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ギャラリスト三潴末雄さんと考える アートの買いかた、感じかた

アートを享受する。作家に対する情報や知識がなければ、アートを理解することはできない、楽しむことができないのか? 「感じる」ことより「考える」ことを優先してしまっている人は多いのではないだろうか? ギャラリストとして、自身のギャラリーに所属する日本人作家を国内外問わず紹介し続け、日本のアートムーブメントの第一人者と言っても過言ではない三潴末雄さん。今回はキュレーターの岡田智博さんを案内役として、三潴さんがこれまでの人生で見てきた日本のアートの素晴らしさ、世界のアートマーケットの現状、これからの未来に残すべきアート等について語ってもらった。

<プロフィール>
三潴末雄 / Sueo Mizuma
東京生まれのギャラリスト。成城大学文芸学部卒業。1980年代からギャラリー活動を開始。1994年「ミヅマアートギャラリー」を青山に開廊。2000年からその活動の幅を海外に広げ、国際的なアートフェアに参加。日本、アジアの若手作家を中心にその育成、発掘、紹介を行っている。2002年、中目黒にギャラリーを移転。2008年、北京に「Mizuma & One Gallery」を開廊。2009年、市谷田町にミヅマアートギャラリーを移転。2012年、シンガポールに「Mizuma Gallery」開廊。2018年ニューヨークに「Mizuma, Kips & Wada Art」を共同経営で開廊。 https://mizuma-art.co.jp/

岡田智博 / Tomohiro Okada
松本生まれ。ニューヨーク大学大学院School Of Education を経て、九州芸術工科大学大学院および東京大学大学院学際情報学府を修了。マルチメディア・コンテンツに関するクリエイティビティー向上と普及のための事業の立ち上げに多数尽力の後、芸術・文化・デザインによる先端領域の普及と産業化のためのインキュベーション活動に執り組んでいる。 NPOクリエイティブクラスター理事長。NPO法人デザインアソシエーション=コンテンツキュレーター。アートセンターNICAディレクター。

アートを買うということ

岡田:アート作品がある生活をしてみたいという人は案外いると思うんです。実際に買うというアクションが日本では少ないと思うのですが、今までの30年の取り組みの中で何か思うことはありますか?

三潴:まず基本的に日本人は現代アートに関して教養主義的になりがちで、「この作品をどう思いますか?」と聞くと、「よくわかりません」と答える人が多いです。よくわからないと言う理由は、この作家が何を考えて、どんなヒストリーを背景にして作ったのかを知らないため。その作家に対する情報や知識がないから、作品を見たときに好きか嫌いかも言わない。これが大体の日本人の態度なんです。

でもこれは基本的に間違っていて、別に作家がどんな人であろうが、超有名な人であろうが、無名の新人であろうが、見た作品に対して自分で感じ取ったものが、まず基本的にある。だから、作品も自分が気に入ったものを買えばいい。投資で買いたい、将来的な利益を作品によって得たいという人は、それはそれで買い方が別にある。なぜそういう態度になるかというと、教育が悪いのかなと思います。

日本はそもそも深い文化国家

三潴:日本って実はすごい文化国家なんです。一方で無宗教だと言われる。でもそれも間違っていて、西洋が言うような絶対的な神様とか、唯一神とかそういうものはないかもしれない。けれども、我々の生活の中には八百万の神々がいて、いろいろなところにいる。お便所にも神様がいるくらい非常に宗教的な国なんです。でも西洋から見たら、「日本人は無宗教だな」と思うのでしょうね。正月は神社に行って、結婚式は教会でやったり、お葬式は仏教でやったり。いろいろな宗教が入っていて、まさに八百万の神なわけです。一神教を信じる欧米人からみたら考えられないことでしょうね。

キリスト教やユダヤ教は選民思想があるから絶対的神様がいて、それが彼らが言うところの宗教であって、我々が考えている宗教とは違うわけです。西洋の価値観でものを見ているから、全然信仰がないと言っているけれども、とんでもない。アートも同じなんですね。いわゆるアメリカは建国以来、たかだか250年の歴史しかありません。世界を席巻しているポップアートなんて50〜60年ですね。だけど日本って2000年このかた日本だったわけです。日本には、日本だけの独自のものというよりは、ユーラシアの突端の島にある国だからこそ、いろいろなものが日本に入ってきている。大陸から来たものが一回発酵して、その中で独自のものに変わっていくんです。隣の中国にあったものが日本に来ると変わっていく。漢字や仏教などが代表的な例で、日本特有な漢字や仏教に変えていくのです。非常に深い深い文化国家なんです。

