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嫉妬・憎しみ・対立……動物は争う。人間という動物は、それを宗教間や国家間の争いにまで拡大させます。一体、何を守るために、何を遂げるために、争うのでしょうか? そして、その行為も、人間らしさなのでしょうか? 今回は内紛が勃発しているベナン共和国の元大使で、日本ではタレントとしても活動しているゾマホンさんをゲストに、今ベナンで起きていることについて話をお聞きしました。このゾマホンさんの話から、争いと人間らしさについて考えます。
<ゲスト>
ゾマホン・イドゥス・ルフィンさん
1996年 東京都江戸川区・学旺日本語学校卒業
1996年 上智大学大学院研究生入学
1997年 上智大学大学院博士前期課程(社会学)入学
1999年 上智大学大学院博士前期課程(社会学)修了
1999年 上智大学大学院博士後期課程(社会学)入学
2006年 上智大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程単位取得
2002年 ベナン共和国にIFE(イフェ)国際財団設立
2004年 日本にNPO法人IFE(イフェ)を日本人とともに設立
−ベナンでの活動
小学校7校、複数の小学校で給食を提供(2009年〜現在)日本語学校1校を建設運営し、留学生を70人以上輩出(2003年〜現在)井戸掘り事業複数箇所。その他、ベナンの初等教育普及事業、現地産業促進事業(フィールピースプロジェクト)など多岐にわたり活動する。
−受賞歴
2001年 JCI(国際青年会議所)より「世界最優秀青年賞」受賞
2002年 ベナン共和国・国民栄誉賞受賞
2009年 社会貢献支援財団により、「社会貢献者表彰」受賞
−役職
2004年 ベナン共和国・大統領特別顧問就任。2006年 ベナン共和国・大統領特別顧問再任。2012年 8月2日、皇居にて新駐日ベナン共和国特命全権大使として、天皇陛下に信任状捧呈。2016年 駐日大使離任。
NPO法人 IFE代表 山道昌幸さん
2002年国士舘大学卒業。大学在学中にゾマホンさんと出会い2004年にNPO法人IFE(イフェ)立ち上げ、代表理事に。NPOの売り上げはすべて活動費に充て、生活費は企業勤めで稼ぐスタイルを18年間継続中。現在は株式会社グラフィコにて管理部/総務人事グループ長を務める。
立候補したら命を狙われた
山道:ゾマホンさんとは今から20年前に偶然バスの中で出会い、そのあと現地で日本語学校を設立して今年で約20年経ちます。当時はベナンに日本大使館もなければ、留学生なんか来るような状況ではなかったんですが、おかげさまで2019年は延べ人数にして70名以上の留学生が日本に来るようになりました。それ以外にもゾマホンさんがやっている小学校建設、井戸掘り事業、給食事業など、全ての活動を一緒にやっています。昼間はグラフィコという会社で仕事しながら、夜はこういった形で活動を続けております。
簡単にベナンの国を紹介すると、ベナンはアフリカ大陸のサハラ砂漠の南、西アフリカのギニア湾に面した国です。隣はナイジェリア。人口は2017年時点で1187万人、公用語はフランス語です。GDPは日本円にすると約9930億円。比較するのが妥当かどうかわかりませんが、日本の企業の売上でいうと、ホームセキュリティのセコムさんの売り上げが約9900億円ということなので、それぐらいの規模になります。半分の国民が1日1.25米ドル以下で生活しています。セコムさんの社員数が6万3000人なので、同じ売り上げ規模だとすると1170万人を抱えているというのはどういうことか、なんとなく想像していただければなと思います。
2019年8月に横浜でアフリカ開発会議が開かれました。アフリカ54ヶ国から42名の首脳級の方が集まる国際会議で、日本の主催で行われました。その中で、ベナン共和国からも大統領が出席しております。その時に日本のニュースでは次のような内容で報道されました。
