えてからまた作る。そういうことを繰り返しています。
我々の組織に属する人物の完成形のイメージがあって、BTCトライアングルと呼んでいます。ビジネスもクリエイティブもテクノロジーもわかる。こういう人物が日本にたくさん生まれるともっと社会はよくなるよね、と。まだ二つや一つだけという人もいますが、この三つのトライアングルをどんどん完成させていこう。それが、我々の人材に対する考え方になっています。

ここから自己紹介をさせていただこうと思いますが、僕みたいな経歴のデザイナーは日本にほとんどいないだろうと思っています。デザイナーになる前の職歴は、実は経産省で官僚をやっていました。IoTやビッグデータなど、日本のイノベーション産業を担当する部署で政策立案をしていました。その前は商社マン。そこでは、IT系の新規ビジネスみたいなことをやっていて、キャリアの中ではシリコンバレーでベンチャー・キャピタリストみたいな仕事もしていました。シリコンバレーで強く思ったのが、「新しいこと作るのは楽しいけど難しい」ということでした。その難しさを乗り越えたらもっと楽しくなる。だから、新しいことだけできる組織・環境にいたい。その思いがtakramに来るきっかけになりました。takramに来る前は、シカゴのデザインスクールで、デザイン思考やイノベーションの起こし方ということを一年間勉強しました。
僕はキャリアの中でもいろいろ越境していて、アメリカにも日本にもいたし、商社マンも官僚もデザイナーもやっていました。「いろんな軸でものを見れるように」と思い、いろいろな道を歩んできました。BTCトライアングルでいうと、僕がカバーしているのはビジネスとクリエイティブのところになります。僕は幸いにも商社などにいてビジネスの経験がありますが、デザイナーでビジネスがわかる人間はなかなか少ない。ちなみに、僕は財務諸表というものがすごく好きなんですが、そういう話をするとデザイン会社の人は友だちになってくれないので、会社ではいま、そういう自分を隠しています(笑)。

デザインの五つのレイヤーと「越境」

これからデザインの話をしようと思います。僕の理解では、デザインというのはレイヤーがたくさん分かれています。デザインといえば、まず見た目ですよね。アップルのパソコンかっこいいなあとか、触って気持ちいいなあとか、感覚に訴える部分です。「センサリーデザイン」が第一レイヤーとしてある。
第二レイヤーとして「インフォメーションデザイン」、つまり、情報やコンテンツのデザインなどがその下にあります。そして、それらの情報やコンテンツをどういうふうにまとめるかという全体の「ストラクチャーのデザイン」が三つめのレイヤー。四つめのレイヤーは、「サービスモデルのデザイン」。さらにその下に「戦略デザイン」がある。、五つめのレイヤーです。

一般の人が「このデザイン、いいね」と言ったときに、その「デザイン」という言葉が意味してるのはせいぜい上から三つくらいです。二つや一つの場合もあるでしょう。だから、一番上のセンサリーデザインをやるプロダクトデザイナーやUIデザイナーは、何をしているかがわかりやすいです。僕がやっているのは下の二つのレイヤーなんですね。サービスモデルをどうしようとか、事業のストラテジーをどうしようとか、そういうことをメインにやっています。ですから、あまり人の目につくような仕事はしていなくて、裏方としてプロダクトやサービスがよりサステナブルに回っていくことを考えながら、常に仕事をしています。
僕はこの五つのレイヤーを全部重ねて、透過して見ています。すると、ある要素はレイヤーを上下しているし、ある要素はレイヤーを一つ飛ばして絡み合ってるし……みたいにすごくごちゃごちゃしているんです。僕は「リゾーム」という概念が大好きなんですが、ごちゃごちゃで、何の構成も取れていないように見えるものをどうにか読み解いて一つのサービスとしてまとめていく。これはすごくチャレンジングです。
ある問題に対して要素ごとに分解して対応していくのはすごく簡単ですが、それはなるべくやらないように気を付けています。複雑な問題を複雑なまま捉えて、それに対して問題解決をしていくことがすごく大事なのではないかなと思っています。


リゾームの概念図[浅田彰『構造と力』]

