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2018年4月に行われた多摩市長選挙で、世界で初めて「AI」を政治に持ち込もうとする候補者が現れた。国内の主要メディアでは泡沫候補の一人として扱われ、獲得票数は約4,000票と当選には届かなかったが、世界的には「AIが4,000票を集めた」と驚きをもって報道された。「AI市長」を名乗って選挙を戦った松田みちひと候補者と、推薦人でAIや電子政府に詳しい松本徹三さんとともに今回の選挙を振り返り、彼らが意図していた本当のねらいと「AIと政治」の可能性について語ってもらった。
<プロフィール>
松田道人(まつだ みちひと)
2018年多摩市長選にAIメイヤーとして出馬
1973年東京都多摩市生まれ。情報通信会社社員。2018年4月、AI 市長候補を標榜して多摩市長選挙に立候補。世界初のAI選挙として世界30カ国以上にニュース配信され注目を浴びた。過去には、ファイル交換サービス「ファイルローグ」を運営し、日本レコード協会およびJASRAC(日本音楽著作権協会)とのサービス差し止め及び著作権損害賠償請求訴訟に敗訴。現在は、2019年の統一地方選に複数のAI候補者を擁立するための準備中。https://www.ai-mayor.com/
松本徹三(まつもと てつぞう)
多摩市AI市長 推薦人・元ソフトバンクモバイル副社長
1939年生まれ。京都大学法学部を卒業後、伊藤忠商事 大阪本社に入社。アメリカ会社エレクトロニクス部長、東京本社の通信事業部長、マルチメディア事業部長、宇宙情報部門長代行などを歴任後、1996年に伊藤忠を退社して独立。コンサルタント業のジャパン・リンクを設立後、米クアルコム社の要請を受けてクアルコムジャパンを1998年に設立し、社長に就任。2005年には、同社会長 兼 米国本社上級副社長に就任し、発展途上国向け新サービスの開拓などに取り組む。2006年9月にクアルコムを退社し、同年10月にソフトバンクモバイルの取締役副社長に就任、主として技術戦略、国際戦略などを担当。2011年6月には副社長を退任して取締役特別顧問になり、1年後に退社する。2013年11月に、休眠していたジャパン・リンクを復活させて、現在はソフトバンクを含む国内外の通信関連企業数社とのアドバイザリー契約がある。2013年から2年間、明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科の特別招聘教授も務めた。最近の著書に『AIが神になる日』(SBクリエイティブ、2017年7月)。
https://www.express.co.uk/news/world/947448/robots-japan-tokyo-mayor-artificial-intelligence-ai-news
「AI市長」立候補の理由
松田:私はずっとインターネット、ITの仕事をしてきました。人工知能についても自分なりに勉強していたのですが、2017年7月に松本さんの本『AIが神になる日』を読んで、AIと最も相性がいいのが政治だ、という章に感化されて、エンジニア仲間たちとディスカッションをはじめました。
最初は自分自身が立候補するなんて考えていませんでしたが、近いうち一般論として政治にAIが入っていくだろうと思うようになって、やはり具体的に選挙に出ていく必要があると考えはじめました。議論をしていても机上の空論で終わってしまうから、実際に選挙で政治家がAIを使っていく場面を自分で見たいと思うようになったんです。誰かやらないかなと思っていたのですが、なかなか出てこない。であれば自分たちでやろうか、と話をしているうちに多摩市長選挙が近づいてきました。
多摩市は僕の地元です。出馬しようか迷って、元Googleの村上憲郎さんに相談しました。「すぐにやりなさい、松本さんに連絡をするから、すぐに会いなさい」ということになって、松本さんに会って「選挙出ようと思っています。推薦人になっていただけませんか?」とお願いをして快諾をいただきました。そんな経緯で出馬を決めて、告示日の4日前に松本さんに同席してもらって、出馬の記者会見を開きました。
多摩市役所内で行われた記者会見には、メディア関係者20名ほどが集まった。
事務局:選挙の手応えはどうでしたか?
