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マンガで考える、AIと人間の関わり方 『機械仕掛けの愛』作者、業田良家さんインタビュー

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AIが社会基盤となるからこそ必要であろう叡智、今残すべき叡智とは?〜基礎編〜

AIや人工知能の研究は、日進月歩の世界。しかし研究が進むほどにAIとどうつきあっていくべきかという、ある種哲学的な問いが生まれてきます。AIが社会基盤となる時代を前に、多くの人が当たるであろうこの壁について、漫画を通して自問自答を行い、読者にも考える機会を与えてくれている『機械仕掛けの愛』の作者・業田良家さんにお話を聞きました。

〈プロフィール〉
業田良家 氏   (漫画家/作詞家)

1958年生まれ、福岡県出身。1983年、4コマギャグ漫画『ゴーダ君』でデビュー。代表作である『自虐の詩』『空気人形』は、それぞれ2007年、2009年に映画化された。現在もビッグコミック増刊号(小学館)で連載中の、ロボットの営みを通して「人間とは何か」「“心”とは何か」を描いた作品『機械仕掛けの愛』は、2013年に第17回手塚治虫文化賞 短編賞、2015年には第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門 優秀賞を受賞。

ロボットを通して「人間」をもっと知りたい

NWF今、AIが基盤となった社会において人間はどうあるべきなのか、何が必要になってくるのか、というところがどんどんフォーカスされてきています。

機械仕掛けの愛の中では、善人や悪人、為政者や反逆者、いろいろな事情と思惑を持った人たちがそれぞれロボットを利用し、共生しています。本日は、漫画を描かれている上で気づいた、ロボットや人工知能と良い距離感を保つための人間の心の持ち方についてお聞きしたいと思います。まずこの漫画を描き始めた経緯から教えてください。

業田:この連載を始めてもう8年くらい経つのですが、最初に描いた作品は、1巻の2作目に掲載されている『家族増員法』です。

あらすじ:田舎から都会に出てきて工場で働く主人公の青年は、親に捨てられた過去を持ち、家族が欲しいが女性にモテず孤独を感じていた。あるとき上司に自宅に招待され、妻と子供に出て行かれたことを打ち明けられ、親子になる約束をする。その後、想いを寄せていた食堂の女子従業員にフラれて落ち込んでいるときに「家族増員法」ができるが…

※「機械仕掛けの愛」第1巻『家族増員法』より

NWF:『家族増員法』は、少子化を憂いた政府が子どもを自動出産機で作ることができるようにするというお話ですね。性と生殖を出産機によって切り離すことによって、男性だけの家族でも子供が作れるようになる、という内容でしたね。

業田:ええ。その後にもう1本描いてくれと言われて、読み切りのつもりで描いたのが、子どもロボットを買うことができる『ペットロボ』(機械仕掛けの愛 第1巻)で。ああ、僕はやっぱりロボットが描きたいんだなと思ったんですね。

NWF:7~8年前ということは、シンギュラリティという概念が議論され始めていた頃だと思うのですが『ペットロボ』のような作品を描かれた時、そのような危機感はお持ちだったのでしょうか。

業田:危機感に駆られて描いたというよりは、人形やロボットを主人公にすると、やっぱり「人間」が描きやすかったんです。以前『空気人形』という漫画を描いて映画にもしていただいたのですが「人間に近いけど、人間ではないもの」を通して、人間というものを表現するためにロボットを選んだという面も大きいですね。もちろん、ロボットやAIの最先端などにも興味はありました。しかしそれよりも、人間を描く寓話として、“ロボットもの”でいきたいという感じでしたね。

あらすじ:幼い女の子の型をしたロボは、買い主の若い夫婦に飽きられて寂しさを感じていた。さまざまな買い主に使われてきた中古ロボだったが、最初に買ってくれた優しい女性に対して母のような気持ちを感じていた。あるとき若い夫婦の元を逃げ出し母に会いに行くが、本人の前で警察に連行されてしまう…

