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「奇跡は起きない。多様で地道な活動が困難を解決していく」 スピーカーインタビューVol.2アーティスト・生命科学研究者 岩崎秀雄さん

※この記事は2021年3月に実施したインタビューを元に作成したものです。新型コロナウイルス出現から1年経ち、未だコロナ禍にあるインタビュー当時の岩崎さんの考え・感覚を率直にお話しいただきました。

 

2020年11月、Next Wisdom Foundationは書籍『NEXT WISDOM CONSTELLATIONS 2014-2018 叡智探求の軌跡』を刊行しました。2014〜18年に私たちが探求してきた古今東西の“叡智らしきもの”を凝縮し、1,023ページにおよぶ辞書のような1冊に仕上がりました。この連載では、本に登場する65名のスピーカーひとり一人に話を聞き、当時からのアップデートとコロナ禍での変化と進化、未来の可能性について議論していきます。
第2弾はアーティスト・生命科学研究者の岩崎秀雄さんに話を聞きました。岩崎さんは、本文では第2章『生命を考える』生命をつくるための二、三の補助線(142ページ〜)に登場します。
また、岩崎さんの切り絵作品『”metamorphorest(流動的多様体)”シリーズ<2009-2013>』を本書のアートワークに使用させていただきました。これらは、装丁や各章の扉でお楽しみいただけます。491ページには、アートワークの取り組みについて寄せていただいたコラムを掲載しています。

<プロフィール>
岩崎秀雄さん アーティスト・生命科学研究者
1971年生。生命美学プラットフォームmetaPhorest主宰,早稲田大学理工学術院教授。名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了,博士(理学)。科学および芸術の一筋縄ではいかない界面・関係性に興味を持ち,生命をめぐる科学・思想・芸術に関わる表現・研究のプラットフォームmetaPhorestを2007年より運営。バクテリアの生物時計や形態形成などの研究で文部科学大臣表彰若手科学者賞,日本時間生物学会奨励賞など。合成生物学の研究会(「細胞を創る」研究会)の創設にも従事,2016年には会長を務めた。著書に『<生命>とは何だろうか:表現する生物学,思考する芸術』(講談社2013),主な作品にaPrayer(人工細胞の慰霊,茨城県北芸術祭2016),Culturing <Paper>cut (ICCなど2013),Biogenic Timestamp (アルスエレクトロニカセンター,ICC,2013-)、2019年文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞など。https://hideo-iwasaki.com/

急速に忘却されるものとイノベーションは、セットであるべき

Next Wisdom Foundation事務局(以下NWF):岩崎さんはコロナ禍をどう見ていますか?

岩崎秀雄(以下岩崎):僕は時事ネタに弱くて、事態を消化するのにすごく時間がかかるんです。あまり即応できない。難しい局面では、必ず新しいことを適用するためにどうしたら良いのかなど未来に向けた話になるけれど、僕は基本的にそこから取り残されるタイプです。こういう時に思うのは、一部の人は斬新なイノベーションを起こして先に進んでみんなの役に立つことをしたり世界を変えたりするけれど、ほとんどの人は様子見をするか遅れるかどちらかです。そのどちらにも目配りする必要があるけど、しばしば後者に対する視点が疎かになりがちだと思っています。

時代が動いていく時に、取り残されたり忘却されたりしていくものをどういうふうにとどめて、回収して記憶を記録しておくのかが、新しい未来をつくるのと同時にセットになっていないといけないのではないか。急速に変化する環境をキャッチアップするのと同時に、そこで忘れられつつあるものをしっかり記憶していくことを、誰かがやるべきだと思っています。それを僕ができているかというと、できていないのですが、そこは考えなければと思っています。

NWF:急速に忘却されるもの、取り残されるもの。“忘却”という言葉を久しぶりに聞きました。

岩崎:たとえば、コロナの前に社会的な脅威として考えられていたテロリズムの話は2年前にはあったはずです。その手の危険度は潜在的に変わっていないと思うのですが、今はコロナの方が脅威として表に出ていて忘れられていると思わなくもない。テロの問題が解決されてからコロナがきたという話ではないはずです。(編註:2021年8月末にアフガニスタンに駐留していたアメリカ軍が撤退し、反政府組織タリバンが攻勢を強めている。記事公開時の2021年9月7日現在アフガニスタンの混乱は続いており、岩崎さんが危惧した状況になっている)