タロン大統領と安倍総理が会い、今後タロン大統領と共にビジネス関係強化を実現していきたい、ベナンの民主主義国としての役割に期待する、タロン大統領が進める政府行動計画を高く評価し後押しする、という内容です。
またみなさんご存知かもしれませんが、バスケットボールの八村選手のお父さんがベナン出身ということで、そのことについても言及がありました。タロン大統領からも日本企業から投資促進及び職業訓練を含む教育における協力を期待していますと。両トップが握手をして、とても友好的なニュースとして取り上げられました。
問題はここからなんですが、実は、日本では伝えられていないベナンの状況があります。2019年の4月にベナンで国政選挙が行われました。日本で言うところの衆参両議院選挙で、その選挙にゾマホンさんも野党から立候補されました。その選挙で起こった顛末を簡単に説明します。ベナンの国民議会は83議席があり、そこで与野党合わせて選挙をして当選をした方が議席を取るということになるんですが、今回の選挙は与党からの立候補しか認めないという法律をタロン大統領が通してしまいました。実際に今日現在、与党だけの国民議会になっております。
ゾマホンさんはかつてから人道支援を行なっており、小学校を作ったり日本語の学校を作ったり、国民には人気があります。野党の中でもゾマホンさんの人気が一番高いというのがベナンの世論なんですが、実はゾマホンさんの選挙活動中に襲撃事件がありました。ゾマホンさんの家の庭で銃撃戦があって死傷者も出ています。日本では友好的な会談として終わったベナンと日本の両首脳なんですが、実はそのタロン大統領が行なっている国内の政治は、相当混乱をきたしておりまして、ゾマホンさんもそれで命を狙われました。
今回の選挙に反対した国民がデモをしたんですけれども、そのデモに対して軍隊が銃を乱射して死傷者も出ています。これが今ベナンで起きている実態です。今日は「争い」というテーマになっていますが、日本で報道されているベナン、そして友好的に手を握っているタロン大統領の背景には、実はこういう事実もあるということも合わせて知っていただきたいなと思います。
立ち食いの牛丼太郎がご馳走でした
ゾマホン:本日は9月11日ですね。みなさん、どんな気持ちになりますか? 私の一番好きな言葉は「おかげさま」です。私が生まれたのは昭和39年、1964年6月15日。32年前の1980年にベナンから中華人民共和国の北京へ留学生として参りました。そのあと上智大学に自費で入学しました。当時は日本にベナン大使館もなかったし、ベナンにも日本大使館はありませんでした。当時ベナンでは「天国に行くより日本に行くほうが難しい」と言われていました。生きている間にいいことをしていれば天国に行けるけど、日本だけは行けない、と。
中国で教えてもらった日本は、みんなちょんまげをして刀を持って歩いている、日本は地下資源がないのに先進国になった、飛行機も作れる、船も作れる、車も作れる、何でも作れるおかしな国。だからあの国に行った方がいいと。でも残念ながら、お金があっても日本人の保証人がいないとベナン人は日本に行けなかった。中国で偶然日本人に出会って、それで日本に来る事ができました。
上流社会、中流社会、下流社会があるとしたら、私は下流社会出身の人間です。家が貧しくて、私が将来外国に行けるなんて誰も考えてもみなかったと思います。ただ私は運が良くて、国家試験を受けて、中国で毎月奨学金をもらって北京に行けました。当時は日本の物価は中国より高くてお金もかかる、でもベナン大統領の息子でお金があったとしても来れない。私は日本に来れて本当に幸せです。
日本に来た時は大変でした。一日一食しか食べられなくて、立ち食いの牛丼太郎がご馳走でした、並盛が200円、大盛が300円。午後2時から6時までは工場で働いて、7時半から9時まで高円寺で日本人に中国語を教えていました。そのあと夜10時から夜中の3時まで東中野で荷物を運ぶ作業をして、帰りはだいたい朝の4時。7時10分の電車に乗らないと日本語学校の授業に間に合わない。そしてある日、工場で作業中に指を切断したんです。でもこれがよかった、病院に入院してテレビ番組に出てもらえませんかと言われて出るようになった。