※機械仕掛けの愛 第1巻『ペットロボ』より

 

最先端の情報を調べ、「ロゴス」が結論を決める

NWF:ストーリーは、どのように構成されているのですか? 人間の業が浮き彫りになり、それが問題提起として繋がっていくストーリーが多いような気がするのですが、最初は何を描きたいと思って組み立てていらっしゃるのでしょうか。

 業田:近頃は特に、ロボットやAIの最先端の情報を本で読んだりインターネットで探したりしています。やっぱり、面白いんですよ。恐ろしくもあるけれど、ディープラーニングで、例えばこんなことやあんなことがロボットにもできるのか、と考える時間は楽しいんです。いろんなロボットが商品化されたり、チェスでAIが人間を負かしたり「ああ、やがて人間を超えるんだな」と。そういう情報を調べて、そのネタを元に何か作れないかな? と考え始めることが多いような気がしますね。

例えば『花嫁の父』(機械仕掛けの愛 第4巻)というお話は、花嫁の父親がロボットであるという話です。ロボットに偽の記憶を植え込んで、人間の子どもを、本当の自分の子どもと思って育てるようにプログラムしていたという、かわいそうなオチなんですけど。

こういう時は、例えば「子育てしているロボットがいたら面白いだろうな」という発想があって「それなら、どういう話ができるかな」というところからストーリーを考え始めます。それで「結婚式にロボットの父親が出席しているだけで、絵になって面白いな」というような流れで話を考えていって、実は政府がそういうプログラムを作っていた、というオチをつける。

僕の場合は4コマ漫画でデビューしたというのもありますが、アイデアを考えている時に人を観察するんです。そうすると自分の内面に意識が向かって、自分の心も分析していく。そうやって自分の心と向き合ってストーリーを作っていくのですが、最後のオチの部分でしっくりこないこともある。そういうときは大抵、僕のエゴが邪魔をしているんですね。物語の普遍的な論理、哲学でいう「ロゴス」のようなものに従ったほうが作品としてまとまる。ストーリーが導き出す結論に従うようにしています。

自分でいい話を作ろうと思っても酷い話になったり、酷い話を作ろうと思ってもいい話になったりして、コントロールできないこともあるんですよね。最初の設定をまず決めて、例えば24ページの場合、構造的にこの長さで最初にこういう設定だったら、もうオチはこうなるしかない、というようなことも近頃は多いですね。自分の考えを捨てて、新しいことに気が付く楽しさもありますね。

あらすじ:物語の舞台は結婚式、新婦の父はロボットだった。新婦が幼いころに交通事故で母は亡くなり、父も全身不随となるが脳の全情報をロボットに移し替える。ロボットになった父は新婦を25年間育て上げて結婚式の日を迎えた。しかしそこで新婦から告げられた事実により、物語は意外な方向に展開していく…

※機械仕掛けの愛 第4巻『花嫁の父』より

希望の可能性を描くことで変わる未来がある

NWF:AIの時代がやってくることへの警告は、業田先生ご自身の中にはあるのですか?

業田:そうですね。皆さんもそうじゃないですか? AIのことを調べていくと、不安の方が強くならないですか? ゆくゆくは人間の手に負えなくなるんじゃないかって。手に負えなくなったら悲劇が起こる可能性も高いですし、悲劇が起こらないにしても、みじめで、人間自体の存在意義がなくなるんじゃないかって。

NWF:かと思えば、ユートピアのようになると言う方もいらっしゃいます。

業田:ユートピアも怖いですよね。まさにマトリックスみたいに、体は機械に繋がれているのに頭の中はバーチャルリアリティで……その中が幸せなのであれば、幸せなのかもしれないですけど。

