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近年、”ウェルビーイング”という言葉を聞くようになった。漠然と自分や社会にとって良い状態のことを指すのだろうという感覚はあるが、世界共通の概念なのか? 測って改善していくものなのか? など掴みどころのない概念でもある。日本におけるウェルビーイングの現在地と未来について、2018年に公益財団法⼈ Well-being for Planet Earthの代表理事に就任した石川善樹さんに、Next Wisdom Foundation代表・井上高志とともに話を聞いた。
<プロフィール>
石川善樹さん
公益財団法⼈ Well-being for Planet Earth代表理事
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がよく生きる(Good Life)とは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。
2030年、ウェルビーイングが大前提の価値観になる
Next Wisdom Foundation(以下NWF):まず、ウェルビーイングとは何か? お聞かせください。
石川善樹さん(以下石川):元は”幸せ”という言葉が使われていました。昔から、幸せは人類にとって最上位の価値観であると言われています。では、なぜ幸せが最上位なのか? 簡単なチェック方法があります。幸せとお金をみたときに、「幸せになるためにお金が欲しい」と言う人は多いけれど、「お金を得るために幸せになりたい」という人は少ない。実際には、幸せになるとお金が入ってくる人は多いのですが……このように”お金”と”幸せ”を入れ替えてみて、直感的にどちらがしっくりくるかということです。ダイバーシティも、「ダイバーシティになるために幸せになろう」ではなく、あくまでも「みんなが幸せになるためにダイバーシティを実現しよう」ですよね。人類にとって何が究極で最上位の価値観になりうるのかということは、幸せやウェルビーイングを題材に哲学的に考えられてきたわけです。僕は、幸せやウェルビーイングというものが曖昧で余白のある概念で良かったと思っています。ウェルビーイングとは”良い状態”のことで、人あるいは時代が、何を良いと評価するかという話です。自然科学と違って、人間が何を良しとするのかは時代によって変わるし、企業や個々人によっても違う。同じ人でも、時間が経てば何が良いのか変わる、すごく動的な概念です。静的で決まった概念として「これがウェルビーイングである」というものが存在していないんです。
時代のトレンドを考えるときに、僕は『Google Ngram Viewer』を使います。検索ワードで調査することもできますが、検索ワードというのはトレンドによって大きく変わります。一方でGoogle Ngramは刊行された書籍内で使われているワードを検索するため、世の中で多くの人が本質的に興味があることが抽出できると考えています。たとえば経済成長についてを調べると、人類が経済成長というものに興味を持っていたのは1990年代中盤くらいまでで、そこからちょっとずつ下がっています。代わりにサステナビリティが立ち上がってきて、サステナビリティが経済成長を抜くのが2009年、リーマンショックの時期です。ここで注目したいのは、当初のサステナビリティは企業のCSR活動の一環であり、企業の一部門でやっていたということです。それが今や、サステナビリティの無い企業経営はあり得なくなりました。今の状態があるのは、サステナビリティというものは価値があるのだと言い続けてきた人たちがいたからです。こんなふうに価値観は変わっていくということが、データから読み取れます。
ではウェルビーイングはどうかというと、2019年時点のデータを見ると、ウェルビーイングは2010年以降に立ち上がっているのが分かります。背景には、多様性が増して多様な人が何を良いと評価するのか一言で言えなくなってきたことがあると考えています。ある意味20世紀は、経済成長してお金を得たら幸せになるという幸せの一つの形、画一的なウェルビーイングがあった時代でした。21世紀になり多様性が増して、何が人にとって良いことか? というものがバラバラになってきた。ある人はCO2削減が最も大切、投資家は将来のキャッシュフローが大切というようにバラバラになったものを、それでも一言でいうと何か? というところから、今ウェルビーイングがきていると思います。多様性の時代における「良さ」を一言でいうならウェルビーイングだろうと。現状は「ウェルビーイングをやって金になるの? 儲かるの?」という考えがあるのが正直なところです。しかし、おそらく2030年にはウェルビーイングが経済成長を超えます。そこで何が起こるかというと、サステナビリティと同じで、「ウェルビーイングなき経済成長はあり得ない」と、ウェルビーイングが大前提にある価値観になっていくというのが僕の読みです。21世紀初頭の基本的な価値観が、ダイバーシティ・サステナビリティ・ウェルビーイングの3つになると思っています。
”幸せ”の完全な指標は無いけれど
NWF:ウェルビーイングには指標があるのですか?
