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【理事・評議員の今! Vol.1】ファッション・ジャーナリスト生駒芳子さん

Next Wisdom Foundationは、発足して5期目を迎えました。今まで私たちは、「これから必要な叡智とは何か」をテーマにイベントを開催し、皆さんと学んできました。

今回から『理事・評議員の今!』と題して、Next Wisdom Foundation理事・評議員へインタビューの連載をしていきます。連載第1弾は、ファッション・ジャーナリスト、一般社団法人フュートゥラディションワオ代表理事の生駒芳子さんに話を聞きました。

地方にこそ、日本の未来がある

2015年から文化庁が認定を始めた『日本遺産』のプロジェクトに携わっています。

これは、地域の歴史的な魅力や特色を通じて日本の文化と伝統を語る“物語”を認定する取り組みです。縄文時代から明治時代中期までに起きた有形・無形の多様な文化財で、このまま放っておくと埋もれてしまう“物語”を、『日本遺産』として認定し、観光化・教育化・産業化させて地域活性につなげるプロジェクトに、プロデューサーとして関わっています。

国土交通省が、2020年までに訪日外国人旅行客を4,000万人にするビジョンを掲げていますが、『日本遺産』がその起爆剤になればいいなと思って活動しています。

もう一つ、トヨタが主催する『LEXUS NEW TAKUMI PROJECT』のメンターを務めています。

このプロジェクトは、『地域にゆかりがあり、地域の特色を活かして、新しいモノづくりに取り組む若き職人・工芸家・デザイナー』を『匠』と定義して、地域推薦や公募で匠を認定していくものです。私は、この匠の候補者を訪ねて、日本各地を巡っています。今までに20〜30箇所は訪れていて、沖縄日帰りなんて朝飯前です(笑)。

今は、この二つのプロジェクトに多くの時間を割いています。

こうやって日本中を旅していると、いろいろ見えてくるものがあります。訪れる場所には過疎地域も多く、自然の恵みはあっても観光インフラが整っていない地域がよくあります。この地域たちが味わい深すぎて(笑)、認定のためのセッションをしていても、過疎問題について語っていることもしばしばです。

二つのプロジェクトを手がけて腑に落ちたのは、地方にこそ日本の未来がある、ということです。これは今、とても強く思っていることです。

“ゆらぎ”と“IT”

伝統工芸とITについてお話します。

これから伝統工芸・ファッション・アートの掛け合わせをやろうと思っています。ウェアラブルの領域はこれから発展があるだろうし、極端な話をするとロボットがパートナーでもいいと思っています。

これからロボットと代替可能な職業が多く出てくると言われますが、そういう話ではありません。

伝統工芸を相手に仕事をしていると、人間にしかできないことが分かってきます。それは、“曖昧さ”“や”ゆらぎ”です。例えば、小紋は人の手で作っていますが、機械がやっているように整然とした模様に見えます。でも、実はミクロの単位で見るとかなり不規則なんですね。この不規則性が人間にとって心地いいんです。そして、この曖昧さやゆらぎは、ロボットはできないことだし、人間と自然が持つ独特の持ち味だと思っています。着物の世界は、この“ゆらぎ”に慣れているから、機械が作ったものでは人が落ち着かないという現象が出てくると思う。

ITなど技術革新によって出来ることと、ゆらぎのような曖昧で人の手でしか表現できないことの区別は、本物を知っていれば使い分けができると考えています。

日本人の美意識・ものづくりのDNAを繋ぎとめたい

手染めは湿度や気候によって毎回染色の度合いが違います。製品の安定性で劣るので、例えば百貨店の商品管理の世界では見劣りがする。ただ、その染めの“ゆらぎ”が価値だし、それを価値として認めていく社会になっていくのではないか。これからは、受注生産で商品が届くまで数ヶ月待つ、という時代が来るのだと思います。

モダンなファッションで知られるコムデギャルソン・ヨージヤマモト・イッセイミヤケですが、彼らのデザインの本質にあるミニマリズムや折り紙の理論などを分析していくと、着物を翻訳して現代の着物を作っているのだという考えに行き着きます。