植民地政策から生まれた不平等
ゾマホン:日本人に「ベナン行ったことありますか?」と聞いても誰も知らない。ここにいるみなさんもアフリカにいらっしゃったことがないでしょう。そこが問題なんです。でも実は、それはあなた方の問題ではない。ミスはどこにあるかというと、幼稚園から大学まで教えている教科書の内容です。日本で使われている教科書ではアメリカのことは細かく紹介されています。とっても綺麗に紹介されています。アジア、太平洋、まあまあ紹介されています、でもアフリカは1ページしか紹介されていません。それは不公平。争いの一つの原因です。
争いが増える原因は不公平。教科書で紹介されている世界は、とても不平等です。ちゃんと世界を平等に紹介できるようにご協力お願いします。今回の話はとても大事な話です。どうすればみなさんが幸せになれるか。心の幸せ。私は世界中を回ってきました。やっぱり一番安心して暮らせる国は間違いなく日本しかない。日本は色々言われていも、まだまだ一番安心して暮らせる。
日本に来て26年になりますが、日本人のおかげで日本に来れて、大学にも入ることができて、ベナンでは私のことを誰も知らなかったのに日本のおかげでテレビに出られて本も出せた。本はベストセラーになった。安全、治安は世界ナンバーワンですよ。どうすればその安全さを永遠に守れるか。どうすれば争いを無くせるか。いい方向に無くせるか。
争い、争い、大昔から。約1000年前、ヨーロッパ人は中東をイスラム教から占領するために、北アフリカに行ったんですね。アルジェリア、エジプト、リビア、チェニジアなど。イスラム教は戦争をするために、そちらに住んでいた黒人を南の方に移動させた。黒人の一部は中央アジア、スリランカ、バングラディシュ、パキスタンの方に奴隷として連れて行かれました。
スペイン、ポルトガル、イギリス、フランス、オランダなど、ヨーロッパ人がやった残念なことは奴隷政策。彼らは経済的に困っていたんじゃなくて、宗教が目的。宗教とはキリスト教。中米のハイチの国民のほとんどはベナンから奴隷として連れて行かれた人たちです。奴隷政策はアフリカの国々にとても悪い影響を与えた。
そして植民地が300年間続いた。なぜベナンがフランス語なのか。フランスは14ヶ国の植民地を持っていた。イギリスはナイジェリア、ケニア、ザンビア、タンザニアとか。スペインは赤道ギニア、ポルトガルはモザンビーク、ドイツはナビミアとカメルーンの一部。第二次世界大戦の後はドイツが負けたから、フランスとイギリスがドイツの植民地を占領した。
アフリカ諸国はエチオピア以外はヨーロッパの植民地になっていった。その後独立したとは言っても、実際はまだまだ欧米諸国の植民地。グローバル化と言われてもそれは表面的で、実際はまだまだ。ベナンもまだフランスの植民地です。奴隷政策と植民地政策はアフリカ大陸の開発にとって悪い影響を与えた。頭がいい人はちゃんとわかっているはず、科学的に。知恵がある人は、お金があっても人間性を持っています。
この財団の代表理事の井上高志さんも、ベナンの資源を取るためではなくて、日本人として経営者として何かできませんかと、日本の人間性と愛情に基づいて投資をして学校を作ってくださった。エコノミークラスの飛行機に乗ってベナンに来て、ケレク元大統領に会ってくれた。昔は植民地にした国がその植民地の同じ民族の中に、権力を与えて階級を作った。どうすれば争いをなくせるのか、一番いいのは教育です。日本にいる大使に聞いたら、今76人のベナンの男性と女性が技術や文化などを色々と学びに日本にやってきています。
自分の国を愛するための教育が必要
井上(当財団代表理事):ベナンはそもそもすごく平和な国で、アフリカの中でも独立したのが早い国。そんな国の歴史があるのに、なぜいま争いが起こっているんですか?