今まで人間が作り上げてきた文化や、道徳、倫理などがAIにも反映されますよね。とはいえ、人間は歴史上、悪いこともいっぱいやってきています。現代でも独裁国家はありますし、ひどいことをやっている国もいっぱいあるわけです。そういう影響をAIが受けるとしたら、将来はそんなに明るくないというか、暗いものを感じますよね。

特に中国などは、AIに力を入れています。いわゆる一党独裁の国ですが、そういう国がAIを使って監視社会を作っていく可能性もありますよね。もちろん、資本主義国家でも監視社会、独裁社会になる可能性はあります。ビジネスに有利ですからね。もちろん独裁国家は独裁国家なりに、自分の国を維持していくために監視社会にしていくでしょうし、怖さはどっちにもあるんですよね。

あらすじ:主人公は「未来予測センター」の主任。あるとき、国家主席暗殺の「未来容疑」で逮捕される。受刑者は強制労働に従事させられ、彼らの仕事で国の経済発展が成り立っていることを知り、コンピューターの未来予測によって国がおかしくなってしまったことに気付く。ある方法で刑務所を出ることに成功した主人公がとった行動とは…

※機械仕掛けの愛 第4巻『未来容疑』より

NWF:『未来容疑』(機械仕掛けの愛 第4巻)では量子コンピューターで未来予測をする政府が、将来起こる犯罪を予測して「未来容疑」として多くの人を逮捕するようになる、という未来を描かれていましたね。

業田:僕はAIやコンピューター技術について調べれば調べるほど、暗い気分になるんです。でも、それは漫画では描けないんです。そういう漫画は誰も読みたがらないですから。それに、漫画や創作ものは、読者を励まさなければいけない。励まさないと基本的に意味がないと思っているので、その中で必死に良い面を探そうとします。そして希望を描くことによって、少しでも未来が良い方に向かっていけばいいな、と思って描いています

加えて、ささやかな希望でもあるのですが、僕が描いた漫画もAIが将来見るだろうと。こういう気持ちを持ちながら描いた漫画家がいるんだな、こういう風に読む読者がいたんだな、と思ってもらえるかもしれない。

NWF:AIが将来この漫画を含め、いろんな創作物を読んで、自分自身に求められた役割を再認識して、何らかのいい軌道修正が行われる可能性があるんじゃないか、ということですか。漫画がAIにも影響を及ぼすなんて、新たな希望を感じます。

AIが心を持ったら、人間はどうなるのか?

NWF:人間は、「人間の幸せのために」というふうにAIをプログラミングしていくのでしょうか。でも、何をもって人間の幸せというのか断定できない。要するにそもそも人間自体、何が幸せかわかっていないから、ロボットが巻き込まれていく。ロボットが入ると出来ることも大きくなるから被害も大きくなるのかもしれませんね。

業田:今は、手探りですよね。人間とは何かもわからないし、AIがどうなっていくかもわからない。それぞれが意見を持っているのでしょうが、誰が正しいかもわからないですからね。その中で僕はずっと、AIが心を持つかどうかという問題はあるな、と思っていました。

AIに心は持てないだろうと思っていたのですが、何年か前に、猫の写真をいっぱい見せたAIが、猫の概念をつかんだと言われましたよね。それを知った時に、概念をつかめるということは、そのうち他の抽象概念もつかめるだろうと思いまして。そうなってくると感情みたいなものも生まれてくるだろうなと思うようになりました。

その時に、AIが持つ感情が人間と同じならまだいいですけど、人間とまったく違うものの可能性が高いわけです。でも人間はそれを頭で理解できても気持ちでは理解できない。ものすごく頭の良い存在ができるということに、やっぱり恐怖を感じるでしょう。

NWF: 人間は人知を超えた相手に対して、恐怖以外にどんな感情を持つでしょうか。

業田宗教っぽくなる可能性がありますよね。風水ってあるでしょう。例えば「玄関に黄色いものを置いていればお金がたまる」というような。そんな感じでAIが「ここに黄色いものを置けばお金がたまりますよ」と言って、本当にその確率を計算で出す可能性もあるわけですよね。それは人間にはわからないですよ、どうして黄色いものとお金がつながるのか。そして実際、本当にそれで良いことが起きたり、収入が増えたりしたら信じますよね。そうすると、それはもう宗教です。それはそれで、怖いなと思うんですよね。AIを尊敬する、神様みたいに信じる人も出てくる可能性がありますよね。

AIにはない、人間の可能性とは?

