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Next Wisdom Foundationの今期のテーマは【A piece of PEACE】。そもそも平和とはどういうことなのか? 戦争・紛争、民族等のキーワード以外に、例えば微生物・宇宙工学……津々浦々古今東西多方面から深く問うことで平和の解像度を少しでも上げていきたい。この活動が「平和な世界」への第一歩になると信じて【A piece of PEACE】を探求していきます。
連載3回目は、ユナイテッドピープル株式会社代表取締役の関根健次さんに話を聞きました。
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関根健次さんにオンラインインタビューをしたのは2022年2月24日でした。インタビューが終了して数時間後にロシア・プーチン政権によるウクライナ侵攻のニュースが飛び込んできました。記事公開時点(2022年5月20日)で戦闘が続いています。
この記事は、関根さん・NWF研究員がウクライナ情勢の緊迫した状況を鑑みつつも、戦闘には至っていない時間帯にインタビューした内容をレポートしています。
<プロフィール>
関根健次 せきね・けんじ
ユナイテッドピープル株式会社 代表取締役
1976年生まれ。ベロイト大学経済学部卒(アメリカ)。大学の卒業旅行で世界半周の旅へ出る。途中偶然訪れた紛争地で世界の現実と出会い、後に平和実現が人生のミッションとなる。2002年に世界の課題解決を事業目的とする非営利会社、ユナイテッドピープル株式会社を創業。2009年から映画事業を開始。2011年から国連が定めたピースデー、9月21日を広める活動を開始。同年、一般社団法人国際平和映像祭を設立しピースデーに毎年国際平和映像祭(UFPFF)を開催している。著書に「ユナイテッドピープル」がある。
ユナイテッドピープル株式会社 https://unitedpeople.jp/
映画には現実を変える力があるのか?
Next Wisdom Foundation(以下NWF):関根さんが最近取り組んでいること、考えていることをお聞かせください。
関根健次(以下関根):引き続き、映画を通じて世界の現実を伝えることに力を入れています。直近では、5月28日からシーフードの業界の現実を伝えるドキュメンタリー『ゴースト・フリート 知られざるシーフード産業の闇』を公開します。
タイのシーフード産業の闇を追いかけているドキュメンタリー映画です。奴隷というと、アフリカ大陸からアメリカ大陸に連れてこられた奴隷のことを想像すると思いますが、実は今でも人身売買されて奴隷になる人々がいます。”現代の奴隷”と検索すると分かりますが、統計では世界で4000万人以上存在すると言われています。その中の一例として、騙されて拉致され”海の奴隷”として漁船で働かされる人々がいます。
タイのシーフードの輸出国は1番がアメリカ、2番目が日本です。実は、海の奴隷問題に日本も間接的に関与してしまっています。私たちの日常の経済活動は世界と繋がっていて、奴隷漁船に関与しているということを映画を通して伝えることで、共感を届けたい。そして、違う選択はできないのか・他の選択肢は無いのか・海の奴隷をなくすためにどうすればいいのか、という議論のきっかけになり、行動の機会になるように動いています。
世界を見渡すと、コロナ禍の2年間を悲観的に見ています。というのも、コロナによって世界が分断されてしまった。誰もがそこは理解できると思います。個人が家に隔離され、職場に行けず、国境も閉ざされ、人と人との交流が極めてやりづらくなった。
第一次世界大戦時に各国はブロック経済というのをつくり、自国の経済を守るという姿勢を出しました。いま全く同じ状況とは言いませんが、新型コロナウイルスが各国をブロック化し、世界を分断してしまっています。そんな状況下で北京五輪が開催されましたが、外交官を派遣しないなど政治的な五輪利用があり、分断が顕著に見えるようになってきた時代でもあると思っています。
