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年に一度のケイザイ祭
今回のテーマは WORK IS OVER !?
AIの出現で、人間にしかできないことが減ってきている現在、人が働かなくてよくなる未来が来るのか?
人は何のために今まで働いてきたのか?
いま私たちの働き方にどのような変化が必要なのか?
過去、現在、未来の視点から4名のゲストと共に
「働くということ」を考えました。
Part3 ビッグデータ、ハピネス、AI… 未来の働き方を考える
ゲスト:日立製作所AI研究所所長 矢野和男氏×日本仕事百貨代表/株式会社シゴトヒト代表取締役 ナカムラケンタ氏
Part3では、求人サイト「日本仕事百貨」や「しごとバー」の運営などを通して、人と人がリアルに出会う場をつくり続けているナカムラケンタ氏と、人間の行動を読み解く膨大なデータを取り扱うAIの第一人者、矢野和男氏が登壇。人間が幸せに生き、働くことを研究しているという点で目指すものが共通している二人が、これからの働き方について語っていただきました。
【ゲスト】
ナカムラケンタさん
日本仕事百科代表、株式会社しごとひと代表取締役。1979年生まれ。求人サイト「日本仕事百貨」の企画運営、東京・清澄白河に小さな街をつくるプロジェクト「リトルトーキョー」「仕事バー」の企画デザインなどを手掛ける。2015年よりグッドデザイン賞審査員。2018年、ミシマ社より初の単著『生きるようにはたらく』を出版。
矢野和男さん
株式会社日立製作所フェロー、未来投資本部ハピネスプロジェクトリーダー理事、博士(工学) 、IEEE Fellow、東京工業大学情報理工学院特定教授。1984 年早稲田大学物理修士卒、日立製作所入社。91〜92 年、アリゾナ州立大にてナノデバイスに関する共同研究に従事。2004 年から先行してビッグデータ収集・活用で世界を牽引。のべ 100 万日を超えるデータを使った企業業績向上の研究と心理学や人工知能からナノテクまでの専門性の広さと深さで知られる。多目的 AI の開発やハピネスを定量化するセンサの開発で先導的な役割を果たす。2014 年、『データの見えざる手:ウエアラブルセンサが 明かす人間・組織・社会』(草思社)を上梓。
様々な生き方、働き方とリアルに出会う場を作る
ナカムラ:まず自己紹介をさせていただきます。「生きるように働く」って、どんな意味だと思いますか? いろんな解釈があっていいと思うんです。僕は「生きている時間も働いている時間も全部自分の時間」、そんな感覚で求人サイトを運営しています。今までの経験から「いい場所にはいい人がいる」と思っていて、人と場所をすれ違いなく結びつけることができれば、そこにいる人はいきいきと働くし、いきいきと働いている人がいる場所はいい場所になると思って、仕事のありのままを伝えてすれ違いなく出会うことができれば いきいきと働けるんじゃないか、そうするといい場所が増えていくんじゃないか、と考えたことから作ったのが「日本仕事百貨」です。
このサイトの求人記事は、すべて職場を訪ねて、仕事の大変なところも含めてあるがままの様子をちゃんと聞いて作っています。このサイトは平日の昼休みにアクセス数が急増します。会社で見ている人が多いのかもしれません。オフィスで求人サイトなんて見ていたら気まずいと思うんですが、このサイトならデザイン的にそう見えないから安心なのかも。また、転職する予定がない人にも読み物として読まれているんじゃないかと推測しています。旅行の予定はなくても旅行雑誌をめくっているとおもしろいですよね。それと同じような感覚で、このサイトを通じて知らなかった仕事や生き方を眺めている方もいらっしゃるのでしょう。そんな風に何気なく見ているうちにビビビっと来る仕事に巡り合ったという方にもよく会います。
また「しごとバー」という場の運営もしています。清澄白河にある僕らの拠点にいろんな人に来てもらって、お酒の力を借りながら会話をするんです。家と職場の往復だと外の世界との接点がなかなか持てませんが、ここに来てもらえればいろんな生き方や働き方に出会えます。それに、テレビやトークショーのように、人が一方的に話しているのを見ても、普段の馬鹿話をしている姿や、真面目に仕事しているときとも違う。人の一面しかわかりません。でも、会話をすると人となりがよくわかりますよね。しかもちょっとお酒の力を借りると、より身近になれる。予約不要で、ワンドリンク分払ってもらえればいい。イベントが終わったらバースペースに残って会話できる、そういう気軽な場をほぼ毎日やっています。
もうひとつ、最近始めたのが「popcorn」というサービスです。誰もが自分の映画館を作れる、平たく言うと「自主上映会サービス」。最近、屋外など映画館以外で映画を見る機会が増えていますが、実は上映までこぎつけるのは大変なんです。権利関係が複雑だし、1回10万くらいするので、映画館同様に料金を1800円に設定すると、56人来ないと損益分岐は超えません。だから小規模な自主上映会は赤字覚悟になってしまうんです。一方popcornは、インターネットでデータをお預かりしてストリーミングで再生することで、コストは観客の人数に応じた手数料だけというサービスです。
Dick Thomas Johnson from Tokyo, Japan – Shibuya Halloween 2016 (October 31) CC BY 2.0
ここでみなさんに質問です。今からお話する3つのコトにはある共通するものがあります。それは何でしょうか?
