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命を頂くからには「自らの手」という責任でまっすぐに向き合う。~蜂獲り師・罠猟師 熱田安武さん

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テクノロジーの進化とともに人間の機能も進化してきたのでしょうか? もしかしたらある部分をテクノロジーに任せたために後退してきている可能性もあります。しかし、最後に頼れるのは自分の体。 オオスズメバチの蜂追いと猪の罠猟を生業とし、野山を駆け回って過ごす通称野人さん(熱田安武さん)をゲストに人間の原始的機能の再発見と自然との関わり方について考えます。

ゲスト:熱田安武(あつたやすたけ)さん/蜂獲り師・罠猟師
愛知県出身・高知大学大学院修士課程修了 幼少の頃より父の影響を受け、蜂獲りに狩猟、ウナギ漁に自然薯掘りといった野山をフィールドとして英才教育を受ける。現在は岡山県美作市の里山を拠点に、巡る季節のなか自然に真剣に遊んでもらうことを何よりの楽しみとしている。
あつたや:http://atsutaya.com/

聞き手:鎌田雄介(かまたゆうすけ)さん/映画プロデューサー(株式会社ジェネレーション・イレブン・ピクチャーズ/http://generation11.com/

これは、オオスズメバチという蜂です。怒るとまずホバリング(空中の一点に静止した飛行状態)をして、アゴをガチガチ鳴らしながら刺してきます。アナフィラキシーショックといって、重篤な症状に至ると死亡する可能性もあるのがスズメバチ類、その中でも一番大きくて一番毒が強い種類です。だけど僕がこの蜂を好きすぎてかもしれないですけど、性格はすごく穏やかなんだと思っています。この蜂たちは理由もなく怒らない、怒らないときに刺さないから。

その蜂を追いかけて、巣を見つけて、その巣を取って幼虫を食べるという文化が故郷にあって、その幼虫販売をいま仕事にしています。危ないから、蜂の気持ちが知りたくて。刺されちゃ困るから、刺されないために、自分の感度を高める。野性の自分の感覚や、自分自身を信じられる状態に置かないと、刺されちゃう。それを4歳からずっとやっていて、もうすぐ29年なんですが、ようやく餌なしに手に乗ってくれるようになった。そこで初めて見える世界があるんです。

蜂を手に乗せたこの写真をFacebookにあげたときに、「危ない」って色んな人が言ってくれたんですけど。一番怖くて危ないのは、蜂たちのことをわかったような気になることだという感覚が自分の中にあります。蜂のことをちょっとでも知りたくて、自分が絶対に逃れられないこの距離まで近づいていって、その表情がちょっとでも汲めるようになったときに「あ、今ちょっと落ち着いているな」とか。「あっ、イラッとしちゃってるわ」とかがわかる。

この手に乗せた状態は、猟師の“木化け”というものと一緒で、自分の手を手と思われていない状態なんです。ただこの後、気が緩んで手が動いたんです。蜂からしたら動くはずのない木の枝が動いたような状態で、手汗を含めた動揺が蜂に伝わり刺された。刺されないとわからないので、どんなときにどうして刺されるか、その積み重ね、繰り返しで今に至ります。

蜂の巣を見つけるために、蜂の体にリボンを結んで、リボンをつけて飛んでいく姿を見て、先回りしたり追いかけます。遠いと山のなかを2km近く追い掛けることもあります。双眼鏡を使ったり、木の上にのぼったり。木の上といっても、そのあたりのなるべく高い木のてっぺんまで登らないと、巣の場所や蜂の姿が見えない。そして巣の在り処を見つけたら、道具をかついで山へ登る。そして麻酔薬剤は一切使わずに、毒を浴びながら血走った眼をして巣を掘り出します

 

――オオスズメバチの巣は、土の中に埋まっているんですか?

 

そうです。地面の中にあります。地面の中から、壊さずに取り出す。森の中で、蜂が餌場に餌を取りに寄ってきます。餌を持って巣に帰る、近かったら数百メートルの距離です。蜂の習性として、餌がある限り必ず同じところへ同じ個体が通うんですね。行っては帰りを繰り返して往復する。そうしてリボンの付いた蜂をみながら、巣まで少しずつ距離を詰めていって。森の中にその白いリボンが入って消えるところまで辿る。「あの山にカラマツが3、4、5本あって、その右に樫の木があって、あの奥に入った。あそこだ!」と。自分の中で集中して、空間認識をして位置を特定して「スイッチ」を切る。

 

――何回か往復させて、これくらいのエリアだから、と詰めていく。最後は、土の中に埋まっているんですね。

 

高い山だろうが低い山だろうが、そこまで行かなければならない。難しいのは、その山のその場所にピンポイントで、初めて自分の足でたどり着くということですね。どういう地形で、と空間認識をして、1回自分のスイッチを切った上でピントを合わせると。あとは道具をかついで、近くまで上がっていって、あのへんのはずだって読んで羽音と姿を頼りに見つけ出します。

――GPS的なものとか、使わないんですか?