ここからは「越境とはどういうことか」という僕なりの考え方を紹介させていただこうと思います。僕は「人生が変わった」、「ものの考え方が変わった」という出来事が人生で三つあって、それをちょっとご紹介したいと思います。
僕は大学で国際政治、なかでも開発経済などを勉強していました。パプアニューギニアやオセアニアあたりの経済発達についての授業が一番好きだったのですが、そこで先生が教えてくれたエピソードがありました。先生は当地の原住民を研究の対象にして、一緒に暮らしていたそうです。彼らは基本的に服は着ていない。そこに欧米からの観光ツアーが来て、近くまで寄って写真を撮ったりして帰る。でも、草むらの裏には立派な家があって普段、彼らはTシャツを着て、普通にコーラなんかを飲んで暮らしている。その地域は旅行会社からキックバックをもらっているんです。ある種、劇団みたいな感じで、時間が来たら着替えて、しばらく先住民っぽくしようか、みたいな。こういう未開の、ともすれば貧しくてかわいそうに見える人がいますが、彼らの側に立ってみると全く違った景色が見える。なんか世の中で語られることは嘘も多いな、と思ったんです。
二つめのエピソード。僕はインドが大好きで五回くらい行っていますが、あるときインド中を二か月くらいかけて旅したことがあったんですね。インドはヒンズー教徒が多いのですが、イスラム教徒も二〇%くらいいます。あるところにイスラム教徒がたくさん住んでる町があって、隣町にはヒンズー教徒がたくさん住んでいた。イスラム教徒は絶対に豚を食べちゃダメ、ヒンズー教徒は牛を食べちゃダメで、僕は戒律が厳しく守られていると思っていたのですが、あるとき、イスラム教徒のインド人がすごく楽しそうに盛り上がっていて、訳を聞くと「隣の街まで豚食いに行くんだ」みたいなことを言う。信じていたことが嘘だったことがわかってショックを受けたんです。
三つめは僕がいたシリコンバレーです。主要な企業がいっぱいあって日本からは「イノベーションが生まれる街」みたいに見えるかもしれませんが、僕が住んでみた印象では「企業の屍の山」みたいな感じです。要はどんどん会社が作られて、どんどんつぶれていくわけです。僕が投資した会社も一ヵ月後につぶれて、それまで賑やかだったのがもぬけの殻になりました。そんなことがすごくいっぱいあるんです。
この三つのエピソードで何が言いたいかというと、「語られてることと本当に起きてることの差はすごく大きい」ということです。僕はこういった経験を通じて、一般論として語られてることを疑う性格になりました。それを「懐疑的知性」と呼んでいるのですが、一般論や他人の決めた境界を常に疑うということです。たとえばいま、パリであんな大変なことが起きていて、報道機関の人がいろいろなことを言いますが、僕は基本的にそのまま受け取らない。懐疑的知性を常に持ちながらものごとに向き合うことを、一つの自分なりのポリシーにしています。

たとえば左脳と右脳について。左脳と右脳は機能が違うと言われてきましたが、最近の研究ではそれは怪しいのではないかと言われています。記憶はここ、言語はここ、身体に関係に関係するのはここにあるというような、一つの機能が脳のある一部に依存しているという考えを脳機能局在論といいますが、それが嘘らしいことが最近の研究でわかってきた。僕は、こういう長く信じられてきた真実がひっくり返る瞬間が大好きなんで、昔デカルトという哲学者が体と頭は分離していて、頭が司令塔で体が司令に従うものという心身二元論を唱えました。最近では、それも違うということがだんだんわかってきています。