石川:いま社会の指標の一つになっているGDP(国内総生産)は、生産には価値があるという考え方です。産業・各企業が生み出した付加価値を全て足すとGDPになりますが、逆に言うと非生産活動には価値がないということです。結果として、育児や家事は非生産的な活動であり価値がないとされて、苦しむ人たちが出てきた。もう一つのGDPの算出方法は、支出の総計です。日本でも四半期に一度GDPが出ますが、基本的には生産ではなく支出の総計で計算されています。支出とは、個人消費がどれだけ増えたか・減ったか、投資の増減、政府支出と輸出入の増減です。シンプルに言えば、20世紀はどれだけ生産し、どれだけお金を得て、どれだけ使ったかが大切という価値観でした。しかし、たとえば世帯年収500万円の家庭があるとして、500万円あれば充分という人と、まだまだ足りないという人がいる。年収500万円を主観的にどう捉えるのか差があるのに、人々のウェルビーイングの実感という視点がGDPには抜け落ちています。また、GDPは戦争や環境破壊など社会的に悪いとされることでも増えます。このGDPの悪い側面を補うためにSDGsが誕生しました。基本的にSDGsは問題解決の方針であり、2030年までのゴールです。では、2030年以降の問題解決の先に我々は何を目指すのか? 成熟した経済社会に突入した時の重要な指標が、実感としてのウェルビーイングだと思うんです。社会として、GDW(Gross Domestic Well-being)が目指す指標として出てくるように活動しているのが、僕たちのやっていることです。
NWF:指標は数字に落とし込んでいくのですか? ウェルビーイングの状態は様々な価値観が混ざったものなので、数字に落とし込むのが難しそうです。たとえ数字で表現しても、個々人の主観が違えば数字の捉え方も変わってくるのではないでしょうか?
石川:完璧な指標というものはあり得ません。イギリスでは、10年前にキャメロン首相がウェルビーイングに取り組むと宣言しました。経済成長が第一優先であることは変わらないけれど、抜け落ちている視点としてウェルビーイングがあり、国家レベルでウェルビーイングを測るために10分野・42項目を決めました。イギリス議会では10分野42項目の指標を踏まえてGDW(Gross Domestic Well-being)を作ろうという議論が始まっています。健康、人との繋がり、芸術やスポーツに親しんでいるかという文化活動、仕事、居住環境、地域環境、経済など10分野42項目があり、そのうち18項目が主観です。これを統計的に処理して、総合値としてGDWを計算しています。この計算では、人との繋がりよりも健康が大切といった重みづけはせず、項目を等しく扱っています。統計データを見ると、GDPとGDWで乖離が見られる。やっぱりウェルビーイングに取り組む必要があるということなんです。
当然、これは完全な指標ではありません。ウェルビーイングな状態というのは時代に合わせて変化するものなので、指標を進化させて統計データを変えていく必要がある。指標が不完全でも誰かが始めないといけないし、不完全でもデータを取っていかないといけない。始めることでウェルビーイングに関する議論が起こり、具体的な取り組みが始まってきます。この取り組みは各国で起きていて、日本でもこれから始まっていくところです。
井上高志(以下井上):いま石川さんが考えている日本のGDWは、どんな指標にしようと思っていますか?
石川:日本は、内閣府がやっている『満足度・生活の質を表す指標群』がベースになります。日本の経済社会の構造を人々のウェルビーイングの観点から見ていく指標群です。ウェルビーイングダッシュボードというもので、11分野が設定されています。
井上:指標群を見たときに、石川さんはどう感じましたか?