 

双眼鏡は使いますね。ドローンで撮影してもらったことがありますが、蜂の飛ぶ姿が速すぎてカメラで追いながら撮影出来ませんでした。事前にはいけると思っていたんですが、山のうえを時速40kmくらいで飛ぶ姿を補捉するのは難しかったですね。それよりも自分の肌の感覚で、巣のありかを見つけ出す方が確実性が高いというか。

 

――3Dの地図が頭の中にあるんでしょうね。

 

本当にそういう状態ですね。それがなかったらたどり着けない。その認識をした上で、山の中に分け入っていく感覚です。近づくと羽音がするんですね。僕、6m以内だったら、オオスズメバチがいるのが分かります。飛んでくれてたらですが。

 

――ハエが飛んでいても、違う蜂が飛んでいても、聞いてわかる?

 

スズメバチごとに羽音が違うのでわかります。逆にその状態にならなかったら、刺されちゃうんですね。巣のありかを探す際には防護服を着ないで、ツナギひとつで身軽な状態なので。だから6m以内でホバリングしているもしくは出入りしている時は気づけるようになりました

――これが女王蜂ですね。これを見つけて掘り初めて捕獲するまで、どれくらい時間がかかる?

これを取った時には、松の切り株にあったので、2時間半くらいはかかりました。

 

――この女王蜂が女王蜂をたくさん産む時を狙って、巣を捕えているのはどうしてなんですか? 味が良い、ということですか?

 

僕は「蜂の子」というのを食べ物として小さい頃から食べ慣れ親しんできました。働き蜂と女王蜂で生命力の強さも大きさも全然違うと思うんですよね。素材としての価値を考えたときに、たった1匹であれだけの大きさの巣を作るエネルギーは、とんでもないんじゃないかなと思って。素材自体が持つエネルギーが、女王蜂から始まる。たった1匹の女王蜂が巣を作り、巣を大きくしながら卵を産む。掃除をして、ごはんをあげて、働き蜂を増やして、という営み。その元である女王蜂には、食材としては一番エネルギーが詰まってるんじゃないかと僕は考えています。

 

――この蜂の子は、女王蜂だと4~5cmで、普通の蜂だと、大きさはどれくらいなんですか?

 

2.5~3cmくらいです。

 

――あつたさんは狩猟もされるんですよね?

蜂取り師として活動しているんですけど、蜂取りは9月から10月、それ以外の時期は狩猟もします。

くくり罠猟という、ワイヤーを使った猟をしています。事前に新品のワイヤーを、樫の木の皮とか、栗の木の皮とかで煮込んでツヤとニオイを消して、なるべく目立たないようにします。落ち葉とか木の枝に似せるというか。それを獣道に仕掛けて、獲物が足を置いた時にそのワイヤーがキュッと締まるという仕掛けです。罠の原理としては、通った時にワイヤーで足が縛られるというもので、色んなパターンがありますがどれも原理は一緒です。

イノシシは猟師のことを殺そうと思って躊躇なく向かってきます。オスは特に、大きな牙もあり、ワイヤーにかかった状態でも、猛然と突進してきて。まあ、仕留めるんですけど。脳震盪を起こさせて、気を失っている状態で頸動脈を切ります。
――罠にかかって、どういう風に仕留めるんですか?

 

仕留め方は、色々ありまして。鉄砲で頭を打ちぬく。槍で心臓を突く。脳震盪をさせる。頭を玄翁という大型の槌やバールみたいなもので叩いて、失神させて、頸動脈を切るとか。今流行っているのだと、電気ショック。電気流して失神している間に、仕留める等。色々な流儀、流派があります。

 

より血抜きを良くするには、心臓を止めないこと。心臓を止めちゃったら、ポンプが止まる。だから、ポンプがある状態で切ると、血がほとばしるように出るんですね。ポンプの動きに合わせて、ドッ、ドッ、と出ます

 

頭を叩いて、失神している間に、頸動脈を切る。そして内臓を出してから、冷やして、皮を剥ぐ。肉としての価値を落とさないようにただただ丁寧に猪と向き合って捌く。仕留め方が良くても、捌き方の意識が違う猟師と一緒に解体すると毛だらけ、ダニだらけの肉の塊になってしまう。だから、お肉は自分の手という責任において捌きます

 

課題としては、獣による被害が多いとか、本当に丁寧に手掛けられたお肉が今まであまり出回っていなかったとか、いろいろあります。僕は殺すことが好きでこの仕事をしているわけじゃなく、本当に美味しい、野生のエネルギーの詰まった恵みを欲してくれるお客さんがいてくれて、野生の獣を取ることで喜んでくれる地域があって。それで、僕の気持ちも成り立っているので。より良い状態にしたいっていう思いは強くあります。

 

――あつたさんのすごいところは、生産者のこだわりって色々あると思うんですけど、蜂にしたって、女王蜂がいる時を狙って、取りに行ったり。猟にしても、銃で遠くから撃てば命をかけないで済むのに、イノシシと向き合って闘わなきゃいけないシチュエーションに追い込んでまでやる。それはなぜかっていうと、1番美味しいお肉はそういう風にしたほうがいい、ってことですよね。お肉にしろ蜂にしろ、命をかけていい素材を生み出す、提供する。どうしてそういうことができる人間に、熱田さんはなったのでしょうか? どういうトレーニング、どういうことをしてきたのですか?