松田:僕はインターネットの世界で生きてきた人間なので、「AI市長」として出馬すれば話題になって、テレビなど大きなメディアにも取り上げてもらって、1万票くらいはいくかなと予想していました。でも、実際はその半分以下でした。やはりネットからリアルへの導線は無いということと、僕が想像していた以上に、投票所に来るのは高齢の方が多かった。ネットからリアルへの導線が低いという点に関しては、いずれネット投票が解禁されれば変わってくるのではないかと思います。
事務局:選挙後も、影響は大きかったのではないですか? 海外のメディアからも取り上げられていました。
松田:そうですね。日本だとTBSは特集を組んでくれましたが、他のテレビ局や大手の新聞では選挙ページに載っただけでしたし、ネットメディアでは「AI市長」なんてバカなことをやっている奴がいる、という取り上げ方が多かったです。しかし、外国メディアは違っていて、選挙の結果ではなく「初めてAIが選挙に挑んで4,000人も投票した、これはすごい!」という取り上げられ方でした。
「AI市長」といっても、AIが市長になるわけではなくて、AIを政策決定や行政の効率化に活用しようということです。「AI市長」と言い切ったのは、選挙を戦うにあたってAIを全面に出したいと思ったんです。現状では、技術と法律の壁があってAIを出馬させることはできません。AIは被選挙権を持っていませんし、紙にハンコを押すこともできませんから。
AIが市長になったら、税金を節約できる?!
事務局:松田さんにはいくつかの公約がありましたが、その中で具体的にはどの部分にAIが関わってくるのでしょうか?
松田: 実は選挙に出る3・4カ月前から、AIにデータを入れるために多摩市に対して情報開示請求をしていました。入手した情報をデータ化してAIに読み込ませていく中で、多摩市の隠蔽体質が分かりました。その象徴が、隠し事をしている副市長とその操り人形になっている現職の市長だったんです。副市長は陰の市長と呼ばれているようで、これは直接AIに関わることではないのですが、副市長の更迭を公約に入れました。
具体的にAIを行政サービスに提供していくのは、予算の精緻化と市営バス路線の自動化です。予算は2つの理由で多めに申請されます。一つは、あとで足りなくなったら困るから、実際に1億円必要だと思ったら1億2000万円ぐらいを申請しておく。お金を削る手続きよりも増やす手続きのほうが面倒なので、多く見積もっておこうということです。海外旅行に行くときに多めに外貨を買っておいて、帰りの空港で余った外貨を使い切った経験は誰にでもありますよね。
もう一つは、予算が後で減らされるかもしれないから少し多めに申請しておくという手続き上の駆け引き。こういうことが、国レベルでも市レベルでも起こっています。これは人間がやっているからであって、AIが最初からピタッと必要な額を予測できれば、無駄な予算が減って税金の節約につながります。
事務局:市長の仕事は予算を決めること以外にも、政策を作って議会承認を得たり、議会に挙げる前に根回ししたりと、様々な仕事があると思うのですが、どの程度がAIで代替できるものですか?