ベルリンの壁の崩壊、ソ連崩壊以降、”冷戦は終わった”、”これから世界は平和になる”という雰囲気がありました。あの頃から数えると30年という歳月が経過しましたが、欧米とロシア・中国間、それ以外にも水面下で局地的に冷戦が起きていたし、今も起きている。その政治的な駆け引きがウクライナで顕在化して、直接対決の可能性がゼロではないという状況になっています。(※NWF事務局註:取材時はロシアのウクライナ侵攻以前)これまでのブロック化・分断・ウクライナの危機を考えれば、水面化にあったものが表に出てくるギリギリのタイミングでもあるわけです。誰も信じられないけれどコロナ禍が起こり、第一次世界大戦・第二次世界大戦も起きたわけです。
日本という国は幸いと言っていいのか島国で、第二次世界大戦後は直接戦争に関わることなく平和に生きてこられた特殊な国だと思います。しかし、国境を見つめればすぐ北にロシアがいて、西には竹島・尖閣諸島の問題を抱え、すぐ近くに安全保障上の問題が残っている状況です。ウクライナの状況を見たときに、では、北方領土や尖閣問題はどうなのか。政府は、戦後ずっと領土問題の解決をしようと考えていたのでしょうが、今も未解決のまま問題を抱え続けています。「ウクライナの状況はロシアやアメリカ、ヨーロッパの戦争だ」ではない。遠いと思っているロシアというのは、日本の真上にいる大国なのだという視点が出てくる。現実的な戦争リスクを心配しながら、状況を追っているところです。
こんな現実を見つめながら、ユナイテッドピープルとしては様々な視点の映像を届けています。例えば、2023年公開予定の映画ですが、ヨーロッパの女性がIS の戦闘員に嫁ぎ、7人の子どもが生まれた家族を追う映画があります。IS掃討作戦が行われて両親がシリアで亡くなってしまい、ヨーロッパとISのハーフの子どもたち7人が難民キャンプに孤児として残った。難民キャンプには彼らだけではなく、たくさんの人がいます。SDGsの視点で言えば、全ての人を取りこぼさないということですが、では、ISの子どもたちに人権はないのか・彼らは人間ではないのか、と問いかけをするドキュメンタリーです。
2021年8月に、アフガニスタンでタリバンが全権を掌握するという大きな政変がありました。多くの音楽家や映画監督・ジャーナリスト・アスリート、女性や子どもたちが国外に脱出するために空港や国境地帯に殺到しました。偶然ですが、政変の起きた翌月に『ミッドナイト・トラベラー』というアフガニスタン人の映画監督が作った映画を公開しました。
監督がタリバンに命を狙われ、アフガニスタンからヨーロッパまで5600キロを家族4人で逃げるドキュメンタリーです。公開前に監督とやりとりをしていましたが、彼の知人が命の危険にさらされており、僕たちの取材中に泣き始めてしまったんです。何とかしたいということで寄付金の呼びかけをしたところ、『ミッドナイト・トラベラー』を見た方たちが寄付をしてくださいました。
この活動は、REALsというNPO法人に協力する形で、続いています。これは、監督とは別の関係ですが、あるとき同じくPeace Day財団理事の成瀬久美さんから、命が危ないアフガニスタンの家族がいるというメッセージが届きました。REALsをおつなぎすると、無事、日本に逃れることができたという事例もあります(NHK WEB特集『タリバンからの殺害予告 日本に逃れたアフガニスタン人家族は』)。今まで映画そのもので命を救うということが表には出てきませんでしたが、このケースは映画がきっかけとなり、具体的に人命救助ができました。
NWF:関根さんが携わってきた映画で、監督など制作者とのコミュニケーションで印象に残っていることはありますか?