 

父親が休みの日には山菜取りとか、自然薯取りとか、色んな山とか川とか海の遊びを教えてくれました。僕は4人兄弟の末っ子で、上3人はみんな勉強とスポーツをちゃんとしていた。でも僕はしなかった。当然結果が出なかったんですよ。でも、学校帰りに親父に教わった技術で潜って、ウナギを取って、家に持って帰って、それをさばいてかば焼きにして出したら、絶対に喜んでくれるわけです。それは山菜取りでも同じ。自分の好きなことで家族が喜んでくれることで、自分の存在価値を感じていました

 

勉強でもスポーツでも、ほんとうにやりたいと思って頑張ったら頑張れるかもしれないですけど、そこにモチベーションはわかないままずるずるいって。ただ、野遊びがめちゃめちゃ面白いんですよ。必要な時に必要な分だけ恵みを手に入れる能力があると、自分の家族は絶対に喜んでくれるし、家族の周りの田舎のおっちゃんらも喜んでくれるので、それが好きで好きでやっていた

 

蜂取りは特にそうですね。スタートは父の影響で4歳から始めたんですけど、いまだにこんな面白いことはない。他にまだ知らないんです、オオスズメバチを追いかけるということ以上に面白いことを

 

――4歳の時初めて行って、刺されなかったですか?

 

その時は、僕が刺されないように巣の最寄の林道に隔離されていたんです。でも、小学校4年生の時に親に黙ってオオスズメバチを一人で獲りに行って、バレて、えらい心配かけたりもしました。僕にとって、どうしようもないくらい狂ったような情熱が湧いてくるのが、蜂取りです。

 

狩猟に関していえば、岡山県の美作市という山間部に結婚を機に移住したときに、地域の人がものすごく獣に困っていて。「あつたくんよぉ、蜂はいいから、シカ、イノシシ獲ってくれよ」って言われて。それは、村役での溝掃除とか、斜面の草刈りとかをする僕を見て、おっちゃんらは「よう動く若者だなあ」と思ってくれて地域課題である獣害への期待を寄せたみたいなんですね。その話があったときに、自分の技術を活かしたら居場所がパッと作れると思って。その集落だけきちっと守ったら、獣害がなくなったら、減らすことができたら、すごく喜んでもらえるなって。それで、生活のこともあるんで、スイッチを入れて、真剣に猟を始めました

 

――子どもの頃は家族で。今は地域の人。地域の人に喜んでもらえるから、それが嬉しくて今がある?

 

そうですね。ただ、好きなことをして自分の家族だけを守っているのだと納得してくれない。周りは、ちょっとでも獣害を減らして欲しいという、切実な現状があって。その中で自分が力を発揮すると、地域の人が喜んでくれる。でも現状では、捕獲保証金という、獣を獲ったら1頭あたりいくらというのがあるので、その賞金稼ぎみたいになっている人もたくさんいる。獲って、保証金目当ての写真を撮って、山に不法投棄というのが、現状としてすごくある。僕も最初は、美作市の食肉処理場に肉を丸ごと出荷していたんですけど。そこの処置とかを見ていたら、ちょっと自分がやっている思いと乖離しすぎていて。それで、去年自分で獣肉処理の施設を建てたんです

――お父さんから、具体的な獲り方とか、うなぎの罠のしかけかたとか、あそこになにがいるとかを教わった?

 

そうですね。爺ちゃんが山師をしていたので、一緒に山に入って山菜を取ったりとか。自然薯とかマツタケを覚えて。父は川猟と、蜂を教えてくれました。あとは父の知人の師匠たちからいろんなことを習いましたね。

 

――生け捕りは、熱田さんが生み出したこだわりですか?

 

大学でスズメバチの捕獲と研究をしていたら、宮崎県のおじいちゃんに出会ったんです。生け捕りしていると知って愕然としました。僕は煙幕を使って獲る文化で育ち、守られた世界にいたから「なんてことをする人だ」と驚きました。でも、その技術をなんとかして受け継がせてもらおうと足を運んで、習って、今に至るんですけど。より良いものに出会っちゃったら、そうしたいと思って

 

――蜂を獲るときのエピソードや、獲り方を教えてください。例えば、同時に10匹に刺されたとか、そういうすごい大変なことってありましたか? 獲っている最中に蜂に刺されたらどうする? 刺されることってある?