松田:その質問に答える前に、まず市長はどのぐらいの仕事をしているのか、をお話します。
僕が調べたところ、ほとんど何もしなくても市政は回ることが分かりました。もちろん仕事はしたほうがいいのですが、市長は承認するだけで、否決しない限りは誰がやっても同じです。政策を考えるのも市長ではなく、役人が考えたものが議会に挙がる。当然、要所要所で小池知事のように自分の政策を打ち出してくることはありますが、基本的には判断するのが市長の仕事です。その判断の部分に関して、将来的にAIにデータ読み込ませて、人間の代わりに仕事をさせる。そういうことができると思います。
感情や欲望がないAIこそ、市長にふさわしい
松本:僕は、松田さんからコンタクトを受けてびっくりしました。選挙ポスターにロボットが載っていて「本気か?」と思いましたが、ある意味、非常にうれしかった。私は松田さんと同じ意見で、産業分野のAIの活用は合理化に繋がるので、そのうちAI化が進みます。しかし、最もAIが威力を発揮するのは政治だと思っています。なぜなら、いま多くの人は、政治に満足していないから。政治に金が絡んだり、情実が絡んだり、忖度が絡んだりというところを不満に思っていますよね。でも、人間がやれば誰がやったってそうなる。
よくAIの議論するときに、人間と同じように作って感情も持たせようとする。私の考えは全く別で、AIは人間の脳の中から、理性的な判断に関するところだけを切り出して、感情や欲望から完全に断絶させるのがAIの価値だと考えています。
人間の感情に絡むようなAIもあります。音楽を作ったり小説を書いたりすることもできるけれど、それはAIが考えてやっているのではなく、人間の性格を統計的に理解してそれにエンターテインしているという話で、すべて産業的なものです。しかし、政治に関しては、人間の欲望やエゴなどの情実から完全に独立させて、純粋に理性で判断してもらったほうが国民のためには良いのではないでしょうか?
もちろん、1日でAIが全ての政治家の代わりをするのは無理です。50年かかるか100年かかるか分かりませんが、出発点は明日でもできます。その出発点をつくるならば、地方公共団体が一番良いのではないか。国政でそれやろうと思ったら、もう大議論で前に進まないけれど、地方だったら誰かやる気のある人がいたら、すぐにでも第一歩が踏み出せると 思います。
しかし、その一方で、私は松田さんには「いきなりAIが市長になるなんて言えば、市民は薄気味悪がって逃げてしまいますよ」と伝えました。
松田:そう。実際に、その通りでした。
松本:だから、「AIを駆使する市長になります」という伝え方をアドバイスしました。AIを最大限に利用して、人間がやる政治の問題点を少しずつ解決していく。その第一歩を多摩市がやると言ったら、伝わるかもしれないと思ったからです。
例えば、税金を使うことに関するあらゆる議論は口頭であれ文章であれ、全部デジタル化して記録すれば、改ざんもできないし捨ててしまったということもない。紙も必要ないし、お金も節約できる。AIは、その中から矛盾するものや法律に照らしておかしいものを選び出せる。そのぐらいのことは今のAIでもできます。
民主主義は本当に民意を反映しているのか?
事務局:政治から、人間の感情的な要素をAIで無くしたとして、例えば、社会的弱者の救済は合理的に考えると予算を割くべきではない、という判断をするかもしれません。そのあたりの判断基準をどう設定するか問題になりそうですね。
松本:当然、しばらくその決断は市長がやるんです。AIは色々な政策上の選択肢 の長所と短所、問題点をきちんと整理して、市民に公開して問いかければいい。AIを使って民意を正確に吸い上げるのは出発点であって、その上で最終的な判断は市長が決断するべきです。市長は公正・正確に民意を吸い上げ、それに従って、「私はこういう決断をしました」と言えばよいのです。
松田:もしAIが間違った判断をしたら選挙で落とせばいい。AIにどんな変数を重要視させるか、市民がある程度の幸せを感じる状態にするのか、一部の市民がすごく金持ちになって残りがすごく貧乏になるのか……そのバランスをどうやって取るかは非常に難しいのですが、そこを選挙で決めていくべきだと思います。
松本:今のところ、民主主義というのは多数決で決めることになっていますが、これは正しいのでしょうか? 例えば、ある政策を進めると6割の人は非常に幸せになり、4割の人はものすごく不幸になるとします。賛成派と反対派で激しくやり合って、6割の人が多数決で勝ったら4割の人は切り捨てられる。これは本当にフェアなのでしょうか。AIを使えば、少数派を単純に切り捨てるのではなく、少数派にもある程度の救済措置を講じ、その分だけ多数派にはある程度の犠牲を求めて、適切なバランスをとった「妥協案」という選択肢を選挙民に提案する事ができます。
今は間接民主制で、議員が完全に投票者を代表してくれているのか確信が持てない。本当は直接民主制のほうがいいですが、費用も手間もかかるし難しいからできない。しかし、AIを駆使すれば直接民主制に一歩近くことができるでしょう。
『選挙ドットコム』より引用
AIによって代議士は職を失う?