歴史的に見ると、世界最高峰のアート

三潴「奇想の系譜展」という展覧会が東京都美術館で開催されましたが、そこにあるアートというのは、世界最高峰です。我々は世界最高峰のアートを持っているし、そういう国なんです。素晴らしい国なんです。日本のアートが世界にどのくらい影響力を与えたかというと、例えば浮世絵がヨーロッパに出ていった時に、ジャポネスクという形で、彼らの表現形態を変えた。

印象派後期印象派が生まれるきっかけになったのは日本の浮世絵なんです。簡単に言えば、遠近法を無視していた。それまでの絵というはボリュームをつけるとか陰影をつけるとか、そういう形でやっていたから遠近法を無視した浮世絵の表面ののっぺりした表現に、彼らはショックを受けたんです。「こんな表現があるんだ」と。彼らの表現スタイルが浮世絵によって変わっていくんです。そのことによって、後期印象派が生まれ、現代アートが生まれていくきっかけになっていった。そのくらいの大きな影響力を与えているんですが、我々はこうした歴史を知らないでしょう。

向こうの人に「じゃあ、ゴッホとかモネとかどんな絵を描いたか見てごらん。日本の真似をしたものがたくさんあるんだ」そういう話をする。彼らが調べるとびっくりするわけです。それくらい我々の文化は世界に影響を与えた。素晴らしいものを持っていたんだけれど、その当時日本人は明治維新以降、近代化するために西欧のものをどんどん受け入れることに必死でした。自分のところにあった素晴らしい文化財を、二束三文で全部海外に渡していったわけです。でも、我々は世界に誇れる文化的な国なんですよ。素晴らしい国。そこで生まれた現代アートが世界に行って、なんで評価されないのか。それはマーケットの問題もあります。

歌川国芳『相馬の古内裏』(*パブリックドメイン)

マーケットに沿うことで評価される

三潴:ほとんど金融資本のマーケットを支配しているのは、ユダヤ。ユダヤというのは一神教の国です。我々多神教の国だと、例えば偶像的なものなら何でも受け入れるわけです。でも、一神教の国は基本的に偶像崇拝を禁止しているから、やっぱり抽象的なものを重んじる。ですから、抽象画というのは向こうでは最高のものとして評価されているわけです。宗教の問題や金融の問題がからみ、そのせめぎ合いの中でローカル日本が持っているものはすごく素晴らしいものがたくさんある。例えば、草間彌生奈良美智杉本博司村上隆などが評価をされている。ほとんどが、欧米中心のマーケットからの評価です。

岡田:海外のオークションに入ったり、多く取引されるようになってから、評価されるような感じがするんですけれども。

三潴:例えばスーパーフラットというコンセプトを考えた村上隆が展覧会をニューヨークでやった時に、アメリカにはフラットベッドという思想があって、いかにどれだけ平面で物を描くかということを試していたグループがいた。そういうものにぴったりと合い、西洋の美術史の中のいろいろな問題に合致していたから、スーパーフラットが受け入れられ、村上隆が受け入れられた。

岡田:結局は、西洋のコンテクストに合うからこそ、世界に受け入れやすかったというところでは、同じ部分があるんでしょうか。

三潴:だいたいマーケットの論理で評価されるわけです。今の欧米のマーケットの論理というのは、まず一人の作家が大量に生産する。量が質を作るという発想なんですよね。ジェフ・クーンズにしても、村上隆にしても、草間彌生にしても、みんな工房があってルネッサンスと同じです。ものすごく大量に似たようなものを作るわけですよ。例えば、新しいコレクターが出てくる。新しい成金、金持ちが出てくるからアートをコレクションしようとしたら、まず有名なものを欲しがる。それがたくさんあれば、買いやすいわけです。そうやってマーケットも伸びていく。それが基本的なマーケット論理。

それとビジュアルが強いものも、日本の作家でも受け入れられる。例えば、最近五木田智央がオペラシティで展覧会をやりました。ギャラリーで売っている値段って、大きいものでも500万円するんです。でも人気があって買えないわけです。それでも彼はオペラシティでやっていた展覧会で、3ヶ月間で62枚描いたと。奈良美智は一番多い時は、年間で200枚描いたと。「どうやって描いた?」と聞くと、わからないらしい(笑)。ピカソは生涯で、版画や陶器も含めて8万点と言われていますが、そのくらい大量に生産することが求められている。量産作家を求めるマーケットになっているので、それが評価につながる。