 

去年、ある取材を受けて。取材の人が一緒に蜂の巣を取るとき、パニックになっちゃったんですよ。怖くて。その人を守らないといけないので蜂たちから目を離して自分がその記者さん側に寄ったときに、防護服に侵入されて、アゴを刺されて。痛みに耐えながら内部の蜂をつぶして殺して、毒を絞ることもできずにそのまま巣を獲り続けたというのは痛かったですね。(笑)

 

蜂追いで木登りをするんですが、そのときに、自分の手を木の枝にかけて上っていくんですね。途中で木の枝にヨイショッと手をかけたら、身に覚えのあるぐにゅって感じがしたんです。目を向けたら指の中には噛もうとしている蛇がいて。マムシを掴んでいたんですね。手を離したら噛まれる、でも握れない。その状態でずっと、どうしよう、どうしようって。どれくらいの時間が経ったか全然分からないですけど、耐えながら思い浮かんだ選択肢は、首を掴む。もうひとつは、払い落す。

その状態で握力と堪えながら、考えながら腕に限界がきたので、指をちょっとずつマムシの頭のほうにずらして、意を決して思い切り、押さえながら下に振り払ったんです。そしたら、ビリッ!という衝撃を手に感じて、もう、絶対に噛まれたと思った。そしたら、木の枝に爪が引っかかって、爪が剥がれてボタボタ血が出てていた。痛かったですが、ただ、マムシには噛まれなくて(笑)

――マムシが木の上にいるんだってことさえも、僕なんかは知らなかったけど、気をつけていても、自然が相手だから危険がいっぱいある。その中でさらに、向こうの命を獲りにいくわけだから、向こうも必死に抵抗してくる。そういうことを生業にしていて、ケガしなかったりとか、無事でいられるために自分が1番心がけていることってなんですか?

 

何しているかな。あんまりこうしよう、とかは考えていなくて。ただ、フィールドの中に常に身を置いていないと、僕は割と不安で。自分の身体とか自分の感覚が、自分で良しと思える状態にないとすごく不安なんですよ。自分で信じられる状態に、自分の身体が仕上がっていないと不安で。だから、シーズン1発目の蜂取りとかは、ものすごいエネルギーを使う。ヘトヘトです。疲弊するというか。それでも、シーズン入ってちょっと落ち着いてくると、1週間くらいで自分の身体の感覚が戻ってくる。

 

――身体のトレーニングだけする時期があるってことですか?

 

蜂追いのつもりで山を走るとか木を登るっていうのと、蜂追いで木に登るのとでは、スイッチの入り具合が全然違うので。シミュレーションをしてできるかっていうと、できないですね。

日常的に山に入って、シカやイノシシを追いかけて、蜂の時期はオオスズメバチを追いかけて。お客さんから駆除の依頼があったら、危険で不安な状態を、安心安全な状態を取り戻す。それが僕の蜂の駆除の技術なので。安心安全の技術料として駆除代をもらう。そうすると、そのお客さんにとっての不安をどれだけそぎ落とせるか。ゼロにできるか。そういう意味では、ものすごく気を張るんですね。それは、自分ひとりで蜂の巣を獲るときより緊張するかもしれないです。人が関わるとなると。そういう緊張状態の狩猟とか、それって日常でしていることなので。逆に、遠ざかっていたらから不安になる。

 

生存競争を考えたら、野生の状態では弱い生きものが淘汰されると思います。自分の感度を高い状態に保っていなかったら、自分の思うところへ、考えなくても足が行ってくれる状態になかったら、蜂を見ながら山の中を走るって絶対にできないんです。足元を見ながら走るのって大変なんですよ、僕は蜂を見ているので。

だから、そういう能力が高まった状態になかったら、ひとりで山へ入って簡単に死んでしまったり、淘汰されてしまう可能性もあるし、自分のミスで死んじゃうこともある。だから、自分の感覚をすごく大事にしているとは思いますね。臆病で怯えながらでいいと思うんです、野垂れ死にしないためだから。

 

――(写真を見て)かわいいですね、シカ。

 

そうなんですよ。みんな「採ってくれ」って。でもシカはこういう目で見るんですよ。罠にかかった状態で。

 

――このまま殴るってことですか? 最期に。

 

そうですね。このシカに関しては、参ったんですよ、本当に。最期、座り込んでこっちを見てくるんです。何をどう思っているか、わからないんですけど、そういうことを思う猟師と思わない猟師がいるんですね。「おめえそんなの気にしとったら猟師がやってられるか」と言う人もいるし。気にするなって言われても、気にします。だから、殺すのを人に任せることはないし、自らの手という責任においてまっすぐ向き合う以外に何ができるのか、と思います

 

そういう意味でいうと、さっきのイノシシなんかは自分のことを殺しにくる。自分の五感と身体を駆使して、仕留めてお肉にする。エネルギーとエネルギーが成り立つというかそういう感覚があって。シカさんは、どっちかというと、「殺さないで」っていう表情に見えますし、こちらへの殺意も明らかに違うなぁって。それで昨年の冬頃、いっぱいいっぱいになってしまいました

 

――殺せなくなっちゃった、ってことですか。

 

殺すっていう作業はできるんですけど。仕留める、殺める、ってことに慣れることがないので。一昨年の猟期は、84頭かな。月にして約20頭。生業にして、真面目に獲って地域の獣害も減って、自分の家族をそれなりに養えて。でも殺めることに慣れることがないですね。慣れたら楽だと思うけど、絶対慣れないし慣れちゃだめだと思う。シカを仕留める瞬間に対して。何かがあふれちゃって、一回止まったんです。

 

蜂追いのときは、蜂を追いかけるしかないけど、イノシシやシカは空を飛ばないので、絶対に足跡が残るんです。蜂追いで培った探究心と技術を足跡が教えてくれる情報に活かして、狙って獲れるようになった。それで獲って、獲って、獲って、獲って、仕事として気持ちを注いで猟をやったときに、人が喜んでくれるからとか、料理人さんが「あつたやのお肉がいい」って言ってくれるとか、地域の人が喜んでくれるとか、家族を支えられるとか。でもそれじゃ持たなくなった

 

――やりがいで殺すってことが、できなくなっちゃった、ってことですか?