NWF:先生は人間というものにフォーカスして描いていらっしゃいますが、人間に対しての可能性については、どうお考えですか?

業田人間の可能性というか、良さについては、どんな状況になっても希望を捨てないことでしょう。映画だって、どんなに絶望的な状況になっていても、希望を持ってそれを打ち破っていくというストーリーが多いですよね。現実は映画みたいに全部成功するとは限らないですけど、どんな時でも希望を持つというのが人間の美点のひとつかなと思っています。愛情や人情、倫理、道徳。そういうものを、AIが持てるかどうかはちょっとわからないですよね。

NWF:私たちは「機械仕掛けの愛」を読んで、人間の際限のない欲望と業の深さもたくさん見てしまいました。

業田:僕はAIの未来に恐怖を感じていると言いましたけど、それと同時に、人間にはすぐ慣れる能力がありますよね。だから、AIに任せることに関してもすぐに慣れていくんじゃないかと思うんです。

いま僕の心理状態だと任せるのは嫌ですけど、実際そういう時代になれば、すぐ慣れていくのかもしれない。自分の意識をコンピューターの中にアップロードして生きていくという人も現れるかもしれない。肉体は滅びても、生きているということです。僕はそういう社会というか、人間の存在って嫌だなと思うんです。そういう存在になりたくない。意識だけの、データとしての存在で、AIの中で半永久的に生きていくなんて無間地獄のようで絶対に嫌だなと。

でも実際そうなったら、今は嫌だと思っているけど、実際そういう時代が来たら多くの人はすぐ慣れて、平気でやっているのかもしれないとも思います。

それでも人間には存在意義がある

NWF:これだけ作品をたくさん残していらっしゃる中で、最初の頃と変わったことはありますか? 読者からの反応などで、世界が変わったり、より課題意識が強まったり、あるいは使命感を感じたり……ということは?

業田:そうですね、シンギュラリティの時代が来て、人間を超えるAIが出てきた時に、人間の存在意義はどこにあるのか……ということはやはりずっと考えています。

さっき言ったように人間が感情・倫理・道徳・愛情を持っていること、が存在意義になるのかもしれないですけど、人間の能力をはるかに超えるAIの出現で、そういうものさえも吹っ飛んでしまうくらいの衝撃が、人間を襲うんじゃないかと。存在意義が感じられない中で、それを人間はどう乗り越えるべきかということの、答えを出せたらいいなと思います。

NWF:人間が「それでも自分には生きる意味がある」と乗り越える、具体的なシーンはありますか?

業田:2巻に掲載されている『オオミルハナ』でしょうか。これは「起こった出来事は、未来永劫なくならない」ということを表現したくて描いた作品です。同じく2巻に掲載されている『ロムニーのコップ』はそれを哲学的に表現したものですけど、この2本が描きたかったことのひとつになっています。テーマのひとつとして、他の漫画でも描いていますから。この時は、自分としては手ごたえがありました。

あらすじ:津波で両親を失った少年が主人公。父親は病院の院長で最後まで患者を助け出そうとして波に飲まれてしまった。病院で働いていた旧式のロボット「ロムニー」が少年を慰めるが、少年は「父の死に意味はなかった」と、石を投げつけてしまう。その後、生き残った患者たちが死んだ父に献花し、感謝で泣いているのを見てロムニーが伝えようとしたことに気が付くが…

※機械仕掛けの愛 第2巻『ロムニーのコップ』より

NWF:『ロムニーのコップ』は、起こったことは起こったこととして、宇宙の中で事実として永遠に残る、という話ですね。

業田:そうです。そう思うだけで、僕自身は救われる気がするんですよね。僕が死んだとしても、記憶を無くしたとしても、その出来事はなくならないという確信があるから。論理は通っていますからね。だから、それに気づいたことで、自分としては気が済んだというか、安心したというか。そういう気持ちになりました。

NWF:なぜ、消えないということに対して安心感を感じたのでしょうか?