関根:たくさんあります。例えば、アフガニスタンの少女のドキュメンタリー『ソニータ』。ソニータは少女の名前で、彼女はラッパーになるという夢を持っています。タリバンから逃れて、単身イランで保護されたのですが、あるとき彼女の母親が「あなたが売れた」と言って迎えにくるんです。
アフガニスタンには、結納金目的の強制児童婚で自分の子どもを売る古い習慣が残っています。ソニータは100万円くらいで結婚しなさいと言われるんですね。いよいよ結婚させられてしまうという時に、彼女をずっと撮影していたイラン人の女性監督がカメラの前に出てしまったんです。「お母さん、何やってるの!」と言って少女を救っちゃったんですね。この行動について、映画業界で様々な問いが生まれました。映画の作り手として「取材対象の人生に介入していいのか?」と。しかし、何のために映画を作っているかというと、世の中の状況を変えたいがために作っているわけですから、取材対象に介入することがあっても良いのではないかと、僕は共感しています。
もう一つ具体的なアクションとして、ワイナリーを作るという20年来の僕自身の夢に向かって進んでいます。これまでの僕の様々な体験の積み重ねで、”ワインを平和のために使えるのではないか”という気づきがあり、2021年9月21日のピースデーに『ユナイテッドピープルワイン』を開業しました。”人と世界を繋ぐ平和のワイン”というコンセプトで、たくさんの人にワインを試飲してもらいながら、難民支援のための寄付をお願いする取り組みです。
2022年7月には、自社輸入として初のレバノンワインの取り扱いをスタートします。レバノン人のキリスト教徒とシリア難民のイスラム教徒という異なる国籍・異なる宗教の仲間が一緒に作っているピースワインです。このワインの売り上げの一部は難民支援に使われます。日々、世界の現実を心配しつつですが、一人ひとりができるアクションの選択肢を増やしたり、考えるきっかけを作る一環で、美味しいワインを楽しむことが傷ついている人たちの命を救う、こんな活動を積極的にやっていこうと思っています。
一人が変化する力は侮れない
NWF:映画が制作者や被写体、観客の人生を変えるだけではなく、世界に影響を与える・体制を動かす力になり得ると思いますか?
関根:もちろん、世界全体がサステイナブルな経済になり、戦争経済ではなく平和経済が広がる雰囲気・ムーブメントを作っていきたいです。そして、その手前の重要性を大切に思っています。何かというと、一人ひとりの変化です。社会の問題・戦争の問題・信仰の問題・難病の問題・難民認定されないがゆえに命を失う子どもたちのことなど、一つひとつの社会問題に対して、課題が大きすぎて何も出来ないと思い込んでいる方はたくさんいると思います。しかし、チャレンジしている人たちの背中や姿をストーリーで見ることによって、「自分にも出来るかもしれない」と、やる気・元気・勇気を持ってほしい。
ですから、僕たちは社会の暗い現実を伝える映画をたくさん扱っています。同時に、映画の中にはチャレンジしている姿や課題へのアプローチ方法、こういう考え方もあるんだと気づくヒントがあると思っています。世界には、優れた起業家精神を持った社会活動家がいます。事業家としてのアプローチ・NPOとしてのアプローチ・政治家としての・女性としての……無限の可能性が一人ひとりに秘められていて、映画を見ることで着火した人がバッと自分の力を発揮することで、発火する人が焚き火のように広がっていく。僕はそこに可能性を感じています。
一人の変化の力は、侮れません。そして、それは認識の変化から始まります。認識の変化がどこから始まるかというと、驚きや体験、出会いであり、映画は非常にインパクトのあるものを心にダイレクトに届けることができます。子どもが映画を観ることで、マハトマ・ガンディーやグレタ・トゥンベリのようになりたいという夢を持つかもしれない。小学校の先生が社会的な映画を見た後に、子どもたちに世界の現状を伝えるかもしれない。映画をきっかけに、職場や学校や主婦の立場から選択を変えていくことで、少しずつ変化することができる。これを積み重ねていくと、一人ひとりは大きな束になり、大きな力を持っていく。これが、ユナイテッドピープルだと思っています。
NWF:誰もが発信者になれるSNSの時代は、大多数の目撃投稿でリアルに起きていることを知ることができます。ある意味でとてもフェアに現実が届く。こんな時代に、制作者の脚色・意図が入らざるを得ない映画の可能性をどう考えますか?