 

 

そうですね。だから、ほんとに好きなものとしては、蜂追いがありますよね。猟はまた別の話。自分が出来ることで、地域が求めてくれている。良質なお肉を欲している料理人さんや、個人のお客さんがいらっしゃる、っていうのに応えようという想い。蜂追いっていう、もう狂ったように自分の一途な思いがある営み。生業とは多分別だったんでしょうね。

 

――実際、山の方だと、獣害が昔よりひどくなったな、という実感はありますか?

 

僕は猟を始めたのが5年前なので、それまでは狩猟をここまで見る目がある状態で身をおいてなかったので、それまではぜんぜん分からないです。しかも一昨年岡山に移ってきたので、そこまで確かな実感はないですが、猟師さんに聞くと、ここ7年から10年くらいで、爆発的にシカが増えていると聞きますね。うちの周りでも、移住してすぐはシカだらけ。だらけってどんな感じかというと、20頭とかの群れがいる状態でしたね。田舎だと人間が草刈りをするので、夏場でも常に新芽があって柔らかい草を食べに夜になるとシカが出てきます。そんなことを聞くことが多いですね。

 

移住して最初の半年、まったく稼ぎもせず、ひたすらフィールドにいて。山のどこに行けばなにが獲れるか、自分が欲しいものがどこにあるか、宝となるものがどこにどれぐらいあるかというのを知るために。例えばウナギであったり、山菜であったり。それは商売するためじゃなくて、ちょっと食べたいなってときに、獲り尽くさない程度にちょっともらってくる。それが自分にとっての安心材料なんですよね。狩猟採集民族みたいな言われ方することもあるんですけど。たしかに農耕民族寄りの、畑にいって大根をというスタンスよりは、この花が咲き始めたら、あそこに行けばウナギが獲れるといったようなことのほうが好きで生活の一部になっているのかもしれません。

MONDO(問答)

――質問者1蜂の巣を獲ることで、どう生業になっているのか。蜂の子が売れるのか、蜂の巣ごと売れるのか。成虫も売れるのか。獲った蜂は死んでしまうのか。

 

蜂を瞬間冷凍して、1匹いくらで、料亭さんだったり料理店さんであったりに出荷します。それが、1匹いくらだったり、kgいくらだったり。漢方薬の原料の会社だと、蛹、幼虫、成虫どれでも、kgあたり定額で買取りをしてくれるところもあります。

――質問者1:巣には何匹くらい入っているんですか?

 

大きいものだと、2500くらい、計算上ですけどね。

 

――質問者1:1個、結構な値段になりますね?

 

でも、その状態の生育状態が良くかつ柔らかいのは一部なのでしれてます。全部まとめて漢方薬に出しても買い叩かれるだけで、自分で獲り方とか価値を伝える価格とは全然違う。

 

――質問者1:いいやつもあれば悪いやつもある?

 

そうですね。いいやつなんて全然ないですよ。蜂には悪いけど。

 

――質問者1:その中で100とか50とか?

 

数字でうまく言えないですけど。巣の大きさにもよるし、生育状態にもよるし、満月・新月でも違うし。

 

――質問者1:どっちがいいですか?

 

新月ですね。

――質問者2:どこらへんのサイズの生物から、殺した時の罪悪感を感じますか? 私は鳥専門の猟師ですが、カモとか、美味しそうな生き物にしか見えなくて。もがいていたらかわいそうだから、早いところ殺してあげようと思って、首をしめたりとかするんですけど、それ以上の考えは特にない。蜂とか、昆虫は小さいからかわいそうに感じないのですか? どれくらいのグレードの生物から?

 

大きさによる区分はなくて。血があたたかい生きものは、違うなって。なにがどう違うって、ことばにできないですし、したくないですけど。蜂に対しては、イノシシと似ていて、自分の生身の身体を駆使して、向き合ったときに、殺しに来てくれる。自分も、自分が培ってきた経験と技術を駆使して、向き合うことが成り立つ感覚があって。

 

蜂の巣を獲る時に、バトミントンのラケットで迎え撃ったりするんですけど、それを他の人に委ねたくないですね、自分の手でやりたいです。当たり方によって全然、蜂の破裂の仕方が違うので。普通の人が力んだ状態でラケットを振ってもつぶれないから即死しないということもあったりして。

 

愛着の話になると思うんですけど、ウナギも獲るんですが、ウナギもぐっときますね。 オオスズメバチだって、追い掛ける際は楽しそうな顔をしていても、巣を獲るときには全力で殺すわけです。矛盾していますよね。仮にうちで飼っていた鶏をつぶそうかってなったとき、僕自身の気持ちで言うと、したくない。自分の家にいる鶏に対しての愛着でしょうね。その一方で、ニワトリを襲いにきた狐に対して、明らかな殺意をおぼえます。「うちの大事な……」って。だから大きさじゃないですね。

――質問者3:蜂を獲ったときの相場はいくらですか?