業田:僕は昔から、死んでしまったらすべてなくなると思っていたわけです。何をやっても結局死んでいなくなるんだな、人生って虚しいな、と幼い頃はずっと思っていました。だから、それを乗り越える考え方を探していたんです。

それで「起こった出来事はなくならないんだ」と論理的に考えられることに気づいた時に、死の虚しさも消えたという感じです。だから、それを伝えたいという気持ちが強かった。その考え方に救われる人は意外と多いんじゃないか、と思っています。

それに対して「だから何?」と言うこともできますが、残った事実の先をどう考えるか。「じゃあ貴方はどう生きるか?」という問いが頭をもたげます。死んだ後のことを考えることは今生きていることを考えることなんです。「ずっと残るよ、やったことは全部残るよ」と言われたら真面目に生きなきゃって思いませんか。

あらすじ:舞台は地球から1200光年離れた星。主人公の少年は巨大波により両親を失い、病院で働くロボットに慰められる。その星の人や生き物は多くの目を持ち、みんな空を見上げるのが好きなのだが、なかでも「オオミルハナ」と呼ばれる巨大な花は遠く離れた星の人々の生活までも見通すことができる。その花にモニターを繋げて主人公とロボットが見た世界は、地球とよく似た世界だった…

※機械仕掛けの愛 第2巻『オオミルハナ』より

もしかしたら人間も、機械仕掛けかもしれない

NWF:ところで『機械仕掛けの愛』というタイトルは、どうやって決めたのですか?

業田:『時計じかけのオレンジ』の影響を受けているでしょうね(笑)。愛という言葉にこだわっていた時があります。情という言葉の方が好きなので、愛という言葉をあまり使いたくはなかったのですが。

ひょっとしたら、人間の感情も機械仕掛けなのかもしれない、という意味でつけたんです。ロボットが心を持ったら「機械仕掛けの感情」でしょ? でも人間もひょっとしたら、機械仕掛けなのかもしれない。

そう思ったきっかけのひとつが「『意識』は『無意識』が起こした行動を後から把握するための機能に過ぎない」という前野隆司さんの考え方なんですけど、確かにそうなのかもしれないなと思うんです。これはちょっと恐ろしいですね。となると自我、自意識というのは、そんなに意味のあるものじゃないのかもしれない

それは「自我を捨てなさい、自我というのは迷いです」という仏教の思想にもぴったりくるんです。前野さんのおっしゃっていることと同じですよね。自我が錯覚であるというのは、虚しい気もするんです。

NWF:実は、大事なのは脳じゃないのかもしれないですね。原生生物は腸だけでできていました。人間も腸が判断するためにそのほかの臓器が追加されたのかもしれない。となると意識とは何ぞや、という問いが生まれてきます。何をもって性格が決まるのか、感情がどこにあるのかというのは、脳ではないのかもしれません。

業田:そういう意味で、人間もロボットもたいして変わらない、人間だって実は機械仕掛けなのかもしれないですよね。

NWF: 今日はAIと付き合う上での心構えをお伺いする予定でしたが、結局人間もAIやロボットとさして変わらないのでは、という視点もお土産としていただきました。人体を解剖しても、心や意識というのは見つかりませんが、似て非なるロボットと対比することで人間とは何か、心や意識とは何か、が炙り出されてくるように思います。

「機械仕掛けの愛」第6巻も楽しみにしています! 本日はありがとうございました。

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