五木田智央はどちらかというとデザイン的な絵だけれども、去年のニューヨークのオークションで100万ドルという値が付きました。今でも数千万円しますよ。これは向こうの論理に乗ったのと同時に、アメリカの有力なギャラリー、西海岸ではBlum & Poe、東海岸ではMary Booneで展覧会をやる。完璧にマーケットに乗るわけです。奈良美智もBlum & Poeから始まって、Marianne Boeskyというギャラリーで展覧会をやったりしている。そういう形でルートに乗っていくと世界のマーケットでもいける。だから、マーケットで評価されるようになるわけです。

誰がアートの値段を決めるのか?

三潴:もう一つ重要なのは、アートマーケットって2つあるということ。一つはプライマリーマーケット。もう一つはセカンダリーマーケット。この二つが全く違うんです。どこが違うと思いますか? プライマリーマーケットでは若い作家や今の作家が出てきて、ギャラリーを通しているから、値段というのはギャラリーと作家が一緒に決めるわけです。セカンダリーマーケットというのは、誰が値段を決めるのか。例えば、オークションで誰が値段を決めると思いますか?

会場:お客さん?

三潴:そうなんですよ。お客さんが欲しいと思ったら、どこまでも手を挙げるわけです。最近、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品が史上最高額の500億円でニューヨークのクリスティーズで売れました。ダ・ヴィンチの作品でこの世で現存しているのは17点と言われていて、これが本物かどうか議論になっているんですよ。なんで500億円まで上がるかというと、中国のロンミュージアムのワンさんという一族が手を挙げたのと、最終的には中近東の王族、アブダビの一族が買っているんです。

一方で、調べていくと最終的にお金を出した人はロシアの人。中近東の王族がお金を払うんだけれど、そのお金が還流して賄賂資金になっているという。マネーロンダリングに利用されているという説もある。「これが500億円なら、ダ・ヴィンチのモナリザが出て来たら1兆円だね」と言ってますが。人間が作ったものの付加価値という中で、アートが一番高いんですよ。どんなにステンレスの戦闘機を作ろうが、たかだか200、300億でしょう。たった一枚の絵で、500億の価値になるという。

付加価値といえば、キャンベルスープ。ウォーホールがやったものなんですけれども。売り出された時は100ドルくらいだった。それが今だったら1億円くらいになる。100ドルの1万倍です。そのような付加価値になってしまうんです。

奈良美智が出て来た90年代に、僕も彼の10万円の絵を8万円で買いました。うちで働いていたスタッフが辞める時に「餞別でやるよ」と言ったら、「お金がいいです」と言われて10万円をあげた。でも、僕はずっとその作品を持っていた。ある日オフィスに行ったら、友人が奈良の作品を見て「キャメロン・ディアスが同じような作品を持っていますよ。今、これ300万しますよ」と。こっちは8万円で買ったから、「そんなに今、奈良ってすごいんだ」と。早速ホコリを払って仕舞いました。でも僕は途中で売ったんだけど、持っていたら3000万円くらいしますよ。売った時は600万円くらい。そういう形で付加価値がつくのが多いんですよ。そういうことが今、現在進行形で起きているんです。

レオナルド・ダ・ヴィンチ「Salvador Mundi」(*パブリックドメイン)

オークションは諸刃の剣

会場:ギャラリストとして、値段が釣りあがっていくことをどう思いますか?

三潴:うちの作家はそういうのないので(笑)。2007年、2008年くらいの時に、リーマンショックの前にいっとき日本の現代アートがバブルになったことがあるんですよ。だいたい台湾や香港あたりの華僑が買っていったんです。その前は、華僑は中国アートでぼろ儲けしたから、「次は?」と調べたら、「アジアで日本の作品が良くて安いらしい」ということでみんな買いに来た。そういう形で買って、オークションに出していった。うちが150万円で売った作品がオークションに出したら4000万円で売れたとか。いっときだけ。でも日本人が日本の現代アート作品をあまり買わないのがバレてしまった。その後リーマンショックがあって、そのブームは消えたんですけれども。

だから、オークションというのはセカンダリーマーケットのことで、そこで値段が上がることで我々の作品は売りやすくはなる。けれども、オークションで高い値段になったからといって、プライマリーマーケットで我々ギャラリーが作家の値段を上げることはできない。やっぱりステップバイステップで上げていくしかない。非常に微妙なんですよ、オークションって。オークションは諸刃の剣で、値段が高くなってきて作家が強気になって「上げよう」と言っても、その値段では絶対に売れない。僕はそういうことが分かっているから、作家とはいつも喧嘩になる。「一度上げて、売れなくなった時に値段を下げていいのか。下げたらダンピングだ」と。バーゲンしていると思われる。だから作品の値段は安定させた方がいいんです。

コレクターという病が蔓延してほしい

岡田:コレクターの人たちは作品を買っていくわけですけれども、なぜコレクティングし続けようと思うんですか?