ゾマホン:ベナンという国の意味は、平和という意味です。歴史的にフランスから独立した1960年代は、欧米諸国から多くのアフリカの国が独立しました。独立運動ですね。多くのアフリカ諸国が欧米諸国の植民地だった。奴隷政策は400年間、資本政策は300年間。ベナンは独立してから2016年までは平和な国だった。「ペンは剣より強い」日本でもそんなことわざがあるでしょう? 残念ながら植民地になってからの多くのアフリカ諸国は、現代的な学校に行かないと出世できない学歴社会になった。学歴社会になってから変わった。
例えばベナンの識字率は25%しかない。75%の国民は字が読めない、書けない。字を読める人、フランス語を話せるベナンの人々がエリートになったわけ。今も日本語だけ喋れても偉くはならない。英語が喋れても偉くはならない。フランス語が話せると「この人は偉い」となる。当時はカトリック教会の偉い人たちと一緒にいた黒人たち、植民者と一緒に組んでいた現地の偉い人が子どもを学校に行かせたわけ。だからその学校に通っていた黒人が植民者と同じように、ベナンの人々を支配するようになった。
学校に通うと洗脳されます。自分の国の歴史も文化も地理も何も書いてない教科書で勉強するから。フランスの文化、歴史、政治、社会を細かく、幼稚園から大学まで教えてもらうわけ。そうすると、偉くなった時にフランスでいい生活ができるし健康保険ももらえる。教育の内容が問題なんです。ナイジェリア、ジンバブエ、ザンビアの人も学校でみんな洗脳されてイギリス人になります。モザンビーク、アンゴラの人々はみんなポルトガル人になります。学校で教わったことと現地の状況が全く関係ない。彼らが植民者側の社会の一部になって、植民者の次に悪い、新しい植民者になったわけ。国民がベナンを愛するような教育が必要です。
井上:ベナンはすごく平和な国だったんです。独立も早かった。ベナンは50〜60くらいの民族が一緒になった多文化の共生国なんですが、独立した後も国を全部フランスの文化に染めるということをやるんです。そこが非常に問題なんですね。
植民者は魚の釣り方を教えない
ゾマホン:アフリカの紛争を知るためには、歴史を勉強すべき。ナイジェリアでもなぜ争いが起きているかというと、国が地理的に広いだけでなくて地下資源が一番多いから。石油、金、ダイヤ、なんでもあります。ベナンよりも資源が豊か、だからイギリスの人々が管理したい。同時にフランスの人たちもベナンに投資するよりナイジェリアに投資したほうがいいと、プジョーもナイジェリアに投資して車の工場ができました。
アフリカのそれぞれの国の国境は欧米が作ってきた。多くの欧米諸国は資源に基づいてアフリカ諸国を今も支配しているわけ。それで現地の人々と外国の人々の間で紛争が起きる。イギリスの会社が銃を現地の人々に渡す。あるいは、政府の一部や軍隊が人々に銃を渡して紛争が起きる。簡単に言うと、不公平と不平等が原因で紛争が起こるわけです。
井上:隣のナイジェリアは大きな国で労働力もあるので、ルノーやプジョーなどの外資系企業が現地で組立工場を作って、労働者として現地の人々を雇用します。ベナン共和国の主要産業は綿花なんですね。綿花よりも綿糸の方が付加価値が高く、布にしたほうがさらに高く売れます。宗主国だったフランスはベナンの人たちに自立して力をつけて欲しくないから、綿花のまま輸入して最終製品や加工品をフランスで作って、それをフランスの綿製品として世界中に輸出する。
植民地だった国に全く手を差し伸べないわけではなく、労働をする場所は作るんだけど、付加価値と利益は自国に取り入れる。反抗しないように、自分たちに言うことを聞くように統治しようというのが、フランス、イギリス、スペイン、ポルトガルの植民地政策のやり方でした。
そのような歴史的背景があって、先ほど山道さんが説明してくれたように、現在のベナンのタロン政権はどうやらフランスとうまく繋がりながら、私腹を肥やすことをやってきた。お金儲けをして権力を広げて、もっと自分がやりたいようにできる国にしていこうと、いきなり不平等な選挙制度を数にものを言わせて決めてしまった。反対する人々には軍隊をさし向ける。こんなことが、この21世紀の世の中で起こっている。