石川:満足度・生活の質を表す指標群がどうなっているかというと、家計と資産、雇用と賃金、教育環境・教育水準、健康状態、住宅、身の周りの安全、介護のしやすさ・されやすさ、ワークライフバランス、社会とのつながり、子育てのしやすさ、自然環境という11分野があり、それぞれの分野に3項目ずつ合計33項目あります。でも、各分野の専門家から見たら3項目では足りてないと思うはずです。
個人的には、主観的な指標が無いのが1番の問題だと思っています。イギリスの場合は18項目が主観項目で、四半期ごとに検討されているのに対し、日本の指標は主観が抜け落ちている。そこでまずは国際標準に合わせていこう、という動きが出てくるでしょう。国際標準では、個人とコミュニティという主観的な指標が入っています。個人指標は、自分の人生・生活を10点満点で自己評価してもらう。コミュニティの指標は、自分が困った時に手を差し伸べてくれる友人がいるか? という質問です。この2問はとても強力です。イギリスの場合は2問に追加して、「今の生活にやりがいや生きがいを感じているか」「住んでいる地域に愛着や誇りを感じるか」「いま健康だと思うかどうか」など、様々な分野について主観的に10点満点中何点かを聞いています。様々な分野について、主観的にどう思うかを指標にするのが今の国際標準です。
満足度・生活の質に関する調査報告書 2021 ~我が国の Well-being の動向~
(令和3年9月 内閣府 政策統括官(経済社会システム担当))より引用(https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/pdf/report05.pdf)
NWF:日本人が古くから持っている考えの中に、世界に対して発信できる問いや評価軸、普遍性を持つアイデアもあるのではないでしょうか?
石川:日本人の価値観で普遍性を持ちうるものがあれば主張していけばいいけれど、日本人にしか通用しない概念であれば、日本でやればいい話でグローバルコンセンサスにする必要はありません。日本的な価値観で普遍性があるものを指標にしようとするときに重要な問いは、グローバル性を持ちうる日本的な価値観は何かということなんです。僕たちは今それを探していて、たとえばwikipediaのデータ分析をしたり、日本の昔話や神話を研究しています。日本の昔話はおじいさんとおばあさんが主人公で、子どもがいなくて貧乏で、それでもどこか満足して暮らしている。物語のスタートから幸せなおじいさんとおばあさんが出てくるというのは、世界の昔話にはない構造です。落語もそうですね。普通の人の普通の噺がずっと人気を得ているわけです。そういう価値観からグローバルに抽出できることを探しています。
アメリカの世論調査大手GallupのWell-being度に関する調査では、ポジティブ体験=よく眠れた・敬意を持って接された・笑った・学び・興味・歓びと、ネガティブ体験=体の痛み・心配・悲しい・ストレス・怒りという項目が使われており、これがグローバルコンセンサスになっています。
たとえば、Calmnessという状態があります。まったりと穏やかに落ち着いている弱いポジティブ感情で、グローバルな価値を持っているはずですが、これまで測定されてきませんでした。いま僕たちは、Calmnessを入れて測定しています。もう一つ、グローバルスタンダードでは良い体験を評価するために0〜10点で採点します。しかし、果たしてそれでいいのか? 暗黙の前提で「こういうものだ」と思わされている部分があるのではないか。だとしたら、0〜10点で採点するやり方は一つあるとして、僕たちがもう一つのやり方として提案しているのが調和、Balance and harmonyです。点数は8点かもしれないけれど、8点が自分にとってBalance and harmonyが取れているなら良いと評価してもいいのではないか。実際に、日本人は7〜8点くらいがちょうどいいと考えます。10点は良すぎて怖いという感覚から、絶対に10点を付けたがらない文化圏があります。最高よりも最良を良しとする文化圏であれば、Balance and harmonyの評価でもいいということを提案しています。
ウェルビーイングの学問・産業・文化をつくりたい
NWF:歴史を振り返ると、戦争や産業革命の後などウェルビーイングが台頭した時代があったと思います。石川さんの取り組みは、人類において初めてウェルビーイングを形にしようというものですか?