事務局:今さまざまなIoTのデバイスから個人のライフログが吸い出されて、ビッグデータとして様々な分野で活用されてきていますが、そういうビッグデータが政治や地域の福祉のために利用される可能性があります。例えば、有権者の地域へのニーズがデータ化されて直接行政に繋がると、代議士も要らなくなるし、選挙は必要なくなるかもしれませんね。
松田:はい。間接民主制と直接民主制の話は株の流れに似ていると思います。
昔は、株の営業マンが会社の方針として売りたい株を誘導してお客さんに売っていたわけです。顧客は、株の値段を1日1回新聞でチェックをしたり、「今いくらですか」と証券会社に電話で確認するしか方法がなかった。これは、今の自民党などがやっている組織票と似ていて、民主主義と言いながら実際にはバックの組織の意向で株を売ったり買ったりしているということ。しかし、今はネットの普及によって個人がマーケット情報にアクセスできるようになった。そこで何が起こったかというと、個人投資家がネットトレードでマーケットにリーチして株を直接売買できようになり、株の営業マンが要らなくなった。
候補者にしても、最初はみな立派な政治信条を持っているのに、当選するために、選挙資金、選挙活動のノウハウ、公認と引き換えに政党に魂を売ってしまう。当選後は党議拘束によって自由な政治活動ができず、大企業のサラリーマンのように組織内で決められた階段を昇っていきながら党内での発言権を強めていく。つまり、議員ではなく政党が政治を司っている。これが間接民主制の実態です。
IT化が進むと中間にいる人が不要になって、直接情報がやり取りできる。松本さんが言ったように、直接民主主義に移行できる可能性があると思っています。聖徳太子は10人の意見を同時に聞くことができたと言われていますが、例えばAIが市長や総理大臣になれば、1億人の意見を同時に聞くことができる優秀な政治家になりえると思います。
政治家が民衆に代わって政治をしてあげるというのは、政治家のおごりではないか? 他の産業でも、ユーザーに情報開示をして任せたほうが、代弁者が頑張るよりもうまくいくことはもう明らかです。
松本:ビジネスの成功は、マーケットが決めます。いくら押し付けても、マーケットや利用者がそっぽ向けば売れない。だから自然にバランスが取れていくけれど、政治家はそうなっていない。
役所のデータを、全部AIに読み込ませる
事務局:マーケット至上主義で「神の見えざる手」が働くという考え方もあると思いますが、それ以前にデータの取り方が作為的だったり、ボリュームが十分ではない場合、それは民意を反映することにはならないですよね?
松田:そうです。それは役所が情報を隠しているからであって、AIを導入するなら役所の中に入ってやる必要があると思います。外側から政治に対してAI使えといっても、結局都合のいい情報だけを読み込ませたら意味がありません。本当に守るべき個人のプライバシー情報以外は全てのデータを読み込む。既にデータはたくさんあるんです。それが紙で保存されているから読み込ませていないのです。
事務局:今の役所の仕事は、いろんな非効率な部分があると思うんです。そういうものが、AIを導入するだけで効率化される可能性もありそうです。
個人情報を電子化するための、三つのファクター
事務局:お話を伺っていると、政治におけるAIの使い途が2種類あると感じました。一つは行政組織内で使うAI、もう一つは民意を集めて政治に反映させるためのAI。そういうことをやろうとしているが、エストニアや、福岡市ですよね?