三潴:コレクターという病なんですね(笑)。これは僕がいつも言うんですけれど、熱病で一度発症するとどんどん熱が上がっていって、たくさん作品を欲しがる。ですから、みなさんにもコレクター病という病が、蔓延してほしい。コレクターになった人が世の中にどんどん熱を発していってほしい、影響してほしい。でも例えば、ZOZOTOWNの前澤さんが120億でバスキアを買って盛り上がった時、一度ネットに出るからすごい広告効果が高いでしょう。同時に企業の宣伝にもなったし、彼自身も有名になった。

そうすると、ディカプリオが電話して来て「飯食おう」とか、そういうことが起きる。今まで会えなかった人たちと会えて、いわゆるアートワールドのいろいろな有名な人たちと会えるわけですよ。そうすると、前澤効果というのがあって、若手の経営者たちが、前澤さんの周りに集まっていた人たちが、「僕は100億200億で絵は買えないけれど、1億2億で絵は買えるんだけどどうしたらいい?」って彼に相談するわけです。そうすると前澤さんが「アートフェアっていうのがあるから行ってみたら?」と。「ギャラリーに行って、オークションに行ってみたら?」とサジェスチョンするわけです。

今みんな経営者はバスキアを欲しがるんですよ。そういう風な効果はある。それは別に悪いわけではない。熱病が蔓延してほしいとは思っています。ただ、僕が思っている熱病は、実は日本の現代アート自体を買ってほしいということ。やっぱり多くの人は、オークションに出ているような欧米の有名な物を買いたがる。でも日本の文化を支えられるのは日本人しかいないんですよ。だから日本のコレクター達に日本の作品を買ってほしい。それで、みんなでマーケットを盛り上げたいと思っています。

岡田:世界のアートマーケットというグラフを、仕事柄学生達に教えたりする時に、「とにかく買ってくれ」、「偉くなったら買ってくれ」と僕は言うんです。大学院生には社会人が多いから「買ってください」みたいな話もします。世界の現代アートの年間流通高でいうと、日本は1パーセントにも満たない。NICAFから始まって、今はART FAIR TOKYOというのがありますけれど、日本全体ではアート流通は年間2,200億円しかないといわれています。

三潴:いや、日本は現代アートだけじゃなくて、文化というものに使うお金もある。例えば茶道の世界で器や掛け軸や日本画とかそういう古いものに使っているお金もあるわけです。そういうものもカウントしなければならないわけですよ。現代アートだけでは、それくらいの市場規模しかないと僕も思う。だけど、欧米は現代アートが基本だから、それは全然違う。だからマーケットの大きさを比較するのはあまり意味がないと思うし、日本はダメなんだという論理になるのが、一番ダメだと思う。

中国アートバブルの裏話

岡田:中国のアート市場もすごいですよね。

三潴:中国の何がすごいかというと、中国で2000年過ぎから現代アートがものすごい勢いで値段が上がっていったんです。それが海外のオークション、サザビーズで上がったわけですよ。これは完璧なマネーロンダリングなんです。どういうことかというと、不正に蓄財した中国のお金を海外にみんな出したいわけですよ。だけど中国の銀行からは送れない。でも合法的に送る方法はあったわけです。それがオークションだった。

例えば、中国人の作家の作品を買います。それをロンドンやニューヨークや香港のオークションに出します。その金持ち達は海外に行けるから、香港やマカオやいろんなところで銀行口座を作っておきます。それでオークションに出します。自分で買ったものを友達の名前でオークションに出してもらいます。そして、1億円で入札すると手数料で20パーセント取られて1億2000万円の請求書が来るから、作品を買ったという形でそのお金を送れるわけです。送ったらオークションハウスは、そこから2割の手数料をとって、1億円を売主のところに振り込みます。売主の口座は海外にあります。そのお金は合法的に海外に出て行きます。