体と頭ということで、ちょっと話が飛びます。僕が昔お世話になった方ですごくSFが大好きな人がいまして、なぜ宇宙人が見つからないのかという理由を彼に教えてもらったことがあります。宇宙人は地球人より文明が発達している。そうなると、体は邪魔じゃないですか。だから、もう脳と体が分離して知性だけが浮遊している。それで、地球人の目には見えないのだ、と。僕はそれは絶対間違いだと思っているんです。体がない頭脳って楽しくないですよね。ものごとを学ぶときに体を使わずに学べることはすごく少ないんです。わかりやすく言うと、三桁の足し算は紙に書きながら計算します。紙に文字を書いて計算するのは脳の外部化です。途中の計算は紙を見つつ、それを脳にフィードバックするみたいな仕組みがあって初めて知性が完結する。頭脳と体と周りの環境、この三つがないと、たぶん人は人として成立しない。だから、脳が浮遊してる宇宙人みたいな話は間違っていると思っています。
また、たとえばA国とB国があって、B国で水質汚染があったとします。B国ではB国の中で原因を探して問題を解決しようとするけれど、実は川が流れていて、問題の原因は他の場所、他の国から来ているかもしれない。がんばってB国が水質を改善しようとしても、実はまったく効果がないみたいなことがある。B国の境界で考えるのではなく、川というものを捉え直すと、A国とB国の境界がなくなって、新しい問題解決のアプローチが出てくるかもしれません。

越境の作法

最後に「越境の作法」。みなさんに今日せっかく来ていただいたので、持ち帰ってチャレンジできるように、僕なりの三つの作法を紹介したいと思います。
1. Genuineness:本当のことを探る
2. Eat Everything:雑食する
3. Embrace Complexity:複雑さを受け入れる
Genuineとは「本当の」とか「真実の」という意味ですが、Genuineness、つまり本当のことを常に探っていくこと。それから、僕はEat Everythingと呼んでいますが、雑食すること。三つめがEmbrace Complexity複雑さを受け入れるということ。

リサーチが必要になったとき、僕は統計データをあまり使わないんです。デザインリサーチという別のやり方でリサーチをします。大勢のデータを集めるより、一りひとりの人にちゃんと話を聞く。一時間くらいかけて話を聞きます。その人の家まで行くこともあります。
この前、妊婦向けのあるデバイスを作ったんですが、そのときは五人くらい、妊婦の方の家まで伺って、彼女たちがどんな暮らしをしているかをかなり克明に記録させていただきました。その上でサービスを作っていくということをやったのです。

僕は、人間は非合理的だと思っているし、人の好みはコンテクストによって変わっていくものだと思っています。たとえば六十代男性といっても、二児の父だったり、巨人ファンだったり、自転車大好きだったりと、いろいろなモードがあるわけです。一日の中でもモードが違う。朝起きたときはお父さんモード。思春期の娘からは「一緒に朝ごはんを食べたくない」と言われているかもしれない。それが、会社に行くと偉そうに部下を使う、そういうモード。この二つのモードで心理状態は全く違うんですよね。自転車愛好家の六十代も増えていますが、自転車は若い人も乗るし、あまり年齢は関係ありません。人の多様性をちゃんと見つめてあげる、ということを常に心がけています。

以前、他のプロジェクトをやっているメンバーから「三十代男性はニュースアプリを使ってる人が多い」というデータを見せられたことがあったんですが、僕はこれを見た瞬間に「絶対嘘だ!」と思いました。なぜかというと、電車の中で真面目なニュースを読んでる人はほとんど見たことない。みんなゲームをやってるんですよね。  最近、iOSに「サジェスチョンアップ」という機能が付いたんですが、使用履歴のデータからその人が本当によく使うアプリをリストにして出してくれるんです。恥ずかしながら自分のデータを開示すると、一番左上がモーニング(マンガ)、右下にサッカーゲーム、あとは、フェイスブックやインスタグラムです。まったくニュースは出て来ない。隣の人も三十代男性でしたが、サジェスチョンアップを見たら、一番左が2ちゃんまとめ、その次がプロ野球速報。それで、「ほらね、嘘でしょ」と。

先ほどの先住民の話に似てるんですが、見せたい自分と本当の自分は違うんです。Genuineness、本当のことを見つめましょうと言いましたが、人には清濁があって、真面目な本を読んでる自分もいれば、不真面目なことを考えている自分もいて、そういう複雑性に嘘をつかず、ちゃんと向き合ってあげることが重要だと思っています。