松本:エストニアの電子政府は成功していますね。それを日本に導入するために、私はPlanetwayという会社のアドバイザリーボードのチェアマンをしています。GoogleやFacebookが個人情報をコントロールするのではなく、個人の了承か法律の要請がなければ情報は使えないようにする。そして、全体を確実に使いやすいものにする。エストニアの技術を使えばそれは可能になるでしょう。
東京海上が実験で動かしているのですが、例えば交通事故が起こると被害者は、病院に行く、病院から情報を保険会社に渡して、保険会社がそれに基づいて保険金を払う、という流れの中で、今は病院にデータがあっても個人情報だから勝手に保険会社に渡せません。病院から出たデータを保険の利用者本人が手で書き写して、それをファクスで保険会社に送っているんです。新しいシステムでは、個人が確認して了承すれば、クリック一つで情報が保険会社に送られる。処理が早いし、支払いも正確になります。
銀行も興味を持っていて、この仕組みを使う場合の個人情報やプライバシーをどのように保護するかを考えています。プライバシーは電子化の三つのファクターの一つで、まずはその情報が正しいかどうかという「Integrity」、そしてその情報を自由に使えるかどうか、役に立つかどうかという「Availability」、最後が「Confidentiality(機密性)」ですね。この三つがなければいけない。情報をただ取得すればいいのではなく、自由に利用できなければならない。そして法律が要請するか、あるいは本人が許可すれば情報が使えるようにする。ただし、一定の範囲でセキュリティはきちんと守りますというシステムです。
国は個人情報を大量に持っている
事務局:今までは個人の情報やプライバシーを秘匿する傾向でしたが、そこにAvailabilityが入ってきて個人に責任が伴うようになると、少し不安ですね。
松本:質問が簡単だったらいいのでは? 例えば、交通事故の病院の情報を保険会社に出していいですか? YESかNOを答えればいいだけです。それだけなら誰だって「うん、いいよ」と言えるのではないか? 今はそれが不親切なのです。使い勝手が悪い。切符の自動販売機レベルまで分かりやすくなれば、誰でも使えるのではないでしょうか。
事務局:それは行政サービスもそうかもしれません。利用者にとって分かりやすくなければならないし、個人情報を出すことに対しての怖さをなくす必要もありそうですね。
松田:そう思いますね。既に民間ではどんどん情報を集めています。でも行政では個人情報保護を言い訳にして、情報を取る努力をしていません。しかし実際には行政側は住基ネットがあるし、警察も大量の情報を持っています。今は、多くの情報を持ったまま使っていないと思うんですよね。
松本:ただ、政府に情報を握られるのは怖いと思う人がいるでしょう。だからみんな情報に神経質になるんです。特別な権力者が情報を持つのではなくて、純粋に公正なAIが情報を管理して、本人から要請された場合、あるいは犯罪が今にも発生しそうだと判断された場合だけ、情報を警察に渡したり、本人に知らせればいい。それ以外は絶対に秘密を厳守するのです。それから、AIの強さは、常に公明正大で絶対にぶれないと ころにあります。人間は、どんなにいい人に見えてもいつ豹変するか分からないし、松田さんのようなAI市長といえども簡単には信用できない(笑)。
最終的には、市長は人間でないほうがいいと思うんです。しかしそうなるまでには何十年もの時間かかるでしょうから、人間とAIが一緒になって徐々に信頼度を上げていく。AIがいかに優れているかを一般国民に納得してもらうためのプロセスが必要です。
市場原理による最適化から、AIによる最適化へ
事務局:電子化やAIによって、行政サービスはどのくらい効率化できるものでしょうか? 松田さんの公約に市営バス路線の自動化があったのですが、例えば介護や保育ではなく、なぜバスだったのでしょうか?
