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SOW! はこれからの未来を切り開くための叡智や、失われそうな叡智を持って取り組む人・団体(プレゼンター)に対し、各分野の専門家や参加者のみなさんとブラッシュアップをしながら、クラウドファンディングをその場で行うイベントです。
会場で応援したいプロジェクトの立案者から直に話を聞いて、心打たれて賛同したくなった企画に、その場でファンディング参加ができる形式です。みなさんのイベント参加費3,000円のうち1,000円を支援金として、ゲストにお渡しします。
開催5回目を迎える今年のテーマは、『アップデイト』。2019年の財団の大テーマ『人間にしかできないこと』をもとに、これまでの伝統や技術、活動をこれから100年先を見据えながらアップデイトしようとしている人やチームをプレゼンターにお呼びしました。
プレゼンター
白鶴酒造 商品開発本部主任 佐田尚隆さん
ゲスト(プロジェクト応援)
・楽天株式会社 常務執行役員 CDO(チーフデータオフィサー) グローバルデータ統括部 ディレクター 北川 拓也さん
・スーパーイノベーター ヤフー株式会社 SR推進統括本部 沼田尚志さん
・ファッションジャーナリスト、一般社団法人フュートゥラディションワオ代表理事/NWF評議員 生駒芳子さん
・カフェ・カンパニー株式会社 代表取締役社長、当財団代表理事 楠本修二郎
・株式会社LIFULL 代表取締役社長、当財団代表理事 井上高志
【プレゼンターNO.3】老舗・白鶴酒造の若手社員がつくる
”お蔵入り酵母”をつかった『新しい日本酒の世界』を感じる日本酒『別鶴』開発
白鶴酒造 商品開発本部主任 佐田尚隆さん
1986年兵庫県生まれ。2010年広島大学大学院修士課程修了。同年白鶴酒造に入社。研究開発室で5年間、清酒酵母の研究、糖質オフ清酒の技術開発等を担当。2015年から戦略開発本部(現商品開発本部)にて商品開発に従事。
2016年に商品開発プロジェクト「別鶴」を立ち上げ、同世代の若手社員とともに若者向けの日本酒の開発を行う。
ディスカッション
楠本:(試飲を終えて)ごちそうさまでした。下世話なお話かもしれませんが、業界全体を盛り上げたいというお話だったんですが、白鶴さんからすると「他のライバル盛り上がらせてどうするんだ」みたいな話になる気がします。なぜ白鶴さんだけではなく、業界全体を盛り上げたいというアイデアが出てきたんですか?
佐田(別鶴):実は僕は、会社に入ってから日本酒のファンになったんですが、あらためてすごいお酒だなと。他のお酒と違う魅力があって、そこにはそれぞれ作り手の想いがあって、海外からも注目されています。限られたパイの中の競争ももちろん重要かもしれませんが、日本の日本酒がすごいということが世界の人に理解されると、パイが広がって結果的にうちの会社自体の売上も上がるのではないかと考えています。
楠本:これは日本酒なんですよね? でも、飲んだ印象はワインを超えたワインだなと思って。でもそれを「日本酒」として売って欲しいなと今の話を聞いて思いました。ワインを超えているなという理由は、無添加ですよね。だからワインにありがちな雑味も全然ないし、防腐剤のイガイガ感もない、だからビオワインに近いんだけど、でもビオワインはちょっと酸味が強すぎる。この日本酒はものすごく芳醇で、スッと健康的に喉に入ってくる感じにびっくりしました。ものすごく売れると思います。
日本酒業界からすると「うわ、これで売れちゃうんだ。」みたいなことになると思います。「これで」というのは失礼な意味じゃなくて、保守的に酸味を消そうっていうのが伝統的に残っているとすれば、この味で良かったんだなと。ある種の成功モデルは「獺祭」だと思いますが、それをさらに一歩進めた感がありますね。それはしがらみや固定観念のない若手が作ったからこその成果だと思います。だから、もっと突き抜けても良いかなと思ったのと、私ごとですが、外食業界の社長たちに宣伝しておきますね、本当に美味しいので。クールジャパンのような文脈でも、すごく受けると思います。
司会:白鶴は灘の酒蔵ということで、灘にある酒造メーカー同士で連携したいみたいなことも考えられているんですよね?
佐田:灘ではライバル同士の大手メーカーが多いこともあって、表立った企業間連携はあまり積極的にやってこなかった歴史もあるんです。
ですが、「菊正宗」さんなどをはじめ、私と同年代の若手の社員のいるメーカーも多いので、彼らとコラボレーションしながら垣根を取り払っていけたらおもしろいんじゃないかというのが個人的な構想としてあります。ちょっとマーケティング的ですけれども、「禁断のコラボレーション」みたいなこともどんどんやりたいなと考えています。
沼田:スーパーイノベーターの沼田です。本当に残念だなと思ったんですが、健康診断の結果が一昨日来まして、肝臓の数値がマックス悪くてですね「酒飲んだら死ぬよ」 みたいなことを言われたので、健康診断前にぜひお会いしたかったなと思います。さっき試飲をさせて頂いて、ちょっとだけ舐めましたが、新感覚な、どう自分の中でも捉えていいかわからない不思議な味がしました。
質問ですが、ノンアルコールの日本酒はできないのかなと。ぜひノンアルコール的なものが欲しいなと思います。あと、私はストーリーにすごく興味があって、佐田さんがなぜ斜陽産業である日本酒産業に自らジョインされたのか、ちょっと掻い摘んでお伺いできたらなと思います。
佐田:なぜ日本酒業界に入ったか、理由はすごく簡単で、私は神戸出身で白鶴まで歩いて行ける距離に住んでいたので、ちょっと受けて見ようと思って受けたら、たまたま受かったから。実家からも通えるし、お金も貯まる、ほんまにしょうもない理由なんですが。
沼田:その中で、なぜイノベーションにチャレンジしようと思ったのですか?