最近僕がおもしろいと思ってるのが、自分の意思決定や感情に占める無意識の影響の割合が、従来言われていたより高いことがわかってきたということ。自分がこれを食べたとか、自分がこれを買ったとか、この会社に勤めようと決めた、この娘と付き合おうと決めたとか、そんな意思決定が無意識に支配されているという考え方がすごくおもしろい。
カーネマンという行動経済学の権威がノーベル経済学賞を受賞しましたが、彼の論文から取ってきたデータがあります。企業が上場した後の株価上昇率が、社名の発音のしやすさに影響されている、と。難しい読み方の会社は株価が低いんですね。ウォール街の投資家はすごい数理モデルなどを使って、完全に感情を排除して合理的に決定するように見えて、実は名前の親しみやすさに無意識のうちに影響されているわけです。
他にも人がいかに無意識に影響されているかという例はたくさんあります。あるワイン売り場でフランスの音楽を流すとフランスのワインが売れるし、ドイツの音楽を流すとドイツのワインが伸びた。でも、買った人に「なぜそのワイン選んだんですか?」と聞くと、誰も音楽のことを答えないんですね。

僕が大好きなデザイナーでパトリシア・ムーアという人がいます。彼女はこう見えて実はこのとき二七歳なんです。何をやってるかというと、おばあちゃん向けのプロダクト開発のために、自分もおばあちゃんになりきっているんです。この眼鏡は視力を落とすためにつけています。コルセット巻いて腰を曲げて、握力をなくすために手袋を付けています。自分の体をおばあちゃんにして、本当のおばあちゃんの気持ちをわかった上で、彼女たちのためのプロダクトを作ろう、と。そういうアプローチを取っているデザイナーです。


パトリシア・ムーア

彼女ぐらい届けたい相手に近づくことができれば、よりよいものが作れるんじゃないかと思っています。こういうアプローチは、統計データを見ながら考えていく手法とは全く違う手法ですよね。本当のことを知りたいと思ったら、見せかけのデータを見るのではなくて、本当に人を人として向き合うというのが、僕の越境の作法その一です。

越境の作法その二は雑食する、ということです。これも実は僕の恥ずかしい面をさらけ出す感じです。僕は本を読むのが大好きなんですが、デザイナーだからと格好をつけて、カッコイイことをやるとかカッコイイ場所へ行くことはできるだけ避けて、おもしろそうな本があれば何でも読むようにしています。たとえば、過去二ヵ月くらいに読んだ本。『進撃の巨人』はみなさんご存じのとおり。『ボートの三人男』は、イギリスの痴呆症の三人がテムズ川を下っていくというコメディなんですが、たまたま本屋で発見して買ってみました。あとはゴーゴリというロシア作家、岩波文庫の「世論」というすごく堅い本も。


過去二ヵ月くらいに読んだ本

メディアも、東スポ大好きなので月に数回、駅の売店で買って読んでます。2ちゃんねるも、SNSをやっていると自然に見ちゃいますね。ちょっと背伸びをして『エコノミスト』や『ニューヨークタイムズ』などのメディアにも目を通すようにしています。『エコノミスト』を読むと、たとえばシリア情勢なんかものすごく歴史を細かく紐解いていて、いま起きてる状況が全体のこういう状況の一部であるということがわかるんですね。日本のメディアは、インシデントベースで記事を書くことが多いんですが、そうじゃないものの見方も必要だなと。柔らかめから硬めまで、あまねく自分の中に日々インプットすることで、自分の中の越境の仕方のレパートリーをどんどん増やしていけると思っています。

越境というのはすごく大変で、階段を登らないといけない。「越境している」と言えるレベルは、スキルや作ったものが「売れる」レベル。それを一面じゃなくて境界の両側で二面持っていることだと思うんです。
いきなりそこは無理なので、まず入門書を読んで「知っている」という状態にする。それから「理解する」。人に対して「語れる」、というように段階を踏んでいく。そこから、「作れる」フェーズに行くと、ちょっと越境してるという感じになってくる。その先が、ようやく自分が作ったものが「売れる」というフェーズ。
だけど、これはすごく難しいので、僕はいったん諦めることにしています。「語れる」までの三つは個人でやるけれど、そこからはチームでやればいい。下の三つを自分で押さえさえすれば、上の方は適切なチームメイトを捕まえて、個人ではなくてチームで越境していく。そういう形をとると、AからBだけではなくて、AからHといった広い面で越境していくことができるかなと思っています。