ゾマホン:困った人に魚を与えるよりも、魚の釣り方を教えた方がいいということがあります。でもフランスの植民地にはそういうことわざはないです。ベナンは独立して60年なのに、未だに紙すら自国では作れません。技術がないから。どんなことを教えてもらったかというと、フランス語の文法、フランスの文化、フランスの宗教、そういう教育でした。今の大統領のタロンという名前はフランス人の名前で、奴隷政策の権力者の血筋です。
タロンさんの先祖はフランス人支配者のメイドさんだった。彼の苗字も本当はソーブルでしたが、フランス人の養子にされてタロンというフランス名に変わった。現地の名前じゃなくて、フランス人の名前は偉いとなる。彼のビジネスは綿花です。綿花を搾取して欧米の会社に売って金持ちになりました。
ゾマホンの意味は「火がないところに煙は立たない」。下の名前はルフィンというフランス人の名前。カトリック教会に連れていかれて洗礼を受けて名前が付けられたけど、私はその名前が大っ嫌いで、ルフィンと言われるよりもゾマホンと呼ばれたい。なぜかというとベナン人としてのアイデンティティを守りたいからです。
正義の衝突が争いになる
山道:僕は20年来の付き合いがあるんですね。このゾマホンさんの怒り、心の中から出てくるもの、これが場合によっては争いに発展する原因になるかもしれない。でもこの怒りをどうやって止められるか。僕はこの20年間ずっと考えています。今日ゾマホンさんが言った言葉で「私は下流社会の人間です。下流社会の人は、外に出られません」と言った。なぜか? ゾマホンさんはこうやって外から自分の国をみて、自分たちがどれだけ不利益な状態に置かれているのかを客観的に見ることができたんですね。だから怒りが湧いてくる。
それでも僕が「この人だったら大丈夫」と思ったのは、ゾマホンさんは怒りに任せて武力や権力で何かを変えようとするのはなくて、学校を作って教育で変えていこうと、平和的に解決しようとしている人だから。でも今この状態が一歩間違えれば、争いに発展することにもなる。もしそのような人を目の前にした時、我々は一体何ができるのか? 止めることができるのか? それをいつも考えています。そして「争い」を考えるときに、「戦いと争いは何が違うのか」も考えます。ゾマホンさんのこの怒りは何と争っているのか、それとも戦っているのか。おそらく後者です。ゾマホンさんはそれを争いに発展させないように、その風土にあった教育を充実させようとしているのだと思います。
ゾマホン:私は日本に来れてよかった。いくら問題があると言われてもまだまだ平等社会です。日本は資本主義にとらわれても、まだまだ社会が人間性に基づいている。相手に生きる機会を与えようという気持ちがあるのは日本人だけですよ。私がもし日本に来なかったら、いっぱいお金を稼いで、確定申告をして、僕のお金を学校のために使おうなんて考えてない。自分が稼いだお金を自分のために、フランスのパリでいいマンションを買って、いい生活をした方がいい。でも日本に来たから。みなさん平等だから、バス乗るときも順番で、政治家も国民に対していい政策をやらないといけないという考え方がある。
ベナンに必要なのは教育。一番大事なのは、平等。平等な考え方に基づく正義。争いを防ぐことはできない。今のベナンは弱肉強食の社会政策です。ベナンの指導者のやり方を見て怒っているわけ。それはいけないよ、みなさんに生きる機会を与えようよって。指導者たちが自分の子どもだけ外国に行かせて、いい暮らしをして、残った99%の国民が水も買って飲めない。じゃあどうすればいいか、教育からはじめましょう、それだけです。
山道:ゾマホンさんはベナン全体の様子を見て国民を守ろうとしている。タロンさんは、自分たちのいる特権階級を守っている。守るということは彼らにとって正義なんですよ。自分たちの家族や親戚に対して「世の中を良くするために特権を無くして、国民と同じように生きろ」と言えるかですよね。自分から特権を手放すということは、自分たちの家族や一族が路頭に迷いかねないから、やっぱり守らなければいけない。彼らにとって特権を守ることが正義になるというのがよくわかります。正義がぶつかり合うから争いになるんです。
私たちは何を守っているのか?