まずは渋谷のハロウィン。10年前ってこんなじゃなかったはず。それがなぜこうなったと思いますか? コスプレが一般的になったという以外に、別の理由がある気もするんです。
次に、味噌作りワークショップです。すごい人気です。「手前味噌」というくらいだから、味噌って簡単に作れるのに、なぜみんな集まってやるんでしょう。健康志向が理由? 流行りのクラフトフードだから?
最後はランクラブです。みんな集まって一緒に走るクラブです。僕も参加しています。ひとりでも走れるのに、みんなで走るのが流行っているんです。健康志向とかマラソンブーム、いろいろあると思うんですが、なぜでしょう?
この3つに共通するものは、インターネットによって、人と人とが関わるリアルな場所の価値が明確になったということです。映画のリアルは映画館ですが、人と人との関わりが起きにくいんです。すごい映画を見たあとに、みんなと話したい気持ちってありますよね。でも映画館だと、見ているときは静かだし、見終わってから誰かに話すというわけにはいきません。そういうものを超える場所が上映会だと思うんです。ここで、上映会に参加した人の感想を紹介します。
「家でひとりで見るのとも、映画館で見るのとも違う体験だった。ひとりで見るときは自分しかいないし、映画館で見るときは人の存在を消すことが強制されているように感じる。popcornはまず人があって、その空気の中で一緒に見ることができる。人の存在を感じられる場だと思う」
僕はいろんな仕事をしていますが、共通するのは「人」と「場所」がテーマだということです。自己紹介は以上です。ありがとうございました。
AIとビッグデータが、人の幸せに貢献する
矢野:これまで私が何をやってきたかお話したいと思います。これまで約100年、人間を標準化して規格化するような働き方が続いていました。標準化されたプロダクトやサービスを国中に行き渡らせるには最適のやり方でしたが、今は「多様性」や「変化」を認め、向き合わないといけません。一人一人が顔も違う、好みも違う、今日と明日でも違う。そういう時代です。
ただ、多様性・変化に対応するには、現場でその都度作戦会議をやったり、実際に人を相手に実験していては対応しきれません。だからこそ、まずはコンピューター上で過去のデータを使って実験のベースとなる部分を行い、実験の確度を上げることが必要になる。これが、人工知能を使う意義だと考えています。
どういうことか、実際に作ったものをお見せしましょう。これは人工知能にブランコを学習させました。膝の曲げ伸ばしとそのタイミングをどうしたら振れ幅が大きくなるかについて、実験と学習を愚直に続けます。
1分くらい経つとちょっと振れ幅が大きくなります。3分くらい経つとコツをつかみ始めてかなり上手になってきて、人間がやるように、後ろに振れたときひざを曲げて、前に振れる時に膝を伸ばして、と、最初に一切教えていなくてもできるようになりました。
興味深いことに、上手くなっても人工知能はここで実験と学習をやめないんです。我々人間だと恐怖を感じてしまう動作にも愚直に挑戦することで新たな技を見いだして、人間にはたどり着けない境地まで到達したんです。
AlphaGo(アルファ碁)というソフトウェアでも同様のことが起こりました。AlphaGoが、世界最強と言われた韓国の棋士、イ・セドルさんに勝ったときは、序盤から盤面の真ん中あたりにどんどん打ってきました。専門家に言わせると、かなり非常識だけど実はものすごくいい手で、今はプロも使っているんだそうです。碁の1000年もの歴史の中で、おそらく最初のうちは自由に打っていたと思うんですが、やがて周辺から打っていった方が強いということが知られて常套手段になって、真ん中に打つという実験をやめて1000年経ってしまったんですね。
先ほどのAIロボットの話に戻りますと、ブランコの次は鉄棒をやらせてみました。人間だったら「ブランコが得意なのになんで今ごろ鉄棒をやらせるんだ」と言って抵抗するかもしれませんが、AIは愚直に実験と学習を続け、3分もするとコツをつかみ始めて、ブランコに乗っているときとは全然違う動きを習得しました。
すでにAIはリアルな分野で実績を上げています。例えば、倉庫のスケジューリングをやらせて生産性を8%向上させたり、お店の売上げを15%上げたり、鉄道で使用する電力を14%下げたり、住宅ローン審査で貸し倒れを高精度に予測したり。活躍する分野は今までの機械と全然違いますし、人工知能が人間と置き換わっているわけじゃないんです。