こういう形で、たった一人の人でも1500億円くらいを送っている。中国全体で何十兆円というお金が不正蓄財されていた。それがブラックマネーになって、全部外に出ていった。今は不正蓄財とかそういう賄賂を中国共産党が叩いているけれど、あれはまだほんの一部ですよ。すでに出たお金が膨大にあるわけです。しかも、ほとんどのお金はみんなアメリカやヨーロッパに預金しているから。アメリカは、全部わかっているんですよ。習近平ですらそういうものが一族にいるということがわかっている。そういう形にして、お金がアートを利用して出ていったわけです。だから、どんどん中国アートは上がったわけです。でも中国のマネーが上げたのはアートだけでなく、世界の主要都市の不動産も買い漁ったので高騰しましたね。

その後どんな問題が起きたかというと、オークションで買って1億円にした絵を、中国人のその人はケチだからもう一回中国に戻したわけです。税関の申告の時に、200万円と言って戻すわけです。最初の頃はどんどん入っていったんだけど、それをまた友達に売るわけです。そういう形でどんどん繰り返して、大量のブラックマネーが中国外に出ていきました。

そして習近平が2012年に首席になったときに、どんどん入って来た絵を全部ストップして、通関のシッパーに「シッピングインボイスが違うだろう」と一斉に取り締まりをやったわけです。「この絵はあのオークションで200万ドルで落札されている、なんでこれが2万ドルなんだ?」と。まずシッパーを捕まえた。そしてマネーロンダリングしていた経営者を150人くらい捕まえた。一番すごかったのは、上海にあるクリスティーズやサザビーズへの取り締まり。でもその連中は顧客の情報は外に出さない。

それでクリスティーズやサザビーズに向かって、「中国人の顧客リストを全部だせ、出さなかったら、香港での営業許可を取り消す」と言ったわけです。結局、彼らは全部渡しました。渡したから、すごい人数が捕まった。オークションハウスは許されたけれど、中には懲役を受けた業者もいる。脱税で捕まったのもいる。でも、ほとんどの金持ちは税金を払えばいいんだなと、金で解決した。その事件をきっかけに中国のマーケットが一時期下がったことがあるんです。

習近平が次にやったのは、外貨の残高が減ってきたから、1ドルも海外に送れないように完璧にストップしました。中国人はそれまで年間5万ドル送れていたんです。そして地下銀行への取り締まりも非常に厳しくなってきている。そうすると国内のマーケットにお金が流れてくるわけです。中国は書道や現代アートもまともなものはありますよ。でもバブルの時はそういう風にお金が動いたりしたんですね。

手作りの作家しか扱わない

会場:アートは「人間らしさ」の塊だと思います。でも今後AIが進んできて、なんでも評価ができるようになる。AIがアートを評価をして、何億というマーケットが作られる。そんな時代は来るでしょうか?

三潴:僕は『ホモデウス』や、最近は『オリジン』という小説を読んでいて、AI時代は我々が過去500年間でやってきた近代化を含む発展のさらに先にあるものだと思います。これから50年くらいで大変革があった時に、多分AIがいろんなものに取って代わってものを考えたりするようになるかもしれない。でも、多分AIがどんなに評価しても絶対お金が絡んでくる。だから、AIが「何をやるか」より「どんなものに価値を見出していくのか」ということにしか僕は興味がない。マーケットのこともわからない。

自分がやっているのは、大量生産の作家は扱わないということ、全部自分の手でつくる作家しか扱わない、ということ。僕は『MIZUMA―手の国の鬼才たち』(求龍堂刊)という本を出版しましたが、日本人は手をたくさん使う。手をたくさん使うということは、頭も使うと僕は思っている。もともと日本というのは農耕民族で、お米を作るというのはものすごい工程があって手をたくさん使うんですよ。日本には非常に丁寧で繊細だったり、そういう手を使う文化があって、それが日本の産業のテクノロジーを支えているんだと思ってます。

マルセル・デュシャンという人が、レディメイドという概念をつくりだしてその辺にあった便器をアートだと言った。「デュシャンはすごい」と西洋は言うんだけれど、僕は「いまさら何を言っているんだよ」と。「そんなのデュシャンの前に日本では何百年前に千利休がやっているよ」と。千利休はベトナムのルソンで便器として使われていた壷を「素晴らしい」と言って、秀吉なんかが大枚叩いて買っていたわけですよ。