 

漢方薬に出しているところは、7000円/kgくらいですね。女王蜂は、1匹500円です。

 

――質問者3:儲かるんですね。

 

儲かるかどうかって言われたら、儲からないですね。そもそも1年に10日間とか20日しかできないことだから、安定生産できない。女王蜂を1ヶ月くらい獲る事ができたら、家族を支えられると思うんですけど。今でいうと、僕の駆除の手法とかお客さんへの対応が伝わって、蜂の駆除の方はどんどん発展して行っています。蜂追いは、1個あたりの単価が高いように思えても、儲からないです。

 

ただ、蜂追いを僕が好きで好きでしょうがなくて。自分の心意気だったり、生様を含めた蜂の子という素材の価値を感じてくれる人に、買い取ってもらうことで成り立っています。 稼いで儲かるというモチベーションでやっていないから。蜂を追いかけるのが好きすぎて、こうなっちゃった。(笑) 結果的に、ってことですね。やめられないんですね、これだけは。嫁さんに何を言われても、娘に何を言われても、やりたくてしょうがないものなので。それを続けるためには、なんとかして仕事にならないかなと思って、営業して、買い取っていただいている状態なので。

 

(会場で提供された「蜂の子」)

――質問者4:人が喜んでくれるからそれに応えるという暮らし方はすごく直接的で、大都会東京で暮らしている僕からすると、羨ましいんですよ。そんな熱田さんが今、大都会東京を見て、何を感じたり想ったりしますか?

 

新幹線で来るとき窓の外をみていると、ずっと家があるんですよ。そこに洗濯物が出ていたり、人の顔が見えたり。みんな、色んな思いを抱いて生きているんだな、って。(笑) そんな機会が全然なかったんですよ。獲物の安定的な捕獲のために、毎日必死こいて、血まみれで山に入っていて。自分なりに色んな気持ちはあるわけですね。こんなにたくさんの人に1日で会うって、ないんですよ。渋谷駅で迷ったりとか。出会う人出会う人、みんな色んな思いを抱きながら生きているんだろうなあ。(笑) そんなことを思っています。

 

僕はやっぱり、人が好きなので。自然も好きだし、人も好きだし。「今日、行くよ」って事前に知り合いが連絡をくれたら、ホッとするし。人が多いのは苦手だけど、都会が嫌いとかじゃないので。でも僕、昔、「都会が嫌いです」って言っちゃってたんですよ。でも、みんな、色んな思いを持っている。街で生まれ育って街に愛着がある方にそんなこと言ったら、すごく失礼で。僕だって、「田舎嫌い」って言われたら寂しい。実家は、自分の家から隣の家まで200m以上離れているような田舎だったので。居心地がいいな、とか愛着をおぼえているところに対して否定的なことを言われると結構寂しいですよね。

 

ただ、たくさんの人の中を横切るのはニガテ(笑)この流れをどう横切って、どう……品川駅とかすごいですよね。これ、毎回ニガテなんです。みんなすごいんですよ。人との距離とか、避ける時にぎりぎりちゃんと避けてくれるんですよ。みんなぎりぎりのところで避けてくれる。この機敏な動きはなんなんだ(笑)

――質問者5:「感受性」についてお聞きしたいです。僕、中学生くらいまで、電話が鳴る0.5秒前くらいに、電話が鳴るのがわかったんですよ。

 信じてもらえるかわからないですけど。そういう感覚ってありますか? 羽音でスズメバチを感じる、じゃなくて、なんとなく「あっちにスズメバチの巣がありそうだぞ」とか。

 

ないですね(笑) 自分が空間認識できる方向と距離の中にオオスズメバチが入るだけなので。結構、限定されていますよね。感知しているのは、あらかじめじゃないです。空間の中に入ったときだけなので。

 

でも違うな。罠猟していて、「この罠に今日、いるな」って思って、イノシシがかかっている時って、ときどきあります。自分の感度が高まっていて、鳥の声だったり、自分が山を登っているときの感覚で、「なんか、あの罠にいるんじゃないか?」って思ったら、いた。でも、電話のようなものは全然ない。

 

――質問者5:知り合いに四葉のクローバーが好きな女の子がいて。その子が、公園とかパッとみて見つける子がいる。そういう感受性が高いからかなって思いました。観察眼なのか。その四葉のクローバーの女の子は、「なんかわからないけど見つかる」って言ってました。

 