例えば、仕事も社会もいろいろなルールの上に成立していますが、やや杓子定規すぎてしばしば我々の自由を奪っています。先日ロンドンでミュージカル『レ・ミゼラブル』を見たんですが、作中、主人公ジャン・バルジャンが貧困に耐えかねてたった一個のパンを盗み、19年牢屋に入れられ、その後仮釈放された彼が善行をしているにも関わらず、警察のジャヴェールが執拗に追い回します。人工知能が戦っているのは、まさにこのジャヴェールなんです。
ルールというものはもっと柔軟なものにしなきゃいけないと私は思います。つまり、「ルールを決めてそれを厳守するのがいいことだ」という世界から「状況が変わったらそれに対応して行動を変えることがいいことだ」という世界にするために、人工知能とデータが必要なんだと思います。
AIが活躍できる分野として注目しているのが「ハピネス」です。アラブ首長国連邦のドバイでは、2年前に政府が幸福省と幸福担当大臣を任命して、国民の幸福に対するアセスメントを通らないと法律は作れないという法律を作りました。国連も国際幸福デーを定めたり、先ほどのお話にもあった『サピエンス全史』の著者ハラリが、これからの人類の2大アジェンダのひとつはハピネスの追求だと言っています。
イェール大学で幸福に関する講義が開設されたら、全学生の1/4が殺到したそうです。
ハピネスは、従来は宗教とか哲学で語られたテーマです。なぜなら定量化できませんからね。しかしそこに穴を開けたのが実は、「いいね!」などのレーティングなんです。つまり恣意的・主観的な操作によって、ある程度経済価値が見えるようになったということです。
もしも客観的・無意識的にハピネスに関連したデータを測定できるツールがあれば、あらゆるものに対する信用情報になる……というようなことを15年前から妄想をし始め、ウエアラブルセンサを作りました。2006年3月16日に左腕にセンサをつけ始め、以来、私の過去12年以上にわたる左腕の動きはすべてコンピューターに記録されています。活発に動いているときは赤、止まっている時は青で24時間の動きを色分けしてグラフにすると、生活の様子が一目瞭然で分かります。
そしてこれを応用して加速度センサと赤外線センサを搭載した名札型のウェラブルセンサを開発しました。たくさんの人のデータを集めてパターンを見ていくと、元のデータとは全然違う意味が出てくるんです。
幸せな人たちは、止まっている状態から動き出し、止まるまでの長さが短かったり長かったり伸縮しています。一方、アンハッピーな人たちはそれが固定化して、土日も出社している。つまりこれを使うとみなさんの幸せが測れるんです。ビジネスにとっても大変重要で、コールセンターでも店舗でも、ハッピーな人たちは生産性が高い。ボーナスのように、一時的には喜びや快楽をもたらすものの、短時間に元のベースラインに戻ってしまう
お金や昇格などは喜びや幸せの感覚を一気にもたらします。ただし刹那的で、あっという間に元のベースラインに戻ってしまいます。本当に効くのは日々の行動習慣で、これを心理学で「心の資本」と呼んでいます。つまり、日々前向きに自分なりの挑戦をする習慣が非常に重要で、これが持続的な幸せの実態です。少しくらいうまくいかなくても、めげずに明るく進み続けることが大切なんです。
我々はいろいろデータを取って、日常的にいい習慣を作ることで業績を上げるという取り組みをしてきました。日立の営業26部署600人のスマホに専用アプリを入れ、朝スマホにアドバイスを与えて20%以上生産性を上げたりしています。
さらに、せっかくならみんなで競い合ったらおもしろいんじゃないかと考えて、公募で集まった175チーム1623名がゲーム感覚で職場のハピネス度を競い合う「ハピネスプラネット」というイベントを企画しました。これは非常に楽しかったですね。今後も開催しますので、ぜひ参加してみてください。
AIは、それぞれが使うデータによって全然違う動作をします。つまり、生物の進化と同様、多様性を生み出すメカニズムです。だから、同じ仕組みとデータによって同じ動作をする従来の機械とは全く別物なんです。100年くらいすると、これまでのような標準化されたルールやプロセスにどんな人でも無理やり合わせなければならなかった世の中は終わり、多様な人たちが置かれた場所でそれぞれの強みを花咲かせる世界になるでしょう。その世界を実現するテクノロジーがAIなのです。
生活と仕事の境目はなくなる?