越境の階段

それから、越境の作法その三。複雑さを受け入れる、ですね。人はものごとを理解するときに単純化して理解する傾向があります。何か問題があると、それってこういうことだよね、女性だから……、若者って……、と単純化したがる傾向があります。僕はそれは危険だと思ってるので、複雑さを受け入れることがすごく大事だと思っています。

ちょっとここからわかりやすいのでアップルの事例を紹介します。アップルはとにかく見た目がカッコイイという人も多いですが、細かく見ていくと表層に見えないところで他にもすごいことをやっていて、そういう裏側のすごさをちょっと知っていただきたいと思います。
まずアップルは言語をユーザー目線に全部翻訳してるんですね。たとえば、アップルの店員は「バグ」と言ってはいけないんですね。「バグ」はコンピューター用語なので「コンピューターに不具合がある」と言い直す。おばあちゃんや幼稚園児でもわかる言葉にすべて翻訳する。それから、一〇ギガ、二〇ギガといった専門用語がいまは一般的になってきましたが、ちょっと前までは「二千曲があなたのポケットに」と言ってました。家電量販店に行くと英数字の羅列で意味がわからない名前の製品がいっぱいありますが、すごく不親切ですよね。アップルはそういうのを嫌って、直感的にわかる言い方にすべて翻訳している。それが、すごいなと思います。
それから、アップルストア。人がパソコンに触れるのに最適な角度をアップルは割り出していて、それが七六度らしいんです。それを全世界の店舗の統一ルールとして採用しています。実はアップルストアの店員さんは、七六度を正確に計測するようなアプリを持っているそうです。ちなみに去年までは七〇度だったので、試行錯誤しながら最適を追求しているんですね。  アップルのCEOのティム・クックという人はすごい策士なんです。たえばアメリカはクリスマス商戦がすごくて一二月は他の月の何倍も売れる。だから、アメリカ中のあらゆる会社がどうにかしてこの時期までに製品を大量に中国で作って、それをアメリカに運んできて売る。そこで彼は、クリスマス前にカラの貨物飛行機を大量に予約で押さえたんです。アップルの製品を運ぶのにも使うけど、それでも余るからカラのまま飛ばした。その結果何が起きたかというと、ライバル社が中国で作った製品をアメリカまで運ぶ飛行機がなくなった。アップルが全部押さえちゃったから。そうするとアメリカの店頭にはアップルの製品ばかりが並んでることになって、じゃあ、アップルを買おうかと。我々の目に見えないところでそういう戦いが行われている。この複雑性みたいなことを理解すると、ちょっとものごとの見方が変わってくるかなと思います。
デザイン業界にいると、ジョニー・アイブというアップルのチーフのデザイナーを敬愛する人の方が多いですが、僕はティム・クックのほうが、やり方や戦略などすごく勉強になると思ってます。

「複雑に考える」とはどういうことかがわかる、政治学の世界で有名なケーススタディがあります。ルーマニアで一九六七年に起きたことなんですが、人口がどんどん減って問題になったんです。それで、政府は政策として避妊を禁止しました。これはすごく単純なロジックで、避妊をしないと出生率がどんどん上がって人口が増えるだろうということ。ですが、これはものごとを複雑に捉えない人のやり方の典型だと思ってます。その後、ルーマニアはどうなったかというと、避妊できないのでヤミ医者みたいなところで子どもを堕ろす人が増えて、出生率が増えないどころか、母体の死亡率が増え、孤児が増えて死亡率が上がってしまった。複雑に問題を捉えないと、ルーマニア政府的な思考回路にどうしても行きがちです。「違う可能性もある」ということを常に頭に置きながらやると、こういうことは起きないと思います。たとえば、スウェーデンは同じ問題を抱えたときに全く違うアプローチを取りました。「すべての子どもは望まれて生まれるべきだ」ということで生まれた子ども向けのサポートを世界で一番手厚くして人口を回復させたんです。典型的な複雑思考と単純思考の違いかなということで、事例としてあげさせてもらいました。