佐田:もともと日本酒はそれほど好きじゃなかったんですが、内定をもらってから自社の商品を飲んだがことないまま入社するのもまずいなと思って、一通り買って飲んでみた中で「純米大吟醸」がとても美味しくて。今まで思っていた日本酒は日本酒じゃなかったんだ、と思いました。そういった体験をしたので、いま日本酒が好きじゃない人も、何かきっかけさえあればそうなる可能性があるんじゃないかと。
ノンアルコールの日本酒は技術的にすごく難しいんです。例えばビールは同じ醸造酒という分類で、穀物を発酵して作られますが、味の成分や香り成分の種類というのが日本酒は圧倒的に多いんです。ビールと比べて桁が違うくらい成分の数が多いので、それをノンアルコールにして再現するのがノンアルコールビールよりも技術的に限りなくハードルが高いんです。10年以上前からずっと開発課題テーマとして挙がっているのですが、なかなかブレイクスルーできていません。
北川:すごく美味しかったです。僕はお酒に弱いので、ちょっと酔っ払っているんですが。僕も西宮出身で、中高「灘」という学校の出身なんですね。あの学校は灘の酒蔵のジョイントベンチャーみたいな学校なので。
佐田:そうですね。灘の「白鶴」「菊正宗」「櫻正宗」の3蔵が出資して作ったのが灘中、灘高だったんですよね。
北川:そうです。まさにそういう歴史があって、もう僕は手伝うしかないと思いました、ぜひ手伝わせていただきたいです。試飲をしてみて皆さん味がすごくいいとおっしゃっていますが、逆に何が足りないんでしょうか?
佐田:何が足りないかも、正直わからないところではあるんですが。ただ社内の上司に言わせると、この商品を広げていくにはマーケティングを工夫しないと難しいと言われますね。日本酒業界は「製造免許」や「販売免許」といったライセンスに守られてきた産業だったので、そもそもマーケティングというものが弱いと感じています。いい商品を作れば売れるだろうみたいな気質もあります。ただ、もうそういう時代ではないので、売るための仕掛け、何を作るかよりもどう売るかというところにシフトしていかなければと思っています。
井上:すごく美味しかったです。これは、発売する時に「白鶴」の名前で出すんですか?
佐田:ちょっと微妙なところなんですが、あまり「白鶴印」的なものは要らないと思いますが、ただマーケティングとしては白鶴がやっているから面白いというのもあるのかなと。パック酒を作っている白鶴がこういうお酒も作っているという、ギャップが面白いと思っていただけるかなと考えています。
井上:日本酒業界はいま若いチャレンジャーがどんどん出てきていて、小さい蔵だけど頑張っているところも多くて、そういうお酒はプレミアム感もあります。例えば、白鶴さんのような老舗メーカーが新しいラインアップを出したとして、当初は「お!」って思って買い、「美味しいじゃん」となるんだけれど、パッケージや社名を含めてなんとなく第3のビールの競争や、酎ハイ系の大手による新ジャンル競争みたいな感じにもなっていきそうで、そんな競争に陥って欲しくはないと思うんですね。
もう少し大手は大手なりの、日本酒業界全体に対するプラットフォーマーとして、例えば酵母の研究や開発の協力をしたり、分析してあげたり、業界全体も発展していく様な感じになればいいなと。それぞれの蔵が多様なお酒を作っていくんだけど、その裏で大手メーカーがバックアップするような構造になると業界全体も発展していきそうだなと思いました。
佐田:裏でプロデュースするみたいな立ち位置ですね。おっしゃる通りで、参考にしたいのはクラフトビールのマーケットです。一番最初はヤッホーブルーイングさんなどが、地ビールを「クラフトビール」として二次開発して進めた背景があって、そこに大手のキリンさんがスプリングバレーブルワリー を作ったり、サントリーさんやアサヒさんがクラフトビールに参入したり。大手がクラフトビールというものを素材に新しい事業をやるみたいなそういう形になるといいのかなと考えています。
生駒:一言だけいいですか? 私は白鶴の一事業と言わない方がいいと思いました。トヨタのレクサスみたいな、白鶴と全然違うブランドでデビューした方が良くて、むしろ考えるべきなのは料理とのマリアージュとか、ワイングラスに入れるのか江戸切子に入れるのか、日本酒がつくる新しい風景じゃないでしょうか。どっちかというとデザートワインとか、そういうのにも近い。今までにないものとして誕生した方がいいのかなって思います。風景を見たいです。
楠本:僕も全く同じこと思っていました。「THREE」という化粧品メーカーがあります。今ものすごくイノベイティブな商品を出していて、精進料理のレストランをやるくらい美について深く取り組んでいるのですが、実は母体がPOLAさんなんですよね。もしPOLAのTHREEとして売り出していたら、どうなっていたか。敢えてPOLAという冠を付けなくてもそれは滲みでるんですよ、「あれってPOLAらしいよ」とポジティブに伝わってくるから。だから最初に「白鶴です」と打ち出すのではなくて、「実は白鶴でした」というストーリーにした方がいいんじゃないかなと思いました。
司会:では佐田さん、最後に一言!
佐田:これだけ言いたいのは、「日本」を冠にしたプロダクトは実は非常に少なくて、そういうものを仕事にしていくことに誇りとプライドを感じています。海外では受けているのに、日本人が理解しないのは残念なので、ぜひこの日本酒の輪を広げていって、みなさんと日本酒や日本自体を盛り上げていく様な、そういう取り組みをしていけたらなと思います。