司会:―人の繋がりやライブ感がこれからの幸せを作っていくんじゃないか、というナカムラさんと、AIを使うことによって多様化が可能になるという矢野さん。お二人の現場から見えてくる、これからの働き方の予想図や道しるべについて、お話をうかがいたいと思います。
ナカムラ:ワーク・ライフ・バランスはすごく大切だけれど、仕事とプライベートを分けるという感覚はどんどんなくなっていくんじゃないかということです。といっても、決して「ワーカホリック」とか「24時間働く」ということではありません。
例えば今、みなさんは仕事していませんよね。でも今の話を聞いて「このアイディアは今のプロジェクトに使えるかも」と考えているかもしれない。それって、働いていない時間も働いている時間と連続している状態ではないでしょうか。かつては食うための営みだった釣りが、今はレジャーになっていますよね。同じように、例えば今、仕事として行なっているプレゼンが遊びになるかもしれないし。仕事と遊びの境目がどんどんなくなっていくような気がします。
今僕は、暮らしが近くにあって、そこで生活が完結するような場を目指してオフィスを作っています。まずは食堂を作りました。社員食堂であり、社外の人も入ることができる食堂です。それと、目の前が銭湯です。これはたまたまなんですが。あとはジムをつくりたいですね。仕事の合間の気分転換にトレーニングしてもいいじゃないですか。そんな風に仕事のすぐそばに暮らしが実現できるオフィスです。今は、会社から2キロ圏内に住む場合、社で住宅を借り上げるという制度を取っています。通勤時間が短いとみんな心も身体も健康的になるんです。仕事も暮らしを分けて考えるのではなく、どちらもすべて自分の時間、という風潮になっていくんじゃないかと思うんです。
矢野:私が日立に入社して20年くらいは半導体の研究開発に従事していました。日本が世界の半導体分野で大きなシェアを占め、日立が技術面でトップだった時代です。大変楽しく働いていましたが、10年ほど前に会社が半導体事業をやめることになり、20年培ってきたスキルや人脈、様々なポジションを全部リセットして、新しいことを始めなければいけない事態になりました。
突然のことだったので納得できなかったし、今さら半導体以外のことなんてできるかよ、という気持ちもありました。でも、とにかく間違ってもいいから道を見つけて、多少何かあってもめげずに楽観的に前に進むという姿勢で現在まで15年間進み続けたことで、かなり早い時期からデータや人工知能に取り組めるという幸運に恵まれました。そして、一時は人工知能なんて役立たない技術の代表のように言われていたのが、いよいよビジネス的に注目される時代が来たというわけです。
変わってもいい、変わることはいいことだ、というマインドを育てなきゃいけないし、そういう人が増えないといけない。今までのように、一つの分野のスキルを深め、社会に出てもそれを専門にするという働き方ではなく、変わるのが当たり前になると思います。変わる前に培った力も、後で必ず生きるんです。私も半導体分野で経験したことが全部生きています。
もっとも、自分からドラスティックな変化を起こすのは難しい。私の場合、日立が半導体事業をやめるという外的要因がなければ、自分からやめるという決断は絶対にできなかったでしょう。ただ、人生百年時代になった今、同じことを百年も続けることになったら大体飽きちゃうんです。だから、10年、20年単位で変化して当然という時代にしなければいけないと思います。そういうときに必要なのが、先ほどお話しした「心の資本」です。資本というと、お金(Financial Capital)、スキル(Human Capital)、関係性(Social Capital)」が知られていましたが、その前提となるのが心の資本(Psychological Capital)で、これが一番大事なんです。日本がこんなに停滞したのは、心の資本が減退しているからではないでしょうか。でも、人はちょっとしたことで大きく変われる、そして心の資本も増やせると私は思っています。
「挑戦し続けること」が、幸せの実態である
司会:ナカムラさんからは、今後生活と仕事は連結していくんじゃないかというお話がありましたが、矢野さんは働くという意味合いそのものも変わるとお考えですか?