関根:例えば、報道と映画の違いは何か。報道は「○○で戦争が発生しました。死者56人でした」と、戦争という事象が数字で伝えられますが、その悲劇に共感が起きるかというとそうではない。戦争が起きた・死者は56人だったという数字が残り、その先には進まないんです。映画ができることは、○○という場を疑似体験できることです。ストーリーで伝えるということは、56人という数字の裏にいる家族を追いかけたり、子どもにフォーカスしたり、母親の視点で見たり、支援者の立場に立ってみたりと、一人称のストーリーを伝えるから共感が起きるんです。そして、共感の先に、問題について何かしたいと興味の幅を広げることができる。
ニュースは数日前・今日・この瞬間に起きていることをライブ中継で伝えますが、映画は撮影をして編集して音楽をつけ、どのようにしたら伝わるのかと何年もかけて完成させます。「伝える」と「伝わる」は一文字しか違いませんが、その違いは大きいんです。
作為的というのは、そうですね、映画を作る側にはもちろん意図があり、こんな視点をもたらしたい・知ってほしいという主観が入ります。客観的な映画というのはあり得ません。だから一つの映画でなく、たくさんの映画で世界を多角的に見てほしいということで様々な映画を届けるようにしています。いまメディアでは欧米側の視点でウクライナ情勢を取り上げていますが、ロシア側の視点はなかなか出てきません。ロシアの視点はこうだよという情報があるといいですね。
2016年に『ワンダーランド北朝鮮』という映画を配給しました。これまで知られてこなかった北朝鮮の暮らしぶりを描いたドキュメンタリーです。経済制裁によってモノが無いからこそ太陽光発電があり、バイオマスで煮炊きをしているといった、これまでにない視点を映画で届けています。
どんな媒体、映画もニュースも大切な視点の一つはメディアリテラシーです。鵜呑みにしない。メディアが多様化し、あらゆるものがスマートフォンの画面に出てくる今、誰がどの立場で伝えたいことなのかという裏側を想像することが必要だと思います。
以前出会った言葉でハッとしたのが”セルフリテラシー”でした。自分はなぜこのように考えるのか、自分が知っている情報はどこから得たことなのか、ということです。自分自身が色眼鏡をかけてしまっていないか、偏見を持って人・モノ・国・人種を見てしまっていないか? 色眼鏡を外すという行為が必要だと思っています。
一つの視点にこだわると、他が盲目的になる
NWF:関根さんは、映画を通して多角的に世界を見てほしいと言いました。そう考えるようになった原体験はどこにありますか?
関根:大学生の時に、中国の内陸を旅していました。山峡下りという船のツアーがあるのですが、当時は外国人がほとんどいませんでした。全部で200人ぐらい乗っていましたが、僕は一番安い席で唯一の外国人です。ある時、日本人だとバレて甲板で中国人に囲まれたんです。「お前は日本人なのか。鬼め」と人間ではない視点で蔑まれた。僕にとって、ある国の人間というだけでフィルターがかかる経験は衝撃でした。
中国では反日のニュースが流され、メディアを通じてかつての日本軍の蛮行を記憶していく教育がされています。途中で陸に降りて泊まったホテルで、中年の男性と70〜80代くらいのおじいちゃんに出会いました。中年の男性は超がつく反日で僕を絶対に泊めないと言い、おじいちゃんは親日でした。おじいちゃんは三峡ダムの工事現場で日本に親近感を抱いたそうです。
フロントにいる中国人2人が反日・親日で対決し、結局おじいちゃんが勝って泊めてくれることになりました。深夜でしたが、おじいちゃんは奥さんを起こして自宅に招いてくれて「これは縁だ」と言って盃を交わしました。そして、翌朝チェックアウトをしたらフロントに預けていた僕のカメラが盗まれていた。おそらく、フロントの中年男性が盗んだのではないかと。
どこから世界を切り取るかによって、初めて出会った人間に対して憎しみを抱くのか、優しくするのか変わります。当時の僕は、僕という個人なのだから過去なんて関係ないと浅はかな考えしか持っていませんでしたが、こんな経験を経て「それだけじゃ済まない」と考えるようになり、人々の感情の揺らぎに寄り添うようになりました。フロントの中年男性の怒りの原点になった日中戦争とはどんな戦争だったのか、こんなことを考えるようになりました。