最後になりますが、僕が好きな言葉を紹介します。ドネラ・メドウズさんというシステム思考の権威の方の言葉です。 境界とは私たち自身が作っているものであり、 新たな議論や問題、目的ごとに、考え直すことができるし、考え直すべきである。
A国とB国とか、右脳と左脳とか、分断の仕方は他の誰かが決めたものでしかないので、それに従う必要はない。自分なりに線を引き直したり、線を消してみると違った世界が見えてくるし、他の誰もが見なかった見方で世界が見えるという楽しい経験ができると思っています。

問答

ーー今日お話しされた内容は比較的、個人のデザインシンキングの話だったと思うんですが、これがチームになった場合、取るべきメソッドが変わってきますか? また、いろいろなアイディアが出る中で、自信を持ってこれでいくという、最後のスイッチとしてキーワード的なものがあれば教えてください。

佐々木康裕(以下、佐々木):チームのメソッドは、個人の場合と全く違っていますね。我々は企業の方からご依頼をいただく仕事が九割くらいある。その場合、我々のチームもあるし、クライアント側のチームもある。チームの間の垣根をどう取り払って一つのチームにするか、一つのモメンタムを作っていくか、ということが大切なんですが、これは今日ご紹介したものとは全く別のメソッドがあって、紹介すると二時間くらいかかりますね(笑)。
基本的には、一般的な企業ではドラスティックにものごとを考えて変革するやり方に慣れてない方が多いので、それを徐々に慣らしていって一緒におもしろいこと考えていきましょう、という方向に変えていく。なので、自分たちのやり方に固執するより、どうやって他の人に変わってもらえるか。その作法みたいのが十ヵ条くらいありますが、それは別の機会にご紹介できると思います。でも、そこはすごく大事なポイントで、チームとして集まったときにメンバーが自分なりに越境性を有してないとコントリビューションできなくなってしまう。俺はプロダクトしかできない、俺はサービスしかできないという人はチームとしても働きづらいので、やぱり全員が越境性を有してる方がチームとしても働きやすいかなというのはありますね。
あと二つ目の質問の、「これでいこう!」というスイッチを入れる瞬間はすごく難しい。やはり我々がやりたいこととクライアントさんがやりたいことが一致しないことが結構あるので、一回スイッチを入れてゴーになることはほとんどありません。多段的にスイッチを用意して、これダメだったらこれ押そうみたいな感じでやってますね。また、作っている対象物を愛しすぎないということが大事です。愛し過ぎてしまうとダメだったとき失恋したみたいになってしまう。適度な距離感で、これがダメならこれ、みたいな感じの柔軟性がすごく大事かなと思います。

ーー今日ご説明にあったような越境する人、佐々木さんのような人をどうやったらたくさん作れますか? たとえば、BCT人材の話や振り子の話など、僕も経営者として、どれか一個の専門性だけではダメだよね、ということはいつも言っていて、会社でも社会でもそういう人材を増やしていきたいと思っているんですが。

佐々木:世の中的に主流、正しいとされている道の歩み方がありますよね。たとえば、高校出たら偏差値の高い大学に入って、一流企業に入って。とか、パートナーとして選ぶのは収入高い方がいい、とか。そういうメインストリームの幹が一つだけではなくて、たくさん出てくるとおもしろいなと思っています。そういう多様性が社会の中にあれば、おもしろい人がもっと出てくるんじゃないかと思ってます。
ちょっと話を広げて、なぜ日本は画一的なのかと思うこともあります。たとえば、ロンドンに行くといろいろな人種、民族がいて、いろいろな価値観がある。ニューヨークもサンフランシスコもそうです。個人が変わろうとすると難しいかもしれませんが、社会がそうなってくると自然とそうなる人が増えていくかもしれない。

ーー日本にいながら異文化コミュニケーションを日常の中でできるような、たとえば留学してくる方や外国人のビジネスパーソンをどんどんいれればいいと思うんです。

佐々木:仰るとおりだと思います。外国人とコミュニケーションするとおもしろい気づきが多いですね。ガーナでホームステイしたときなんですが、ホストファミリーと一緒に晩ご飯に鶏肉を食べてたんですね。彼らは、貴重なカルシウム源だといって鶏の骨まで食べるんです。「なんで、お前は食べないんだ」と言われて。そういう細かいところから大きな収穫を得るみたいな感じ方をたくさんすると、自分が生きてきた世界がいかに狭いかということに気づかされて、越境のレベルが大きくなるみたいなことがあると思います。

ーー「人生が変わった三つのエピソード」のお話がありましたが、先生の体験談とご自分自身の体験と、すべて体験が絡んでいると思うのですが、たとえば世界情勢など規模が大きくなると自分が体験できないことも多いと思います。入ってくる情報がどこまで本当なのかわからない場合も多いと思います。佐々木さんはそういう情報とどのように向き合おうと考えていますか?