松田:介護や保育は民間の事業者が多いので、行政は補助金を出してサポートすればいい。行政がやるべきことは、インフラの部分だと思っています。インフラ以外の部分は民間が担うことで市場原理で進んでいく。行政がやるべきは市場に任せられない分野で、交通インフラであるバス路線もその一つだと思っています。
IT化・AI化の荒波にのまれにくい最後の分野が政治だと思っています。その理由は、市場原理が働いていないから。いまどき二世が親の名前で活躍してるのは政治家と芸能人くらいでしょう。敢えて政治の中に入って、市場原理で壊していくことも必要ではないか? もちろん、市場で処理すべきでないこともあると思いますが、そもそも情報公開がされていないから、効率化できる仕事や改善すべき点があるということ自体が世の中に伝わっていないんです。
世界を分断させる民主主義
事務局:市場原理主義は「儲かるか儲からないか」という価値基準で動いていきますが、それを政治に当てはめた場合はどうなるのでしょうか?
松田:市場原理は確かに「儲かるか儲からないか」という意味もありますが、市場に参加している人たちの意志をお金によって反映して調整していくためのシステムです。それを選挙に置き換えると、社会という「市場」に参加している有権者の意志が投票によって反映されていないし、調整もされていないのではないか? つまり社会のみんなが思っているとおりの投票結果になっていないということです。組織票があったり、古い体制の人たちが古いやり方によって当選に有利な仕組みになっているのが実態です。
事務局:政治の中身についてはどうでしょうか? 公平・公正な情報が提供されたとしても、結局は資金力や発言力のある人たちの意見で政治が動いてしまうのではないでしょうか。
松本:必ず力の議論になるという点で、民主主義や市場の原理には問題点も多い。僕も、そこにすべてを委ねるのは間違いだと思います。多数派は満足するけど、少数派は大きな不満を持った人たちの集合になるる。手段を失った少数派はテロに走る可能性だってがあるのです。現在は民主主義と市場経済の両方の良い点と悪い点が混在している。これをなんとかして「いいところ取り」にしなければならなりません。
人間のこれまでの歴史をつぶさに観察してみると、「行きつ戻りつ」が多すぎて、これによって多くの犠牲者が出ています。人間というものは、自分たちに対抗する勢力があると、それに対して過激な反撃言葉で攻撃する人のほうに人気が流れる傾向があります。ですから、歴史的に見ると、現実に大きな変革の原動力になっているのは、常に極端な意見を持つ勢力です。穏健派というのはどこでも流行らない、両側から頼りないと思われるので、結局過激派に人気が流れ、両極端の対決になるのです。
それを克服するためには、理性や価値観や倫理観というものをシステムの中に入れていかなければならない。人間の政治家は常に自分の考える正義を主張しますが、選挙民はその主張のどこかに落とし穴がないかということまでは読み取れません。だから、AIがバランスのとれたバイアスのかかってない客観的な情報と、それから生まれる幾つかの選択肢を選挙民に示して、「決めるのはあなたです。あなたはどちらを選びますか?」 と問いかけるのです。そこでそれから生まれる幾つかの選択肢を選挙民に80対20とか90対10の結果が出たなら、10や20の人には諦めてもらうが、何らかの救済措置はとるなど、いろんなシナリオがあっていいでしょう。
事務局:結局、人間の政治家はあまりあてにはならないと?
松本:そうです。人間に現実を単純化してあまり深く考えないままに自分の意見を明快に言ってしまう傾向がありますから。
AIは最適なのは共産主義を最適化する?
事務局:民主主義や資本主義が発展してきて、いま多くの課題が出てきているわけですが、逆にもし社会主義や共産主義がまだ力を持っていたとして、そこにAIが入ったら全ての問題が解決されるのかなと、お話を聞いていて感じました。
松本:そうですね。共産主義と計画経済は歴史的には失敗例になっていますが、なぜ失敗したかいうと、人間がやったからです。人間が経済をやっている限り、刺激がなければ働かない。資本主義は人間の欲で働くから経済が活性化してうまくいった。でも共産党の指導者たちは人間がそういうものであるという現実が読めなかった。
もう一つ、共産主義のような制度も、独裁者が聖人君主だという前提ならばいいんでしょうが、現実には独裁者が権力を持てば必ず腐敗するのです。では、それをAIがやったらどうでしょうか? AIなら欲得無しに24時間働きます。そして、絶対に腐敗しません。ですから、AIが完全にコントロールする時代には、過去のものになっていた共産主義の価値というものが、改めて見直されることになるかもしれませんね。
事務局:でも、そこに至るまでの道は、気の遠くなる程に長くて、難しいものになるので はありませんか?