アメリカでは、太平洋戦争で日本軍と戦ったおじいちゃんの家にホームステイしました。冗談半分で”ジャップ”と弄られるんです。大学時代の旅で、日本から見たアメリカ、アメリカから見た日本、中国からみた日本、間にある韓国や台湾も含め、視点をずらすとまるで違う景色が見えることを体験してきました。
一つの視点にこだわると、他のことに盲目になってしまいます。独りよがりな国の在り方や、我が社だけ良ければいいといった行動を続けていると、暴力的な国になり、暴力的な経済活動になる。自分の国では規制されているけれど、違う国では規制されていないから鉱山の開発をしてしまうというように、利益を最大化させる短期視点に陥ってしまう。そうならないように、どんな場所でも自分と同じ人間が住み暮らしているという当たり前の視点を持つようにしています。
平和な状態とは何か
NWF:関根さんは、平和な状態とはどういうものだと思いますか?
関根:僕はコスタリカに住んでいたことがありました。そこで、平和の捉え方が劇的に変わったんです。コスタリカという国は1948年に軍隊を撤廃して以来、軍隊がない状態で国を守っている特殊な国です。軍事費をゼロにして、『兵士の数ほど教師を』というスローガンを打ち立てました。国家予算の30〜40%を教育に充てるという教育大国でもあります。
政府の関係者に話を聞いていたときに『君たち外国人は、なぜコスタリカは軍隊がないのに国が守れているのか疑問に思うかもしれない。けれど、我々は一度も軍隊を見たことがないから、なぜ疑問を持つのか分からない』と言うんです。平和ボケを貫いている(笑)。
それまで僕は、戦争と平和は表裏一体だという認識を持っていました。平和を守るためには戦争のことを伝えなければいけないと。実際に、僕がやっていることでもあります。しかし、コスタリカはユートピアで平和しかない世界なんです。こう話すと『コスタリカは状況が違うんだ』と言われるのですが、一つの理想的な姿としてのユートピアで暮らしている”奇跡の人々”が現実にいるわけです。
そして、平和の状況で何が生まれるかというと文化です。軍事費がゼロということは、その分を教育と環境に費やすことができます。コスタリカは、国土の4分の1以上を自然保護区や国立公園にしていて、世界トップクラスの豊かな自然があります。その自然を守り、豊かな自然の中で暮らす権利を憲法で認めています。この豊かで平和な自然を求めて、欧米から大量の観光客が訪れています。平和で豊かな自然で、外貨を稼いでいるんですね。平和というのは、実はお金になるということを実践して見せてくれている国なのです。
コスタリカは火山地帯にあります。ある時、日本でいう富士山のようなアレナル山というところに行きました。山の麓に川が流れていて、その川は適温の温泉で、無料で入れます。周辺はジャングルのように木が茂り、鳥がさえずる環境で、人々は川に入り、お弁当を食べてお酒を飲んで、ピクニックをしながら豊かな時間を過ごしていました。ここに、僕は究極の平和を見たんです。幸せを伴う平和。誰ひとり争うことなく、自然と調和し、温泉と鳥の鳴き声を楽しむ……僕にとっての理想的な世界が広がっていました。
写真提供:関根健次さん
コスタリカで暮らしている時に「積極的平和」という概念を生んだヨハン・ガルトゥング博士と交流する機会がありました。例えば、ナポレオンの戦略を知るといった戦争を学ぶ学問はありましたが、彼は平和を学ぶ平和学を世界で初めて生み出し・確立した人物です。積極的平和を英語にするとpositive peaceで、逆が消極的平和・negative peaceです。一見平和に見えても、構造的貧困・構造的暴力がある……例えば、働いても働いても豊かにならない、職場の環境がハラスメントに溢れているなどはnegative peaceで、平和がプラスの状態ではありません。このような状態をpositive peaceに変えていくためにどうするか?