矢野:「働いて、なにか結果を出すことが幸せ」と思っていましたが、さきほどお話したように、実はそうじゃないんです。つまり、今挑戦しているという状態そのものが幸せで、挑戦がなければ、どんなに自由やお金があったってちっとも幸せじゃないんです。それについては学問的な検証もされています。そういう価値観がだんだん一般的になってくるんじゃないかと思います
ナカムラ:ジョーゼフ・キャンベルという神話学者が「われわれみんなが探し求めているのは生きる意味だというが、本当に求めているのは今生きているという経験だ」と言っています。今、僕が矢野さんと話していて超楽しいというこの経験が、生きている実感、喜びなのかな、という気はします。
矢野:ウィンストン・チャーチルも「成功とは失敗から失敗へと情熱を失わずに進むことだ」と言っています。最終的に成功することではなく、失敗しても情熱を失わないというその状態が幸せの実態です。結果が出るかどうかって、自分ではコントロールできません。いろんなことに左右されます。でも情熱を失わずにチャレンジし続けることで、結果が出る確率は上がると思います。
ナカムラ:そういうときにAIが、人間が全部やることは難しい実験や検証をサポートしてくれるわけですね。
矢野:あまり知られていませんが、AIには2つモードがあります。それは、過去の経験やそれに近いものから、よりうまくいくものを選んでやるというモードで、活用とか「exploitation」と言われます。もう一つが「exploration」と言って、過去に経験したことがなくても、うまくいく可能性があるものにチャレンジするというモードです。
AIの議論で明らかに間違っているのは AIがすべてをやってしまうとか、人間には歯が立たないほど賢くなる、というものです。でも、AIはそんなに賢くありません。ただ、人間がすぐやめてしまうことでもAIは愚直に挑戦を続けることができる、というだけなんです。過去の経験に対して、未来は無尽蔵です。順列組合わせで計算すると選択肢の数は宇宙の粒子の数よりも多くなるので、AIがどんなに賢くてもそれを知り尽くすことはありえないんです。
ナカムラ:フロンティアは永遠に広がっていくわけですね。
矢野:はい、未知の世界は既知の世界よりも常に広く、その未知の世界で最終的に決断するのは人間です。そして、我々の決断の精度を高めるために少しでも多くの材料を提供したり、既知のことを間違えないようにサポートしてくれるのがAIなんです。
ナカムラ:そのとき、人間はどうなるんですか。
矢野:人間は、未知の領域に飛び込んで行く役割を担う、つまりみなさんひとりひとりがヒーローになるってことじゃないかと思います。
ナカムラ:僕も、人間は探求し続け、それをサポートしてくれるのがAIなのかなあと思っています。僕は編集者としても働いていて、取材のテープ起こしなども全部自分でやっていますが、今後はそれをAIが担うようになるということですね。そして「この表現はどうだろう」という僕のひらめきや思いつきをAIが検証してくれるようになる。つまり人間の仕事としては、クリエイティブなおもしろいところが残るということですね。それは楽しそうです。
矢野:コンピューターの原理について、メモリーがあって、プログラムカウンタがあって、演算器があって、それでどうやったらスマホが動くんだ、などを学ぶのはけっこう大変ですよね。一方、AIは非常に単純な原理で動いているので、難しそうだという先入観や苦手意識を持たなければ、学習するのはわりと簡単です。なので、読み書きとか九九と同じレベルでAIの基礎知識を身につけたほうがいいんじゃないかと思います。そうすれば、AIに対して脅威を抱く必要がなくなるでしょう。未来には、未知の世界が無尽蔵に広がっています。人間は常にそこに向かって挑戦する、そういう人生を楽しむ時代になると思います。
まとめ
第4部では、Part 1、2、3の登壇者が再登壇し、それぞれの論点を踏まえ、当財団代表理事である井上高志の進行で質疑応答が行われました。
井上:まずは先ほどの休憩中、矢野さんと竹村さんの間で話題になっていたことから。
AIを人間の能力を拡張するツールとしてフル活用する現世代から、これから生まれてくる「AIネイティブ」まで、人間がどうなっていくか、アップグレードやダウングレードの可能性を織り交ぜながらお話いただけますか?