もう一つ、ずっと言われていることですが政府が非常事態宣言を出すということについて僕たちの基本的な生活を政治的に規制することがどこまで正当なのか、なかなか議論が進んでいません。僕は規制することに賛成ではありますが、宣言を出す過程が戦時中のロジックと似てきていて、そのあたりをどういうふうに整合的に考えたらいいのか。仮想敵国なのか仮想敵としてのコロナウイルスなのかという違いですが、やや気になっています。

一方で、コロナ以前の状態に完全に元に戻るのは難しいと思いつつ、逆に何事も無かったかのように戻ってしまうリスクもあって、それも問題だと思います。コロナ禍に何が起こったのか、変化の記述をしっかりアーカイブすることが大事だと思います。

アートは、コロナ禍をどう捉えているのか?

NWF:アートはこの現象・状態をどんなふうに捉えているのですか?

岩崎:アートシーン全てを見ているわけではないのですが、アートといっても様々なタイプがあるので、基本的には影響を受けないことはあり得ないながらも、その影響の中身は結構違うかもしれません。僕たちの仲間の多くは、展示の機会がキャンセルされてしまって大打撃を受けています。こういう状況で、コロナ自体を素材にしたり、コロナによる変化を捉えてそれを作品化するなど、今しかできない表現とは何かを模索しています。また、この機会だからこそ観客の動員も含めて今までの美術の展示システムをどう見直すのか考えている人がすごく多いです。

基本的に、芸術は危機的な環境において新しい側面を見せたり、新たな表現方法を開発することが起きているので、おそらく後から振り返ると、新しい表現が模索されて結果的に新しいものが多く生み出された重要な時期だったということになると思います。ただ、いま現在進行形で進んでいるもののどれが新しいことなのかを正確に把握するのは難しいところです。

一方、コロナ禍だからこそ今まで行われてきたことを絶やさないようにしようとする方もいて、この機会に昔の習慣で行われているような芸術をやめて新しい表現をするべきだという人と、かなり二極化しているように思います。僕の周りでも感じることがありますが、多分その人自身のライフスタイルと関係していて、昔の方向性が生業と強烈に結びついている場合はそれを維持しようとするし、自由な立場で創作活動をしている人は一気に変えられるのかなと思います。

NWF:皆さんそれぞれに、この時代ならではの生命表現を模索されている。

岩崎:アートの問題だけでなく、たとえば本をどう作るかもそうですよね。モノとしての作品というよりも、生き方のスタイルに現れてくることだと思います。アートというものを通して見ることもできますが、いま皆さんがインタビューをしながら集めている行為自体にも同じことが言えると思います。

生命に関心が集まる時は、必ずしも「良い時代」ではない

NWF:目の前にあることだけを見て、食べていくために経済活動をする。生きることだけに一所懸命にならざるを得ない状況だと、私たちは近視眼的になり過ぎて行き詰まっているような気がします。

岩崎コロナ禍でさらに増幅された側面はあると思いますが、それは必ずしもコロナに限った話ではなく、前からずっと言われてきたことでもあると思います。非常事態宣言中に、生きることだけ・生存することだけが着目されるようになってしまって、それ以外の価値が遠ざけられることに対してすごく憂いている部分はあります。イタリアの哲学者(ジョルジョ)アガンベン発言が物議を醸したこともありました。

状況が変わったときに、すごく影響を受けやすいものと影響を受けにくいものがあって、今回は飲食業が特に影響を受けたけれど、通常時は、飲食業は一般的には影響を受けにくい面もあると思います。別の非常時には、別の業種が影響を受けるとすれば「この職業は安全」というのは無いと思うんです。そこは悩ましいですし、行き詰まっているというのはその通りだと思います。

NWF:こういう時に、書籍に収録した“生命を考える”という岩崎さんの視点は、どんな布石になると思いますか?