石川:ウェルビーイングは過去にもずっと議論されて実践されてきたと思いますが、言葉にはなっていません。明確に人々の意識の中のコンセンサスとしてウェルビーイングという概念と実践が上がってきたのは2010年以降です。僕が狙いたいのは、ウェルビーイングを文化にすることです。文化というのは漢字の通り、文字と化すことで、文字になったものは文化になる。そうするためには”ウェルビーイング産業”が作られる必要があって、産業ができるためには学問が進展しないといけない。ウェルビーイングをやるというのは、学問・産業・文化を作ることです。
井上:多くの人がウェルビーイングに注目し、言語化して測定方法を定めて測れば良いというものではなく、測定したデータを元にどういう社会・未来づくりをしていくかが大事です。ウェルビーイング学問を作って測定できる指標を掲げようとしても、主観的なウェルビーイングは人によって違うから無理だと言う人はいるでしょう。逆に言うと、本人の回答による徹底的に主観的なウェルビーイングは分かりやすいのではないか。生体データや画像解析からウェルビーイング度を測るという取り組みも進んでいるので、とにかく多くの個人のウェルビーイングデータを集めて、そこから個々人がどういうウェルビーイング指標の状態にあるのかを客観的に測るという方法でやっていったほうが、多様化の時代には向いてるのではないか?
石川:今まさに取り組んでいるところです。ウェルビーイングの歴史を区切ると、第1世代はウェルビーイングとは何か? を議論していたフェーズです。20世紀に入って、ウェルビーイングは人によって違うのだから自分はウェルビーイングだと言うのはどんな人で、そうでない人と何が違うのか議論していたのが第2世代です。第2世代の限界は、ウェルビーイングな人とそうじゃない人がいるという思い込みです。ウェルビーイングとは静的な状態だと思われていたものが、第3世代になるとウェルビーイングな時とそうでない時があるということになる。お金持ちや繋がりが多い人がウェルビーイングだとなっていたのが、データを取れるようになって個人の変動を見はじめたら日々の行動に視点が移って、何をしている時がウェルビーイングなのか? という議論になった。個々人で違うのだから、ウェルビーイングとは何かという議論は一度やめたんです。今は、ウェルビーイングだと言う人、ウェルビーイングな状態はどういうことなのかという研究が進んでいます。
井上:辺境の地域で、ある民族が自分たちは幸せだと思って暮らしていて、そこに持続性があれば別に閉じていてもいいですよね。これだけ多様化が進んでいくと個々人の幸せがあるのが当たり前なので、主観的なウェルビーイングと、客観的・身体的なウェルビーイングの測定をして、これは良い状態だというのが出てきた後にどうするかが大切です。
パーソナルAIを作るというプロジェクトがあって、それは自分のライフログを取り続けるAIです。生体データや趣味嗜好、昨日は良いことがあったのか悪い日だったのかという日々の情報をパーソナルAIが持っていて、自分でも分からないような今の状態を、客観的データで知らせてくれる。主観的だけれど客観的データが集まれば、客観的指標を持って日々を良い状態にするために上手にサジェストしてくれるのではないかと思っています。ちょっと散歩をしてとか、この本はおすすめだとか、AIが上手く導いてくれるようになると、究極に多様性のあるウェルビーイングをサポートできるのではないか。もちろん、サポートしすぎると成長が止まってしまうので、バランスは必要ですが。
石川:ウェルビーイングを、理系的にやるか文系的にやるかという問いがあります。理系的にやるというのは、共通項を探して再現可能でグローバル性がある知識を探っていくことです。「ウェルビーイングのために何したらいいですか?」と聞かれた時に、「これをしてください」と言って万人に刺さるものです。一方で、文系的にやるというのは、再現可能性をあまり重視しないんです。僕の好きな話があって、瀬戸内寂聴さんが「毎日がつまらない。どうしたらいいか?」と質問を受けたときに、「秘密をつくりなさい。そうすれば生き生きしてくる」と言ったんです。その回答は、質問者のそのときの状況に刺さる言葉だけれど、万人へのアドバイスにはならない。ウェルビーイングも、1回限りの知識があってもいいと思うんです。1回限りの知識・実践で普遍的ではないかもしれないけれど、それはそれで重要。理系的なアプローチと文系的なアプローチ……グローバル性とローカル性と言い換えてもいいかもしれないですが、その両方を探っていきたいと思っています。