奈良の講演でご一緒させていただいた鷹匠の松原英俊さんがおっしゃっていたことばで、「狂気にも似た一途な思いを抱いて生きろ」。それを聞いた時に、「僕は、ズズメバチなんだろうなあ」と思ったんです。9月から10月、ひたすら山に入って、みんなが聞いていない羽音を聞いて、みんなが見えていない蜂の姿を見る。本能とか、習性的に。自分が、ほんとうに狂ったような気持を注いできたことなので。蜂の飛ぶ音に勝手に身体が反応して、感覚のスイッチが入って、アンテナが張るので。そうじゃないと蜂獲りは死んじゃうから、っていうのもあると思うんですけど。好きでやってきたことで、ずっとやってきたから、その感覚がある。それしかない。それはだから、感受性のようなものとは全然違う。なので、僕にはないです(笑)

 

――質問者5:最初の1匹はどうやって見つけるんですか? リボンをかける前の。

 

樹液があるクヌギの木からのスタートが多いですね。その木には毎年、カブトムシもクワガタもハチも集まります。そういう場所の情報を地図に入れています。

あと、ニホンミツバチっていう蜂を飼っていて、巣箱という家を提供して、家賃としてハチミツをもっています。そこをオオスズメバチが襲いに来てそこから蜂追いを始めることもあります。蜂の目の前に餌を持ってきてあげると、本能的にスイッチが入る。ハチが「うわあ! この中にこんないい餌があった!」って夢中になって抱え込むときにリボンを結ぶんです。ハチの話は長くなっちゃう……。(笑)

――質問者6:蜂に襲われたときに、どういう対処をするのが1番いいんでしょうか。

 

状況によりますね。車の窓ガラスがあいていて蜂が入っちゃったら、透明なガラスって、蜂にはわからないんですよ。そこから出たくてしょうがなくて飛び回る。部屋の中や車の中でも一緒で、ハチは困惑した状態なので、慌てなくて大丈夫です。巣から離れたところで、蜂が怒って刺すというのはまずないので。

例えばこの部屋の中に蜂が入ってきたとして、どこに集まりますかといったら、昼間だったら確実に窓際の明るい方に行きますね。その時の蜂の気持ちとしたら、出たくてしょうがないから、そこの窓をそーっと開けてあげたら出て行く。カーテンを閉めて、1か所だけ明るいところを作ってあげればいい。

 

車でも一緒で、蜂が入ってきたことによってあわててハンドル操作ミスして、事故したおじさんがいたんですけど、こういう話を事前にしてあげれば、防げたのかな。車の中に入っちゃった蜂も出たくてしょうがないので、左に寄って、ハザード出して、窓を全開に開けたら出て行きます。人間に対して攻撃をしようという蜂は、巣に対する直接的な振動もしくは間接的な振動がないときは刺さないです。

 

――質問者6:じゃあ蜂が近くに来た時は、「うおおお!」ってやるんじゃなくて、「あっ、蜂だ」程度にしておけば?

 

人間に興味を持ったハチと怒ったハチを見極めるのはちょっと難しいかもしれないですけど。基本的に、巣が近くにない状況で蜂が来たら、じっとしていたら、刺すことはないです。1か所でブーンってホバリングしながら見定めてから、刺しに来ることが多いですね。周りをぐるぐるふわふわ飛んでいるときは、興味を持っている時。たぶん自己責任になりますね、この話は。熱田さんがこう言ってたから、って。(笑)

 

――質問者6:仮に、刺されちゃったら?

 

ネットや本に書かれている逆のことだけど、僕は指を刺されたら、その部分を毒ごと吸って吐き出します。理由は、身体に10毒が入ったとして、5でも6でも出してあげた方が、その後の症状が軽くなるって身体でわかっているから。親父が刺されたとき、親父の頭をかじったこともあります。(笑) 毒を少しでも早めに出した方がいいというのと、アナフィラキシーショックとは別なんですけど。初期対応では、まず毒を抜いてから処置ですね。

 

――質問者6:今まで何回くらい刺されたんですか?

 

30どころじゃないですね。

 

――質問者6:それくらい刺されても大丈夫なんですね?

 

大丈夫じゃなかったと思いますよ。こういうのがわからなかったら。その都度その都度、対処して。自分の意識で、「今目を閉じたら失神するな」とわかったときもあったし。そのときに、自分も気を張って、必死に毒をしぼりだして。1番やった方がいいことをやっていたから、生きているわけで。僕でも、次刺されたら死んじゃうっていう、アナフィラキシーショックの可能性がないわけじゃないので。次に刺されたら逝ってしまうかもしれない。だから、必死です。

 

――質問者6:そんな思いでやっているなら、1個500円でも安い気がしますね。(笑)

(会場で提供された、イノシシ肉)

――質問者7:お肉って「ウジがわいたころが美味い」とか言うじゃないですか。イノシシとかシカとかって、それくらい熟成させた方が美味いのか。とれたての、血を抜いたばっかりのスライスしたやつが美味いのか。どっちですか?