人々の往来を増やし、対話のチャネルを増やしていく。音楽祭をしたり、一緒にピクニックをしたりと、ある種、相手をお招きするような催しをする。そうやってお互いの文化が交流し、興味を持ってお互いの国を訪れるようになると、感情がネガティブからポジティブになる。その状態になるために、政策を作り、助成金を与えて交流を振興するようなプログラムを作っていきましょうという考え方をした人です。
ヨハン・ガルトゥング博士のメソッドで「トランセンド法」というものがあります。日本語では「超越法」と訳すことができます。AとBが対立しているときに、通常はAとBの対角線で妥協する、AとBどちらも譲歩するというのが通常ですが、彼の考え方は超越をするんです。AとB両方とも幸せな状況を作る。AとBの間ではなく、先の飛んだところにゴールを見出す考え方です。
僕は、博士に尖閣問題について質問しました。その答えは、尖閣諸島を日中で共同領有すればいい。日本・中国のどちらのものでもなく、両方のものとしたらどうかと。資源が出るのであれば、その権益を40%ずつ分け合い、残りの20%を地域の自然保護のために使えばいいと。こういう飛び蹴り的なアイデアを持っている人です。
実際にこのアイデアは実践されています。エクアドルとペルーが国境地帯で紛争を抱えていた時に、彼は国境に自然公園を作り、ピクニックができるようにしましょうと提案したんです。週末にお互いがFace to faceで会って友だちになる。negative peaceをpositive peaceにしていく。こういう事例が世界にはたくさんあります。政治家も誰でも一人ひとりの小さな問題から大きな問題までこのメソッドを当てはめていくと、平和が近づいてくると思います。
もう一つ。ガンジーの孫弟子で、サティシュ・クマールという哲学者・教育者に会う機会がありました。彼は『内なる平和を勝ち取りませんか』と言ったんです。
平和には、内なる平和・インナーピースと、外の平和・アウターピースがある。アウターピースは実際に現実の世界で起きている戦争や平和の状態です。しかし、今現実の世界で起きている戦争や平和が生まれるのは、一人ひとりの心の発露として生まれることなんです。人を傷つけたり攻めていくというのは、恐怖があるから起きるわけです。あなた自身が、心の平和を勝ち取っていけばいいと。これは、僕が大事にしている考え方です。
彼の師匠でビノーバ・バーベという人がいます。ガンジーの弟子ですね。ビノーバ・バーベはサティシュ・クマールに、『太陽のような存在になりなさい』と伝えたそうです。太陽は、ただそこに漂いながら愛と共感のエネルギーで世界を照らしている。太陽は、月のようになろうなんてことは思わずに、単にそこにいるだけで無限のエネルギーを与えています。
僕は以前、ダライ・ラマを遠目で見た時に『うわっ』と感じたんです。そこに存在するだけで周りがふわっと軽くなって、みんなが元気で優しい気持ちになる。1人ひとりが”太陽のような存在”を実践していくと、総合的に平和な世界が近づくのではないか。そして、心の平和、内なる平和を掴み勝ち取っていくには、平和を感じる時間が必要です。瞑想してマインドフルネスを実現するなどもそうですね。
僕は9月21日の「国際平和デー(ピースデー)」という国連の記念日を日本で広める活動もしていますが、この日を日本の祝日にしたいという夢を持っています。そうすれば、自然と平和な時間を持とうというきっかけになります。ピースデーは1日、誰かに優しい言葉をかけようと。そうやっていくと記念日だけでなく毎日がピースデーになって、自分にも他の人にも優しい気持ちを持てるようになる。そうなったらいいなと思っています。