松本:そうです。とてつもなく難しいでしょうね。コンセンサスが取れそうで取れない、 そんな状況が長い間続くでしょう。だから、私は今からそういう議論をはじめようと言っています。このままAIの技術だけが発展してその議論が遅れると、気が付いたら万能のAIが誰か独裁的な人の手に握られていた、という恐れもある。今からその議論をはじめて何十年もかけて徐々にコンセンサスを築いていくしかないのです。この流れは誰にももう止められません。
地方政治を変えていく「AIの党」
事務局:では最後に、松田さんの今後の動きについてお伺いします。いまは、仲間を募集していますよね?
松田:はい。多摩市長選が終わってからも問い合わせをもらっています。来年の統一地方選挙に向けて準備中です。6月の立川市議選でも知り合いの候補者にAIポスターを一部の掲示板でですが使ってもらいました。この記事を読んで、AIで来年の統一地方選挙に出たいという方がいたらぜひ連絡をください。
松本:ただ、誤解されたり恐れられたりしないようにしないといけないんですよ。
事務局:私たちもそう思いました。あのポスターはわざとですか?
松田:そうですね。最初だったというのもあってインパクトのあるポスターで目を引いて、議論をしたかったんです。多摩市民だけで議論しても仕方がないと思っていたので、多摩市の外も含めて広く議論したかった。現実的には、あれはやり過ぎだと思っているので、今後は少し違う方向にシフトしていく予定です。
松本: 今回の選挙では、この場で議論されたAIの公平性のようなところまではとても市民の皆さんに伝えられなかった。多摩市の準備の期間が短すぎて、具体的な政策案にも落とし込めませんでした。結果として、「何だか変なロボットが出た」だけみたいな感じになってしまったのは残念でした。
事務局:世界初だったのでしょうか?
松田:一応そうですね。自分で調べた限りですが。世界のメディアがそう報じているなら、そうなのでしょう。日本でもAIを使うということは小泉進次郎氏も言っている。AIを使っていくという意見を持っている人は少なくないですね。
しかし、AIを導入すると役人の仕事がなくなったり、既得権益が失われる。郵政民営化でもそうでしたが、郵便関係者は小泉さんに投票しませんでした。やはりそこは選挙に委ねていくしかないと思います。
人間は忖度をする。お世話になった人に義理を感じたり恩返したりするのは人間の良いところだと思います。ただ、政治家と行政は法律だけに則って運用すべきだから、そこで感情を入れる必要はないと思います。
事務局:市場原理はお金が判断基準ですが、政治は法律が判断基準ですよね。AIの判断基準を法律にしてしまうと、法律で判断できないケースも出てくるでしょうから、膨大な新しい法律が必要になってくるかもしれません。そして法律以外にも、人の幸せや満足度を測るために、いろんな基準が必要になってきそうです。
松本:納得性の平均値しかないですね。だから、そういうコンセプトを、時間をかけて作っていかなくてはいけません。今は平均値が必ずしも有権者の平均値になっていなくて、政治家や高級官僚、それに一部の学者や経済人等の平均値になっているように感じます。
松田:ITやAIで直接選挙になったら、それがいわゆる衆愚に繋がるという意見もありますが、それでも今の政治家よりはマシだと思いますね。ネットの世界では集合知が衆愚に繋がらないことはほぼ証明されているので、なぜ政治だけが政治家に任せることになっているのか疑問を感じています。