 

シカって、オスは独特のにおいがあって。メスの方は、そのにおいが少ない。それを均一化させるために、熟成の技術を持っている人が宮城にいて、習いに行ったんですね。安定的にシカを獲る技術を伝える代わりに、熟成の技術を聞きに行った。その人のお肉を食べたら、明らかに違うんですよね。フレッシュなものと、寝かせたもの。焼き方によっても、切り方によっても、明らかに食感とか旨みが違います。

 

イノシシはシカと比べると水分が少ない堅果類を食べている。一方、シカは水分のある青草を食べている。だから寝かせ方も違う。それを僕の中で、ようやくちょっとわかってきたかなという状態です。簡単に言ったら、明らかに寝かせた方が、うまみが出る。肉のやわらかさも出ます。新鮮かどうか、っていうと、新鮮さがいいって感覚は、僕は獣肉に関してはほとんどありません。

――質問者8:熱田さんは29歳という若さで、自分の哲学を持っている。命との向き合い方がすごい。命をいただくということとか、命の尊さ。だからこそ、自分の哲学で、獲り方、殺め方をしたいっていうのが伝わってきます。それとともに、自分の命も大切にしている。命と真剣に、まっすぐ向き合っている。たとえば、3.11で人間は、自然の脅威にふれました。そんな中、なにか自然との向き合い方に自分なりの哲学があれば、教えてください。

 

僕がなにに何を必死こいて向き合っているかというと、自分の弱さなんでしょうね。自然の中に身を置いたときに、臆病さと警戒心のかたまりでしかない。でも、臆病でいいんだと思っています。

いま狩猟にしろ蜂にしろこんなに話していますけど、普段はこんな顔していないですよ。山の中で仕事をしているときは、凄まじいというか、人に見せられないような顔をしていますから。でもまともで在れるのは、巡る季節の旬の恵みを、野遊びで手に入れながらちょっとずつ身体に取り入れているからじゃないかなと思っていて。みなさんも野性の旬の恵みを少しずつ食卓に取り入れることで、より健やかに居れるかもしれない。旬の素材を、自然の素材を、ちょっとずつ取り入れるってすごく大事なことなんじゃないかなと思います。

 

僕は都会というか、街でずっと暮らした経験はないんです。大学の学生の寮にいたときに、田舎の古民家を借りて、15kmくらい離れたところから車で通うという学生生活を送っていた。自然の中に身を置きたいっていう本能的な思いにかられて、そういう生活をしていた。こうやって街で暮らしている方も多いと思うんですけど、そういう方が、たまにでいいから、山に行くとか、川に行くとか、海に行くとか。自分の感覚、本能的な感覚が開くような環境に、ときどきでいいから身を置いてあげると、すごくいいんじゃないかな。時折時間を持つことで、自分の気持ちをより良い状態に保てるというか。元に戻れるというか。そんなことを感じたりします。

 

今日(3.11)は、震災があってから5年。そういうことを考えながらも来たんですけど。全然ことばにできなくて。自分の家族であったり、自分の周りの方がいらっしゃったときに、おいしいものを食べてもらうとか。野性の生存競争の中で、必死に生き抜いている色んな生き物であったり、生きるということの根源的なエネルギーが伝わるような気がして。蜂の子でもマツタケでもなんでもいいと思うんですけど。自分の周りと自然との関わりが疎遠になっている部分があると思うんですけど、自分の周りからちょっとずつちょっとずつ、トゲを抜いてゆくようなかたちで、自然を取り戻してもらう。それしかできないかなって。自分が担えることを足元からやっていくしかないかなって思います。

 

だから、シカの猟を止めるいう話も、自分にいっぱいいっぱいになって止めているんですけど、それでも欲してくれる方はいらっしゃる。だから、役割としてどれくらいできるかって、惑い惑いやっている。ただ、惑いながらでも丁寧に、自分の手という責任において、生き抜くことは、僕にもできることなので。その結果、なにか足しになったり、感じてもらえたら嬉しいですね。

 

<考察>

都市の中だけで完結した生活をしていると、私たち人間は自然の中の一部、生態系の中の一部であるということを、ともすれば忘れてしまう。イノシシの肉やシカの肉、蜂の子に限らず、スーパーで買うパック入りの肉やレストランで出てくる美しい料理も、「食べる」ということは、他の生き物の命をいただいて私たちは生かさせてもらっていること。ただ美味しい不味いだけではなく、自然と人間の関わりを確認するための作業であるということ。

 

そして人間という動物は、丸腰で山の中に入れば、蜂に刺されたりマムシに噛まれたり、簡単に死んでしまう弱い存在だということ。だからこそ私たちの祖先は大脳を発達させて知恵をつけて、道具を操ることを覚えて、自然を制御し文明を築いてきた。しかし自然から離れすぎ、自然に対する畏れを失ってしまった結果、暑過ぎる夏や暖冬化、地球規模の異常気象や環境問題を招いてしまったと言えるのではないか。

熱田さんのおっしゃるように、自然に少しでも触れる機会をつくることで、自然の一部として生きてきた「人間の本能」を取り戻すこと、そして「人間とは弱い生き物である」ということを忘れないようにしたい。

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