佐々木:すごく難しい質問ですね。たとえば、フェイスブックのプロフィール画像をフランスの国旗にするというのが流行っていますが、なぜレバノンはないんだ、という意見もあります。実はあの規模のテロは毎日、中東で起きています。あれも、ある種の想像力の欠如と関係していると思います。
いまの質問に関して申し上げると、自分で経験してないことに対して本当の意味で共感するのは、僕は無理なんです。だけど、それが必要な状況は生まれてくるわけですね、たとえば妊婦向けに何か作りましょう、みたいな。自分は性別も違うし妊婦にはなれないけど、彼女たちが暮らしている場所に行くことで疑似体験をする。そうやって、なんとか自分と対象の垣根を減らしていくことを努めてやるようにはしています。自分が経験しないことは想像力を膨らませて、と言うと、たぶん嘘になってしまうので僕は言いません。だから必要になったときにどれだけ近寄れるか、そのためのアプローチの仕方を持っているかが大事かなと思っています。

ーーカーネマンの話が出ましたが、彼が言っているのはオートマチックに単純に考える思考と、複雑に考える考え方の使い分けみたいなことだと思いますが、複雑に考えてばかりいると疲れてしまうし、どちらを使うかという切り替えの判断はどのようにされていますか?

佐々木:初めての方のために何を話しているか説明すると、人の脳の機能は、分解できないと言ったのと矛盾するんですが、システムⅠとシステムⅡに分けられると言われています。システムⅠは直感や自動的な反射。それに対してシステムⅡは理性によるコントロール。たとえば、自分はすごく怒っているんだけど、怒ると周りの空気を壊してしまうからちょっと我慢しようとか。
カーネマンという人が『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』*1 という本の中でこの図式を書いたんですが、彼が言ってることは、人間がシステムⅡで理性的に判断してると思っていることも実は全部システムⅠの仕業なんだよ、ということ。株価の例もそうですね。人が理性的に行動しているときも無意識に影響されているし、大統領選でどの大統領に投票しようかというときも、実はカッコイイ人のほうが票が集まりやすいとか。質問に対しての答えで言うと、僕は自分がシステムⅠの人間だということをなるべく自覚するようにしています。だから、あるものを買う、買わないという判断をするときにシステムⅠの影響を受けていることを自覚するようにしています。その上で、自分の本能に従ってもいいし、自分の理性を作動させてもいい。スイッチの質問がありましたが、基本的に人間のスイッチはシステムⅠのほうについている。だから、どうやってシステムⅡを作動させるかというところを意識的にやっていますね。

考察

越境をすべき「境界」というものは組織や社会の中だけではなく、自分の中にもある。ビジネスのフィールドや職能など水平的に広がる境界、デザインプロセスのような垂直に分かれている境界。国や文化、立場によって変わる視点。デカルトのいう心と身体の境界、左脳と右脳、脳機能局在論、脳の中の境界。越境をするということは、多様性を自分のものにする、ということなのかもしれない。組織の中に単機能人間として埋没するのではなく、自分の中の多様性を認めて、仕事としてアウトプットできるまで伸ばすこと。その一方で、越境には終わりがない。無限に広がる多様性に範囲を設けるために、新たに線を引く必要がある。その線の引き方が新しい知性なのかもしれない。いままでのカテゴリーや常識の枠組みを再構成すること。さまざまなステイクホルダーの立場や視点、社会的、文化的背景をふまえて越境的な思考で解決策を考えると答えは無数にできてしまう。そこに一つの解を与えるためのプロセスが佐々木さんの言う「デザイン」なのではないか。それは従来のマーケティングやリサーチによるアプローチではなくて、無意識であったり客観的な理性ではなくて主観的な感情からのアプローチをとる場合もある。
ものづくりのプロセスにおいても、あるべき機能やニーズを踏まえた完成形を目指して形を作っていくのではなく、偶然性や不確実性に身を委ねて、瞬間的に湧いたアイデアをすぐに形にして、その形からフィードバックを受けて、繰り返し、手(身体)と頭で思考していくことで、「イノベーション」と呼ばれるものも起こりやすくなる。