ゾマホン:今のタロン政権だと国民が学校に通えない。学費が3年前から高くなっています。前の政権は小学校は義務教育で無料だったんです。2006年から学校を作ったり、井戸を作ったり、先生を育成する学校もできました。国民の46%の人が綺麗な水を飲めるようになった。それはフランスでもイギリスでもアメリカでもなくて、日本のおかげです。タロン政権になってから、義務教育が有料になった。
田舎に小さなクリニックがあったんですが、それを要らないと言って、病気の人は20キロ〜30キロ離れた病院に行かないといけなくなった。タロンが政権を取った2016年から、義務教育がなくなって、医療もなくなった。争いはそこからです。いい国だったのに、安全な国だったのに。2019年の4月28日に国会議員の選挙があったんです。そのために準備をしてきたんですよ、でも選挙の3週間前に「野党は選挙に出ちゃいけません」と言われた。ベナンの96%が野党を支持しているから、野党が圧倒的に勝つから。それが民主主義と言えますか!
井上:例えばアメリカには銃規制がありません。開拓の時代から「銃がなければどうやって家族を守るんだ」ということで、銃を持つのが当たり前の文化になっています。中世にキリスト教が十字軍遠征でイスラム地域を攻撃したのも、自分たちが正しいと思うから。正しい考えを広めていかないと、そこに住む人たちがかわいそうだという前提で刃向かう者を殺して広めていくんです。それぞれの立場で守りたいものを守るために争いが起こっています。
マズローの5段階欲求や6段階欲求という言葉を聞いたことがあると思いますが、人間には段階的な欲求のピラミッドがあって、一番下の層は清潔な水を飲みたい、ご飯を食べたい、しっかり睡眠を取りたい、というような生理的な欲求がある。その上に来るのが安心・安全の欲求で、ふかふかのベッドで毎日眠りたい、安全に暮らしたいなどの欲求。次が帰属欲求で、ファミリーやコミュニティに属していたいという欲求。次は尊厳欲求でコミュニティの中で評価を得たい、地位や権力が欲しいという欲求。その上に自己実現をしたいという欲求があり、最後に自分よりも世のため人のために貢献したいという6番目の欲求、自己超越欲求・共生欲求がある。
一つの欲求が満たされると上に上がっていくんですが、自己実現ができた人や自己超越ができている人でも、もし家族が危険になったら下に降りて来ます。そのような欲求に基づいて、いろんな人がいろんな立場でそれを守ろうとしているんですが、ゾマホンさんの場合は自分よりも国民全体の水や教育、住まいや食料とか、健康に働ける場所をなんとかして作りたいと思っている。それを抑圧しようとするフランスや今の政権からみんなを解放したいというのが闘いや争いの理由になっていると思うんです。
今日はゾマホンさんがベナンの実情について話してくれました。貧しい国だったし、政権も混乱していますけれど、もし水もまともに飲めなくて、食料も一日一食を食べられるかどうかで、教育もまともに受けられなかった時に、私たちは何を守ろうとするだろうか? どういう考えをするだろうか? そこをシミュレーションした時に、人として「人間らしく」あるというのはどういうことかなのか、その問いになるのではないでしょうか。