デュシャンの前にそういうことをやっていた千利休がいたんだけれども、そんなことも忘れちゃって、デュシャンが出てきて既存のものが何でもアートになってしまったと思っている。そもそもコンセプチュアルアートというものは考え方が重要だということで、あまり手で作られたものがないわけですよ。コンセプチュアルアートって不器用な人たちがつくりだしたもの。だから、コンセプトは面白いけど、作品は面白くないというものが多い。けれども、日本人は面白いものを作れる。コンセプトがあって、面白い作品も作れる。多分こういうものが50年後100年後、そういうものが一番評価されるんじゃないのかな。

1枚の絵に3年

例えばうちに佐賀出身の池田学という作家がいる。彼は東京藝術大学のデザイン科を出ているんだけれど、本当は絵描きになりたかった。けれども、自分には絵の才能がないからとデザインに進んだ。いま彼が描く絵は線画なんだけど、アクリルインクで一枚の絵を描くのに2〜3年とかけるわけです。2017年の金沢21世紀美術館や佐賀県立美術館での展覧会では、NHKにも取り上げられてものすごい人が見にきた。「誕生」と言う作品があるんだけれど、この作品は正味3年くらいかけて描いた。

こういう作品は50年後の未来の人が見てもびっくりするだろうと。AIがどんどん進化していったときに、ますます人間は手を使わなくなるんじゃないか。彼の作品の何がすごいかと言うと、最初にプランがないんです。エスキース(下絵)がない。最初は2011年の東日本大震災から瓦礫を描き出していって、それをずっと来る日も描いていって、点が増殖していって絵になっていくという世界。歴史に残るものをこの世に残したいとギャラリストは考え、作家も考えるんだけれど、そのヒストリーは何百年ではなく、おそらく50年100年という単位なのかもしれない。ただ、そこに残るような絵というのは、細かく描いたからすごいと言っているわけじゃない。

例えば、花の部分をクローズアップすると、その花は何一つこの世にあるものじゃなくて、彼が考えた全部人工的な花。細かいからすごいんじゃなくて、描いている世界観がすごい。これはアメリカのウィスコンシン州のマディソンというところで3年半かけて、描き上げました。佐賀県立美術館がコレクションをしてくれた。こういうような作品が、山口晃とか会田誠と色々いるけれども、そういう歴史に残っていくものをやってみたいなと僕は思っています。

作家の作りたいものを作る

兵庫県立美術館の展覧会で展示された会田誠の作品はねぶたで、素材は針金と紙です。旧日本軍の兵隊が出てきて、これを見て「英霊に失礼だ」と見当はずれな話もあったけど、基本的に日本は戦争を起こした。国家が戦争を起こすというのは必然的で仕方ないんだけれども、兵隊を餓死させるということは一番やってはいけないこと。兵隊を餓死させるのは最低なんですよ。戦う前にみんな餓死。こんなことを国家がやってはいけないんですよ。会田が作った作品は旧日本軍の亡霊が国会に、という深い作品なんです。今の時代を的確に捉えて、こういうものも時代の中でちゃんと作る。

ミヅマアートギャラリーHP(https://mizuma-art.co.jp/ja/artists/aida-makoto/)より

でもこのような作品は絶対にコレクションができないんです。高さ7m、幅6mだし。これを作るとき、何を最初から考えないといけないかというと、数学の頭が必要なんです。というのは、これを運ばないとならないでしょう。運ぶトラックの大きさがあるわけです。その大きさに合わせてパーツをきちっと細かく分けて、設計して作るわけです。それをこの作家が全部自分で設計図を書いて、切って、針金をやって、紙の色は自分で色を出して、作っていくんですよ。

会場:コレクションができないものを作ることに対して、価値は付けにくいのではないでしょうか?

三潴:いやいや、だからこそ素晴らしい。僕が単なるコマーシャルのギャラリストだったら、「こんなの作ってどうするんだよ」となるんだけれど、今の時代にこれが出ることに意味があるわけです。作品が売れようが売れまいが、作家が作りたいものを作る。それを僕は尊重しなければならない。もしそうじゃなかったら、「会田、女の子の絵を書いたらみんなが欲しがるから、女の子の絵を描いてよ」と言う。でも、彼は「あれはお客さんへのサービス仕事だから、だいたい自分の作品を誰かが家に飾っているなんて気持ち悪いですよ」と言う。だから、できるだけ大きいものを作る。コレクションできないものを作る。それが彼の素晴らしさなんです。

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