 

*1:『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?(上下)』(ダニエル・カーネマン著、村井章子翻訳、早川書房、二〇一七年)

書籍説明

Next Wisdom Foundationは、「未来に残すべき古今東西の叡智を集める」ことを目的に設立された一般財団法人です。2014年の設立からこれまで、様々な人や場所に宿る叡智を探り、数々のトークイベントや取材を重ね、それらの活動をレポート記事としてウェブサイトにアーカイブしてきました。本書は、2014年から2018年の記事を中心に再編集し、書籍として編みなおしたものです。今を生きる私たちが、百年前に生きた人々の叡智に触れるための一番よい方法は、本を読むことです。この本が読者の知的好奇心に火を点け、これからの百年に必要な新たな叡智を生みだすきっかけの一つになれればと願っております。

目次

  1. 地球の目でみるー『宇宙船地球号を動かすエネルギー』『三十億年を三十分でー藻類が生み出す石油』『地球目線で地域を創る』『再エネ論二〇一七冬の陣』『つながり始めたエコロジーとエコノミー』『雨水を捨てる社会から天水を活かす社会へ』『私たちはレアな宇宙人だ』
  2. 生命を考えるー『生命をつくるための 二、三の補助線』『人生百年時代の健康格差』『看取り世代の医療ニューノーマル』『“人工知能の未来“ 』
  3. 命をつなぐー『なぜ「タネが危ない」のか』『うまい野菜を追求すると自然栽培になる』『「おいしい」とは何か』
  4. 人のこころー『AIで人は生きやすくなるのか?』『生き方としての「科学」へ』『ヒトとAIの幸福論』『空海の思想と高野山の世界観』
  5. 人間があつまるー『コミュニティは「下部構造」がつくる』『ヒトと社会と「夜」の関係』『「拡張家族」という共生の形』『国境を超える秩序を作ろう』『AIが市長になる日』『インフラ化するAIの「人権」と責任』『雅楽の歴史に見る、伝統芸能が"伝統"になるまで』『「日本人」というフィクション』『ART WORK”metaphorest(流動的多様性)”シリーズ』
  6. 社会を営むー『人はどこでも住めるんだ』『都市の文化度をクラブシーンから測る』『夜に花開く街・文化・カネ』『人工知能の現実[二〇一八年]』『現金なき後の経済をデザインする』『お金の起源を考える』『giveがつなげるもう一つの経済』『お金のかたちが変わる』
  7. わたしと社会ー『「不安な個人、立ちすくむ国家」から見る「働く」のいま』『働き方の文化人類学』『働かない未来は来るか』『代々木公園に住みながら考える「働き方」』『お客様は神様か? 酒場の叡智』『資本主義に対抗する小さなファンタジー』『グローバル視点でみる「働き方改革」』『「タテ・ヨコ・算数」でベーシックインカムやAI時代を考える』
  8. まちをつくるー『変わらない風景から生まれる豊かさ』『情緒で街の魅力を測ろう』『燕三条の温故知新、地場産業に潜む叡智』『地方創生の雄・西粟倉村の挑戦』『ISHINOMAKI2.0』
  9. 次世代に伝えるー『教えるから学ぶへ、変化する「学校」』『アイビーリーグと徒弟制』『はじまりの学校 a.school』
  10. 想像とクリエイションー『デザインの思考と越境の作法』『時代がファッションを創る』『「伝える」から「伝わる」へ』『AIは美意識を持てるか』『映画は世界を動かす』『デザイン再考ー普遍性、時代性、個性』

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地球を思い、自然を尊び、歴史に学ぼう。

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誰もが尊敬され、
誰もが相手を慈しむ世界を生もう。

全ての人にチャンスを生み、
共に喜び、共に発展しよう。

私たちは、そんな未来を創るために、
様々な分野の叡智を編纂し
これからの人々のために
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