これらはモダンなカテゴリーの日本発の衣服ですが、一方で古典的な着物も残っている。これらの流れを文化として未来に繋いでいく必要があるのか無いのかは議論の余地がありますが、丁寧な手作業で着物を作り続けてきたものづくりの文化には、日本人の美意識や繊細さのDNAが宿っていますから、未来に向けて守っていかなくてはいけないのではないか。産業として簡単に収益に結びつくものではないかもしれないけれど、日本人の美意識やものづくりのDNAを繋いでいる世界は、これからもしっかりと支援していくべきだと思います。

シャネルと伝統工芸を例に挙げます。

シャネルは、そのものづくりに共感したレース・コサージュ・刺繍などの工房を買い取って、『メティエダール(フランス語で、職人技による芸術の意味)』というブランドを作りました。工房はシャネルの傘下に入りましたが、シャネル以外の仕事も受けて良いというシステムになっている。アパレルもオープンソースの世界ですね。今は、抱え込む、閉じる時代ではないんです。

金沢の伝統工芸との運命的な出会い

日本の地方にあるものごとに関わることになった背景について、少しお話します。

2010年頃、私は伝統工芸に出会いました。石川県金沢で開催されたファッションコンクールの審査委員長を頼まれ、コンクール出席のために初めて金沢に出かけた時に、「生駒さんのようなネットワークを持っている人に、金沢の伝統工芸世界をぜひ見て欲しい」と知り合いから頼まれまして、加賀繍加賀友禅象嵌の3つの金沢伝統工芸の工房を見学しました。

立派に伝統を継いでいる先生がいて、職人たちが本当にきれいなものを作っていました。私から見たら、エルメスやルイ・ヴィトンクラスのものを作っていると感じて、その美しさと完成度の高さに雷に打たれたような衝撃を受けたんです。と同時に、どの工房でも職人や作家先生が「未来がない」とおっしゃる。作っても販路が無いし、そもそも何を作ったらいいのか分からないと言うんです。

今まで伝統工芸と消費者の間に存在していた問屋や商社、百貨店の機能が崩れてしまっているんですね。作る現場は、販路を断たれたまま、放り出されている。この状況を見て、今まで私は日本にいたのに、足元にある素晴らしいものを見ていなかったのだと気がつきました。

ここが運命的だったのですが、金沢から帰って2日後に『FENDI』から連絡がきて、日本の職人やアーティストを紹介してほしいと言われました。

「今、金沢から帰ってきたばかりなの! 日本の職人というと京都が思い浮かべるけれど、京都はシャネルやエルメスが訪ねていますが、金沢は手付かずよ!」と伝えました。フェンディの担当者を連れて1週間後にもう一度金沢に行って加賀繍・加賀友禅・象嵌を紹介して、その場でコラボレーションが決まりました。半年後には、『フェンディ×金沢の伝統工芸』で大手デパートでの店頭でイベントをやっていたんです。

この期間に、東日本大震災が起きました。私の中で、日本人のルーツを考えること、自分の足元を見るということが起こって、DNAレベルで意識の変化が起きたと思います。

伝統工芸×ラグジュアリーでコラボレーション

私はずっとファッション誌を作ってきたので、世界のラグジュアリーブランドを知っていますが、日本の伝統工芸をベースにしたラグジュアリーブランドはほとんどありません。世界的に活躍しているのは、『ミキモト』と『TASAKI』くらいでしょうか。

もちろん、コムデギャルソン・イッセイミヤケ・ヨージヤマモトを新たなラグジュアリーと捉えればその数は増えるし、ユニクロも素晴らしいグローバルブランドです。ただ、純粋にラグジュアリーでくくると、日本のブランド名が出てこない。であれば、日本の伝統工芸をベースにしたラグジュアリーブランドを作り、日本から発信したいと考えたことから始まったのが『FUTURE TRADITION WAO』です。

当時私は、経産省が実施していた『クール・ジャパン』の委員だったので、『2011年度 経済産業省「クール・ジャパン戦略推進事業(海外展開支援プロジェクト)」』の一環として、WAOの総合プロデュースを手がけました。ルイ・ヴィトンと輪島塗やフェンディと加賀繍など、日本の伝統工芸とラグジュアリーブランドのコラボレーション商品をニューヨーク・パリ・東京で展示しました。私はものを売ることは本業ではありませんが、お客さんが喜んでくれるのを見て「それならば、販売も手がけてみよう!」と思い立って(笑)、続けています。