矢野:AIネイティブの登場は、シンギュラリティ的な出来事だと思うんです。シンギュラリティという言葉を流行らせたレイ・カーツワイル著『シンギュラリティは近い』の原書のサブタイトルは“When humans transcend biology”、つまり「人間が生物学的な人間を超えるとき」。AIやデータを使って我々が従来の人間の枠を超えて、より偉大な存在になっていく、ということです。
今から生まれる人たちが社会に出てバリバリ活躍するようになる頃、つまり2040年前後にそういうことが起きると思うんです。今もスマホネイティブ世代は私なんかとは全然違うスマホの使い方をしています。それと同様、AIネイティブとして生まれた人は、もはや我々の理屈を超えた使い方をすると確信しています。もちろんそこに至るには社会的な変化が必要で、そのためには多くの課題があるとは思います。
竹村:今日はあえてダウングレードの可能性を強調するお話をしましたが、僕も基本的にはAIが私たちを解放してくれると期待しています。「心の資本」についてのお話がありましたが、私もこれまで失敗を繰り返しながら成功のあてもない挑戦を続け、いろんな異文化と接触することで、自分でも知らなかった遺伝子のスイッチが入るような経験をしてきました。限定的な環境のもとでは、自分の遺伝子のほんの数%しか使っていないんです。
同様に、AIが僕らを違う次元に連れて行ってくれる可能性はあると思います。それができるのは心の資本をある程度持っている人。生まれたときからAIの提案に従うのが当たり前という世代は、うまく転がれば、AIと共進化できると思う一方、「心の資本」を増やす機会のなかった人たちがAIネイティブの大多数になり、AIとの付き合い方を間違えると、人間としてもったいないことになるんじゃないかとも思います。人類学者として、あるいはひとりの人間として、非常におもしろい時代に生きているからこそ、もっとできるはず、ということを考えないといけませんよね。
伊藤:AIを使うことで生産性が上がっていくとすると、将来的に働かなくてもいい世界になるかもしれません。そんな社会への移行過程で、AIを上手く使える人とそうでない人の格差が開く部分はあると思います。そういう格差が開いた社会で、人々が共同体意識を持てるか、みんなが安定的に暮らせることが大事だという意識を持てるかどうかが試されるでしょう。その意識がなくなると、国家単位か、もう少し小さな単位かはわかりませんが、社会が壊れてしまう可能性もあるんじゃないかとは考えています。だからこそ、「働く」ということを超えて、そもそも僕たちはどういう社会を作りたいのかという合意形成が必要です。一部の人たちが儲ける社会でいいのか、再分配はどうするのか、みたいなところを考える必要があるでしょう。
ナカムラ:基本的な衣食住が事足りているときに感じる仕事への衝動って、2つあると思うんです。一つは、誰にも求められていないけど自分がこれをしたいという衝動で、僕は「自分ごと」と呼んでいます。もう一つは、誰かの求めに応える「贈り物」。大抵はどちらか一辺倒ではなく、重なっているんですが。最低限生きていくために特段のことはしなくても問題ない状況のとき、「自分ごと」を探求する人たちは、さらに自分のやり方を突き詰めていくでしょう。一方で「贈り物」は他者が介在します。誰かに応える仕事ということは、誰かの時間を取り合うという状況になっていくでしょう。たとえばユーチューバーはいろんな人の時間を取り合うという分かりやすい例だと思うんですが、つまり、人の時間をたくさんもらえる人もいれば、全然もらえない人も出てくる。その差が経済的な差になってくるんじゃないでしょうか。
竹村:無医村にお医者さんが入ると病気が増えるという現象があります。つまり、数値やデータにとらわれてしまうと、病気だと意識していなかった逸脱や変動が病気と認知されてしまうんです。AIが、数値にとらわれすぎない、データとの「創造的な距離感」をサポートしてくれるようになるといいですね。創造的な距離感、創造的なオフラインOSとは、例えばイスラムの1日5回の礼拝。仕事の最中でも、公然と自分に向き合える時間です。それから巡礼も。巡礼に行っているときは別人になれるんです。さらに、寺院に入ると一時的に世俗の人じゃなくなる。そんな風に人生を多元化するOSを復元して、AIがもたらしてくれる自由と連動するとおもしろい社会が作れるんじゃないかと思うんです。