岩崎:こういう時だからこそ、見えないものへの恐怖や関心、命への関心は逆説的に高まっている状況だと思います。僕は、生命に関心が集まる時は、いわゆる「良い時代」ではない可能性が高いと思っています。つまり、みんながハッピーで多幸感に溢れている時代には生命はそんなに問題にならない。今は様々なことが行き詰まってきて、いろんなことに信頼を置けなくなった時に、何かの反動で生命を(場合によっては必要以上に)礼賛する場合がある。

たとえば、生命論は第一次世界対戦・第二次世界大戦の前夜に最も盛り上がっています。第二次大戦のナチスは、生命主義を最も政治に持ち込んだ体制だったとも言えます。いま僕たちが使っている母子手帳や皆保険制度は、ナチスの発明です。危機的な状況で生存をしっかり担保しなければいけない時に、効率的な生存に関するイノベーションが起こるわけです。当時非常にイノベーティブだったのがナチスの優生国家であると言えるとすれば、そうならないための注意が必要です。

生存の価値を必要以上に国家的・政策的に効率化しようとして他のバランスシートが崩れてしまうと、後から振り返ってとんでもない政策になっていたということが起こり得ます。今までの価値観や生命観が急速に変わる可能性もあるので、そこは注意深く見ていく必要があります。一方で、今の時代だからこそ生命に関する言説が鍛えられていくのであれば、むしろチャンスでもあります。

Eugenics congress logo (Public Domain)

政治と死生観は関係している

NWF:国家的・政策的な生命の話と、アートも含めて岩崎さんの生命とは何かという研究はどんなふうに繋がりますか? 少し毛色が違うような気もします。

岩崎:いえ、それらはすごく関係していて、その関係を明らかにしたいとも思っているんです。つまり、死生観自体がそれぞれの状況の中で人間が培ってきたもので、たとえばペストの危機を受けて変容した死生観への影響は、今でも希釈された形でずっと続いているものだと思うんです。なので、現在の問題が政治的な状況など様々な事象を含めて死生観に影響するということと、僕らが理学的にで生命とは何かについて考えていることは、一見離れているようで実際にはまわりまわって関係しているはずなんです。少なくともメディアアートの場合は、テクノロジーと社会と生命という切り口で取り組んでいるアーティストの方が多いので、今回の社会的・政治的な状況と生命との関係をより敏感に捉えて表現に繋げようと思っている方が少なからずいると思います。特にスペキュラティブデザインの周辺では多いと思いますね。

先ほどの話とも重なりますが、もともと政治は人の集団や共同体をどういうふうに統治していくかというもので、それは生命性をどのように統治していくのかという話でもあります。つまり、政治の中では、生物としてのヒトをどういうふうに統制していくのか目的の中に入っているものであって、この視座は生命観を考える上でとても重要なポイントです。基本的にはミシェル・フーコーバイオポリティクスという思想でよく言われていることです。医療倫理や生命倫理で言われていることも関係していて、その部分はコロナの状況でもう一度リバイバルされていく部分でもある。

私たちは、ベストやスペイン風邪などを経験した歴史があります。コロナに関わらず危機的なものに直面した時に、何度も人類が経験したものという連続性の中で考えるか、突発的な新局面として考えるか。おそらく両面に目配りしていく必要があります。

NWF:最後の質問です。今この時代において近視眼的にならずに、多角的な目線を持ち続けるためにどうしたらいいか、岩崎さんの考えを聞かせてください。

岩崎:難しいですね。僕自身もゲリラ的にしか出来ていないことです。今回のコロナ禍の状況で分かったのは、意外とオンラインでいろんな人と繋がれるということです。昔だったら日本では誰も話す相手がいないマニアックなことをやっている人と繋がるためには、遠くで開催される国際的な研究会に行ってようやく会える、といった感じだったのですが(笑)。今は、ある種の息苦しさを感じている者同士がオンラインで繋がる可能性が増えているので、有効に使った方が良いと思います。ただ、オンラインでの繋がりは少人数なら良いのですが、授業も含めて限界もあります。対面授業の良さはあったはずなのに、そちらに戻るのは難しくなっている。

何よりも、違う考え方の人と触れ合うのが、難しくなっている気がするんです。近しい人とは繋がりやすいけれど、オンラインは簡単にフェードアウトができてしまうので、突発的に意見が違う人とやり合う経験ができない。考えの違う人と接触しなくても済むんです。実際に場にいたら気をつかわないといけないし、それなりのやり取りをしないといけない。そこから得られることは多いはずなのに、オンライン主体では軋轢を必要以上に回避できる状況になっていて、これは良くないことかもしれません。

多角的な視点を持ち続けるというのは、自分と違う思考の人・対立する考え方の人とどれだけ触れ合って、自分の中に取り込んでいけるかということだと思うので、その機会をどう確保するか。皆さんがやっている活動も寄与する活動だと思いますし、地道に様々な活動があるのが大事です。おそらく、スーパースターが解決してくれる話ではない、奇跡は起きないような気がしますね。できることを地道にやっていくしかないのだと思います。

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