伝統工芸を“センスよく”使いたい

おしゃれな伝統工芸アイテムをセレクトして販売するWAOに続いて、自分自身で伝統工芸とラグジュアリーを掛け合わせたオリジナルブランドを作りたいと考えて、『HIRUME』を立ち上げています。

ヒルメというのは天照大神の別名で、世界で活躍する女性のためのジュエル(宝石)を作るというコンセプトで、今事業化の真っ最中です。

西陣織のコートや江戸小紋のドレス、パールや漆のアクセサリー、加賀縫のスカジャンなど、日本ならではの密やかな輝きを宿した素材を用いて、エッジィなスパイスを効かせたデザインで作りました。いわゆる和小物のような“too much japonism”のものは普段づかいが難しいので、伝統工芸が生み出す上質な素材感を生かしながら、今の時代に合うデザインのものを作っています。

江戸小紋スカーフ「HIRUME」

もともと私は、着物リメイクをいかにもという形でなくおしゃれに表現したい、と思っています。

着物の素材は繊細で、洋服に仕立てて普段づかいするには向いていないのですが、一方で、着物人口がこれから大幅に増えることはないでしょう。それでは、着物の運命がどうなるのか? これは大きな命題です。とはいえ着物の廉価版や奇妙なアレンジだけを広めるというのは、違うと思う。着物地を使ったポシェットや財布のようなありがちな小物だけではなく、一見ドレスだけれど、よくみると江戸小紋…というようなセンスが欲しい。これを理解してくれるデザイナーや職人たちと『HIRUME』を開発しようと考えています。

伝統工芸のこれから

伝統工芸をビジネスにすると、職人の考え方とプロデュースの価値観が相容れない場合に大きなトラブルになることがあります。これは私も経験があって、課題だと思っています。

では、職人の考え方ややり方を、現代的に進化させ洗練させていく必要があるかどうか? そこは議論の余地があります。私は、職人がその仕事に嫌気がさして辞めることを止めたい、というところから伝統工芸との関わりを始めました。これからも、伝統工芸の産業は、すぐに大化けするものではないでしょう。ではなぜ、支援しないといけないのか? 私は、日本人にとってものづくりというのは、DNAに組み込まれた財産だから、美意識と繊細さのDNAを未来に繋ぐ貴重な資産だから、支援するべきだ、という考えを持っています。

今は、少しずつ伝統工芸や職人が尊重される機会が増えてきました。20代、30代の若い職人、女性職人も少しづつ増えてきています。この灯火を絶やさずに、私の時代で大きな成果は出ないかもしれませんが、次の世代にリレーするためにがんばっていこうと思っています。

地方を大化けさせたい

今は、様々な組織に関わっていろんなことをやっていますが、全部が繋がっています。地方に残る日本遺産や匠を発掘して、伝統工芸と現代のファッションを繋げることを生業にして感じるのは、エシカルは、地方都市にあるということ。イタリアの地方都市が『チッタ・スロー運動』をして大化けしましたが、これは地方だから起こったことです。私は、これらの活動を通じて、日本の地方を大化けさせたいと思っています。

 

●生駒芳子プロフィール
ファッション・ジャーナリスト、一般社団法人フュートゥラディションワオ代表理事、Next Wisdom Foundation評議員

VOGUE,ELLEでの副編集長を経て、2004年よりマリ・クレール日本版・編集長に就任。2008年11月独立後は、ファッション、アート、ライフスタイルを核として、社会貢献、エコロジー、エシカル、社会企業、クール・ジャパン、女性の生き方まで、講演会出演、プロジェクト立ち上げ、雑誌や新聞への執筆に関わる。伝統工芸を開発、世界発信するプロジェクト、地方創生の地域プロジェクトに取り組む。文化庁日本遺産プロデューサー、レクサス匠プロジェクトアドバイザー、内閣府クールジャパン官民連携プラットフォーム構成員、国連WFP(国際連合世界食糧計画)顧問、NPO「サービスグラント」理事、日本エシカル推進協議会副会長、JFW(ジャパンファッションウィーク)コミッティ委員等。

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