矢野:最近のロックのコンサートって、最初から最後まで観客が総立ちなんですよね。ステージ上では牧師のように人生のことを歌っていて、みんながメロディーとリズムにシンクロしている。まるで一種の宗教儀式でした。宗教が世の中を席巻していた時代から、やがて道徳や世の中のルールに頼るような時代に変わり、今度は宗教が担っていたことをもう一度必要とする時代がやってきているのかもしれません。みんなで一体感を共有することに価値があって、テクノロジーによって、今までと違う形で人間の身体性と精神性とが絡んだ体験を追求していくのかな、と考えました。
井上:先ほど伊藤さんが「格差」について指摘されました。主な格差はお金を中心に発生すると思いますが、お金はこれからどうなっていくでしょう。それから、深刻化している環境問題を果たして人間やAIは解決できるのか、うかがいたいと思います。
伊藤:今、お金の力はすごく強いと思います。生活の基盤がお金であることが多いので、現段階でそこから逃れるのは難しいですが、将来的に衣食住に困ることがなくなれば、逃れられる可能性はあるでしょうね。その結果、自分が本当にしたいことができるようになってくるといいなあと思っています。国家については、今の形が完全体というわけではなく、たまたま今はそれでバランスがとれているんですが、その規模が小さくなっていってもいいと考えています。
ナカムラ:今、社会福祉的なサービスを国に代わって企業が担っているケースが増えているなど、コミュニティが多層化しつつあると思うんです。例えば、SNSによって若い人ほどムラ化していて、仲間内で知っている事実と世間一般の事実がどんどん乖離しています。そんな風に様々なレイヤーが増えて、結果としてみんなそれぞれ楽しくなる、そんなイメージはあります。そういう意味で、国家自体はなくならなくても、現在のような形の国家はなくなっていくかもしれません。
矢野:経済は非常に複雑なので、それを説明するには、今ある経済学のさまざまな理論もまだ不十分でなんです。ただ、データや人工知能の技術によって、今までとは格段に違うレベルで理解できるようになります。今までは演繹的に、人間が原理をつくってそれを積み上げてなんとか理解しようとしていたものを、より帰納的なアプローチで今までと違うレベルで理解するということが可能になるでしょう。そうなると、お金の意味も激変するんじゃないかと思っています。少なくとも格差は、抜本的に解決する方法を考えなきゃいけないんですが、今まで気づかなかったちょっとしたポイントをつつけばガラッと改善できるのではないかと思っています
竹村:お金から自由になるということを考える一方で、お金を自由にしたいと思っている人もいるわけです。我々のお金のシステムそのものが実はとても単一的なので、お金の多様化が必要じゃないかと思います。マイナス金利とか、ストックすればするほど損するようなお金。だからどんどん交換して多次元的になることで、強靭なシステムが作られるんじゃないかと思います
環境破壊についてはちょっとひねくれた角度からお話しします。日本は水が豊かな社会と言われますが、事実ではありません。降水量は多くても、急峻な地形のために洪水渇水が多発する一方、使える水は少ない。それを変えてきたのは人の営みでした。農業で米を作るだけじゃなく、環境を作ってきたんです。私たちが自然だと思っている風景にも、人間の営みが蓄積されているんです。僕らはそこにフリーライドして、安全な国土と豊かな農産物を享受しているんです。
西洋的なエコロジーの視点からは、人間が地球に対して悪さをしてきたように見えます。でも人類の歴史を通じて見ると、人間の営みが地球と自然資本の価値を高めたという側面もあったんです。もしかしたら、それが地球スケールで可能となる時代を迎えつつあるのかもしれません。つまり、人間の社会だけではなく、全ての生命のために、AIまで含めて働く社会をダイナミックにデザインできるかもしれない時代を迎えていて、その雛形は身近なところにあるのかもしれません。
井上:ありがとうございました。話が尽きずお名残惜しいところですが、いずれぜひ続編をやりたいと思います。お金、会社、働くこと、幸せ、いろいろなことについて、「AIやロボットによって未来がこうなるんじゃないか」と予測するよりも「こういう未来がいい」と自分で考えて自分で未来を作っていくことが大事なのかな、と感じました。
本日はありがとうございました。